IS - 女装男子をお母さんに - 改訂版   作:ねをんゆう

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20 鈴ちゃんの勘違い!3つ目☆

side奈桜

 

「一夏のバカぁ!!」

 

そう言って寮監室から走り出る鈴ちゃん、一方で頬を叩かれて呆然としている一夏くん。そんな様子を遠巻きに見守っていた僕と箒ちゃんと千冬さんの思いは一致していた。

 

(((一夏(くん)ェ………)))

 

 

 

 

中国代表候補生 凰鈴音

一年半という短期間で専用機を持つまでに至ったというその才女は、なんと一夏くんの第二の幼馴染だったという。

直接話した感じでは真っ直ぐという言葉が色んな意味で似合うような子で、僕も非常に好感が持てた。そんな彼女とは今日の朝、1組の扉の前で千冬さんに後頭部を叩かれていたのを発見して再会した。

その後も昼食時にいつものメンバーを含めて会話をすることになり、先日に事務室まで案内した時のやり取りも含めて、改めて彼女という人間の良さを掴むことが出来た。

しかし、そんなこんなで終始いいムードで続いた会話だったのだが、その時に漏れてしまった『一夏くんと箒ちゃんが同部屋』という情報によって事態は一変することとなる。

 

「わ、私だって幼馴染なんだから一緒の部屋でもいいじゃない!代わってよ!」

 

彼女も例に漏れず一夏くんに惚れてしまった女の子だったらしい。

当然、同じ気持ちの箒ちゃんの返事はNO。

それでも納得できない彼女に寮監に相談してみることを提案してその場を収めたが、もちろんこれだけで完全に収束するわけがない。

放課後、彼女は早速と寮監室にやって来たのだが……

 

「そんな我儘が認められるか。一夏の1人部屋も用意することが決まっているのだ、これ以上私の仕事を増やすな」

 

ズバンっと言い放たれた千冬さんの一言によって鈴ちゃんは無残に切り捨てられた。2人は顔見知りだったらしく、鈴ちゃんは千冬さんのことが苦手なのだと一夏くんは言っていた。

多分この様子では寮監室に入って顔を見た瞬間から絶望していたに違いない。

 

そして、そんな地の底まで落ちていた鈴ちゃんが起死回生のために切り出したとっておきの切り札。

それが彼女が昔一夏くんと交わした約束であった。

 

『私が毎日酢豚つくってあげる!』

 

とても可愛らしい約束である。

"付き合ってほしい"

"結婚してほしい"

そんなことを素直に言うことが出来ない少女が、少ない恋愛の知識を必死にフル活用して、自分でも作ることができる料理に当てはめた渾身の一言だ。

 

……恐らく、今以上に鈍感だったであろう当時の一夏くんに対して、その本心が伝わっている可能性は限りなくゼロに近いような気もするが、鈴ちゃんからしてみれば返事が貰えた瞬間に狂喜乱舞したはずの出来事だ。

だからほら、その後の数年間で一夏くんが約束の本当の意味について気付いてくれている可能性もあるかもしれない。もしかして「自分の言葉には責任を持つ」くらい男前のことを言ってくれるかもしれない。

そんな僅かな可能性を僕や千冬さんは願っていたのだが……

 

「ああ!毎日酢豚を"奢って"くれるって約束だろ?」

 

残念無念。

やっぱり一夏くんは一夏くんだったよ。

これには先程まで頭に血が上っていた箒ちゃんやセシリアさんも冷ややかな視線を送っていた。

 

……まあ、箒ちゃんに関しては特に同じ幼馴染という立場上、自分があの場に立っていた可能性もあったもんね。

同情くらいしちゃうし、一夏くんをジトッと睨めつけたくもなるよね。

だって関係ない僕ですら鈴ちゃんのことを思うと涙が出そうだもん。

 

パァン!

 

「一夏のバカぁ!!」

 

織斑くんの頰に平手打ちを叩き込み、鈴ちゃんは走って部屋を出ていく。涙を流し顔を大きく歪めながらも、そんな自分を隠すように振り向きもせず走り去った。

一方で頰に真っ赤な紅葉を咲かせた織斑くんは、突然の出来事に何が起こったのか分からないといった顔でただただ呆然としていた。

女性陣からの視線は冷たく、鋭い。

 

……はい、ここからは僕の時間です。

任せてください、こういう時にしか活躍できませんから。

必ずや鈴ちゃんの笑顔を取り戻して見せますとも。

 

「ええと……私、鈴音さんの様子見てきますね?織斑くん、今日の夕飯の準備、任せてしまっても大丈夫ですか?」

 

「あ、ああ……悪い綾崎さん……」

 

「いえ。それと箒さん、もし箒さんが鈴音さんと同じ立場なら、この後どこに向かいます?」

 

「へ?あ、ああ、そうだな……屋上か自室か?いや、会って数日と経たない人間と同室なら自室はあり得ないな」

 

「なるほど、参考になります。それでは千冬さん、行ってきますね」

 

「毎度のことだが愚弟が迷惑をかけて悪いな」

 

「いえ、好きでやっていることですから」

 

そう言って僕は手近にあったタオルを手に取り、鈴ちゃんを追って廊下へと出る。織斑くんはそんな僕を見て、なんとも言えない顔をしながら台所へと向かった。

別に迷惑とか思ってないから気にしなくてもいいのよ?

本当に好きでやってるいることですし。

 

「ここから屋上なら直ぐだけど、あんまり直ぐに行っても良くないよね」

 

例えそれが気付きにくいものだと分かっていたとしても、想い人と交わした大切な約束を、再会した喜びも束の間にその当人によって壊されてしまったのだ。きっと一夏くんと同じ学校に通えることを楽しみにしていた彼女にとっては味わう絶望も尚更だろう。

少しくらいは人の目を気にせずに泣く時間も必要だ。

僕が向かうのはある程度泣いたその後でいい。

 

そうして僕は一夏くんに『鈴音さんと一緒に食べるので、私の分の夕食はいりませんよ』とメールをしてから屋上へと踏み込む。

 

もしこれが男の身なら傷心の女の子につけ込んで下心云々……と色々言われることはあるだろうけど、今は女の身だ。純粋に彼女の心配ができるのだから、そういう意味では女装も悪くない。

 

屋上ではやはりと言うべきか、ツインテールの少女がベンチの上で蹲りながら泣いていた。

その小さな身体を震わせて、声を殺しながら嗚咽を漏らす。

素直に声を上げて泣かないのも、彼女の強がりなのだろうか。

僕は驚かせないためにわざと扉の音と足音を隠さないようにして、びくりと一瞬だけ跳ね上がった彼女に近付いた。

 

「鈴音さん」

 

僕の一言に反応し、鈴ちゃんは涙でぐちゃぐちゃになった顔をゆっくりとこちらへ向ける。そんな彼女を見て、僕は持ってきたふかふかのタオルを手にベンチの前にしゃがみ込んだ。

鈴ちゃんを見上げるような形で。

 

「あ、あやしゃき……?な、なんでここに…」

 

「なんでと言われましても、『友人が心配だったから』以上の理由を私は持っていませんよ?」

 

優しく微笑みながら彼女の涙を拭くと、僕のかけた言葉に彼女は一層悲しそうな顔を深めて涙を流し始める。

泣かせたかったわけじゃないんだけどなぁ

 

「よければお話、聞かせていただけませんか?」

 

一通り涙にまみれた彼女の顔を綺麗にした後、彼女にタオルを手渡して僕は尋ねた。何が起きて何を思ったのかは大体想像できるが、こういう時はやはり吐き出すのが一番だ。

心の中に溜め込み腐らせてしまうのが一番マズイ。

僕は鈴ちゃんの顔を下から覗き込みながら話を待つ。

 

「……私ね、一夏のことが好きなの。ずーっと前から」

 

「……そうですか」

 

「うん、大好きなの。小学校5年生くらいの時にね、まだ日本に来たばかりで日本語が上手く喋れない私を助けてくれた一夏を見て、それ以来ずっとずっと好き。あいつのことを考えない日なんて1日もないくらいに好き」

 

「代表候補生になったのも、織斑くんの影響ですか?」

 

「……うん。私ね、両親が離婚することになって、そのせいで中国に帰ることになったんだ。大好きだったお父さんも居なくなって、一夏とも会えなくなって、ほんとに全部無くなっちゃったって思ったの。でもね、偶然受けた適性検査でIS適正値がAだってことが分かってね、『これだ』って思ったんだ」

 

「鈴音さんは何と思ったんですか?」

 

「私が頑張れば一夏にも自分の今を伝えることができるって思った。私には一夏のことは分からないけど、せめて一夏には私のことを知っていて欲しかった。……だから私、必死に頑張ったのよ?

それこそ、寝食以外の時間を全部費やして、先輩達の教えを請うためにたくさん頭を下げて、生意気だって嫌がらせをしてくる奴等にも耐えて、模擬戦で見返してやった。IS学園への入学だって、無駄な時間になると思って一度は断ったくらいなんだから」

 

「ふふ、鈴音さんは凄いですね。いくら好きな人のためとは言え、なかなかできることではありません」

 

「……でもね、正直、恐怖とか強迫観念めいたものもあったのよ。あの日に一夏に助けられて以来、私はどこか一夏のことを追いかけてるイメージがあったから。

『頑張らないと忘れられる』、『頑張らないと一夏の横を他の女に取られる』、『こうしている間にも一夏は前を歩いてる』なんて考えがずっと頭の中にあって、今思えば努力を続けたのもそうしていると心が楽だったからって理由の方が強かったかもしれない。

挙げ句の果てに最近は自分の選択に『一夏に失望されないように』なんて、一夏に責任を押し付けるような理由付けをしてる始末なのよ。

今日の約束だって、あの程度のことで一夏が意識するはずないなんてことは、幼馴染である自分が一番よく知っていたはず。それなのに私は自分の都合のいいように、それからずっと目を逸らし続けてただけ。一夏は何も悪くない」

 

「鈴音さん……」

 

「私はね綾崎、人様に胸を張れるような人間じゃないのよ。一夏の隣に相応しい人間に、まだなれてない。そんなこと理解してたはずなのに、それなのに、なんで私ここに来ちゃったかなぁ」

 

僕の手渡したタオルで顔を隠しながら、彼女は再び嗚咽を零し始める。

『何が起きて何を思ったのかは大体想像できる』なんて偉そうなことをさっきは言ったけれど、そんな自分を殴ってやりたい。

僕は彼女のことを何も分かってはいなかった。

 

きっと彼女は、一夏くんと別れたその日から、ずっと自分の心を絞め続けてきたのだろう。離婚した両親、引き離された友人達、もう一度会えるかどうかも分からない想い人。

中学生の真っ只中という時期に、荒れ狂う心の底を誰にも打ち明けることができず、彼女はその全ての感情を自己の中で処理し続けた。

その結果がこれだ。

理性が及ばないほどに強迫観念と不安が肥大化し続け、冷静な思考すらも蝕まれ、何かに集中していないと、何かで言い訳を作っておかないと、正常では居られない精神性。両親の離婚と同時に国を隔てた突然の別れをするなど、この年頃の子供には過酷過ぎたのだ。

これでは正直、毎晩しっかりと眠れているかも怪しい。

クマは見当たらないが、睡眠薬を使用している可能性だってあるだろう。

……いや、鈴ちゃんの性格を考えると、そうしている可能性は高い。

 

「ねえ、鈴音さん。織斑くんの隣に立つ人は、一体どんな人が相応しいと思いますか?」

 

「え?そ、そうね……強くて、一夏のことが分かってて、一夏のことを支えられる人間かしら。……まだ、私はそんな人になれてないけど」

 

「本当にそうでしょうか?」

 

「へ?」

 

顔を上げる鈴ちゃん、そんな彼女の頭を撫でながら僕は言葉を続ける。

それは"勘違い"だと。

 

「極論を言ってしまえば、私はどんな人間であろうと織斑くんの隣に立つ可能性はあって、織斑くんが最も求める人間になれる可能性があると思うんです。そこに女性としての条件や資格なんて存在しない、大切なのは彼の近くにいることだけ」

 

「……どういう、ことよ」

 

「織斑くんの隣で共に戦い続ける勇敢な女性、織斑くんが守りたいと思うようなか弱い女性、様々な勢力から狙われる織斑くんを守り続ける強い女性。もっと言えば、織斑くんを執拗に狙って暗殺に来る危険な女性にだって可能性はあると思うんです」

 

「つまり、私の努力は無駄だったって言いたいの?」

 

「本当にそう思いますか?」

 

「……思いたくない。でも、だったらあんたはさっきから何が言いたいのよ!」

 

喜怒哀楽、様々な表情を見せる彼女。

それはきっと、彼女の強い長所だ。

誰だってきっと、心を隠して何も話してくれない人より、隠すことなく表に出してくれる人と居る方が気が楽なのだから。

 

「織斑くんの隣に居ることのできる今、鈴音さんにもチャンスは有り続けるということです」

 

「……!!」

 

「織斑くんがIS学園に入学できて、鈴音さんにも入学の話が来た。これは単純な話、鈴音さんにとって正に奇跡的な偶然でもありますが、同時に鈴音さんが自らの手で掴み取った成果でもあるんです。鈴音さんが今日まで努力して来なければ、その話は鈴音さんの元には来なかったのですから。……鈴音さんは、それを無駄にしたいのですか?」

 

「でも、それは……」

 

「鈴音さんは今までずっと頑張ってきました。駆け引きやコネ作り、そして強いIS操縦士になるための努力を。そしてようやくチャンスは巡ってきました、貴方の努力が報われたのです。ですから、これからはそのチャンスを掴み取るために、また違った努力をしていきましょう」

 

「ど、どんな努力をすればいいの?」

 

「ふふ、それはですね……織斑くんが惚れてしまうような、ステキな女性になるための努力です♪」

 

「っ!!一夏が惚れてくれるような、素敵な女性に、私が……?」

 

「そうです、他でもない鈴音さんがです。鈴音さんが魅力的な女性になるんです。もちろん、私も手伝います」

 

呆然として居る彼女にニッと笑いかける。

一夏くんも羨ましいことだ、こんなにも自分のことを思ってくれる素敵な女性がいるのだから。

それに気付かないだなんて、罰当たりもいいところだと思う。

 

一瞬嬉しそうな顔を浮かべようとする鈴ちゃん。

けれど直後、鈴ちゃんは一瞬何かを思い出したようにハッとし、暗い顔をして俯きながらこんなことを言い始めた。

 

「……でも、いいの?だって綾崎は箒のことを応援したいんじゃないの?それに、そんなことになったら綾崎にだって迷惑をかけて」

 

「バカを言わないでください」

 

「あう」

 

ぐっと顔を近づけてコツンと彼女の額を小突く。

こんな時にまで私の心配をするなんて、良い子過ぎるにもほどがある。

 

「まず誤解を解いておきますが、私は織斑くんのことに関しては誰が勝ってもいいと思っています。誰かにだけ偏るつもりもありません、勿論助けを請われれば協力はしますが」

 

「だから!それじゃあんたに負担が……!」

 

「負担だなんて思いませんよ」

 

「っ!?」

 

なぜか驚愕したような表情をする鈴ちゃん。

しかし、これが僕の偽らざる本音だ。

 

「鈴音さんは知っていますか?誰かに頼られるっていうのは、存外とっても心が温まることなんですよ?」

 

頼られたい、頼って欲しい、それが僕の根本だ。

だから、負担なんかじゃない、なるはずがない。

人に頼られなければ、僕は僕でいられないのだから。

 

「う、うぅぅ……あやさきのお人好しぃぃぃ!!!」

 

「ひゃあっ!?ど、どんな泣き方をするんですか鈴音さんっ!?……もう」

 

抱きついてきた鈴ちゃんを受け止める。

本当にこの子は泣いてばかりだ。

渡したタオルだってもう十分に涙を拭くこともできないくらいに。

 

……でもこれじゃあ、もう自分の本当の性別を隠すつもりで生きないとダメだろうなあ。

ここに来てから偽りの性別で居た方が都合のいいことが多過ぎて、なんとも微妙な気持ちになるばかりだ。少なくとも、3年間の間は性別を隠し続けることがもう確定したように思う。

 

「……私、決めた!次のクラス代表戦で一夏に勝って、一夏の訓練に入れてもらう!これでも私、近接戦闘も遠距離戦闘も両方こなせる天才なんだから!それに、短期間で成長したいなら私以上に適任はいないでしょう?」

 

立ち直った鈴ちゃんは素敵な笑顔でそう言い放った。決意を固めた彼女の姿は、女性の強さというものをこれでもかと放ち続ける。

眩しいなぁ……こんな素敵な子にも思いを寄せられているなんて一夏くん、多分世界中の男性が嫉妬すると思うの。

 

ぎゅるるるる

 

「あう」

 

……まあ、どんな素敵な女性でもお腹は減るんだけれど。

こんな所も鈴ちゃんらしいと言えばらしい。

けれど、ここから先の事ももう対応済みだ。

 

「さて、お夕飯を食べに行きましょうか」

 

「え?で、でも確か食堂ってもう……」

 

「問題ありません、私が作りますから♪」

 

「……え」

 

さて、ここから先も僕の時間です。

 

 

 

 

 

「ありがとうございます箒さん、お手数をかけて申し訳ありません」

 

「なに、部屋を貸す程度のこと気にするな。食材だって私よりお前に使われた方が嬉しいだろう」

 

「またそんなこと言って……箒さんだって最近は腕を上げてきているでしょうに」

 

部屋と食材を貸して貰えないか箒ちゃんにメールすると、彼女も夕食を食べている最中だというのに直ぐに駆けつけてくれた。

一夏くんもあの状態で料理を作ったというのだから流石の一言である。

 

「ところで、その調子ではあいつは立ち直ったのだな。流石は母さんだ」

 

「ふふ、彼女も箒さんやセシリアさんに負けないくらい強い女性でしたから。でも、織斑くんには『反省してください』としっかり伝えておいて下さいね?確かに分かり難い約束でしたが、鈍感さも度が過ぎれば罪ですよ、と」

 

「ああ、一言一句違わず伝えよう。私達が言っても『約束は覚えていた』の一点張りだったからな、綾崎の言葉なら考えを改めるだろう。……それでは、また後でな」

 

一夏くんの残念な対応を伝えて箒ちゃんは去っていく。

それと同時に箒ちゃんの部屋のお風呂を借りていた鈴ちゃんが姿を現した。彼女もこのことを見越して場を去ったのだろう、気遣いのできる子だ。

 

「綾崎……?誰と話してたの?」

 

「この部屋を貸してくれた箒さんとですよ。自由に使ってもいいとのことだったので、お礼を伝えていたんです」

 

「そっか……私も後でお礼をしておかないとね」

 

「きっとお2人なら直ぐに仲良くなれますよ。……さて、サクッと作ってしまいますか。鈴音さんはもう少し髪を拭いて来た方がいいですよ、せっかく綺麗なんですから勿体ないです」

 

「そ、そう?あ、ありがとね、綾崎……」

 

鈴ちゃんが箒ちゃんやセシリアさんと仲良くなってくれるなら、これ以上に嬉しいことはない。

きっと2人にまた違った価値観や見方を与えてくれるだろう。

見知らぬ女性だらけの空間で過ごす一夏くんにも、かつての友人として安心感を与えてくれるはずだ。

 

千冬さんは……また頭痛の種が増えそうだし、それとなくフォローをしておこう。

たまには存分に酔わせて膝枕のまま寝かせる事も必要かもしれない。

千冬さんが後から羞恥に悶えるから最終手段になっているけれど。

 

「……?」

 

そんなことを考えて鈴ちゃんの姿を見送ると、彼女は突然振り向いてこちらへ笑いかけた。

そんな彼女に僕は戸惑うが、同様に笑みを返す。

 

「……ねえ、綾崎?」

 

「はい、なんですか鈴音さん?」

 

「私のことさ、鈴って呼んでよ。いつまでも鈴音さんなんて呼ばれてたらむず痒いわ」

 

「……鈴さん、でどうでしょう?」

 

「うーん、まいっか。それとさそれとさ、私も綾崎のこと呼びたい呼び方があるんだけど、いいかな?」

 

ニヒヒと笑う鈴ちゃん、なんだか嫌な予感がする。

断る理由も無いから受け入れるけれど、その悪戯な笑みは少々怖い。

 

「いいですけど、どんな呼び方なんですか?」

 

とりあえずそう返すと、鈴ちゃんは言質取ってやったりとばかりに口角を上げてこう言った。

 

「それじゃあこれからよろしくね!"ママ"?」

 

あっ、そっかぁ……

 

「え、ええ……よろしくお願いしますね、鈴さん……」

 

「えへへ!」

 

もう、好きに呼んで下さい……(諦め

ママだろうと母さんだろうと何でもいいです。

すっかり慣れ切ってしまった自分に悲しさを覚えつつ、僕はやはり全部を受け入れてしまおうと諦めた。




side鈴音 おまけ

私は今、自分の根底を破壊しようと目論む憎敵と対峙していた。

「くそ、くそっ……!認めない、こんなの認めない!」

それは私の否定、父の否定、国の否定。
決して許してはいけない、決して認めてはならない。
そんな許されるべからず相手に、私は今まさに屈しようとしていた。

「認めちゃいけない、認められないのに……!」

ダメだ、負けてはいけない、勝たなければならない。
母国の民として、父の娘として、負けることは許されない。
屈することは許されない。
それでも、それでもこの事実だけがどうしても覆せない。

「なんで、なんでこんなに……!」

目の前にあるこれは、どうしてこんなに……!



『美味しいのよォォォ!!!!』



「ふふ、お口にあったようでなによりです」

屈した、屈してしまった。
ついに陥落してしまった。
否定して、拒絶して、それでもプライドをかけて望んだこの戦いに、清々しく負けた。

目の前に存在する、この……


甘めの麻婆豆腐に……!!


「なんで、なんでこんなに美味しいのよぉ……辛くない麻婆豆腐なんて麻婆豆腐として認められないのにぃ……」

目の前に並ぶ麻婆豆腐と白米。
綾崎が冷蔵庫の中身を見て直ぐに作れると思い立ったのがそのメニューだった。
事前に『私の麻婆豆腐は辛く無いんですけど、許してくださいね』と言われた時には耳を疑って病院の手配をしようかと思った。
ただ実際に出された際にもマジで辛い風味が一切無く、もうほんとこいつどうしてやろうかと思ったのだが……

「美味ひぃ、美味ひぃよぉ……なんれぇ……」

「ふふ」

美味しい、これがもう本当に美味しいのだ。
方向性的には中学の頃に給食で出た自称:麻婆豆腐に近いだろう。
彼女は孤児院で育ったらしく、子供達の料理に刺激の強いものを作るわけにもいかずこの味へと至ったと言っていた。
だからだろうか、中華料理以外では基本的に子供っぽいと言われる私の舌にベストマッチしたのだ。
もうこれは麻婆豆腐とは別のものだと言ってやりたいが、敗北した私にそんな権利はない。
ただただ目の前のものを食して褒めるしかない。

「ご飯が進むよぉ……少しの麻婆豆腐で白米がその3倍は進むよぉ……」

「生野菜中心ですがサラダも用意しましたので、バランス良く食べてくださいね」

「ドレッシングも美味しいよぉ……」

「私の特製なんですけど、お口にあったなら今度お裾分けしますよ?」

「優しいよぉ……ママの優しさに溶かされちゃいそうだよぉ……」

この数分で私の舌は完全に彼女の虜となっていた。
綾崎の作る刺激の弱い方面で極められた料理は私の舌に合い過ぎる、体重のことなんて考えられないくらいに箸が進む。
そしてそんな私のためにサラダや飲み物などを考えて用意してくれる彼女の奉仕精神……

これができる女ってやつですか…
これが素敵な女ってやつですか…!
これが魅力ある女ってやつですか…!!

ポニテの子や金髪の子が綾崎に教えを請う理由が、本当の意味で理解できた。
約束のためとか言って酢豚だけを練習し続けてた自分が死ぬほど恥ずかしい。

(これを見越して綾崎は私に魅力的な女性になる努力をしろって言ってたのね……私はてっきり肌の手入れとかそういうのだけだと思ってたけど!)

これが経験の差!
これが年齢の差!!
これが努力の差!!!

妻として、母として、常に自分を磨き続けてきた女性としての差!
その高過ぎる壁を、遠過ぎる背中を、私はようやく視認することができたのだ!

綾崎のフォローに私も加わろうと思って"ママ"呼びを始めたけど、ぶっちゃけ私のママよりママしてる……!
追うべき母の背中がそこにある……!

(くっ!ほんとは、ほんとは私が綾崎の心のフォローとかしたいと思ってたのに……!)

ここで彼女に教えを請わないという選択肢はあり得ない!
ここで教えを請わないということは、一夏を諦めることに等しいのだから……!

(私は素敵な女性にならないといけない。だから……ごめん綾崎、このお返しはきっと他の場所でするから!)

私は内心で必死に謝罪をしながら彼女に頭を下げる。

「ママ……!お願いします!私に料理を教えてください!!」

「ええ、かまいませんよ♪」

(このお人好しぃぃぃ!)

少しも考えることなく即答した彼女を心の中で罵倒しながらも全力で感謝した。
そして、彼女への感謝に具体的には全く決めてないけれど、いずれ絶対に何らかの形でお礼をしようと心に決めた。
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