IS - 女装男子をお母さんに - 改訂版   作:ねをんゆう

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12 かくしごと

side奈桜

 

カタパルトを歩いていく。

本来ならISを展開して格好良く出撃するような場所なのだが、昨日の疲れによって気分が大きく凹んだ現状を改善する為に、少しだけ身体を動かしたくなったからだ。

僕が勝手に凹んでいるだけならまだしも、このままのテンションで模擬戦に向かうのはオルコットさんに失礼である。

 

あの後、彼女とは何度か会話をしたが、どうにも彼女は一夏くんとだけではなく僕との模擬戦も楽しみにしてくれている節があった。

なればこそ、出来ることを全力でやって彼女の相手をするべきだろう。

……例え、一発もダメージを与えられなくとも出来る事は全力でする。弱い僕に出来る事はそれくらいしかない。

 

『綾崎、聞こえるか?』

 

「あれ、千冬さん?」

 

カタパルトの先が見えてきた辺りで突然千冬さんから通信が入る。

アドバイスでもくれるのだろうか?

 

『綾崎、今回の模擬戦だが、制限時間を設けることになった。30分以内に勝負が決まらなかった場合、その時点で引き分けとなる』

 

「それはありがたいですね。ですが、最終的に多い方が勝ちという訳ではないのですか?」

 

『一般的には一律だが、最近の専用機はシールドエネルギーの上限が機体によって異なることがあるのでな。公平を期すために引き分けという形を取ることとなった』

 

「なるほど……ご配慮ありがとうございます、織斑先生」

 

『全くだ、お前がもう少しまともに戦える人間ならばこちらも余計な変更をせずに済んだのだがな』

 

「ふふ、耳が痛いですね……それでは、オルコットさんを待たせてしまっているようなので、そろそろ行きます」

 

『ああ、勝ってこいとは言わんが、観客を楽しませるくらいのことはしろよ。ギャラリーは多いぞ』

 

「もう、相変わらず意地悪なんですから」

 

そこまで言葉を交わして通信が終わった。

最後のあれは、まあ、千冬さんなりの応援なのだろうか。

期待自体はされている……?

 

(まあ、どちらにしてもやることは一つだから)

 

この戦いでオルコットさんの戦術を丸裸にする、そして次の一夏くんにオルコットさんを追い詰めて貰う。

僕ではオルコットさんに勝てないけど、一夏くんなら別だ。

僕の今日の目標は全試合引き分け!それ以上の高望みはしない!

 

「ね、恋涙」

 

呼び声と共に薄桃色と薄水色の装甲によって全身が包みこまれる。

一般的なISと比較して小さめのカスタムウィングが特徴のサポート型IIS。

戦うのではなく、誰かを守るためのIS。

開き直った今となっては、ISとしてはあまりに歪なその在り方すら愛おしく感じてくる。(洗脳済

 

「綾崎奈桜、行きます」

 

スペック的には平凡な速さで僕は射出口からアリーナへと飛び出した。

 

 

 

side一夏

 

『お待たせして申し訳ありません、オルコットさん』

 

『いえ、色々とトラブルがあったということは聞いておりますから、お気になさらないで下さいな。……それよりも、そちらがお姉様の専用機でして?』

 

『ええ、一応は。所属してる企業が企業だけに少しおかしなデザインをしているかもですけど……』

 

『そんな!お美しいお姉様にピッタリな、素敵なドレスのようなISですわ!わたくし、間近で見られて光栄です!』

 

『そ、そうでしょうか』

 

 

「……試合開始」

 

 

『『ふぇっ!?』』

 

女子同士の微笑ましい会話。

決闘前には全く相応しくない褒めて照れての光景に微妙な顔をした千冬姉は、微塵の容赦もなく開始の合図を出した。

問答無用の開始の合図に戸惑ったのは当の本人どころかそれを見ていた観客達も同じだ。

 

『もう!まだまだお姉様に伝えたいことがたくさんありましたのに……!』

 

『それでも直ぐに対応して攻撃してくるオルコットさんは代表候補生の鑑だと思います!』

 

『もう!お姉様は本当にわたくしを褒めるのがお上手なのですからっ!』

 

『ところでお姉様呼びは私少し恥ずかしいといいますかなんといいますか〜!」

 

 

「すげぇ、2人ともあのテンションのまま戦ってる」

「あんの馬鹿者どもが……」

 

無慈悲な試合開始の合図と共に巨大なレーザーライフルを照射したオルコットに対して、綾崎さんも危なげなくそれを回避する。

オルコットの反射神経も称賛ものだが、そのほぼ不意打ち気味な超高速の攻撃を大して取り乱すこともなく回避した綾崎さんは一体何者なのだろうか。

 

最適化処理を実行している専用機『白式』をさすりながら、自分だったら今の一撃を避けられるかを考える。

……その一撃だけならばなんとかいけるかもしれないが、俺だったら直後に大きく取り乱して即座に2射目を撃ち込まれていたに違いない。

それ程に不意打ちを避けた後も綾崎さんには隙が無かった。

 

『お姉様!武器はお使いになられないのですか!?わたくしばかりの一方通行では少々寂しく感じてしまいますわ!』

 

『ごめんなさいオルコットさん、私の恋涙は少しだけ癖が強くて。武器と言えるようなものはこれしかないんです……よっ』

 

『そんなっ!?』

 

綾崎さんが唯一の武装だと行って取り出したのは一本の鉄の棒。

桃色の塗装が施されているが、それは一般的なブレードと同等程度の長さしかなく、槍のようにも扱えないだろう。

けれど綾崎さんはそれを取り出すと、オルコットが撃ったレーザーライフルの一撃を表情一つ変えずに簡単に弾き飛ばした。

意味がわからない。

あの速度の弾丸が完全に見えているとでも言うのだろうか。

これには隣の箒も驚愕していた。

 

『……お姉様、そちらの武器は一体』

 

『"ペルセウス"という名前の武装です。隠された力がある、なんて聞きましたが実際にはよく分かりません。現状ではただの少し頑丈な鉄の棒ですね』

 

『なるほど、つまり今の受け流しは純粋なお姉様の実力ということですか。レーザーによる射撃を汗一つなくいなすとは、やはりお姉様は私がお慕いするに相応しいお方ですわ……!』

 

『あまり期待されても応えられるか不安になってしまいます、ねっ!』

 

『お姉様なら応えてくださると信じております、わっ!』

 

オルコットのレーザーライフルの連続射撃を綾崎さんは一発残らず全て逸らしていく。

まるでレーザー自体が綾崎さんを避けていく様に錯覚するほどの手際……自分だったら同じことができるか?などという思考はもはや意味がない。

あんなこと、俺にできるわけがない。

 

『ふふっ、お姉様!わたくし、なんだか楽しくなってきましたわっ……!』

 

『そうですか?それなら私も頑張っている甲斐もありますっ!』

 

『ええ!ですので……あと3つほど追加してしまっても大丈夫でしょう?』

 

『えなにそれちょっと待って聞いてないです』

 

『さあ!行きなさいブルー・ティアーズ!私とお姉様の円舞曲を盛り上げなさい!!』

 

『や、ちょ!そんなの聞いてなっ……!』

 

ぴゃぁぁぁ!

 

綾崎さんのそんな可愛らしい悲鳴が聞こえてくる。

そのような光景を見て再び千冬姉は眉間を押さえており、山田先生は苦笑いをしていた。

ここに来てからずっと平静な綾崎さんしか見てこなかったからか、こうして慌てている彼女の姿はとても新鮮だ。そんな彼女を見てなのか、オルコットも模擬戦中にも関わらず楽しそうにしている。

 

……ただ、この中で箒だけが真剣な顔つきで画面を見守っていた。

それは何かを見極めているような雰囲気で。

 

「箒?どうした」

 

「一夏は、気付かないのか?」

 

「なにがだよ」

 

「綾崎が攻撃に一切転じようとしないことだ」

 

「え?………あ」

 

箒の指摘を数秒咀嚼して、ようやく彼女が言いたかったことを理解した。

そういえば彼女は試合が始まってからほとんど場所を動いていない。

彼女が言う通り本当に武装があれしかないのなら、勝つためには近付くしか方法がないのに、だ。

それでも彼女は動かない。

まるで勝つつもりすら無い、と言うかのように。

 

「攻撃が激し過ぎて動けない、とかじゃ……ないよな」

 

「ああ、言うまでもなく綾崎の操作技術は非常に高い。それは現状の4機による遠隔攻撃を一切寄せ付けていないことからも明らかだろう。普通ならばこういう場合、大きく動いて射線から逃れるのがセオリーだろうに。その場から殆ど動かず最低限の動きだけであれを成しているのは、私から見てもどうかしているとしか言いようがない」

 

「あ、ああ。ハイパーセンサーだっけ、あれがあったとしても4機分の攻撃を全部避けたり流したりしてるのはマジですげぇよな」

 

「……そうだな。そしてそれだけの技術があるならば、多少のダメージさえ覚悟すれば攻めに転じることは造作もないはずだ。現にオルコットは発射こそしないがライフルの照準を合わせて常に警戒しているし、近接武装も展開している。恐らく突破されることを前提に考えているな」

 

「ん……?けどなんでライフルを撃たないんだ?照準を合わせれば後は引鉄を引くだけじゃないのか?」

 

「恐らく撃てないのだろう。動きを見る限りビットは自動で動いている訳ではなさそうだ。ビットの操作に相当の集中力が要されるとすれば、ライフルの反動と光量は致命的だ。恐らくだが照準を合わせているのが限界、セシリア自身もその場から全く動いていないのがその証拠だ」

 

「は〜、便利そうに見えて意外と癖の強い武器なんだな。あれを使ってる間は無防備になるとか、俺だったら使いこなせる気がしない。戦闘中とは言えその集中力をずっと維持してるオルコットって、やっぱ凄いんだな」

 

「逆に言えばそこにつけ込む隙がある。集中の途切れは思考の停止に繋がるからな。素人にとっては一瞬でも、武人にとっては致命的な一瞬。一夏ならまだしも、綾崎ほどの奴なら容易に突けるだろう」

 

「……やっぱり俺は無理なのか」

 

「一夏は隙を見つけた瞬間に調子に乗って突っ込んで、そのまま返り討ちにされるタイプだからな」

 

「ぐうの音も出ない豪速球を投げ込むのはやめろ」

 

「まあ、そういう訳で私は疑問に思っているのだ。綾崎はなぜ攻めない?いや、そもそも攻める気もないのか?奴は一体何を考えている?」

 

俺よりも熱中して試合を見守る箒。

次の試合で戦うことになるのだから情報自体はありがたいのだが、熱中しているせいか全く遠慮の無い直球ストレートがバシバシ飛んでくる。

武人として尊敬に値する程の人間が、武人としてあるまじき考え方をしているかもしれない。

箒としてはそれを見極めたいだけなのだろう。

 

「篠ノ之、勘違いするなよ」

 

「え?」

 

だが、そんな箒に対して答えを与えたのは意外にも千冬姉であった。

どこか固まった表情で、姉は箒に答えを差し出した。

 

「あいつは攻撃をしないのではない、出来ないんだ」

 

「……?それはどういうことですか、織斑先生」

 

千冬姉の一言に箒は振り向く。

しかしその言葉の意味が分からず、首を傾げた。

俺はよく分からないので黙っておいた方がいいのかもしれない。

とりあえず箒に続いて千冬姉の方に顔を向ける。

 

「あいつはな、"避ける"、"捌く"、"受け流す"という技能のみで言えばその技術は超一流だ。打鉄同士とは言え、私の全力に15秒も耐える時点でその異常性は分かるだろう。

……それこそあれは【実戦】を【何度も】体験しているのでは無いかと言うほどのもの。オマケにIS操作技術も確実に初心者ではない熟れ具合、生身よりもISでの方がその技術が活かされているとも言える」

 

「それ、は」

 

「実際に実戦を経験しているかどうかは知らん。あいつの記録はとある女性に拾われる以前のものは全くと言っていいほどに存在していないからな。直接聞こうが『記憶に無い』の一点張り、真実は誰にも分からん」

 

「……」

 

そういえば彼女には血の繋がっていない家族達が居ると聞いたが、そう言う話だったのかと納得する。

思いのほか重い話に俺は沈み込んでいたが、隣で千冬姉を睨む箒はまた違った感情を抱えていたらしい。

箒はその表情を硬らせ、じっと千冬姉の目を見ている。

 

「篠ノ之、お前の言いたいことは分かる。そんな得体の知れない人間を入学、ましてや専用機を与えるなど正気の沙汰ではないと言いたいのだろう?……だがな、あいつにそもそも危険性は存在しないんだ」

 

「それが、綾崎が攻撃をできない話と繋がるのでしょうか?」

 

「そうだ。……ここまで話しておいて今更だな、良い機会か。近いうちにお前達には話しておくつもりだったからな。

 

勿体ぶらず言えば、あいつは"攻撃という行為そのもの"を行うことができないんだ」

 

……?

千冬姉の言葉に疑問符を浮かべたのは箒も同様だった。

あまりに抽象的な言葉で、言っている意味がよく分からない。

そしてそんな俺達の反応も分かっていたかのように、千冬姉は手元の機器を操作する。

 

「例えばだが、この映像を見てみろ」

 

そうして千冬姉が映し出したのは学園内の道場で打ち合いをしている綾崎さんと、それを見ている千冬姉の姿。

しかしその剣の振りは非常にたどたどしく、入門直後の素人小学生にも劣るレベルのものだった。その姿はとてもじゃないが隣の画面でオルコットの攻撃を軽々しく受け流す彼女のものだとは思えない。

それなのにそれは決して遊んでいるわけでもなく、彼女の顔は必死そのものだった。映像の中の千冬姉も大いに困惑しているのが見て取れる。

 

「……これだけではない、銃火器に関してもそうだ。奴は時間をかけて引鉄を引くことはできても、確実に的から3m以上離れたところに着弾させる。恐らくはなんらかの精神的ショックによるものだと考えられるが、奴自身はこれを全く自覚していない」

 

「自覚していない?織斑先生はまだこのことを綾崎に伝えていないんですか?」

 

「こういった心の問題はどこに地雷があるか分からないからな。故に現状、奴は自身には極端に攻撃の才能がないと思い込んでいる。剣のセンスも銃のセンスも全く無い、と。だからこそ私はあいつに教えたのだ。攻撃をする必要など一切無い。どれだけ無様を晒しても、お前は生き残ることだけを考えればいいと」

 

「……心の問題ということなら、こうして戦いに送り出すことも辞めさせるべきだったのではないのですか?」

 

「あいつには事情がある。これから先、多くの面倒ごとに巻き込まれる可能性が高い。だからこそ、この場は多少分の悪い賭けだとしても乗り越えなければならなかった。結果的には相手がオルコットで良かったというところか。変に緊張することもなく戦えている」

 

その言葉を最後にピット内は再び静寂を取り戻す。

画面の向こうでは未だにオルコットと綾崎さんが秘匿回線で何やら喋りながらも戦闘を続けていた。

そんな姿ですら美しく見えて、その裏に背負っているであろう何かに胸が締め付けられる。

 

「……千冬姉はさ、なんでそんなことを俺達に話したんだ?聞いた限りだと、他言したらダメな話だよな?」

 

「ああ、他言どころか奴の今後を考えるとこれ以上広げるべきではない話だ」

 

「じゃあ、なんで……?」

 

俺の疑問に千冬姉は俯く。

後悔、疑惑、悲しみ、諦め、慈愛、隠しきれない感情の重なったような、弟の自分ですら初めて見るようなそんな表情で。

 

「……綾崎は1つ、大きな罪を抱えている。いや、抱えさせられていると言うべきだな。他ならぬ私達によって」

 

「罪?どういうことだよ」

 

「私はその重みを感じさせないために努力してきたつもりだ。だがあいつもバカではない、少しずつではあるが勘付き始めているだろう。それしか選択肢がなかったとは言え、承諾したのはあいつ自身であることも問題だ」

 

「だからなんだよ、何の話なんだよ。何が言いたいんだよ、千冬姉」

 

「一夏、落ち着け」

 

千冬姉らしくない酷く曖昧とした態度に腹が立ってしまった俺を箒が止める。

自分でも何に腹が立っているのか分からない。

普段とは違い人前で弱さを見せる姉に対してなのか、1人の少女に何かを背負わせた人間達に対してなのか。

それとも、その何かを背負わせているにも関わらず、これまで他人の世話を優先させていた彼女自身に対してなのか。

 

「そもそもあいつはこの学園に自分の意思で入学したわけではなく、篠ノ之と同様に強制的に入れられたクチだ。本来ならば奴は今頃、自身の育った孤児院で平凡変わらぬ生活をしていたはずだった」

 

「なっ!」

 

「……っ!それはつまり、綾崎もISによって人生を狂わされた1人ということですか!」

 

「ああ、そうだ。そして綾崎に限って言えば、将来的に更に困難な道が待っている。あいつにそれを強制した者達でさえも、その将来について考えることを後回しにしているのが現状だ……その不安についても、あいつはずっと振り回されているのだろう」

 

「なんだよ、それ……!そんな無責任なことあるかよ!勝手に引っ張り出して来ておいて後のことは考えていない!?そんなの許されるかよ!」

 

「落ち着けと言っているだろう一夏!……それも、綾崎が何処かのスパイである可能性が無いという理由の一つですか」

 

「そうだ、そもそもこちらからあいつの事情を無視して入学させた。そうしなければISに関わることもそもそも無かった。そして、こういった時の対応についてならば、篠ノ之の方が詳しいだろう。既に世間から本来の綾崎の存在は完全に消されている、意味は分かるな?」

 

「……そのことを、綾崎には?」

 

「あいつの現状の精神状態を考え、伝えられていない。

……あいつはもう二度と、自分が育った孤児院には帰れないということを、知らされてはいない」

 

『ふざけんな!!』

 

そこまで聞いてしまえば、俺だってもう限界だった。

いくら箒に止められようとも、それ以上は我慢ができなかった。

できるはずもなかった。

 

「綾崎さんは、あの人は!ほんとに孤児院の子達のことを大切に思ってるんだぞ!それなのに、それなのに……!!」

 

オルコットとの口論の際に昔の弟のようだと語っていた彼女の顔を思い出す。

カレーライスが甘めな理由を問うた時、子供達に合わせて作っていたからだと懐かしんでいた彼女の顔を思い出す。

怒りがこみ上げる、それでも千冬姉は顔を俯けたまま言葉を発するのをやめない。

 

「そうだ、我々はあいつを騙した。IS学園に入学して欲しいという条件のみを出し、外部との連絡は極力制限するようにと提案した。最初の約束はそれだけだった」

 

「……やめろよ」

 

「だが実際はそうではない、その条件はIS学園への入学に抵抗をさせないためのものだった。こちらから破る前提でなされた上部だけの方便で、既にそんな契約は存在しない」

 

「もう、やめろよ……!」

 

「私達はあいつに大きな罪を押し付けただけに留まらず、最初の約束すら反故にし、伝えるべきことすら秘匿し、平穏で充実していた人生すら破壊した。全ては個人の、一つの集団の利益のために、私達はその負担を全てあいつ1人に押し付けて犠牲にしている」

 

「やめろっつってんだろ!!」

 

ISを纏ったまま姉の胸倉に摑みかかる。

適応化処理を行っていた白式が何が理由でかは分からないがエラーを示しているが、そんなことはもうどうでもいい。

怒りでここまで我を忘れそうになったのは生まれて初めてだった。

自分がこんなにも強い激情に駆られることも初めてだった。

……けれど、そんな感情も摑みかかった姉の顔を見た瞬間に消え失せてしまった。

 

「なんで、千冬姉がそんな顔してんだよ。泣きたいのは綾崎さんの方だろ……!」

 

「うるさい、黙れ。泣いてなどいない。あいつはまだ泣けもしないのに、私が先に弱音を吐くことなど許されない」

 

そう言って目線を逸らすことのなく目つきを鋭くして見返してくる様は普段と変わらない彼女の姿だ。

ただそれを左目から流れるたった一粒の雫が破壊してしまう。

たった一滴のその雫だけで、彼女が外へ出すまいと必死に感情を閉じ込めて居る事実を浮き彫りにする。

 

「結局、いくらブリュンヒルデだの世界最強だのと言われても、その名で守ることができるのは精々1人が限界だ。いや、その1人すら完全に守れてはいないかもしれない」

 

「…………」

 

「だから私はブリュンヒルデではなく織斑千冬という名であいつを守ってやりたかった。それでも織斑千冬はあいつを守るどころか逆に世話をかけさせる愚か者だ。織斑千冬ではあいつを守ることなどできはしない」

 

「……弱音は吐かないんじゃなかったのかよ」

 

「ただの事実だ。実際、この数週間で織斑千冬は奴の精神を守ることも真実を伝えることもできていない。将来のためだと言い訳をして結局こうして戦いに駆り出している」

 

「……俺達に綾崎さんを守って欲しいって、千冬姉はそう言いたいのかよ」

 

「……虫のいい話だということは分かっている、これもまた懲りずに他人に押し付けている行為だということも理解している。それでも、あいつの立場を考えるにこの事実を伝えられる人間はお前達2人以外にはあり得なかった。私が信じて任せられる人間はお前達しか存在しなかった」

 

表情を見せたくないのか俯きながらそういう姉は、自身がISに乗っているからなのか、いつもより小さく見えた。

ここ数年で姉の身長は越したが、それでも自分より何倍も大きく見えた彼女の姿はそこにはない。

だらしのない姿は知っている、器用でないことも知っている、けれどこの姿だけは俺は知らない。

こんな姿だけは……見ていられない……

 

「一つだけ、条件がある」

 

「……なんだ」

 

「俺はあの人のこと、勝手にだけどもう友達だと思ってる。同じ釜の飯を食ったとかじゃねぇけど、そう思ってる。だから綾崎さんを助けるのは当然だし、守ってやるのも当たり前だ」

 

「ならば、お前は何を望む」

 

「決まってんだろ!これからも千冬姉があの人のことを守ってやるってことだ!今更全部俺達に押し付けるんじゃねぇ!俺は友達としてあの人のことを勝手に守るんだ!頼まれたからやるわけじゃねぇし、千冬姉が今更逃げ出すことも許さねぇ!」

 

頼まれなくとも勝手にやる、けどこっちの要求は応えろ。

自分で言っておきながら勢いに任せたせいか破茶滅茶な言葉だ。

けど上手い説得なんて俺にはできない、自分の心をそのまま伝えるしか能がない。

だからそれだけを精一杯する、その一言に全てを込める。

そんな俺の顔を見て千冬姉は少しだけ目を見開いた。

 

「……ふっ、言っていることが滅茶苦茶だぞ、一夏よ」

 

「うぐっ、仕方ないだろ、俺は俺の言いたいことを言っただけだ。箒の方こそどうするんだよ、ヤバそうだしやめとくか?」

 

「それこそバカを言うな、私にとっても綾崎はもう同じ釜の飯を食べた友だ。お前は知らんかもしれんが、ここ最近の特訓についてもアドバイスや提案をしてくれていたのはあいつだ。綾崎の言葉が無ければお前は試合当日までずっと私に剣道をさせられていたぞ」

 

「嘘だろ!?守るどころか助けられてしかいねぇじゃねぇか!あっぶねぇ!!」

 

「くくっ、一夏には黙っているように言われていたが、もういいだろう。友人らしく後から文句の一つや二つ受け取ろう」

 

「……そりゃいいな、俺も後でお礼言っとかないと。礼も兼ねて今日は俺が夕飯を作るってのもいいな」

 

「そうだな、それは私も楽しみにしていよう」

 

最初はどこか綾崎さんを警戒するような素振りを見せていた箒から衝撃の真実を伝えられる。

けれど、"友人らしく"という言葉が凄く心に響いた。

なんだかんだ彼女には俺も知らないうちに影から助けられてばかりで、きっとまだその1割も返せてはいないのだろう。

けれど、貸し借りだのなんだのと義務的に彼女を助けるつもりはない。

助けたいから助けるんだ、自分の心のままに。

 

「だからさ、千冬姉。今日も寮長室行っていいよな?打ち上げみたいな……もちろん、千冬姉は強制参加だけど、大丈夫だよな?」

 

自分たちのやり取りを呆然と聞いていた千冬姉に問いかける。

そんな俺の問いに姉は少しの間反応できなかったものの、直ぐにいつもの表情に戻って言葉を返して来た。

 

「……いいだろう。今日の件で仕事は多いが、必ず間に合わせてやる。その代わり、打ち上げをするつもりならば当然お前は勝ってくるのだろうな?私は反省会に行くつもりはないぞ?」

 

「ああ、当然だ。負けて打ち上げとかできるかよ、絶対に勝って参加してやる」

 

いつも通りの雰囲気を取り戻した姉に笑みを返す。

これでもう絶対に負けられなくなった。

相手は自分なんかより完全に格上だけど、そんなこと知ったものか。

男には負けられない戦いがある、それが今なのだ。

 

「……よし。見てろよ箒、次の試合、俺は絶対にオルコットに勝ってみs

 

 

 

『キッィィッンッッ!!』

 

 

 

「……は?」

 

「なに!?」

 

気合いを入れなおそうとした矢先に鳴り響いた謎の金属音。

そして同時に鳴り響く試合終了の合図。

視界の端でその様子を見ていた箒が、その目を大きく見開いて戦闘中だった筈の画面の一点を凝視していた。

 

「何が、起きた……?」

 

千冬姉ですら困惑する異常事態。

盛り上がっていた会場も既に静まり返っている。

 

結局この試合、結果は引き分け。

30分もの間、綾崎さんはあの弾幕に当たるどころかブースターも最小限にしか使用していなかったのかSEを6割以上残していた。

しかし反面、オルコットは自慢のレーザーライフルを完全に破壊され、射撃で大量に消費したせいかエネルギーも底をつきかけていたという。

 

……そして同時に、アリーナのバリアにもヒビが入っているのが確認された。

原因は間違いなく突如として響いたあの金属音。

加えてその事実に一番驚いていたのは、他でもない綾崎さん自身だった。

 




--おまけ話--

「……綾崎、醤油を取ってくれないか?」

「あれ?もしかして味薄かったですか?」

「いや、そうではなくてな。今日はなんとなく塩分が欲しい」

「はぁ……大丈夫ですか?熱中症気味だったりとかしません?」

「そんなことはない、気にし過ぎだ。お前は時々大袈裟だな」

「まあ、育った環境が環境ですから。周りに子供達が多いと、少し大袈裟なくらいで丁度よかったりするんですよ。数時間前まではしゃいでた子が、急に熱を出して寝込む事とか普通にありましたし」

「なるほどな……いや待て、まさか私はその子供達と同じ扱いをされているのか?」

「え?あー、確かにやってる事は変わらないかもしれません。料理作って、着替えを出して、朝見送って……よく膝枕をねだってくるのも一致していますし」

「………」

「僕としては別に気にしてないんですけどね。むしろいつもとやってる事が変わらないので、個人的にはほっとしているというか。安心感があるくらいです」

「………」

「……千冬さん?」

「いや、今私の中で欲望とと羞恥心が戦っている。お前は気にしなくていい」

「そ、そうですか……あ、もうそろそろ出る時間ですよ?千冬さん。玄関までお見送りしますね、身嗜みもチェックしないとです」

「あぁ……なるほど、こういうところか……」

「………?」

そのまましっかりコロコロまでされて、千冬は本当に頭痛がした。

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