IS - 女装男子をお母さんに - 改訂版   作:ねをんゆう

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06 優しい女性は絶滅危惧種

side一夏

 

「えっと、織斑一夏です。俺も料理とか結構好きで、あと家事も一通りできます!1年間よろしくお願いします!」

 

(……ふぅ、綾崎さんのおかげで助かった。)

 

視線が痛い、探るような目線が煩わしい。

けれど、最低限の答えは出来たと俺は安心感を抱いていた。

不満そうながらも何も言わない千冬姉を尻目に席へと着く。

実のところ、自己紹介と言われても何も考えていなかった。

もし事前に綾崎奈桜という少女のものを聞いていなければ、間違いなく再度の方天画戟を食らっていただろう。彼女の自己紹介と聞いてズキズキと痛む頭部を顧みず必死に起き上がった甲斐もあったというものだ。

見ていて惚れ惚れするような優しい笑みを見れたこともあり、そういう意味でも個人的には嬉しい時間だった。特に偶然にも趣味が同じだったということもあり、助かったと同時に彼女への興味がより一層強くなったのも自覚している。

 

今の時代、実は家事ができる若い女性というのはそれほど多くない。

ISの登場によって女尊男卑の風潮が広まると、女性の稼ぎの方が多くなり、男性に求められる需要も"強い男性"から"支えてくれる男性"へと変わっていった。

それは裏を返せば、女性が必ずしも家事が出来る必要がなくなったということだ。

現実が本当にそうなっているかはさておき、少なくとも女性達の中での常識はそういった方向へと変化していった。 

しかし一方で、やはり男性から女性に求める需要も"支えてくれる女性"のまま変わっていないため、最近では需要と供給が噛み合わず結婚率が急激に低下していたりもする……が、今はその話はいいだろう。

とにかく、そのせいで杜撰な生活を行う独身女性が社会問題にもなっており、それは実の姉である織斑千冬でさえも例外ではない。

どころかブリュンヒルデたる彼女こそがその現代女性の象徴とも言えるのは嘆かわしいというか、当然の話というか。結婚どころか恋人の陰すら無いのが見て取れる。

 

そしてこれらのことから言えるのは、男性の理想像足り得る大和撫子などという存在は、当の昔に既に絶滅しているということである。

そもそも女尊男卑の思想に染まる前ですら絶滅危惧種レベルであったのだから当たり前の話なのだが、俺自身もそういった女性への幻想は捨てつつあったし、きっとこの世界の男性の誰もが諦めていた筈だ。

 

……だが、なんという事だろうか。

今、正にその大和撫子を体現したかのような存在が目の前にいる。

内面まではまだよく分からないにしろ、今のところは完全に男の理想でしかない女性。物腰柔らかく、笑顔が綺麗で、所作も美しく、なにより自己紹介の最中にも男性である自分に笑顔を向けてくれた。しかも家事全般が大の得意だと豪語する程だ。

こんなもの恋愛感情とまでは行かないものの、少しくらい話してみたいと思うのは一般的な男の性だろう。

これを責められる男は居ないに違いない。

 

(というか普通に仲良くなりたい、お淑やかな女性とか今まで会ったこともないし)

 

そんなことを思った直後、教室内から殺意のこもった視線が2つ自身を貫いていたことを、この時の俺はまだ気付いていなかった。

 

 

 

 

「ああああぁぁぁ……」

 

1限の終わり、俺は頭を抑えて机に突っ伏していた。

原因はこの数時間で蓄積した頭部へのダメージである。

HRが終わった後、どこか機嫌の悪そうな幼馴染である篠ノ之箒と再会したものの、喜んだのも束の間。

屋上へと呼び出され、直後に『入学初日から初対面の女子にデレデレするなど、恥を知れ!』としばき倒された。

 

『やはりああいった優しげな女の方がいいのか……!』

 

なんてことを小声で言っていたが、当然だ。

優しい方がいいに決まってる。

そんなことを口に出したら再び殴られた。

そういうとこだぞ!!(涙目

 

加えて1限。

参考書を電話帳と間違えて捨て、それについて完全に放置していたが故に授業に全く付いていくことができず、直後にフラストレーションの溜まっていた姉によって今日三度目の方天画戟(出席簿)が振り下ろされた。

脳細胞が万単位で吹き飛んだのではないかと思うほどの衝撃だった。

 

『出来の悪い生徒には厳しくしてくれる人間も必要だろう?』

 

なんてことを睨まれながら言われたが、厳し過ぎるのはいらないです。

そう思ったのがバレたのか、今度は方天画戟(出席簿)でグリグリされた。

頭蓋骨が陥没するかと思った。

というか、俺の周りには俺に厳しくする女性が多過ぎる。

出来の悪い事は認めるが、実の姉くらいには優しくされたい。

 

(うぅ、このままじゃ卒業までに絶対3回は頭蓋骨が割れる……)

 

そんな確信をした俺だったが、やはりこの場所からは逃げられない。

1週間であの分厚い参考書を覚えなければならないという現実を思い出して、更に更に気分は落ちていく。

前途多難、どこを見ても難しかない。

考えれば考えるほどに気が滅入る。

どれだけ将来を見据えても楽しみな事が見当たらない。

むしろ不安な事や恐怖する事ばかりだ。

よって、とりあえず全部投げ出して不貞腐れることとした。

なるようになってしまえ。

どうせ良いことなんて何も無いんだから。

 

「はぁ、頭痛え……ん?」

 

そんな風にため息を吐いてうつ伏せていた俺だったが、突然大きく腫れているその頭のこぶ部分に誰かの細く冷たい指の感触が伝わってきたことに気付く。

優しく触れて、そのままいたわる様に撫でる感覚。

熱を持っている腫れに対して、ひんやりとしたその指がとても心地良い。

それに、なんとなく懐かしさを感じるそんな手つきだ。

それだけでも心の痛みが解されていく様に感じてしまう。

 

「ええと……」

 

そうして俺がその冷たい指の主を確認しようと顔を上げると、そこには心配そうな表情をしたあの少女が腰を屈めてこちらを見つめていた。

 

「あの、織斑くん?大丈夫ですか……?」

 

「……綾崎さん、だったよな?」

 

白々しくも名前を確認したようにも思えるだろうが、実際にはあまりのショックで本当に頭から抜けてしまっていただけである。いや本当に。

だって、だってまさか誰かに優しく慰められたいと思っていたこの瞬間に、お近づきになりたいと思っていた彼女が来てくれるとは誰が想像できるだろうか。

あまりにも驚いた。

そして嬉しくなったし、ドキドキした。

けれど、不意打ちのようにして目の前に現れた彼女に頭を撫でられているというこの事実は、俺に男としての強い羞恥心も与えていた。

 

「はい、綾崎奈桜と申します。頭部の腫れは大丈夫ですか?先程はかなり強いお仕置きを受けていたみたいですが……」

 

「あ、ああ……いや、綾崎さんのおかげでなんとか立ち直れそうだ。女神様って本当に居るんだな」

 

「め、女神ですか……あの、困ったことがあれば言ってくださいね?付け焼き刃ですが、勉強のお手伝いくらいならできると思いますから」

 

「ほんとか!?それはマジで助かる!……うぅ、この世界はとっくに俺を見捨てたと思ってたけど、まだまだ捨てたもんじゃないんだな」

 

「もう、大袈裟ですね。でも、次からはしっかり予習して授業を受けるんですよ?織斑くんは嫌でも目立ってしまうんですから、当然周りからの当たりも強くなってしまいますし」

 

「ああ!分かってる!」

 

「ふふ、それならもう大丈夫ですね。このコブさんとも今日でおさらばです♪」

 

優しく頭を撫でながら、そんな風に元気付けてくれる彼女。

微笑みを浮かべながら優しく自分を咎めてくれる女性。

本当に困っていた自分に時良く手を差し伸べてくれる女神様。

俺にとっては初めての体験である。

うっかり涙が出て来そうになった。

もし仮に今まで織斑一夏と深い関わりのあった女性達が同じような立場にあれば、

 

『一夏!少し弛んでいるんじゃないか!?私が叩き直してやる!』

 

『一夏!あんたこんなんも分かんないの!?こんなのフィーリングでなんとなく分かるでしょ!』

 

『一夏。貴様はこの数週間、一体何をしていたんだ?』

 

『あはは、いっくんは相変わらずおバカさんだねー!』

 

と、ボコボコにされていたのは間違いない。

 

口元に手をあてがってクスリと笑う彼女は見ているだけでも癒される。

近寄りがたいほどの美しさを持っているにも関わらず、どこか男の俺でも親しみやすい何かを感じる不思議な女性。

 

(これ以上情けない姿を見せたくないな……)

 

そう思ったのもまた、男性として当然の帰結だと思う。




--雑な雑談--

「ひとつ、聞いてもいいか?」

「はい?お料理しながらでも良いのでしたら大丈夫ですよ?」

「ああ、ただの雑談だ。本当に片手間に答えてくれて構わないのだが……お前はこれまで、同性に告白された事はあるか?」

「っ!?熱っ……きゃぁああ!!」どんがらがっしゃーん!

「あ、綾崎!?大丈夫か!?」

「………ぅぅう、千冬さんがいきなり変な事を聞くからですよ!!」

「い、いや、すまん。私もまさかお前がそこまで動揺するとは思わなくてだな」

「…………」

「……やはりあるのか」

「もう!もう!分かるなら言わないで下さいよ!僕だって触れて欲しく無い事くらいあるんですから!」

「ちなみに、その彼はどうしたんだ?」

「な、なんでそんなこと聞くんですか……」

「い、いや、別に深い意味は無い。ただ私も同性にそう言った事を言われた経験があるからな、男性同士はどうなのかと気になっただけだ」

「……当然皆さん断ってますよ。そもそも僕にそういった趣味は無いですし、何より孤児院の管理の方が大事だったので恋愛する気すら無かったですし」

「しかも複数人居たのか……気持ちは分からんでもないが、やはりお前はすごいな」

「もう!いいじゃないですかこの話は!もうおしまいです!もう何も答えません!千冬さんの意地悪!」

「ならば最後に聞きたいのだが、女性からはどうなんだ?」

「…………」

「綾崎?」

「……実は僕、中学校では基本的に女性の方と居る事の方が多かったんです」

「ああ、あまりにも男性から告白されるものだから女性寄りに生活していた方が楽だったのか」

「『男に言い寄られるなんて可哀想、私がお嫁さんにしてあげる』とかよく言われました。本気の子も何人か居たのですが、大半が気性が激しかったり過激派な子だったので……断るだけでも大変な事に」

「………すまん」

「いえ、いいんです。だから3年生辺りになると、放課後や休み時間は先生方と一緒に居ることの方が多くなりましたね。……男性の先生からも好意を打ち明けられた事がありますけど」

「………本当にすまん」

「もう聞かないで下さいね」

「ああ、そうする」

もしかすれば、女装をしていた方が平和なのでは無いだろうか?
そう感じたのは決して千冬だけでは無い。
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