VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
それから3日後――
「あ、ここだ」
私は光ちゃんが住んでいるマンションの一室に訪れ、インターホンを押していた。
どうしてこうなったのかというと、それは三期生全員で練習した日の夜まで遡る。
スタジオから何事もなく家に帰った私。その日の用事を終わらせて後は寝るだけになり、スマホにアラームをかけようとしたところ、個人チャットに連絡が来ていることに気が付いた。
差出人は光ちゃん、内容は要約すると『3日後の昼に時間作れそうだから、淡雪ちゃんさえよければ歌を教えて欲しい』とのこと。
特に断る理由もなかった為、私は承諾した。今日はその当日ということである。
それにしても光ちゃんの家に来るのはこれが初めてだ。意外と数駅離れているだけの近場でびっくりしたな。
……実はあの光ちゃんの過密スケジュールを見てからというもの、ずっと体調を崩してしまわないか私は心配で心配で仕方がなかった。
今日も本格的に歌の練習をするというよりは、歌うこと自体は控えめにして、歌を口実にして体を休ませてあげたいという目論見がある。
その為に事前にマッサージなどの疲労回復法も調べてある。「歌の練習は?」と疑われるかもしれないが、その場合はなんとか言いくるめて休ませよう。
そんなことを考えていると、いよいよ家のドアが開いた。
――そして、私は思い知ることになる。
「い゛、い゛ら゛っ゛し゛ゃ゛い゛、あ゛わ゛ゆ゛き゛ち゛ゃ゛ん゛……」
「!?」
――その自分の考えすら、光ちゃんに対しては甘すぎたことに。
光ちゃんの喉が……壊れた。
現在、とりあえず玄関前にずっといるわけにもいかないので、光ちゃんに言われるまま部屋にあげてもらい、そしてテーブルに座って向かい合っていた。
未だ頭は混乱しているが、一旦なにがあったのかを把握しなければいけない。
「光ちゃん、大丈夫……ではないですよね。どうしたんですか、その声?」
「あ゛の゛ね゛、ん゛ん゛!!」
「あっ、スマホで筆談とかで大丈夫ですよ、無理しないで」
声を出すだけで顔を歪ませるのを見て慌てて止める。どうやら普通に喋るだけで、声がガラガラに枯れるだけじゃなく喉に痛みまで出ているようだ。
私に申し訳なさそうな顔をして両手を顔の前に合わせる光ちゃん。そしてスマホを手に取って文字を打ち込み始める。
さっきからその姿にいつもの弾けるような元気さは感じられず、ずっと口角を上げて笑ってはいるが、明らかに空元気なのが分かる。
文字が打ち終わったようで、光ちゃんがスマホの画面をこちらに向けてくる。
『皆で歌の練習をしてから、どうしても自分に納得ができなくて作業しながらとか空いた時間とかに練習してたの。昨日とかは明日は淡雪ちゃんが来てくれるからって気合入れて配信後にもずっと歌ってて……今日起きたら喉死んでた』
「死んでたって……痛みとかは今日までなかったんですか?」
『実は皆で練習した後から少し痛かった。でも今日まで、我慢すれば配信でも声そこまで掠れなかったから大丈夫かなって……黙っててごめんなさい』
「つまり痛かったのに配信も歌の練習も続けたってことですよね? どうしてそんな明らかな無理したんですか!?」
今思えばあんな無茶な歌い方じゃあ喉に大きな負担もかかる。ずっと元気そうにしていてむしろ練習をせがむくらいだったから気が付かなかったが、私たちは大丈夫でも光ちゃんはあの時点で喉に大きな負荷が掛かっていたんだ。
でもそれなら普通は喉を休めるはずだ! なんで更に練習なんてして……。
思わず語気が強くなってしまった私の問いに、光ちゃんは相変わらず笑顔を崩さないまま、当然のことを言うかのようにスマホに迷わず打った文字を私に向けた。
『自分に納得ができなかったから。これじゃあリスナーさんを喜ばせることができないから、もっと頑張らないとって思って』
「納得ができないって……」
だからってここまでするかと驚く私だったが――続けて新たに打ち込まれ、私に向けられた文字を見て、私は驚きすら通り越して絶句することになった。
『でも大丈夫! 光は頑張れるから! だからほら、早く始めよう!』
早く始めよう――つまり光ちゃんは――こんな状況になってもまだ歌の練習をやめないつもりなんだ――
「ッ! バカなこと言わないでください! 今日の練習はなし! 今から病院に直行しますよ!!」
光ちゃんの明らかなムチャに怒りすら覚え始めた私は、光ちゃんの発言を一蹴して立ち上がる。
「余程酷くなければ喉は治るものだと聞きます。でも状態はどうであれ、光ちゃんは喉が完全に回復するまで活動休止です!」
そう言って荷物を抱えて再び外に出る準備をする。光ちゃんも早く準備してと声を掛けようとその顔に視線を戻した時――私は声を掛けるどころか体が完全に静止してしまった。
だって――あの光ちゃんの表情から今日初めて笑顔が消えて――そしてこの世の終わりを見たかのような絶望に染まっていたから――