side一夏
「あなた、少しよろしくて?」
「……んえ?」
綾崎さんから注意を受け、けれどもその優しさに内心で男としての決意を固めていた頃。
俺は、突然背後から知らない女生徒に声をかけられた。
振り向けば今時珍しい鮮やかな金髪縦ロールを頭に下げた少女が1人。
如何にも西洋の美少女といった風様だが、様々な国籍の人間の集まることではそう珍しいことでもないということを思い出す。きっとこれがこの学園のデフォルトなのだろう、日本語が通じる世界になった事だけは本当に助かると思わざるを得ない。
しかしそんな風に突然話しかけられ呆けた声を出してしまった俺に対して、金髪の少女は問答無用とばかりに盛大に高飛車な言葉をぶつけてきた。
「まあ!?なんですの、そのお返事!わたくしに話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではなくて?それともそんな常識すら分からないほど無知なのかしら?」
「お、おお……?」
次々と繰り出される罵詈雑言の嵐に唖然とする。
落差が激し過ぎたのだ。
お淑やかな黒髪少女から気性の激しそうな金髪少女という移り変わりは。
10秒前までの綾崎さんとの時間が天国に思える。
実際に天国ではあったのだけど。
「えっと……綾崎さん?誰なんだこの子?」
「もう、本人の前で失礼ですよ?織斑くん。彼女はイギリス代表候補生のセシリア・オルコットさんです」
「代表、候補生……?」
「イギリスのIS操縦者の代表者、その候補に選ばれている方のことです。オルコットさんは特に、イギリスにおけるIS関連の発表会に何度も出席している程の有名なお方なんですよ?」
「そう!そして本学年の入試でももちろん首席!エリート中のエリートなのですわ!残念ながら貴方はそんな私のことすら知らない様ですが……流石は極東の雄猿、底が知れますわね」
「あぁ?」
「ふん。わたくしのような選ばれた人間とクラスを同じくすることだけでも奇跡なのですから、その幸福を噛み締めなさいな。……まあ?例えあなたの様な雄猿でも?頭を下げて頼み込むのであれば教えを施すのもやぶさかではないのですが?わたくしは貴族ですし」
俺の疑問に対し一瞬鬼のような形相を浮かべた彼女だったが、直後の綾崎さんの解説に気を良くしたのか胸を張って聞いてもいないことをペラペラとまくし立てる。ノリノリである。
鼻高々に、考えるより先に口が動いているという様な感じだ。
まるでテストで満点を取った時の小学生のように、嬉しげに、誇らしげに、彼女は笑う。
……それでも、ここまで言われて黙っていられる男がどこにいようか。
いやいる筈がない(反語とかいうやつ)。
反射的に立ち上がり、今も見下す様な表情を崩さないセスリア?オルコッツ?とか言う奴を睨み付ける。
もちろん暴力など振るわない。
口で攻撃されたのなら、口で返すのは当然の話だ。
争いをするのならば、同じ土俵で戦わなければならない。
そうして意気揚々と息を吸い込んだその時、直後にそれを遮るように綾崎さんが俺の前へと歩み出た。
「ふふ、やはりオルコットさんは凄い方なのですね。IS学園の主席ともなれば、並みの努力だけでは掴み取ることはできませんから。さぞ血の滲むような努力をされたのでしょう」
「……へ?」
「?」
素っ頓狂な声を出したのは俺……ではなく、オルコットの方だった。
自分から自慢しておいて褒められたら困惑する。
そんな彼女の様子に俺は怒りも忘れて首を傾げるが、こちらへ目線を向けてウインクをした綾崎さんに口に出すのを止められる。
……というよりは、彼女のウインクの破壊力に押されて目を背けざるを得なかった。
だってあんなの……卑怯だろ……
頰をかいて目を背ける俺を他所に、会話は続く。
「そ、そんなことはありませんのよ?その、代表候補生でもある私にかかれば首席程度……ゆ、唯一試験官を倒したことだって?その、簡単にできると言いますか、当然のことと言いますか……」
「それこそ、そんなことはありません。ISに関する知識はまだまだ乏しい私ですが、代表候補生になるだけでも大変な競争だと聞きます。加えて候補生になっても驕ることなく鍛錬を続け、こうして首席を取るに至った……なかなか出来ることではありません」
綾崎さんはそう言ってオルコットさんの手を両手で包み込み、目線を合わせるようにして彼女の瞳を覗き込む。
なんとなく男の俺がこの光景を見ていていいのだろうか、という考えが頭を過ぎる。
ところでこの握り締めた拳はどうすればいいのだろうか?
なんとも居心地の悪さを感じながら俺は成り行きを見守る。
「あ、う……アヤサキ、さん……?」
「大丈夫ですよオルコットさん、私は貴方の頑張りを肯定します。貴方が誰よりも頑張って掴み取った貴方の居場所を、素晴らしいものだと讃えます。ですので、貴方自身もどうかご自分を大切になさってください。貴女が彼に抱く感情は、きっと口にすれば貴女の孤立を招きます。私はこれからも貴方に頑張っていて欲しいのです」
「あ、あぅ……で、ですが、私はそこの男のことが……」
「実は私の妹がオルコットさんの大ファンなんです。私も妹と一緒にテレビ越しでオルコットさんのことを見ていましたが、本当に美しい笑顔をする方だと思いました。私は、そんな貴女の笑顔が見られない生活なんて、辛いですよ?」
「う、ぐぅ、そ、その言い方は卑怯ですわ……!わ、わかりました、わかりましたから!今日はこれで引きますので、そろそろ手を離していただけますか!?せ、席に戻りますので……!」
「ええ、オルコットさん。これから1年間、仲良くしてくださいね?」
「こ、こちらこそですわ!そ、それでは……ししし失礼いたしました……!」
そう言って顔を真っ赤にしながら小走りで席に戻るオルコット、一連の流れを見ていた俺は訳が分からず混乱していた。
一方で綾崎さんは今もニコニコと席に戻って突っ伏してしまったオルコットを見守っている。一方で見られているオルコットは顔を真っ赤にして彼女から目を背け続けていた。
「な、なあ綾崎さん?今のって一体……」
意を決して話しかけた俺に対し、綾崎さんは一瞬だけ考え込み、笑う。
そうして彼女は自身の顔を俺の耳元まで近づけて、囁く様な小声で息を当ててきた。
誰か助けて殺される。
滅茶苦茶いい匂いするし、顔が綺麗過ぎて直視できない。
「オルコットさんの様子が初めて会ったばかりの頃の弟の1人と重なりまして、その時の経験を生かしたまでです」
「あ、綾崎さんは、兄弟が多いのか……?」
「いえ、血は繋がっていませんよ?それでもみんな、私の大切な家族ですが」
そう言って微笑ましいものを思い出しているのか、優しい目をしている彼女に俺はもう何も言う事が出来なかった。
ただ、この人が見た目だけの人じゃないということだけは確かに分かった。
そして天然の魔性を持つ、とっても怖い女性だということも。
……そういえば、俺も教官倒したけど言わない方がいいよな?
--いつもの雑談--
「学園の見学に来たのはいいですけど、やっぱり広いですね」
「ああ、この国だけの学園ではないからな。かかっている費用もそこらの学校とは比べ物にならない」
「……あ、廊下の隅の辺りに埃が。掃除の管理とかってどうなってるんでしょう?」
「お前は姑か、他に見る所があるだろう」
「あ、ここからの景色すごくいいですね!海とかよく見えます!」
「ん?ああ、私は普段見ているからか、当たり前過ぎてその感覚が抜けていたな。確かに綺麗だ」
「でも、いくら最新の技術を取り入れても窓淵は汚れるんですね……」
「だからお前はどうしてそういう所ばかりに目が行く」
「あ、食堂です!うわぁ、たくさんメニューがありますよ!千冬さん!」
「ああ、様々な国の者が集まるからな。メニューと質にはこだわっている、ここならお前も満足できるだろう。……春休み中故に人は少ないが、寄っていくか?今日くらいは奢ってやろう」
「ほんとですか!?ありがとうございます!えへへ、何食べようかなぁ♪」
「ふっ、ならば私は牛丼にコロッケを付けて……ふむ、唐揚げもあるのか。どちらにするか悩むな」
「あ、おばさん。野菜ジュースを2つください」
「サラッと私の分まで頼むな」
「え、いいんですか?ありがとうございます!……もう、そんなに褒められたら毎日ここに来ちゃいますよ?おばさんったら褒め上手なんですから♪」
「仲良くなるな、まだ会って5秒も経ってないだろう」
「ええ、そうなんです。千冬さんったら油物ばかり食べるので……あ、やっぱりここでもそんな感じなんですか?うちでも野菜ジュースを仕入れるの考えた方がいいですかね?」
「私の話題で盛り上がるな!それとそんな事を検討するな!」
「いえ、いえ、はい!これからも千冬さんのこと、どうか気にかけてあげて下さい。もし何かあればボk……"私"に教えてくだされば対応しますので」
「こら、やめんか!明日から食堂を訪ね難くなるだろう!」
「あ、自分はこの"白米控えめ日替わりレディースランチ"でお願いします。それとオレンジジュースも下さい!」
「女子か!!だからこんなに細いんだ!肉を食べないか肉を!」
今日の2人は珍しく千冬の方がつっこむ方だったとか。