IS - 女装男子をお母さんに - 改訂版   作:ねをんゆう

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ちょい時間下さい


26 変わる心と変わらない想い

side奈桜

 

夢を見た。

この手にとった剣で、誰かを殺してしまった夢だ。

目の前で驚愕の表情を浮かべるその誰かに対して、僕は「違う」「そんなつもりじゃ」と言葉を並べる。

そうして腕の中で息絶えた大切な誰かに向けて、僕は何度も何度も謝るのだ。誰かの血に塗れながら、声にならない叫びを上げ続ける。

 

私の代わりに、貴方が生きて……?

 

彼女はその言葉を最後に残した。

残された僕を責め立てる者など居ない。

それでも、そんな状態になっても迫り来る者達が居る。

悲しみに浸る暇も無い。

謝まり後悔する時間すら与えて貰えない。

 

彼女の死を悲しむ者は何処にも居らず、

彼女の生きた証は何処にも残される事無く、

僕が引き起こしたたった一度のミスによって、

彼女の全てがこの世界から失われるのだ。

 

僕が彼女を殺した。

この世界の何より大切だったにも関わらず。

後に残ったのは冷たく鉄臭い不快な血と臓物の感触だけだ。

彼女に関する物は何一つ残りはしなかった。

 

戦う度に思い起こす

剣を振るう度に思い浮かぶ

目の前で

自分の手で奪ってしまった

大切な誰かのその顔を

 

そうして振れなくなった

そうして戦えなくなった

全てが終わった時には自分のした事を理解してしまっていて

 

頭も身体も心も、生きている事を拒み始めた

 

僕は全てから逃げだしたかった

 

けれど、彼女が残した最後の一言が僕がそうすることを許さなかった

 

 

 

あの言葉が僕にとっての救いだったのかは分からない

ただ一つ確かなのは、

僕という存在もまた、あの瞬間に彼女と一緒に死んでいたのだ

 

今ここに居る"僕"はきっと、ーーーーー

 

 

 

 

 

「……ここ、は……」

 

目を開けると真っ暗な知らない天井。

妙な夢を見た気がするが思い出すことはできない。

ただ、自分がどうしてこんな場所にいるのかということは簡単に思い出すことができた。

 

(ああ。"私"、生き残れたんだ)

 

あの時自分を襲った赤の奔流、身体中が溶かされていく感覚を感じながらも生きなければと自分を鼓舞して立ち続けた。

その甲斐もあったのだろうか。

自分はこうして生き残り、外の静けさから考えて騒動も無事に収まったと想像できる。

 

(……でも、身体中包帯だらけで、ところどころまだ動かない。とても無事とは言えないかなぁ)

 

少し声をあげただけで喉が痛くなる始末だ。

包帯の隙間から見える右目の視界もボンヤリとしていて、無事である箇所の方が少ないんじゃないかというくらいの状態。間違いなく千冬さんや一夏くん達に心配をかけてしまっているだろうと思うと途端に気が重くなる。

 

それでもあの会話の流れから突然あんな攻撃をぶっ放してくるなんて誰にも想像できないと思う。あれにはいくら避けるのが得意な私だって全く反応することができずに直撃を食らってしまった。

私のトラウマを治す的な会話をしておいて全力で殺しにくるとか、あのお姉さんは頭がおかしい人だったのだろうか。

それとも『お前を殺せばトラウマも殺せるだろ!』的な?

どちらにしても狂人なことに間違いはない。

戦っていたのがペルセウス持ちの私で良かったというべきだろう。

 

(いや、よくないですよね……私のIS、もう絶対原型ないだろうし……)

 

どうやって言い訳しよう?

許してもらえるかなぁ……

許されるわけないよなぁ……

これから借金地獄の毎日かなぁ……

 

最悪の場合、乙女コーポレーションで一生変態チックなコスプレ生活を送らされる可能性もある。そんな人の尊厳を投げ捨てるような真似はしたくないが、死ぬよりはマシなのだろうか?……どっこいどっこい?

 

そんな風にこれからの将来を憂いていると、少しだけ動かした左手が何かに当たったことに気がつく。

左目には包帯が巻いてあり、かつクビすら満足に動かすことができないので見て確認することはできないが、未だ朧げな触覚を頼りに何度かそれに触れると、それが人の手のような形をしていることが分かった。

 

「……あや、さき?」

 

「ちふゅ、さん?」

 

「っ!!綾崎!起きたのか!!」

 

私の掠れた様な声もしっかりと聞き取って飛び起きてくれた千冬さんに嬉しさを感じる。

 

ただ、そんな泣きそうな顔をしないで欲しい。

ボンヤリとしか見えなくても分かる。

せっかくの美人が台無し……なこともない。

そんな顔も綺麗なんだから美人って凄い。

 

「大丈夫か!?どこかおかしな所は!?」

 

「……だい、じょ、ぶ、です」

 

「っ!声が、出しにくいのか……!?」

 

「すこ、し……?」

 

あの熱空間で呼吸していたのだから当然と言えば当然なのだが……いや、むしろこうして呂律が回らないのは、暫く声を出していなかったからなのだろうか?感覚的にはそんな気がする。

 

(……?)

 

そういえば、自分がどれくらい眠っていたのか私は知らない。

近くに時計はあるはずだが、一時的に視力が落ちているのかよく見えないし……

 

「なんにち、ねむって……?」

 

「……2週間ほどだ。最初の1週間はナノマシンで修復した部位を定着させるために意図的に意識を落としていたが、その後も意識が元に戻らず最悪も想定していたところだ。……よく頑張ったな」

 

2週間、それだけ眠っていればこんな状態にもなるだろう。

ペルセウスを握っていたが故に一番損傷の激しかった両手が、多少の感覚の違いはあれど回復していたのはナノマシンのおかげだったのか。

だとすればこの大袈裟すぎる包帯の下もそんなに酷い状態と言うわけではないのかもしれない。

ただ感覚が薄いだけだとすれば、それは嬉しい。

 

ちなみにナノマシンナノマシンと言っているが、実際にはそんなにいい事ばかりではない。単純に言えば一般的な治癒ナノマシンとは、欠落した部位の細胞に働きかけ、修復の方向を指示しながら回復力を飛躍的に向上させるという非常に高度な技術だ。

だが、本来ならば長期間かけてゆっくりと行うべき修復を無理矢理負荷をかけて高速で行なっているのだから、当然身体に良いわけが無い。

特に私はあのレーザー兵器に巻き込まれた時、通常ナノマシンの回復速度を最大にして、破壊されていく身体を同時に修復するなんてことを行なっていた。

 

……実際、どれくらい自分の寿命が縮んでいるのかなんて考えたくも無い。

 

それにまだ分からないだけで普通に考えれば確実に多少の後遺症は残っているだろうし、あの状態での強制再生など何処かで修復にミスがあってもおかしくないのは当然だ。

2週間という大き過ぎる時間の損失も、そういう面で見れば徹底的な検査を行うことが出来て好都合だっただろう。

 

(それでも、勉強の遅れは絶望的かな……)

 

そんなことを考えていると、千冬さんが突然私の胸に顔を押し付けるように倒れ込んできた。

普段の彼女からは考えられない様な行動に、(あれ、寝不足で眠っちゃったのかな……?)なんてことも考えたが、未だ本調子でない耳でも小さな嗚咽が聴こえてくるのだ、誤魔化すことはできない。

 

「……ごめん、なさぃ」

 

心配をかけてごめんなさい

勝手なことをしてごめんなさい

迷惑をかけてごめんなさい

 

色々な意味を込めた私の謝罪に、千冬さんは顔を擦り付けるようにして首を振る。

嗚咽は一層大きくなる。

そんなつもりじゃなかったのに。

 

「違う、違うんだ!謝るべきはお前じゃない……!私に力が無かったから、私がお前を見捨てたから……!お前を守ると誓ったのに!私はお前に助けられてばかりいるのに!!」

 

私の顔に涙をこぼしながら懺悔する千冬さん。

その大きく崩れた表情はまるで泣きじゃくる少女のよう。

 

貴女のせいじゃないと。

貴女は教師として正しい選択をしたと。

私だって貴女に助けられていると。

 

そう伝えたいのに、言葉にならない。

伝えたい言葉が喉から出ない。

未だ本調子に戻らない自分の身体が恨めしい。

 

それでも、今にも壊れてしまいそうな目の前の彼女のために何もしないなんてことは私の信念にかけて有り得ない。

例え彼女が私より年上の女性だったとしても、私には何の関係もないことだ。

当然のように、当たり前のように、私は彼女に手を伸ばす。

 

「ち、ふゆ、さん……」

 

震える両手を懸命に動かし、彼女の後頭部に手を回す。

そのまま重力に任せて彼女の顔を私の胸へと落とし、出せる限りの力を尽くして彼女を抱き締めた。

 

「あやさき……私は、私は……!」

 

「あり、が、とう……」

 

「……っ!!」

 

私の言葉に一瞬だけ肩を跳ねさせた後、千冬さんは布団を握る力を強める。

何かを噛みしめるように、何かを悔やむように。

 

きっと今度は『この状態で綾崎に気を遣わせるなど、私は教師失格だ』とでも思っているのだろうか。

真面目なところは彼女の良い所だが、こういう時にはよろしくない。

こんな言葉では私の本心は伝わらないのだ。

まだ数ヶ月しか共に時間を過ごしていない彼女には、伝えられない。

……だから、私はこう言おう。

 

ちょっとだけ大袈裟な言葉で。

 

けれど、嘘偽りのない私の本心を。

 

貴女だけじゃなく、私だってそう思っているということを。

 

少しだけ短いけれど、

 

私は貴女に伝えたい。

 

「だいすき、です、よ……?ちふゆ、さん」

 

貴女が私のことを大切に思ってくれているように、

 

私だって貴女のことを大切に思っている。

 

貴女が私を心配してくれているように、

 

私だって貴女のことを心配している。

 

いつも誰よりも真面目に仕事をして、

 

誰かの心配ばかりをしている貴女を。

 

 

……だから、そんな顔をして泣かないで欲しい。

 

私は貴女が偶に見せるあの笑顔が、たまらなく好きなのだから。

 

「お前は、卑怯だ……!私はどんどんお前に引き込まれていく。お前のせいで、私は知らないうちに弱くなっていくんだ!今だってそうだ!私はお前の前では強く在れない!」

 

「かまい、ません。つよく、なくても……」

 

「お前が近くにいると、私は直ぐに軟弱になる!私は甘えているんだ!教師でありながら、生徒であるお前に!守るべきお前に!」

 

「いいん、です。あまえて、も」

 

「私はお前に酷いことをしている、酷い負担を押し付けている!無能な私では何も返すことができない!こんな私にはお前に甘える権利など……!」

 

 

「もんだい、ない……です」

 

 

「わたしが、あまやかしたい、から……」

 

 

そろそろ喉が限界だ。

腕にも力が入らなくなってきた。

強烈な眠気に襲われ、意識が薄れていく。

今いい所だったのに、自分のものながら融通の効かない体である。

 

消えゆく意識の中で、千冬さんが何かを言っていたような気がする。

 

けれど、それを聞き取ることも許されず、私の意識は落ちてゆく。

 

明日起きたらまた話をしよう。

その時にはきっと、楽しい話を……

たくさん笑って、たくさん話すんだ。

千冬さんが言いかけたことだって、きっと、教えて、もらえる……

 




おまけ

「綾崎……」

一瞬だけ意識を取り戻した綾崎が再び意識を落とした事に気付くと、千冬は自分の顔がそれは酷い事になっている事に気が付いた。
情けなくも涙を流してしまっていた様で、自分があまりにも冷静さを失ってしまっていた事が嫌でも分かってしまう。
生徒の前でこれだけ取り乱した事は経験に無かったが、これまで本当に綾崎が2度と目を覚まさないのではないかと恐怖していた為、漸く目を覚ましたのならばこうなってしまっても仕方ないと思う自分もいる。

「……私はお前に、どんな責任を取ればいいのだろうな。綾崎」

人生を滅茶苦茶にしてしまった。
心の傷を広げてしまった。
身体を傷物にしてしまった。

綾崎もまたISによる被害者だ。
もし自分があの時に束の道楽に付き合わなければ、綾崎をこんな目に合わすどころか、そもそもあの孤児院から引き離す事にはならなかっただろう。
綾崎がISに関わったことで、果たしてどれだけのプラスが生まれただろうか。せいぜい綾崎と関わる様になった周りの者達が良い影響を受けただけだ。綾崎自体はマイナスばかりで、むしろそれまで積み上げてきた物が壊され、本当に良い事など何一つ無かった筈だ。

……果たして自分は彼に対して、どれだけの責任が取れるのだろうか。
お金で返す事の出来るラインは当に超えている。
一生守ってやるなど、今更どの口が言えるというのか。
こんな身くらいならばいくらでもくれてやってもいいが、綾崎とて嫁にするならばもっと若く可愛げのある女がいいに決まっている。

「……本当に、私はお前の為に何が出来るのだろうな。ただ泣き喚くだけならば、生娘でも出来るというのに」

対価として差し出せる物もない。
そんなものを、綾崎は求めない。
綾崎が求めるのはきっと、人と人との関わりだけ。
けれどそんなものではもう、返すどころの話では無くなってしまった。

……ISによって人生を壊された者など、他にも多く居るだろうに。
綾崎にだけこうまで執着するのもおかしいかもしれないが。
どうしても、千冬の頭からはあの孤児院で見た子供達の泣き顔が離れてくれない。どうしても、いつも変わらず自分を笑顔で迎えてくれる綾崎の顔が忘れられない。

「……いつの日にか必ず、お前をあの孤児院に戻してやる。それで全てがチャラになるなどとは思っていないが……せめて、せめてそれだけは……約束させてくれ」

その約束が本当に果たせる物なのかどうかすらも分からないけれど。
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