メイプルちゃん撃破&実績『枯れ木』獲得RTA 作:東雲 夕凪
チルドレンニキにラブコールを。
海に行こうと言っていた。
新しい水着を着て、浮き輪を持って泳ごうと。
お腹が空いたら焼きそばでも買って、夜は線香花火をしようとも。
絶対楽しい、そう二人で笑いあった放課後を。
眠るたびに思い出す。
◇
まだ暑いと云うのに震えっぱなしの体を、トントンと宥めてあげる。
深呼吸をゆっくり三回、首筋を十回洗いで一セット。これを五回繰り返したら、漸く前に進める。
後でクリーム塗らなきゃ。でないと肌が荒れてしまうから。
なるべく関係ない事で気を紛らわせながら、僅かに埃を被ったハードを握った。
胸の奥、肺の動きを確かめる。よし大丈夫、怖くない、逃げなくていい。だってすぐ理沙に会えるんだから。
そう自分に言い聞かせてなんとかログイン。ここ迄の所要時間、諦めた分含めれば約一週間。
私は今日を最後にNWOを引退する。親と、理沙と話し合ってそう決めた。
どうやら入浴のたび過呼吸を起こす娘を放っておけなかったらしい。心配してくれるのはありがたいけど、今だけは申し訳無さが勝った。
我ながら馬鹿みたいだと思う。
偶然ゲームで強くなれて、勝手に何でもできる気になって。その癖、一度やられたら怖くて逃げておかしくなって。
随分と都合のいい、独りよがりの自爆行為。
皆にはいくら謝っても足りないな、と。
無意味な思考を重ねながら浮遊感。間を開けることなく、ニ層の街に降り立つ。
「――来た」
「……やっほ、サリー」
心配が滲む声。透き通るようなそれは私の背後から発せられた。
振り向けば、気遣うみたいに笑みを浮かべる理沙がいた。一緒にいる朧はぴすぴすと鼻を鳴らし、呑気に微睡んでいる。
「…ほんと、自分勝手でごめんね」
「だから別にいいってば。怖くなっちゃうのは仕方ないし、むしろこっちが"ごめん"だよ」
どうか怒って欲しい。言外に伝えても理沙は気遣いを消してくれない。寂しさと謝罪と後悔で象った、マーブル状の笑みは消えてくれない。
理沙は何も悪くないよ。平行線を描く言葉を吐こうとして、止めた。
その行動に意味なんて無いのは当然。けど何よりも、
「まぁ、行こっか?」
「うん」
なんとなく思考を察されたのだろう。話題を切り替えるように手を取られ、釣られてゆっくりと歩き始める。
目指すは平原の奥に聳え立つ山。
ゲーム最後の絶景を、夕焼けを見に行こう。
◇
「ちょ、敵、多くない!?」
「…そうだ、ね!【毒竜】!」
結晶が弾け竜が咆哮する。
轟音と共に炸裂。眼前の敵を吹き飛ばすも、生じた隙間を埋め壊さんとモンスターが迫る。
一度に倒せる数と湧く数が釣り合ってない。誘蛾灯に集るみたいな姿はどう見ても異常。
山へ向かう道の、山道ですらない傾斜零度の平原で。私達は二人、大量のモンスターと戦っていた。
飛びかかる狼を麻痺させ、突っ込んでくる角兎は【悪食】で飲み込む。魔法が飛び交い蝶が撃ち落とされオークの首が跳ぶ。
振り下ろしは受けて【シールドアタック】で押し退ける。それにより吹き飛んだオークはサリーが倒すも、甘い匂いをばら撒きながら駆ける牛が来て避けざるをえなくなった。
倒す、倒す、倒す増える倒す増える増える増える増える倒す増える増える増える増える増える増える増える。
やったことない詰め将棋を、ふと思い出した。
最短手順で勝ちを得るあれとは真逆だけど、真逆故に脳裏で繋がる。ヤスリがけするみたいに追い詰められてるせいで、思考が飛び散ってきているのだろうか。
そういえばVRでも暑さは感じるんだ。
ジリジリとした日光が目に入り考える。おもむろに引き出しに手を掛けられて、思い出すのはあの時のこと。
体をお湯に浸けるのが怖くて、浴槽の前でへたり込んでるのをお母さんに見られたときのこと。
何かあったのと慌てて聞かれて、逃げるように吐いた自己防衛の為の嘘。その代償は巡り巡って理沙へ行き着いていた。
すなわち、
そんなことない、気にしすぎな私が悪い。声は既に届かなくって。
気付けば目の前に、頭を下げる理沙がいた。
謝罪の言葉が鼓膜を揺らすたび、嘔吐感が私を襲う。澱のように溜まった後悔が、熱となって心臓を焼く。
たかがゲームで死んだだけ、あんなのありふれている、気にするな、気にされるな。そう狂ったように念じたけど、私の脳は全然立ち直ってくれなかった。
なんで、あの時。迂闊にも"ゲームやってたせいで水が怖い"なんて言ったんだろう。覆水盆に帰らず、知識だけだった言葉に実感という血肉が充ちる。
国語の授業、真面目に受けなければ良かったな。そうすれば、グツグツとしたこの感情も、骨格を得られなかっただろうに。
「――イプル、メ――ル、ちょっと楓!」
後悔とか慚愧とか。そんな感情を積んでると、理沙に押し倒された。直後、さっきまで頭があった位置を角兎が通過して、やっと自分が攻撃されそうだったと理解する。
「…平気だよ?」
「平気じゃないし!あいつ防御抜いてくるから!」
死んじゃうよ、慌てる理沙を見て思考が収束した。痛いのは嫌だな、体を起こす。
「ごめんね、ありがとう」
「いや謝る程じゃないけどさ。っと【ウィンドウォール】」
薄くて長い上昇気流が鳥を絡めとる。
責任を感じてるのだろうか、守り抜くという意思がベージュの瞳に宿っていた。
確かに私が
後悔はお終い、どっちが悪いか仮の結論。どっちも悪くない、取りあえず夕日を見よう。前を向いて盾を構えた。
スキルを使って吹き飛ばして魔法を撃って。道をこじ開けようと戦うけど、一向に動けない。
形のない焦燥が背を伝う。圧されているから?それだけじゃない、何故?濡れ羽色が舞った。
遂に【悪食】が使えなくなって、消費の少ない【致死毒の息】でモンスターを倒していく。ジリ貧だ。紅い軌跡が奔った。
「んぎ…うぁっ!」
「ちょ、サリー!?」
あまりの物量に押されてピンボールみたいに理沙が跳ね飛ばされる。強引に体勢を立て直すも、傷を負ったのか苦しげな表情を浮かべ膝をつく。ざり、とノイズが散らばった。
牛が突撃してくる。防ぐ。狼が理沙へ噛み付こうとする。【カバームーブⅠ】で身代わりになる。角兎が跳びかかる。防ぐ。蝶が風の刃を放つ。防ぐ。間に合わなくなる。オークによる叩きつけが私達を襲う。理沙は動けない、間に合わない。
そして、そして。
「
囁くように、這入り込むように、舐るように。
最短距離で軌跡が描かれ、オークが破裂する。
着地音は背後から。
ひ、と口から漏れた。駄目だ振り向くな、ぶわりと体感温度が凍る。背を伝う感覚が切り替わる。
焦燥感、いや違う。この感じは危険信号だ。
見てはいけない、見ちゃだめ、見ないで!
警告を無視して体が勝手に動く。キリキリと、軋む人形みたいに首が回る。いつかを繰り返すみたいに景色を回す。
視線の先、真横。
カチリと笑う、
「…ホシモ、ちゃん?」
「お久しぶりです。メイプルさん」
ノイズを被った少女が、私の瞳を覗いた。
◇
爆発、衝撃、白煙、閃光。
回復した理沙とホシモちゃんの手で、効率という棍棒で殴るようにモンスターが排除されていく。
強力なスキルとか装備じゃない。"慣れ"と潤沢なリソースによる攻撃は、群れの数を着実に減らしていた。
「――ぅ、あ」
二人が戦っている。私は何も出来ずにそれを見ている。体は動いてくれない、なんで。
理由は明白。
カチリ、と奥行きだけの瞳孔が蠢く。
血の色だけの、のっぺりした虹彩が私を見続けている。
「い、や」
カチリ、また蠢いた。
逃さないように左目で周囲を見渡して。
縫い止めるように右目で私を監視している。
カチリ、カチリ。秒針が時を刻むように眼球が蠢く。一秒毎に、規則的に、無機的に、機械的に。
モンスターを倒しながら、左目を忙しなく働かせながら。
ゾクゾクする。
興奮でなく、恐怖によって。
なんで。
ジリジリする。
熱気でなく、危機感によって。
どうして。
ふと、ホシモちゃんの動きに共通点を見た。
左から右へ、円を描いている。中心点は何処?
「どうしました?」
「ひっ!??」
右手には球体、左手には篭手。
球体に紐が垂れていて、先端で火花が散っていた。
爆弾みたいだな、なんとなく思う。
―――爆弾?
「――ッ!?メイプル逃げて!!」
「【超加速】【コークスクリュー】」
一瞬視界が白濁し。
ぱきゃん、と乾いた音がした。
「えっ」
音の出どころは、
「待って!」
擦過音と衝撃が天を回す。
やっぱり、理沙が見えない。
◇
"MPがどれだけ回復したか"で経過時間を測れる、いつか理沙が言っていた。
その測り方に則れば、現在の経過時間は、だいたい三十秒といったところだろう。
あ、全部ホシモちゃんがやったんだ。
漠然と理解する。分からなかった。誰が私を殺したのか。
「――、ぁ、えぅ、ひ、は」
線状の痛み、お腹の重み、暗闇。
今の私の全てはそれだった。
「【ディフェンスブレイク】」
ジワジワとナイフが降りてくる。
同時に
連れてこられたログハウスで、私は一人、拷問のようなものを受けていた。
わけがわからない。否定しようと脳が空回る。
ありえない、だってここはゲームなんだから。血は出ないはず。
ありえない、ホシモちゃんにそんなことをされる理由が無い。
自分で"血液"と認識してしまった液体。
刃が進むと共に、流れる量が増えていく。
刺されている場所は丁度喉の中心。最後には脊椎が断たれてしまうだろう。
生物の授業で習った。
血液の二割が無くなると、人は死んでしまうらしい。なら、私も。
カウントダウンのように減るHPと増えるMP。刺してくる手を押し戻そうとしたけど、万力のような力で無視された。
私から流れる"血液"が致死量に達するのと、脊椎に刃が届くの。
これは、そのどちらが早いかという話なんだ。
最終的に私が殺されるのは変わらない。
そんなの嫌だ。
四十秒経って、私から出る言葉が止まる。
声帯を切られた。そう認識したからだろう。
死にたくなくてスキルを使っても、喋れないから発動しない。ただ喘鳴が漏れて、終わり。
五十秒、刃が止まる。たぶんスキルの効果が切れたのだろう。"血液"が首筋を流れていく。
痛い。
六十秒、ふと思い出す。
たしか刑事ドラマでやっていた。
人は、一切の傷を負わなくても死ぬことがあると。自分の死を想像して、近い環境に置かれることで、脳が錯覚を起こしてしまうからだ。
なんで思い出したんだろう。
そっか。
現実の私はベッドで寝ている。けどゲーム内の私は刺されている。
現実の私は傷を負ってない。けどゲーム内の私は血を流している。
後は想像力の問題。
「【ディフェンスブレイク】」
七十秒、また動き出す。
動脈を傷つけたのか、血液の流れる量が急激に増えた。
進んで、潜って、割いて。
ついにカツンと音がなる。
脊椎に、着いた。
少し力を込めれば、もうホシモちゃんは私を殺せる。
「―――ぁ、え」
私はゲーム内で殺される。
じゃあ、現実の私も?
ドラマで言ってただけなのに、それが真実のように思えてきた。
そんな訳無い。私はドラマの登場人物じゃないから。でも、でも。
「い、たい」
「やだ」
「いや」
「あ、ぁ、や…まっ、が、あ"」
ぐり、と刃が押し込まれる。
骨と骨の接合部を断つように。
「は、ぅ、は、ぎ、っ」
大丈夫、死なない。ゲームだから。
ゲームだから、大丈夫、大丈夫、大丈夫!
カチリ、と食い込んだ。
「あっ―――」
駄目だ。
駄目、無理、死んじゃう。
今死んだら
直感で分かった。いやだ、見えない。誰か。
何も悪いことはしていない。ホシモちゃんにも、誰にも!なら殺される筋合いなんて無い!!
失敗したというのに、また押し返そうと手を掴む。折れた足も気にせず暴れる。死にたくないから。
いやだ、いやだ。見えない視界が火花を散らす。
HPがもう無い、血液が流れていく。
理沙は?もう居ない。シロップは?出せない。クロムさんは?カスミさんは?イズさんは?誰か助けて、誰か!
「ぁ、ま"、ひ、しんじゃ、え"ぁ」
あっこれ駄目だ間に合わない。【不屈の守護者】はもう無い。ほんとに死んでしまう。
いやだいやだいやだ。駄々を捏ねるように顔を振る。
待ってお願いだから待って。待って!
「ぃ"!?あ、ゃ」
逃げられない。ぎょろりとした眼光が頭を鷲掴みにする。恐怖を塗り潰されて、残ったのは一つの疑問。
何もしていない私に、なんでこんなことをしたのか。
「なんで、こんな、こと」
「……
定型文と共に力が込められた。こき、と音がして、首が急に軽くなる。
浮遊感。
ぶらん、と視界が回って、あんなに痛かった全てが消える。
最後に見えたホシモちゃんの目は。
やっぱり。
『貴女は死亡しました』
『ログアウトを実行』
◇
思考が空転する。
分からない。
自分が生きてるのか、死んでるのか。
死んだ後の世界は死んだ人しか分からないから。
ゲーム内で死んだ私が。戻ってきた私が。
果たして生きてるのかどうかも、誰にも分からないんだ。
「楓!」
「――り、さ」
酷く乱れた心臓の鼓動、呼吸、視界。
その中で、息を荒げる理沙の顔が見えた。
ぼろぼろと目から零しながら、ゆっくりと手を差し出す。
理沙に握られて、自分の腕が。
枯れ木みたいになってる事に気付いた。
なんだか生きてないみたい、と。
そう、理沙に哂って言った。
アンケートをガン無視した結果『トラウマ発動で自分の生死がよく分かんなくなり頭おかしくなるメイプル』が生えました。
身近に幼児居なかったし…上手く繋がらんし…
ふざけんなってニキ達は自分で書いてください。
次回、理沙視点です。
極度のストレスを受けた場合、白髪しか生えなくなるらしいっすね。