side鈴音
「転校生?こんな時期にか?」
「というか遅れて入学してきたって扱いみたい!隣のクラスの話なんだけど、なんでも中国の代表候補生なんだって!クラス代表じゃないから代表戦には出れないみたいだし、助かったね!織斑くん!」
「ま、まあ確かにそうだな……」
「とは言うが、例え相手が専用機持ちでなくとも、クラス代表を引き受けるほどの熱意を持った相手に一夏が油断できる要素など微塵も無いがな」
「そうですわね、現状の一夏さんの実力はクラス内だけでも4番以下ですし。相手の力量云々で勝敗を語るには実力が足りませんわ」
「うわぁぁぁ!ISに関する2人の評価が厳し過ぎるよ綾崎さぁぁん!!」
「えっと……大丈夫ですよ?織斑くんもちゃんと成長しています。ただ"ちょっと"2人の成長速度が、織斑くんよりも"かなり"早いというだけで……」
「"かなり"って言っちゃったよ!"ちょっと"はどこに行ったんだよ!綾崎さんでもフォローできないとか辛過ぎるだろ!!」
やんややんやと騒がしい1組の教室。
けれどなんとも仲の良さそうで、この女性だらけの空間の中でも一夏はしっかりと馴染めているようだ。
そして、私こと凰鈴音はそんな様子を教室のドアから何処の家政婦ばりに覗き見ていた。
(ぐぬぬ、中に入るタイミングを逃した。ほんとはクラス代表云々の話の所で入ろうと思ったのに……!)
昨晩、綾崎奈桜と名乗った彼女のおかげで何とか事務室が閉まる前に手続きを行うことができた私は、自分と同部屋のティナ・ハミルトンという女生徒が2組のクラス代表だということを知った。
クラス代表とは何かと綾崎に尋ねれば、選ばれた生徒は今度行われる代表戦に出場することとなり、そしてあの一夏が1組のクラス代表であるというではないか。
自分の今の実力を一夏に見せるには最高の機会だ!
そう考えた私は案内をしてくれた綾崎にお礼を述べ、早速同部屋の女生徒にクラス代表を変わってくれるよう頼み込みに行った。
どうやら彼女も無理矢理クラス代表を押し付けられていたらしく、むしろこちらからお願いしたいと喜んでいたのを思い出す。
私も一夏が専用機を貰ったという事は既に知っていたので、きっと一夏も強力なライバルとして突然現れた自分を注目してくれるに違いない。
そしてそこで一夏をボコボコにすれば、指南役としての地位を手に入れることだって出来る筈だ。
自分でも惚れ惚れする程の完璧な作戦だ、私の未来は明るい。
そう思い、こうして朝からスキップをしながら1組の教室までやってきていたのだ。
「……それなのに、」
「一夏、今日から私との模擬戦の回数を増やすか」
「でしたら私と箒さんの2vs1で行いましょう。多少過酷な訓練になりますが、本番まで毎日続ければ嫌でも戦闘慣れすると思いますわ」
「名案だな、セシリア。一夏は頭で考えさせるよりも体に叩き込んだ方が覚えが早い、採用だ」
「殺す気か!?殺す気なのか!?訓練官達がスパルタ過ぎて明日の自分を投げ出したい!」
(……なんか、ちょっと可哀想に思えてきたわね)
ポニーテールの少女は昨日会った綾崎の子供である篠ノ之箒という名前だったか。どこかで聞いた名前だが、立ち振る舞いからして何らかの武道に精通している人間なのだろう。
金髪の方は多分事前に報告を受けていたイギリスの代表候補生とやらだ。私はよく知らないけど、専用機を持っていることから実力に間違いはないはず。
そんな2人が一夏に対して2vs1でボコボコにするというのだ。
……いや、確かにそんな相手達と2vs1で戦うことに慣れることができれば、訓練機を扱う一般生徒を相手にするくらい造作もなくなるかもしれない。
けどそれまでは普通に地獄だと思うんだけど、そこの所どうなのよ。
(正直、『一夏の周りの女鑑定士』の私からすれば、ポニテの子と金髪の子は一夏に惚れてる節があるのよね。綾崎はやっぱり無さそう。
でも2人とも訓練に関しては関係なく厳しいってのも不思議な話よね。こういうのって大抵、訓練相手としての立場を取り合うようなものだと思うんだけど……)
それだけISに対して2人が真剣に考えているということだろうか?
それとも男性操縦者として狙われる可能性の高い一夏の身を案じて?
そんな風に彼女達の行動の理由を考察している私だったが、やはり聞いた方が早いというのが結論だった。
昨日話した感じではポニテの子はいい子だったし、一夏が仲良くしているのなら金髪の子も性格は悪くないはずだ。いざとなれば大人な綾崎がいるのだし、自分があの輪に入っても特に問題はないだろう。
というか昨日会ったばかりなのに、綾崎が居るというだけで何の根拠もない安心感があるのも不思議な話だ。
それも年の功というものなのだろうか。
(……よし、それじゃあ私も)
いざぁ!!
そう扉私がにかけた右手に力を入れた瞬間、耳に入り込んできたある一言が原因で、私の思考は世界の彼方まで吹き飛んでいってしまった。
「と、こういった感じで一夏さんの訓練を行いたいと思うのですが、何かアドバイスを頂けないでしょうか?"お母様"?」
【お母様】
『お母様』
[お母様]
「お母様」
お母様
おかあさま
おかあ、さま?
「…………おっ!?おおっ!?お、お、おっ!?」
あまりの衝撃に「お」しか言うことができなくなってしまった私を置いて、金髪の少女は綾崎に話を向ける。
何かの間違いではないかと「お母様」と呼ばれた優しげな女性の方を見るが、彼女もそう呼ばれるのが当然であるかのように微笑みながら一夏のフォローをしていた。
そう、つまり、あの場所にいる全員が金髪の少女のその発言に少しの疑問も持っていないのである。
(え!?親子!?この2人も親子なの!?だから何歳差の親子なのよ!?いやそれはもういいけど、綾崎の娘が金髪碧眼って絶対おかしいでしょ!?事情!?そこにはまた海より深く山より高い事情があるの!?もしかしてまだ何か隠してる感じだったの!?波乱万丈過ぎるでしょ綾崎の人生!?)
しかし、もしそうだとすればこれはとんでもない事実である。
二女の母、そして父親は違う2人!?
この事実に彼女達は気付いているのだろうか……いやもしそうなら普通気が付くか。何を言ってるんだ私は。
いやいやそうではなくて、落ち着け私。
物事を表面だけで捉えてはならない、私はそれを昨日知ったはずだ。
考えてみれば直ぐに分かる。
綾崎は複数人と関係を持つような軽薄な女性ではない。
彼女は間違いなく生涯でたった1人の男性だけを愛し、最愛の夫を亡くした後も生涯その思いを抱き続けたまま独身を貫くような、一途だけれど切ない、存在だけで悲愛小説1本が書けるような純愛な女性だ。
きっと金髪の子が綾崎のことを「お母様」と呼ぶのはカモフラージュ。
恐らく金髪の子は綾崎とポニテの子の本当の関係を知っていて、ポニテの子が偶に「母さん」と呼んでしまっても問題が無いように『綾崎を母親の様に慕っている自分』を演じてそのミスをカバーしているに違いない!
だってそうじゃないと綾崎が夫以外の男に望まぬ子を孕まされて〜なんて嫌な話しか考え付かないんだもの!悲愛小説が書けるって言ったけど、そんな展開の話は誰も望んでいないわよ!
これはこういう話でいいの!
金髪の子の父親が昔に手を出したのが当時従者だった綾崎で、なんて話はここには存在しないのよ!
私の中ではその話はこれで終わりなの!終わり!閉廷!
……はっ、でも待てよ?
もし金髪の子が本当に綾崎のそういう子供だったとすれば、全てが納得出来てしまうのではないか?
例えば時々綾崎がポニテの子だけではなく、金髪の子に対しても慈愛と悲しみが共存したかのような笑みを浮かべることも、そういう事情があるならば当然の話だ。(女装している自分に悲しんでいるだけ)
綾崎に夫の影が見えない事もそうだ。(無いのだから見える訳がない)
この学校にいる以上は寮生活をしなければならず、夫とは離れてしまう。
そしてそれは家庭としては問題のある状態で、綾崎ほどの女がそれを容認するとは思えない。
故に選択肢としては綾崎がこの学校に通わなければならない理由が相当に重いか、夫とは既に別れている二択が残る。(もっとある)
だが、もし理由が前者だとすれば綾崎のあのむしろ開き直った様な明るさはおかしい。(女装に対する開き直り)
つまり答えは後者だ。(あまりにも強引)
綾崎は望まぬ子を孕まされた事で夫からとうの昔に見放されてしまい、それでも今日まで必死に女手一つで娘を育ててきたのだろう。
それに、あの綾崎のことだ。
きっと望んで産んだ子でなくとも、そのせいで箒の方の父親と上手くいかなくなったとしても、両方を関係なく愛すことができるだろう。
罪の無い子供に八つ当たりなど、決してしない筈だ。
……それでも、それでもその心の内に何の迷いや後悔も背負っていないなんて事は有り得ない。
ましてや彼女は今、なんの因果が娘達と同じ学校に通っているのだ。
そんな綾崎が何を思い、どう感じているかなんて所詮は第三者である私なんかには分かるわけもない。
ただ分かるのは、綾崎はこうして生きているだけでも心を削っているということだけ。
……なんということなの、どんどんパズルのピースが私の望まない方向へと埋まっていくじゃない。(埋まってない)
ここまで来れば金髪の子と箒が姉妹なのは確実。(そんなことはない)
金髪の子はイギリスの父方の方で育ち、本妻に冷遇されながらも弛まぬ努力をして代表候補生になった。そして今、ようやくこうして、IS学園という場所ではあるけれど、本当の母親である綾崎に会うことができたのよ。
金髪の子が綾崎にあれだけ懐いていて、声をかけて貰うだけで過剰に嬉しそうなのは、それが理由に違いないわ。
そして日本で過ごしていた箒と離れて過ごしていた金髪の子、2人の確執を埋める為にも私が来る今日この日まで尽力していたに違いない。箒もまたそんな綾崎の姿と、金髪の子の境遇を理解して、ああして仲良くしているに違いないわ。
うぅ、綾崎。
いや、綾崎さん。
貴女は本当に大変な人生を歩んできたのね。
本当にそれだけで大ヒット小説が書けてしまいそう。
なんということだ、なんということだ……金髪の子の一言からこんなところまで繋がってきてしまうなんて。
自分の天才的な頭脳が恐ろしい。
そして自分がそんな状況なのに、昨日の私みたいな困っている人間を放っておけないなんて。綾崎の聖人具合は本当に凄い。
私の想像(妄想)だと、綾崎の心の現状については私以外に誰も気付いていないと思う。
金髪の子と箒、そして綾崎の関係を知っている人も少ない筈だ。
きっと他の人には"母親のように慕っている"とでも言っているのだろう。
勿論、その違和感に気付かれないように綾崎自身も日々気を使っている筈だ。
……だが、そんなことを続けていれば彼女はきっと潰れてしまう。
(けど待って、私は本当にここから先に踏み込むべきなの?見ず知らずの私がそこまで知っていると知ったら、綾崎は余計に気を負うんじゃないかしら)
そもそも、真実を知ってしまったからとは言え、彼女のためにそこまでする義理などどこにもない。
昨日の礼なら彼女達の関係を黙っているということでチャラなはずだ。
余計な波風を立てないためにも放っておくのが最も無難な選択だろう。
(……でも、そんなことできるはずないじゃない!)
そうだ、一言二言話しただけだが、それでも私は彼女の心根を知ってしまった。どんな環境で育てばあんなにも慈愛に満ちた女性が生まれるのか、私には想像もつかない。
けれど確かに一つ確信できることは、あんな素敵な女性は世界に2人と居ないということだ。
女としてこうあるべきだという目標にするべきレベルの女性である。
どれだけの苦難を前にしても、最後まで愛を持ち続けるその強さ。
これぞ本当の女の強さというものだ、私はそれに憧れる。
そんな人を見捨てる?
こんなにも素晴らしい女性を?
バカを言うな。
代表候補生になるまでに色々と過酷なことはあったが、それでもそこまで落ちたつもりはない。
(それになにより!)
こんな良い人を見捨てるなんて、私が許しても一夏が許さない!
私は一夏の横に立つ人間になると決めた、だったら彼に対して後ろめたい思いをするような真似は絶対にできない。
彼に報告して、胸を張れるような生活をしなければならないのだ!
(だから!)
「……大丈夫よ。あなたのことは、私がしっかり守るから」
彼女の悲しい笑顔が忘れられない。
何かを隠して、飲み込んで、それでも笑おうとする仕草が頭から離れない。
彼女はきっと、私の想い人である一夏のフォローもしてくれている。
そうでなければ一夏の周りの女達がギスギスしていない筈がない。
一夏がこの女だらけの空間で日々過酷な訓練を受けながらも頑張れているのは、きっと彼女のメンタルカバーがあるからだ。
いつか一夏の隣に立つ女として、私はその恩を返そう。
彼女が自責の念に押し潰されてしまうことのないように、微力ではあるが努力をしよう。
私は言葉と共に、彼女と想い人である一夏に対して誓った。
凰鈴音はこうして盛大な勘違いと、あまりに失礼な思い込みを抱えたままIS学園での生活を送っていくことになる。
真実を知ることになるのは、まだ遠い先の話……
ちなみに直後に背後から出席簿で叩かれて自分の存在が明るみになったことは別の話である
おまけ
「ねえ一夏?あの綾崎って子、どうなのよ?」
「どうって……何がだよ、鈴」
「そんなのその、あれよ、一夏的にはどういう印象なのかなって」
「ああ、そういうことか。……う〜ん、理想の女性って感じだよな。こんな人が居たらいい、っていうのが本当に目の前に現れたみたいな」
「それは……まあ、否定できないわね。一夏もああいう人がタイプなの?」
「ぶっ、タイプって……!」
「別にいいじゃないの、教えなさいよ」
「えぇ……いや、まあ憧れるけどさ。あれくらいになると気が引けるっていうか。優しい女の人って珍しいからさ、俺もどう接すればいいのかよく分かんないんだよな」
「なによ、私だって優しいじゃない」
「綾崎さんと比較しても同じこと言えるのかよ」
「……それは卑怯じゃない?」
「だってあの人、マジで何が起きても暴力とか振るわないんだぜ?」
「例えば?」
「……昨日散々箒達にボコボコにされたんだけどさ、俺、綾崎さんの着替え見ちゃったんだよな」
「は?万死に値するどころか、今すぐ首を掻っ切るべき案件じゃない」
「ああ、うん、俺もそう思うんだけど……その時、あの人どんな反応したと思う?」
「うーん……その感じだと暴力は振るわなかったんでしょ?びっくりして逃げ出した、とか?」
「『ただの事故ですから、あんまり気にしないで下さいね』ってむしろ気遣われた」
「うわぁ……」
「マジで、マジで死にたくなった。人を殺してしまったのに無罪判決受けた時みたいな、凄まじい罪悪感で押し潰されそうになった」
「そこまで来たら、いっそ殴られた方が楽だったでしょうに」
「あの人マジでそういう人なんだよ。あそこまで来るとなんかもう、心配になる」
「そんな反応してたら……(そりゃ襲われるわよね)」
「……っ、とりあえず俺今からグラウンド行くから」
「は?なんでよ?もう授業も無いでしょうに」
「自分への罰……あの時の綾崎さんの姿を思い出す度にグラウンド走る事にしてんだ……疲れても苦しくても罪悪感で死ぬまで走れるから、体力付けには最適なんだよ……はは」
「うわぁ……」
完全に壊れてしまった幼馴染みの姿を見て、適度な罰というものは必要なのだと鈴音は改めて思った。