side奈桜
クラス代表戦当日、僕はアリーナの観客席に座っていた。
本来なら誘われていた故にピットに行ってもよかったのだが、一夏くんの訓練にロクに参加していない自分がそんな特等席に座らせて貰うことに抵抗を覚えたために断ったのだ。
あの日から2日ほど、一夏くんは地獄のような訓練をし続けたのだが、その甲斐もあって彼は何かを思いついたのか、考えを纏める様な仕草を取り始めた。
どんなことを思いついたのか?何を悟ったのか?
それを遂に僕達に語ってくれることはなかったのだが、何かを掴んでくれたのなら頑張って厳しくした甲斐があったというものだ。
実際やっていて僕も辛かった。
試合の方は1回戦から一夏くんと鈴ちゃんが戦うという最初からクライマックスな組み合わせとなったのだが、そのせいかアリーナは満員御礼。それはもう夏前のこの時期でも暑苦しいくらいの人口密度。
観客席の一角に陣取った1組の女子生徒達に端の方の席を譲って貰ったおかげで大分楽はできているが、朝からこれだけ人が集まる注目度の高さが嫌でも実感できる。
そんなことを考えながら試合が始まるまでの数分を手持ち無沙汰に待っていると、いつの間にか隣の席に座っていた何処かふわふわとした感じの少女が僕に話しかけてきた。
彼女のことは僕もしっかりと覚えている。
そのふわふわとした感じが、なんとなく好きだったからだ。
「ねえねえ、あやのんあやのん?」
「あ、あやのん?……ええと、布仏本音(のほとけほんね)さんですね、どうなさいましたか?」
「あやのんはさ、しののん達みたいにピットで見ないの?」
「ええ、私は彼女達ほど織斑くんに貢献していませんから。ただ仲良くさせて頂いているというだけで、その権利を頂くわけには参りません」
「うーん、考え過ぎだと思うけどなぁ」
「いいんですよ、そのおかげで今日はこうして布仏さんのような可愛いお方とお話しできるんですから」
「わー!あやのんに口説かれた〜!」
そう言って、ぐあっとこちらへ引っ付いてくる彼女。
どうやら彼女はスキンシップが激しいタイプらしい。
……まあ、少し触ったくらいで性別がバレることはないけど、こういうのは本当に困るんだよなぁ。
罪悪感が凄いのに、下手に断ると傷付けちゃうし。
仕方ないと割り切るしかないとは知っているけれど。
一通りわふわふして気が済んだのか、布仏さんが顔を上げたところで丁度一夏くんと鈴ちゃんがカタパルトから射出された。
そろそろ試合の始まりである。
今は互いに大声で色々と言い合っているが、それでもその雰囲気は決して悪いものではなく、どちらかと言えばライバル同士の様な熱血的な感じだ。
2人が自分の意思を溜め込むことなく向かい合えている様子を見ていると、自然と私まで嬉しくなる。
「あー、あやのんがまたお母さん顔してる〜」
「お、お母さん顔ってなんですか?」
「えっとね、じゃれあってる子供達を見るお母さんみたいな顔?すっごく優しい顔してるから、みんなお母さん顔って言ってるんだよ〜?」
「そ、そうだったんですか……」
自分の知らない所でそんなことを言われているとは思わなかった。
僕、そんな顔してたのかな。
なんだか自分の居ない場所でそんな風に言われていると知ると、途端に恥ずかしくなってしまう。
衝撃の真実に僕が困った顔をしていると、2人の準備が整ったのか開始の合図と共に試合が始まった。
始まりの合図と同時に正面からぶつかり合う一夏くんと鈴ちゃん。
2人はそのまま青龍刀と雪片を幾度もぶつけ合う。
戦術もへったくれもない2人の苛烈なその様子に、アリーナの歓声は増していくばかりだ。
「おー、なんか凄い」
「そうですね……でも、お2人らしい戦いです」
2人は笑いながらその武器を打ち付け合う。
弾かれれば直ぐに体勢を立て直し、弾けば全力で追い打ちをかける。
防御や回避なんてほとんど考えていない。
ただひたすらに攻撃を考える。
まるで自分の感情を叩きつける様に。
きっと武道に精通している人達から見ればもどかしい光景だろうが、少なくとも一夏くんは昨日よりもずっと良い動きをしていた。
互いに近接武器同士であるというのもあるだろうが、それでも代表候補生の鈴ちゃんと互角に渡り合っているのだから、素晴らしいの一言に尽きる。
精神的にも肉体的にも良い状態で望めているようだ。
そんな状態がしばらく続き、一際大きな衝突があった頃、最初に攻防を制したのはやはり地力と武装のある鈴ちゃんだった。
『そこだ!!』
アリーナ中に響く様な声で鈴ちゃんは叫ぶ。
青龍刀に弾き飛ばされ体勢を立て直すのに失敗した一夏くんが、その瞬間に何の前触れもなく吹き飛ばされた。
まるで見えない弾丸に撃ち抜かれたように。
思いもよらぬ攻撃に、一夏くんは少しも反応することが出来なかった。
「……反動?いえ、圧縮された空気でしょうか?」
「多分だけど衝撃砲じゃないかなぁ〜」
「衝撃砲、ですか?」
足をプラプラとさせながらニコニコしている布仏さんにそう尋ねると、彼女は人差し指を上げて得意げに解説をし始める。
どうやら彼女はISについて詳しいらしい。
これは頼りになる。
「中国の次世代兵器でそんなのがあった気がする〜。空間に圧力をかけて砲身を作って、衝撃を撃ち出すんだって〜。360度全方向に、目に見えない弾を撃てるんだよ〜♪」
「それはまた、すごい兵器ですね……」
「うん。でも空間圧縮兵器なんて燃費が良いわけないし、弾丸の威力も実弾やレーザーには劣るんだぁ〜♪」
「なるほど……布仏さんは詳しいのですね、とても助かります」
「えへへ〜、もっと褒めて〜♪」
グイグイと頭を押し付けてくる彼女に苦笑いをしながら撫でてあげると、ふにゃっとした声を出しながらこちらに倒れこんでくる。
この子は猫か何かなのかな……?
いつのまにか膝枕の体勢になった彼女を撫でているとゴロゴロと喉を鳴らし始めた。
なんだその特技、すごく可愛い。
ドンドンドンッとアリーナに3発の衝撃音が突き刺さる。
一夏くんはなんとか複雑な軌道をすることで直撃は避けているが、やはり見えない弾丸に手を焼いているようだ。鈴ちゃんも衝撃砲の燃費の悪さは分かっているのか、1発1発を無駄にならないように丁寧に射撃している。
中国での訓練で満遍なく優秀だったというのは本当らしい。
近距離戦闘だけでなく、射撃の精度もまた見事だ。
『ぐぅっ、このっ!!』
しかし、それでも最初の一発以外を全て回避している一夏くんもやはり凄い。
あの決闘の日から今日までセシリアさんの射撃を嫌という程受けていた彼だ、多少見えない程度でその感覚は揺らがないのだろう。箒ちゃんと近接戦闘しながらセシリアさんに撃たれるというとんでも訓練の成果も、こうしたピンチや極限状態でこそ発揮されているに違いない。
鈴ちゃんの顔も楽しそうであっても余裕はなく、一夏くんに対して本気で向き合っているように見える。
本当の本当に、2人は真剣で全力だ。
こうして見ているだけでも惚れ惚れするほどに、彼等は良い試合をしていた。
「ん〜、おりむーどうしたら勝てるかな〜?」
「……気持ち、でしょうか。攻撃を受けている側は体力よりも精神力の磨耗の方が甚大ですから。敵が隙を見せるまで折れることなく集中力が維持できれば、まだ可能性はあります。特に彼には零落白夜がありますから」
「お〜、なるほど〜。そういえばあやのんは攻撃受けるの得意だもんね〜、やっぱり辛い〜?」
「ふふ、それはもう。私の場合は反撃もできませんから、ただひたすら押されるだけなので毎回擦り切れるくらい精神力を使ってます。……まあ、最初から攻撃を諦めているので、これでも少しはマシなんでしょうけどね」
「……そっかぁ」
「?」
なぜか声を落とした彼女を不思議に思いながらアリーナの方へと目を向けると、丁度一夏くんが衝撃砲による土煙を利用して鈴ちゃんへと迫っているところだった。
土煙の中で軌道を変え、予想外の場所から斬り掛かる一夏くん。
以前までの彼ならば、間違いなくそのまま正面突破していただろう。
そしてその成長こそが、チャンスへと繋がった。
鈴ちゃんは一夏くんのことをよく知っている。
故に必ず正面突破してくると踏み、青龍刀を構えて張っていたのだ。
目に見えるほどに動揺し、衝撃砲のチャージ時間も足りない。
一夏くんの奇襲は成功した。
刀身が光っている。
零落白夜が発動している。
あれが当たれば一夏くんの勝ちだ。
しかしカウンターに成功すれば間違いなく鈴ちゃんは勝てる。
ここで勝負が決まると確信した僕は、思わず身を乗り出して行方を見守ろうとした。
そうして、少しだけ立ち上がって、2人の接触に集中していた……筈だった。
「っ!?」
しかしその瞬間、何故か思考とは別に、僕の身体は布仏さんを守るように身を屈める。
目の端に映った不自然な光源に、僕の体は反射的に動いた。
ただの勘だったのか、それとも本能だったのか、どれも分からないけれど、僕の身体は思考よりも先に何かを感じ取っていたのかもしれない。
「あ、あやのん!?きゃっ!!」
バリィィンッッ!
アリーナを囲んでいたシールドが弾ける。
フィールドに真っ赤な光の柱が突き刺さる。
風と土煙と衝撃波、光と砂の嵐と共に、様々な破片がアリーナ中に吹き荒れる。
「あぐっ……!」
突如として熱を持つ左腕。
見れば何かの破片が二の腕に突き刺さっていた。
もし行動を起こしていなければ布仏さんに刺さっていただろう。
今ばかりは勝手に動いたこの身体に感謝するしかない。
「あ、あやのん?何が起きたの……?」
「っ……ぐっ……布仏さん、今すぐクラスの人達をアリーナ外に避難させて下さい。外部からの侵入者です、早急に行動しなければ犠牲者が出ます」
「あ、あやのん!?怪我してるの!?」
「問題ありません、私のISにはナノマシンが搭載されていますから、放っておいてもどうにかなります。……そうだよね、恋涙」
ISを展開し、ナノマシンを散布する。
治療用のナノマシンと精神鎮静用のナノマシンを、自分にではなく周囲に向けて見境なく。なぜ周囲に撒く必要があるかと問われれば、なにより初めにパニックを起こしている生徒達を落ち着かせ、出口へ向けて誘導しなければならないからだ。
布仏さんも僕の怪我を見て一瞬だけ硬直していたが、直ぐに気を取り直して誘導を手伝ってくれた。やっぱり彼女は普段はほんわりしているけれど、色々と頭を回すことのできるとても賢い人だ。
こんな状況でも冷静に対応してくれるのだから、本当に頼りになる。
「原因は、あれですか」
アリーナ内を見ると、そこでは鈴ちゃんと一夏くんが謎のISと対峙していた。
きっとあのISが今回の騒動の原因だ。
シールドを抜いたレーザー兵器は気になるが、鈴ちゃんがいるなら一夏くんに無茶をさせることはないだろう。一夏くんだって成長したのだし、落ち着いて対処できる筈だ。
……とは言え、2人のエネルギー状態からは目を背けられない。
あれだけの戦いの後だ、十分に残っているとは考え難い。
それに、増援は多い方がいいに決まっている。
せめて避難が完了するまでの間だけでも、あのレーザーが射出されないように敵の撹乱をしなければならない。あの規模のレーザーがアリーナの壁面に向けて放たれたりしてしまえば、それこそ本当に大量の負傷者が出てしまう。
「布仏さん!ここは任せます!」
「あやのんは!?」
「織斑くん達の増援に向かいます!シールドの穴が閉じる前に入らなければなりません!」
「……!気をつけてね!!」
布仏さんに手を振り、アリーナ中にナノマシンを全開で散布しながら穴の開いたシールドへと向かう。
距離と修復速度から考えて、穴が閉じる前に入れるかどうかはギリギリだろう。あと十数mというところでペルセウスを取り出し、瞬時加速を準備する。
中では2人が話し合っている姿が見えるが、混乱している様子はない。
どちらも冷静に話し合って、作戦を立てているらしい。
やはり2人は自分のすべきことをよく理解しているようだ。
……今の一夏くんはとても頼もしく見える。
向かって最初に贈る言葉はこれにしよう。
僕が彼の立場なら、これを言われて嬉しく無いなんてことは無いのだから。そう思って今やギリギリの大きさになってしまったバリアの穴へと手を伸ばす。
これならば間に合う、そう確信した瞬間だった。
「がっ……!?」
シールドが目前まで迫ったその瞬間、今度は突如として目の前に現れた二本のブレードによって僕は吹き飛ばされた。
あまりにも早く、あまりにも重いその一撃に、僕は体勢を立て直すこともままならず、そのままアリーナの屋根へと叩き込まれる。
まるで鉄球を打ち当てられたような衝撃だった。
ブレードによる攻撃だとは思えない、これほどの攻撃は箒ちゃんですらしてこなかった。
「ぐっ!」
「あやのん!!」
布仏さんの悲痛な声が聞こえる。
彼女の視点から見れば、心配になるのも仕方ないかもしれない。
けれど、心配しなくても大丈夫だからと笑って手を振って返す。
結果的にアリーナの屋根に突っ込んでしまったが、一応ブレードの攻撃自体はペルセウスで防いでいたからだ。シールドエネルギーの損傷は最低限で済んでいるので、戦闘に支障は無い。
……ただ、やはりこれほどの出力は、例え一夏くんの白式がエネルギーを全てパワーに振ったとしても出せないだろう。
それほどに異常な一撃。
これを繰り出した相手のことを考えると、お世辞にも大丈夫とは言えないかもしれない。
「はっ!所詮は学生かと思ってたのになかなかやるじゃねえか、今のを防いだのは褒めてやるぜ?」
屋根の瓦礫の向こう側、土煙の間から見えるフルアーマー型のIS。
音声から聞こえる高飛車な女性の煽り声。
……間違いなく、あれが今回の僕の敵だ。
そして恐らくではあるが、自分の手に負える相手ではないだろう。
機体もまた、どうやら普通ではないらしい。
「……さて、どうしましょうか」
だからと言って、自分以外の他の人の手でならば抑えられるかと言えば、それもまた別のお話だ。少なくとも今の一撃で相手の実力と機体の性能があまりに規格外なものであることは明らか。実力のある先生方が出て来たとしても、機体の性能差でどうにもならないように思う。
もし仮に千冬さんが出てこれたとしても、打鉄では全力稼働可能時間の15秒以内に勝負を決することは出来ないだろう。
……どう考えても、これは自分が抑えなければならない。
少なくとも人を集めるための時間稼ぎだけは、僕がやらなければいけないことは明白だった。
おまけ
「なんだ……あれは……」
「織斑先生!校舎の方にも正体不明の機体が現れました!恐らく同型です!」
「今直ぐ全教員を訓練用ISと警備用ISに振り分けろ!同時に各クラス代表と生徒会役員に避難誘導を通達!」
「……駄目です!訓練用IS及び警備用ISのどちらも機能が停止しています!動きません!」
「なんだと!?」
「織斑先生!私が一夏の代わりに避難誘導をしてきます!通信でバックアップを!」
「わたくしは校舎の方の対処に向かいますわ!ブルー・ティアーズは問題ありませんから、同様に個人で機体を持っている方々に支援要請を!」
「チッ、仕方あるまい……真耶!オルコットと篠ノ之に通信を繋いで指示を出せ!教員には避難誘導と負傷者への対処を指示する!」
「織斑先生!アリーナの扉がロックされていると報告が……!それとフォルテさんとダリルさんに連絡がつきません!」
「この忙しい時に……!この際構わん!ハッキングなり破壊するなり指示しておけ!セキュリティも全て解除だ!」
「そんな!今の状態でセキュリティを解除なんかしたりしたら……!」
「ISまでハッキングされている状態で、この程度のセキュリティなど意味があるか!現在生きているシステムは全て敵の温情だと思え!それよりも今は生徒の安全確保が先だ!」
「は、はい!分かりました!」
「くっ……やはり通信回線も一部が機能していないか。一夏!凰!聞こえるか!」
『千冬姉!?』
『聞こえますよ!織斑先生!』
「ならばいい!悪いがこちらから増援を出せそうに無い!そこの機体はお前達に任せるしか無いのが現状だ!やれるか!?」
『……ぶっちゃけエネルギーが心許ない。これでどこまでやれるかは分からないけど』
『何の問題もありません!私達の邪魔をした事を後悔させてやります!』
「そうか、ならば任せる!一夏、お前は必ず凰の指示に従え!今は非常時、お前の私情より凰の実績を優先させて行動すべきだ!」
『分かってるよ!俺だってそこまで冷静さを失ってない!』
「頼んだぞ!……取り敢えずはここまでか、後は全体を見つつ細かに指示を出して行くしかない。それと気になるのは……なぜ綾崎と連絡が取れない?あいつが通信機を切っているなど考えられない話なのだが」
未だ全貌が把握できていないこの騒動の中で、その肝心の綾崎が最も厄介な敵と相対しているということなど、今はまだ布仏本音しか知っていない。