side奈桜
「……なんだ、このISは」
千冬さんが呆れている。
そして僕もこうして呆然としている。
オルコットさんと一夏くんとの決闘前日、僕は千冬さんに連れられて専用機が搬入されてくるとされる場所に来ていた。そんな僕達の目の前には薄い青色と薄い桃色によって着色されたISが一機居るのだが……
「うふふ♡すごいでしょ♡これが私達"乙女コーポレーション"が総力と性癖を挙げて作成した第三世代のIS……その名も"恋涙(れんるい)"よん♡」
そう言って見慣れた化け物が見せてくる武装やスペックを確認しながら、僕と千冬さんは頭を抱えていた。
「この短期間で独自に第三世代作るとか、乙女コーポレーションの技術絶対おかしいですよ。速やかにフランスとかに謝罪してきて欲しいですね」
「……まあ、内容が変態的過ぎて量産には向かんがな」
「これ量産されても困るでしょう」
「使われている技術は軒並み授賞ものなのにも関わらず、どうしたらこうなる」
「高級肉を生クリームのパフェに乗せて蒸してるくらいの暴挙ですよこれ」
「もう♡もっと素直に褒めてくれてもいいのよん?♡」
「「どこをどう褒めればいいのだ(いいんですか)、この化け物!」」
「あぁん♡ひどぅぃん♡」
それはもうとんでもないISだった。
具体的には普段は汚い言葉など絶対に使わない僕でさえも社長を"化け物"呼ばわりするくらいには酷かった。
まずこの"恋涙"の特徴として、自身のシールドエネルギーを利用した特殊な銃弾によって、着弾地点に小型のバリアを発生させる拳銃型兵器を装備している。
さらにさらに、人体に対して効果のある治癒ナノマシンと精神を落ち着ける鎮静ナノマシンの2種類を噴出することが可能。
その2種類を併用することで戦闘中にも怪我人を安全に治癒することができ、対象が集団であってもパニックを抑えながら保護することができるというコンセプト。
治癒ナノマシンの技術とシールドバリアの変形、これはどちらもかなりレベルの高い技術であり、この実物だけでも何十億という単位の金がビュンビュンと飛び回るレベルである。
だからこそ言わせてもらいたい。
いや、だから言わなければならない。
「なぜこの技術をISに使っちゃったんですか……!」
もっと他に使うべきところがあるでしょう!
怪我人の保護だってISじゃなくてドローンとかでもいいじゃない!
普通のパワードスーツとかロボットでもいいじゃない!
何をトチ狂って貴重な枠を大量に使ってまでISに実装したのか!
そもそも数の少ないISは基本的に単独戦闘が想定されてるのになぜサポート系!?
開発コンセプトから間違ってるよ!
そして終いにはこれ!これですよ!
「千冬さん。これ、僕どうしたらいいんでしょう」
「……わからん」
武装
→鉄の棒
ドラクエの初期装備かっ!!
いや、"ひのきのぼう"よりはマシだけど!
そういうことではないの!
第三世代の特殊武装はどこにいったの!?
イメージ・インターフェイスとやらはどこで使えばいいの!?
ナノマシン打っ込む余裕があるなら他の武装入れてよ!!
せめて銃の類を入れてよ!!
なんで鉄の棒入れちゃったの!
棒術とか習ったことないよ!?
それどころか近距離攻撃とか世界で一番苦手な自信があるのに!!
もうやだこの会社!!
「うふ♡気に入っていただけたようでなによりだわ♡」
「眼科へ行って下さい」
思わず自分でもビックリするくらい低い声が出た。
見た目が嫌いじゃないだけに辛過ぎる。
いや、怪我人を保護するっていうコンセプトも好きなんだよ?
そういう優しさ溢れるISは僕だって大好きだ。
でもね?
それは攻撃する武装を減らしてまで頑張ることじゃないよね?って。
武器が鉄の棒になってしまう程に削らなくてもいいよね?って。
バランスって大切だよね?って。
僕はそれを言いたいだけだったの。
やめて千冬さん、そんな可哀想なものを見るような目でこっちを見ないで下さい。
「ふっふっふ、安心して奈桜ちゃん♡このギンッギンにそそり立ったガッチガチの棒はね、貴方がこの子と1つになることで一皮向けて真の姿になるのよん♡」
「反応するのも苦痛なのでスルーしますけど、それが特殊武装ってことなんですか?」
「そゆこと♡乙女と言えば、って武器にしておいたから、期待しててネ♡」
「は、はぁ……」
とは言うが全く期待なんかできるわけがない。
この変態がつくった兵器だ、間違いなく変態に決まっている。
"変態からは逃げられない"
どうせ僕はこれからもそんな目に遭い続けるんだ。
どうせこれからも僕の周りには変態が集まるんだ。
あ!そういえば僕も女装して高校生活を送ってる変態だった!
だったら仕方ないか!
類は友を呼ぶって言うもんね!
「あははは……」
「……お前は本当に不憫な奴だな、綾崎」
千冬さんが珍しく慰めてくれる。
もうなんかそれだけで泣きそうになった。
専用機"恋涙"
持久力重視のサポート型の第三世代。
もはやオルコットさんどころか同じ初心者である一夏くんとすらまともな試合ができるのか不安である。既に2次移行をして機体性能を大きく変えてくれるのを望むくらいに不安である。
けれどこれから否が応でもこの力を使わないといけないのだ。
例えどんな変態武器が主力になろうとも。
その武装一つだけでこれから先を乗り越えて……あ、なんか涙出てきた。これが恋涙……?
「さ!フィッティングするわよん♡こちらにいらっしゃい♡」
「うぅ……どうして僕だけこんな目に……」
今日も今日とてマイクロビキニにガバガバショートパンツを穿いた変態野郎に身体中を触られることになる。
できるならもうさっさと狂ってしまいたい、そう思うようになった。
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side一夏
「え?俺の専用機、まだ来てないんすか?」
「ああ、故に試合の予定を変更して、最初にオルコットと綾崎の試合を始めることにした。あいつの試合はどうせ長くなるからな、丁度いいだろう」
オルコットとの決闘当日、俺は箒と共に第3アリーナのAピットにて自身の専用機が到着するのを待っていた。
決闘当日にギリギリ間に合うとは言われていたが、既に開始20分前。
どんな機械にも初期設定というものがあることを考えると、試運転どころか試合にすら間に合わないのは確実だろう。
当然の判断だと言える。
「ちなみにですが織斑先生、それは綾崎があそこで頭を抱えているのとなにか関係が?」
「……いや、あれはただあいつが不憫な奴だというだけだ。今はそっとしておいてやれ」
「そ、そうですか……」
ピットの隅で体育座りをしている彼女は酷く目立つ。
そして箒ですら苦笑いをするくらいに話しかけ辛い。
あの人があれだけ落ち込むなんてなにがあったのか本気で気になるのだが、事情を知っている千冬姉も説明を躊躇うほどのことなのだ。
詮索するのも良くない気がする。
「綾崎!気持ちは分かるがいつまでも落ち込んでいるな!さっさと行ってオルコットの相手をしてこい!」
「ふぁい……」
「……落ち込んでる姿ですら様になるとは、美人は得だな」
「箒だって美人だろ」
「なっ!?なっなっなっ……!!」
箒と適当に言葉を交わしながら渋々と歩いていく綾崎さんを見送る。
というかあの人IS展開せずに歩いてったぞ、カタパルトとか使わないのかよ。
本当に大丈夫なのだろうか、心配だ。
「……さて、織斑。そろそろお前の専用機が到着するはずだ、試合の観戦は最適化処理と並行してやれ」
「あ、ああ、それはいいんだけど……ちふ、織斑先生は綾崎さんにアドバイスとかしなくてよかったのか?あの人も専用機に乗るのは初めてなんだろ?」
「……あいつには必要ない」
「は?」
俺だってここ数日何も勉強していなかったわけではない。
再発行された参考書を読んで専用機と訓練機の違い、その特殊性だって少しだが認識している。
なにより今日行うのは素人の模擬戦だ。
戦闘なんかしたことのない俺達にとっては、実戦経験のある人物からのアドバイスは喉から手が出るほど欲しいもののはず……
それでも千冬姉は綾崎さんにはそれが必要ないと断言した。
それはあまりにも不自然だ。
そんな俺達の思いを見抜いたのか、千冬姉はモニターに視線を移して話し出す。
「織斑、篠ノ之、お前達の入試の実技試験はどのような内容だった?」
「どんな内容って……」
「ええと、私は試験官のシールドエネルギーを半分削れというものでした。色々と弄ばれましたが、なんとか」
「俺の時は山田先生が勝手に壁に向かって衝突したからなぁ、正直あんまり印象がないというか」
「うぅ、あの時のことは忘れて下さい織斑くん……」
「まあ、たしかにあの時の山田先生は試験官にあるまじき醜態を晒していたがな」
「織斑先生まで酷いです……!」
IS学園の教員というのは総じて実力者であり、相応の経験と実績を持っている者にしかなれないのだと箒は言っていた。
あの山田先生すらも信じられないことに元日本の代表候補生だという。
そんな彼等を相手に、初めてISに乗るような人間にシールドエネルギーを半分削れというのだ。
もし仮に本気で相手されていたら、あの山田先生も凄く強かったのかもしれない。
「あの試験は敵がどれだけ強大であっても諦めない精神力を持っているか、加えて実際に削れるだけの技能があるのか、それを判別するためのものだ。オルコットのように試験官を倒すだけの実力があれば既に精神力は問題無いからな、あいつは例外の一つだった」
「そういう意味だと一夏の実技試験は全く意味のないものだったのですね」
「篠ノ之さんまで酷いですよぉ……!」
ごめんな山田先生、こればっかりは全くフォローできない。
「それで、実技試験がどうしたって言うんだ?もしかして実は綾崎さんも試験官を倒してたりするのか?」
「いや、綾崎は試験官を倒してはいない。それどころか全くシールドエネルギーを削れなかった故に違う試験を実施した」
「……ええと、それは、」
贔屓ではないか?
箒は言うのを躊躇ったが、言わなくとも分かる。
だからこそ、あの厳正な千冬姉がそこまでした理由があるはずで。
「……綾崎が受けた試験はどういう内容だったのですか?」
箒も同様の思考に辿り着いたらしい。
俺も箒と同様に千冬姉の反応を伺う。
すると千冬姉は就業中にも関わらず、珍しく口角を大きく上げ、酷く楽しそうな顔をして言葉を発した。
『私の全力攻撃を15秒間耐え切るというものだ』
その衝撃の言葉と共に俺と箒の思考が止まる。
--雑談--
「あ、おはようございます。箒さん」
「ん?ああ、綾崎か。おはよう。お前は朝も早いのだな、まだ授業まで30分はあるだろうに」
「こればかりは癖のようなものです。私、待ち合わせ場所には30分前には着いていないと不安になってしまうタイプですから」
「ふっ、それはいい事を聞いた。お前と待ち合わせをする時には参考にさせてもらおう」
「ふふ、それだと私は1時間前に行かないといけませんね」
「流石にそのイタチごっこに付き合うつもりは無いぞ?……くく、いつだか同じ様な会話をした覚えがあるな」
「あや、私は覚えは無いので……昔のお友達とかですか?」
「いや、どうだったかな。一夏だったかもしれんし、他の人間だったかもしれんし……私は各地の学校を転々としていたからな、一時だけの友人というのも少なからず居たんだ」
「ふんふん、なるほど。私も知り合いは多いですよ?以前に住んでいた場所の近くに住んでいる人とは、大体いつでもお話しできる仲でしたし♪」
「ああ、なんとなくそれは想像できるな。売店などに行けばおまけをして貰えるタイプだろう?」
「あや、なんで分かるんですか?凄いですね、箒さん」
「なに、お前がそれだけ分かりやすいタイプというだけだ。会って数日で私がここまで話せる相手というのもなかなか居ない、それだけ綾崎は人に愛される何かを持っているという事だろう」
「えへへ、そう言われてしまうと嬉しいものがありますね。……そういえば、今日は織斑くんと一緒じゃないんですか?最近は2人で特訓をしていると聞いていましたが」
「ああ、昨日少しやり過ぎてな。今日の朝練は流石に中止ということにしたんだ」
「へ、へぇ……」
「全く、あの程度の鍛錬で音を上げるとは嘆かわしい。あれではやはり暫くは稽古をするしかないな、理論など付け焼き刃にしかならん」
(………あ、これこのままだと一夏くんがやばい)
「あ、あの……箒さん?私からも織斑くんの事について提案があるんですが、いいでしょうか?」
「ん?ああ、意見が貰えるならありがたいが」
「え、えっとですね?多分織斑くんは体で覚えるタイプじゃないですか?難しい事を考えるより直感的に動く方が向いている感じがしますし」
「うむ、その通りだ。だからこうして毎日の様に剣道を体に教え込んでいる、これが一番手っ取り早いだろう?」
「え、えと……確かに箒さんのやり方が一番簡単だと思うんですけど、一夏くんからしてみたら身体的より精神的に辛く感じてしまうんじゃないかなぁって私は思うんですよ。特に、一夏くんは暫く剣道をしていなかったんですよね?」
「む、確かにそれはそうだが……強くなるのに楽な道など無いのだぞ?多少苦しい程度は我慢して貰わねば困るというかだな」
「強くなるのは苦しい事です、それは箒さんの言う通りだと思います。でも、苦しい道を少しでも整備して楽にしてあげる事は出来ると思うんですよ。そうじゃないと、強くなる前に心が折れてしまいます」
「……そこまで言うからには、提案があるのだろうな」
「はい、私も箒さんを否定したい為にこんなことを言ってる訳ではありませんから」
「ならば聞こう」
「まずはですね、2人で話し合って明確な計画を練ってあげてくれませんか?例えば今週はここまでを目指して、最終的にここまでを目標にする、と。そして、目標が達成できれば次の目標を与えるのではなく、休息を与えて欲しいんです」
「……意味があるのか?私には時間を無駄にしているようにしか思えないのだが」
「意味はあります。まず、将来と目標が明確になる事で、織斑くんの不安が取り除けます。目標もなく腹筋を延々と続けさせられるより、最初に50回と決められていた方が人は精神的に楽になるんです。痛くて辛いのに、それがいつ終わるか分からないなんて……そんなこと普通の人は続けられませんよ?」
「……ならば次の目標を与えず、休息を与えるというのは?今あいつにはそんな時間も余裕も無いのだが」
「これは一重にやる気の維持の為です。人は大変な事の中で生まれる一時の自由時間に、快楽と活力を得る事が出来ます。10時間同じ事を続けるよりも、その合間合間に休みを入れた方が効率がいいのと一緒です。体力が無いのに素振りをしていても、正しい姿勢は身に付かないでしょう?」
「ふむ……」
「次の目標を与えないというのも同様です。せっかく目標をクリアして達成感に満ちているのに、直ぐに次の課題を与えられてしまうと一瞬で気持ちが冷めてしまいます。人は後から課題を付け足されるという事に徒労感を得てしまうものなんです。課題が残っていて自信無く試合に挑むより、課題をクリアして自信満々で試合に臨む方が織斑くんも自分の力を出し切れると思うんですよ」
「いや、そこまで考える程のことか?私は別に普通に鍛え上げればいいと思うのだが」
「それは考える私達としては楽ですけど、実際にこなす織斑くんにとっては拷問されているのと変わりませんよ。言い方は凄く悪いですが」
「……ううむ、綾崎が言いたい事は分かるのだが、何が正解なのかは私には判断できないな」
「私だって自分のやり方が一番だとは思っていません。ただ、それでも教える立場になったからには私達にも頭を悩ませて考える必要があると思います。箒さんだって、織斑くんに苦しんで欲しい訳では無いんですよね」
「それは当然だ!当たり前だ!私は本当にあいつの為を思って……!」
「それなら、試しに私のやり方を取り入れて貰えませんか?このままだと織斑くんが剣道を嫌いになるどころか、もしかしたら箒さんの事も苦手に思ってしまうかもしれません。私も、そんなことは望んでいませんから」
「っ!!……分かった、お前がそこまで言うのならば試してみよう。今日の昼休みに時間を貰えないか?それについて詳しく話したい」
「ええ、もちろんです!」
(セーフ?これセーフだよね?よ、よかったぁ……!)
人知らず2人の間でこんな会話があったということなど、筋肉痛に苦しむ一夏には知る由もなかった。