VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
聖様のはつらつとした声とは対照的に、心の底から意味が分からないといった声が私(あわ)、シオン先輩、ネコマ先輩の口から洩れる。
今は収益化復活の計画について進展があったから今一度集まってくれと言われ、事務所にこの4人で集まったのだが、メンバーが集まって座ったのを確認した瞬間聖様はいきなりそんなことを言ってきた。
「ん? どうしたんだい諸君? せっかく聖様の収益化が戻ったんだ、もっと一緒に喜んでくれたまえよ」
未だに頭がロード中でぽけっとした顔のままの3人。
いや、勿論聖様が言っていることは分かるのだ。剥奪された収益化が戻ってきて、そのことを喜んでいるのだろう。さしずめ今の状況も進展があるといって集めたけど、その実は解決していてサプライズ発表……みたいな感じかな?
ただ……その……。
「早くね?」
一番早く回復したネコマ先輩が私たちが最も言いたかったことを代弁してくれた。
あの……ゲームの体験版をクリアしたと思ったら本編クリアでしたーみたいな状態に私たちなっちゃってるんですが……?
「ほ、本当に戻ってきたんですか?」
「うん。とは言っても反映されるまでにもう少しだけかかりそうだけどね。収益化申請ボタンが復活して審査も問題なさそうって連絡が運営から届いたんだ」
「そうですか……」
うん、本当は嬉しいことなんだからこの場は喜ぶべきなんだと思う。
ただその……肩透かし感がすごすぎて喜びたくても体に力が入らないんだけど……。
これって問題解決ってことだよね? それでいいんだよね?
「――――な、なんで?」
唖然としていた3人の中で最も回復が遅かったシオン先輩が理由を問いただす。
「も、もしかして過去動画全部消したりしちゃった?」
「いやいや、一部は消したけど大体残ってるよ。それは本当にどうしようもなくなった時用の最終手段だからね」
「でもそれにしては早すぎる……」
「えっとね、実は晴君が裏で動いてくれていたみたいなんだ」
「「「晴先輩!?」」」
驚く私たちに聖様が経緯を説明してくれた。
私たちが配信を利用しながらOUTなものをピックアップしている中、なんと晴先輩があらゆるライン、それも英語が堪能なことを活かして海外まで連絡網を広げ、流石に100パーセント完璧にとはいかないものの、大体の審査基準を調べ上げるなどして収益化回復に本気になって取り組んでくれたらしい。
大切な仕事が入ったって言ってたのはこれのことだったのか……。
「今後セイセイ以外にも似たようなことが起こるかもだから、基準を定めるいい機会だったよ~」と聖様に報告した本人は、まるで近所のコンビニに昼ご飯を買いに行っただけとでも言いたげな涼しい顔をしていたらしい。晴先輩……恐ろしい子!
ただ、驚きだったのが海外勢のライブオンファンの人が大勢協力してくれたらしく、中には既にヨーチューブに問い合わせてくれていた人も何人もいたらしい。ヨーチューブの対応が早かった背景にはその影響もあったのかもしれないとのこと。
「私たちの頑張りの成果だよこれは。皆がリスナーさんを楽しませる為に活動を頑張ってきた事が、今度は私たちがピンチの時に私たちの為に行動してくれる人を生んだわけだ」と、晴先輩はこのことを誇らしげに言っていたようだ。
結果的に晴先輩が調べ上げた審査ラインと私たちが配信でピックアップした際どい配信を照らし合わせて動画を削除し、更に海外勢の方によるヨーチューブへの認知もあり、爆速での収益化回復が実現しそうな状況にもっていけた、というのが全貌らしい。
ちなみに恐らく引っかかったのはサムネとasmrであり、衣装や過激な発言などは意外と見過ごされていたようだ。
「いやぁ致命的なところは無事みたいで本当によかったよ、これで元通りの活動ができる。諸君のおかげだ、本当にありがとう」
深く私たちに頭を下げる聖様。その姿を見て私も段々と実感が湧いてきて素直によかったと思えるようになってきたのだが、なぜかシオン先輩の様子がおかしいことに気づいた。
何故か顔がリンゴのように真っ赤である。一体どうしたのだろうか?
「それ……私の計画意味あった……?」
……あっ。
確かに今までの話を聞いた限りだとデス〇ートのジェ〇ンニが如く晴先輩が一晩でやってくれました状態であり、なんかこのまま一時復帰した晴先輩率いる運営陣に任せておけば似たような結果になった気がしてきたな……。
「いや、諸君と一緒に作り上げた削除候補のリストは審査基準と照らし合わせるときに大いに役に立った。あれがなかったらここまで早急な復活はできなかっただろう」
「でも! それも運営さんがやろうと思えばできたわけでしょ? こんなに早く原因が特定できたんなら、私たちがやらなくても運営さんも近々行動に移してくれたはず」
言えば言うほど意味を見いだせなくなり、赤面を通り越して涙目になってきてしまったシオン先輩。
正直この計画は釈然としない聖様の態度に意地になったシオン先輩が、熱くなった感情のまま勢いで押し通して始まったみたいなところがある。
熱意があるのはいいのだが、いざ問題が解決した現在、その熱意が行き場を無くして自然消滅した結果冷静になってしまい、何の成果も得られませんでした状態なことに気づいてしまったのだろう。
つまりシオン先輩は今、熱くなり過ぎていた羞恥と自分たちで解決に持っていけなかった不甲斐なさ、2つの感情に震えているわけだ。
「私のやったこと……余計なお世話だったのかな……」
今にもこぼれそうな涙の重みで俯いてしまいそうになるシオン先輩。
何か声を掛けてあげるべきか? 一瞬そう思ったのだが。
「それは違うよ! 少なくともこの私にとってはね」
――どうやらそれは必要なかったようだ。
一切の他意を感じさせない聖様の断言に驚き顔を上げるシオン先輩。その目を真っすぐ見つめる聖様の瞳にはなにか決心がついたような、そんな清々しさを感じた。
「あはは……なんだか聖様らしくないかもしれないけどさ……不安だったんだ、収益化が無くなった時」
少し恥ずかしそうにしながらもそう語り出した聖様。
その様子でこれが前々からはぐらかしてばかりで教えてくれなかった、収益化が止まったことによる聖様の様子の変化、その理由だということが分かった。
「聖様ね、前にも言ったことあるけど最初は収益化が無くなったくらいなんとも思ってなかったんだ。来ちゃったかーくらいの気持ちで軽く考えてた。でもね、少し深く考えたらあることに気が付いちゃってね……」
ここに今回の出来事が起こった理由が明かされる。この場の全員が静かに聖様の話に耳を傾ける。
「このままだと聖様とのコラボとかがきっかけになって他のライバーの収益化とかに影響が出てしまうかもしれない……そこに気づいてしまって……流石に軽く考えることが出来なくなったんだ」
……なるほど、確かに私たちはライブオンとしてグループで行動している。自分のチャンネルだけが活動範囲ではない。
だから収益化がなくなってから今まで他の人の配信枠に顔を出すことがなかったのか。
それにしても、聖様の問題を解決することに必死になってたから、まさか自分たちが原因になっているとは思わなかったな……。
「ふふっ、『私たちのこと心配してくれていたなんて、意外とかわいいとこあるじゃん』淡雪君いまそう思っただろう?」
「げ、なんで分かったんですか?」
「顔に書いてあったよ。まぁ、聖様はそんな善良な人間ではなかったみたいだけどね」
「え?」
「結局は自分がかわいかったんだよ、私は」
聖様は少し後ろめたそうな表情で、自虐的な微笑みと共にそう言った。
「いくら消したくても、心の片隅にずっと消えない思いがあったんだ……一人になるのが嫌って思いがね。このままだとライバーの皆にコラボを避けられるようになって孤立するかもしれない。それを避けるためには今の自分を変えないといけない、でもそうするとリスナー君の皆に受け入れてもらえないかもしれない。そんなことが頭の中をぐるぐるして、結局自分でも何が正解なのか分からなくなってた」
……驚いた。いつも傍若無人ともとれる破天荒な聖様のいざ語られた胸の内は、きっと私なんかよりよっぽど繊細だった。
あらゆることを想像できて、受け取ることができる――それはとても尊いものではあるが、だからこそ儚く崩れやすい。巨城が築かれているとかってに想像していた聖様の心は、その実は砂の城だったのだ。
己を悔いるように顔を歪ませる聖様、いつもの颯爽とした態度を崩さない聖様からは想像もできないほど感情に振り回されている。
だけどそんな姿を見て――場違いかもしれないが、私は温かな人間味を感じ取っていた。
聖様とは悪友みたいな感じで仲良くしてもらっていたが、その姿はいつまでも『私たちが想像する聖様だった』。そんな彼女も私たちと同じように時には悩み、苦しんで生きている。そのことを知って、私はやっと聖様という存在が腑に落ちたような、そんな心持ちになっていた。
……そういえば、前にシオン先輩に二期生デビュー当時の聖様の様子を聞いたな。今思い返すと、あの話を聞いて少し不可解だった聖様の言動は、デビュー当所の戸惑いから生まれていたものだったんだな。
私たちVTuberはヴァーチャルの世界の姿で配信をしているわけだが、全てが機械的ではない。私たちは一人一人が生きているんだ。
今の聖様からは、紛れもない生を感じる。
「そんなことを私は考えていたわけだけど……はははっ、皆優しすぎるんだよ。避けるどころか君たちのように逆に今までより積極的になった人もいれば、心配のチャットやここぞとばかりにネタにしてくるチャットを送ってくれる人もいて、気が付いたら返信が間に合わないくらいの大量になってた」
話と共に、聖様の表情が段々と明るいものに戻っていく。
「結果的になんか私や皆が想像してたよりあっさりとした結末になって、ほぼ元通りで問題なしになったけどさ……私にとっては本当に皆に救われたんだ。だから――ありがとう」
どこかはにかんだような笑顔でそう告げる聖様。
うんうん、これで生暖かい雰囲気と共に一件落着! 収益化が正式に戻った時には何か配信でお祝い企画でも提案しようかな~。
私は晴れた気分でそんなことを考えていたのだが……。
「……にそれ…………」
「シオン君?」
不穏な空気を漂わせる先輩が一人……。
「――ッ!! なにそれ! ふざけないでよ!!」
「「おおおぅ」」
思わずネコマ先輩と一緒に声が漏れた。
シオン先輩、まさかの激おこであった(騒動開始から二度目)。
「聞けば聞くほど余計な心配ばっかりして! 少なくとも私はこの件で例え自分の収益化が無くなろうがチャンネルがBANされようが最終的に問題を解決してみんなで笑い合えるならそれでいい覚悟でやってたんだよ! 私のチャンネルも聖様のチャンネルも一人じゃなくてみんなで築き上げてきたものじゃないの!? 二期生がデビューしたとき、今とは違って色々不安定で目が回りそうになるくらいドタバタしていた中、それでも必死になってみんなで協力して乗り越えてきたじゃんか! 私は聖様のチャンネルを自分じゃないから関係ないなんて一切思ったことない、みんなの努力の結晶を復活させるためならどれだけ大変だろうと全力でぶつかってハッピーエンドを掴むって私はそう思ってたよ!! それなのに……聖様は全く違ったってこと……? そんなに悩んでたんならなんでもっと頼ってくれなかったの……? 私たちのこと他人だと思ってたの……? それに私以外のライブオンライバーもきっと純粋に心配してくれていたはず、それなのに……こんなの失礼だよ!!」
矢継ぎ早に噴きあがる感情を言葉にしてまくしたてるシオン先輩は、さっきと同じく顔は真っ赤でもその感情は羞恥から激怒へと変わっている。
「いや、待ってくれシオン君、それにも事情が」
「うるさい! もう聖様なんてしらない!! このはくじょうものおおおぉぉーーー!!!!」
慌てて釈明しようとした聖様だったが、感情が噴火しているシオン先輩は一切の話を聞こうとはせず、叫びながら部屋のドアを開けてどこかへ走り去ってしまった。
うーん……熱くなり過ぎではあったけど、まぁ確かに言われてみればシオン先輩の考えも分かる部分あるかな。特にシオン先輩は今回の件に力を入れていたから思うところもあったのだろう。
突然の事態にどうしたらいいか分からず困惑している聖様に声を掛ける。
「追いかけてあげないんですか?」
「淡雪君……」
「シオン先輩はあなたの笑顔の為なら自分の身を削ってでもピンチを助けてくれるみたいですよ? それに、さっきの様子だとまだ言いたいことがあるのでは?」
「――そうだね、ありがとう! ッ!」
聖様は最後はキリっとした表情になり、シオン先輩の後を追って部屋を飛び出していった。
それはいつもの聖様の表情によく似ていたが――今の方が格段にかっこよく見えた。
「ふぅ……」
「にゃははは! おつかれさまー。よしよし、ご褒美にこのネコマーがマッサージをしてやるぞ!」
時間にしてみればそこまで長くなかったが、あまりにも濃縮されたひと時だったため、二人が居なくなった後、謎の解放感やら達成感に浸って一息ついていた私を見て、ネコマ先輩が肩を揉んでくれた。
「んん……先輩にこんなことやらせちゃだめなような……気持ちいいですけど」
「いいんよいいんよ、淡雪ちゃんは今回巻き込まれたみたいなものなのに頑張ってくれたからね」
「それはネコマ先輩も同じでは?」
「ネコマは同期であり仲間だからな。最初は聖がどうでるのか様子見してたけど、見過ごすつもりはなかったぞ」
「じゃあ私は後輩であり仲間なので見過ごせませんでした、それだけです」
「にゃにゃ!? なんていい子なんだこの子は!? ほーらほらほらほら、限界まで揉み解しちゃうぞ!!」
「ちょ、ちょっとネコマ先輩!? 激しすぎ! 逆に肩おかしくなっちゃいます!」
相変わらず悪戯好きなネコマ先輩とじゃれあうゆったりとした時間が流れる。最近忙しかったからマッサージが体に染みる……。
「それにしても、聖のやつやっと素直になったかって感じだよな」
「え? その言い方……ネコマ先輩は聖様のこと気づいていたんですか?」
「まぁデビューからそこそこの付き合いあるからな。詳しい事情は知らないけど、案外繊細そうだなーとは思ってたよ。だからネコマにとって聖は聖であり、聖様はあんましっくりこなかったんだな」
「ああ、だからシオン先輩は聖様呼びなのにネコマ先輩は呼び捨てだったんですか」
「むしろシオンは鈍感過ぎだぞ、どこまで素直なんだって感じ。まぁそこがシオンの良いところなんだけどさ」
ネコマ先輩も二人のことを気にかけているのが話を聞いているとよく伝わってくる。やっぱり同期、それもライブオンの黎明期という大変だった時期を共にした絆があるんだろう。
聖様とネコマ先輩はタイプは違えど自由奔放なイメージがあったが、多分ネコマ先輩の方がずっとずっと器用なんだろうな。一歩引いたところでやんちゃな二人を見守っているのが大人の余裕を感じる。案外保護者的立場だったのはシオン先輩じゃなくてネコマ先輩の方だったのかもしれないな。
まぁつまり、今回の事件をまとめた感想としては……。
「困った人ですよね、聖様は」
「ほんとにな!」
今までの経緯を思い返し、私とネコマ先輩はしばらく笑い合っていたのであった――。
この後二人がどんな話をするのかまでは分からないけど……きっと、きっとそれは大きな意味を持つことになる、そう私たちは確信していた。
聖様、最後くらいかっこいいところ、見せてきてくださいね!
聖様編完まであとほんの少し! 多分次話も長めです。
あと、無事に2巻が発売できました。買ってくださった皆様、本当にありがとうございます!
心音淡雪Twitterアカウント↓
https://twitter.com/kokoroneawayuki
活動報告にてマシュマロとリクエスト募集中です!
本編に出てくるライバーに質問したいことなどあれば、活動報告『マシュマロ募集』のコメント欄に、やってもらいたいことや見たいシチュエーションがあれば『リクエスト募集』のコメント欄に書き込んでくだされば、本編にて採用されます!
よろしければ是非書き込んでみて下さい!