VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた   作:七斗七

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祭屋光の暴走2

「ど、どうしたんですか光ちゃん……?」

 

 そのあまりにらしくない表情は、ほんの一瞬本当に光ちゃんなのか分からなくなってしまったくらい衝撃的なものだった。

 

「活動休止……? ぞれっで、配信じない゛ってごと……?」

「ええ、勿論そうですが……その喉の状況でライバー活動ができるとはとても思えません。一度ここで本格的な休養期間を挟みましょう。期間の長さはお医者さんとライブオンの意見を聞いてから決めることになるとは思いますが」

「……2日ぐらい゛?」

「そんなわけないでしょう。1ヵ月はみた方がいいですね。喉の状態次第ではもっとです」

「いっ、い゛や゛! それだげはい゛や゛!!」

「ちょっ、光ちゃん!? 今そんなに大きな声を出したらだめですよ!!」

 

 私は当然のことを言ったつもりなのだが、それを聞いた光ちゃんは首を激しく振り、喉の痛みすら気にせずに声を荒げて激しい拒否反応を示した。

 

「1ヵ月なんでありえ゛ない゛! だって案件とが予定いっぱい゛詰まっでる! も゛う告知じちゃっだやづもある! 休んだりなんでしだら色んな所に迷惑がけじゃう! そ、そうだ! 1周年記念配信はどうずるの!?」

「あぁ1周年記念……うーん、それも延期ですかね」

「そ、ぞんなのだめだよ! だっで1周年はぞの日しがないんだよ!? 光の事情だげで延期なんででぎない゛!!」

「……分かりました。一度ましろんとちゃみちゃんにも通話を繋いで、4人で話し合いましょう」

 

 正直なぜ光ちゃんがここまで必死に拒絶するのか分からない、迷惑をかけるのが嫌なのは分かるが、どう考えてもこの状況で休む以外の選択肢はない気がするのだが……。

 でも今は一旦光ちゃんを落ち着かせるのが最優先だ。これ以上喉に負担をかけさせるわけには行かない。なるべく意図を汲み取ってあげる対応をしてあげるべきだろう。

 一応1周年記念に関しては光ちゃんの発言に理がないとは言わない。それに関してはちゃみちゃんとましろんの意見も聞くべきだ。

 でもまぁ……。

 

『1周年記念は延期だね。あわちゃん、今すぐ光ちゃんを病院に連れて行ってあげて』

『光ちゃん、無理しないで……休むことも大事なことよ……』

 

 そりゃあこうなるよね。

 

「はい。2人の了承も取れたことですから光ちゃん、休みましょう?」

「うぐぐぐぐ……」

「私たちも1周年を祝いたい気持ちはあります。でも今ここで無理したら、光ちゃんの声に一生治らない傷を付けてしまう可能性があるんです。それはここで祝えないよりもっともっと辛いことなんですよ」

「でも、でもぉ……リスナーざんが待っでるがら……」

 

 うーん……まさかここまで言っても休む気にならないとは……あまりの頑固さに流石に私たち3人もどうすれば説得できるのか困り始めてしまう。

 そんな時だった――

 

「リスナーさんを失望させるのだけは嫌だから……」

 

 ふと光ちゃんの口から小さく零れるように出たその言葉を聞いた時、やっと私は光ちゃんが自分の身を削ってまで活動を止めようとしないのか、理解できた気がした。

 そっか……光ちゃんは……大切なことを間違えているんだな。

 

「ぇ……?」

 

 私は光ちゃんをゆっくりと優しく抱きしめた。

 

「光ちゃん、やっと貴方の考えが私にも分かってきたかもしれません」

 

 光ちゃんは間違いを犯している。そう気づいたはずなのに、私の声は自分でも驚くほどに優し気なものだった。

 だってその間違いは――きっと私も同じことを考えていた時期があったから。

 

「そうですよね、簡単に休むことなんてできないですよね。リスナーさんの期待に応えられなくて……そして見限られたりしたら――それは本当に恐ろしいですよね」

「ぁ……」

「休んだりなんてしたら忘れられるんじゃないか。イメージを壊してしまうんじゃないか。そう考えると――体が震えてしまいそうになりますよね」

「…………うん」

 

 頷くと同時にこわばっていた体から力が抜ける光ちゃん。恐らく頭の中に渦巻く感情を言語化されたことで、私を理解者として感じ始めてくれたのだろう。

 私たちの活動のほとんどはリスナーさんに応援してもらってこそ成立するものである。だからこそ私たちを応援してもらえるようにリスナーさんに楽しんでもらえるような配信を考え、そしてエンタメとして提供する。

 言ってしまえばリスナーさんがいるおかげでライバーとして活動を続けることができているのだ。だからこそ……私たちにとってリスナーさんという存在の大きさは計り知れないものになる。

 例えば数字。チャンネル登録者や同時接続者数が減ると、それは命の残量が少なくなったと感じる程大きな焦りを覚える。だから失望させるなんて論外、もっともっとリスナーさんに楽しんでもらわないとという思いが膨らむ。

 光ちゃんはやりすぎと思ってしまうほどの頑張り屋さんだ。その思いが膨らみすぎて、今ではリスナーさんの期待に応えることに使命感を覚えているのだろう。

 

「リスナーさんの為に頑張る、それ自体はとても良いことだと思います。でも――今の光ちゃんは間違っていますよ」

「……っ!」

 

 理解してくれたと思ったのにそれを裏切られたショックからだろうか、再び光ちゃんの体に力が入る。

 

「な゛んで? リスナーざんの為に頑張るごどのなにがだめな゛の゛? リスナーさんを大切にじないなんてライ゛バー失格だよ゛!」

「そうですね、光ちゃんのライバーとしての立場ではその考えは間違っていないんです。でも光ちゃんは……リスナーさんの立場で考えたことがありますか?」

「へ? ……どうい゛うごと?」

「あー……言い方を変えましょう。じゃあ、リスナーさんはどうして光ちゃんのことを応援してくれていると思いますか?」

「それは……配信を゛楽じんでくれでいるから?」

「そうですね、それも一つの要素でしょう。でもね、根本はもっと深いところにあるんですよ。私たちライバーのことを応援してくれているリスナーさんは、私たちのことが『好き』だから応援してくれるんです」

 

 そう、これが今最も光ちゃんに伝えなければいけない話。

 

「この好きは恋以外にも、私たちの場合はバラドルに向けるような好意もあるかもしれない。でもね、好きじゃないとわざわざ大切な時間を使って配信を見にきてくれたり、更にはスパチャを送ったりグッズを買おうなんて思わないでしょ? そこまでしてくれている人がね……好きな人が苦しんでいる姿を見て喜ぶはずないじゃありませんか!」

「――――」

「光ちゃんが楽しそうなときはリスナーさんも楽しんでくれているように、光ちゃんが辛いときはリスナーさんも辛いんです! ネタならともかく、推しが本気で苦しんでいるのなんて見たくないんです! 好きな人には笑顔でいて欲しいんです! じゃあ私たちはその想いに応える活動をしなければいけない、なのに……どうして光ちゃんは今リスナーさんを悲しませるようなことをしようとしているんですか!!」

「――――」

「耐久を楽しんでやっている姿が見たいリスナーさんはいると思うけど、声がガラガラの光ちゃんが痛みに耐えながら喋って歌うなんてリスナーさんは望んでない! スタジオで練習したとき、光ちゃんが『リスナーさんが光の存在価値』って言いましたよね? でも光ちゃんが存在価値なくらい応援してくれている人も中にはいるの! その人たちを悲しませてどうするの!」

 

 後半は感情的になるあまりまくしたてるようにはなってしまったが一通り言いたいことは伝えた。

 乱れた呼吸を正していると、今度はスマホからましろんとちゃみちゃんの声が聞こえてくる。

 

『あわちゃんの言う通りだね。あと、一つ僕からも言わせてもらうけどさ。少し休んだくらいで推すのをやめる程リスナーさんを甘く見ないで。光ちゃんの魅力はその程度のものじゃないよ。だから、失望させるのが怖いのは分かるけどさ、リスナーさんを信じて休むことも大切な活動の一部だよ』

『光ちゃん。私もね、一時期自分は他のライバーと比べてパンチがないんじゃないかって悩んでいた時があったの。でも結局無理なんてせずに、むしろ素で居ることが一番の解決策になったの。そしてね、肩の力が抜けると同時にヘンなこともするようになったけどね、それでリスナーさんが失望するなんてなかったし、むしろプラスに向かったわ。頑張ると無理をすることは似ているようで違うと思うの』

 

 ……うん、やっぱりこういう活動をしていると、このような問題は誰もが抱えるもののようだ。私も……切り忘れでバズる前は酷かった。

 でもこういうのって活動を続けて、特に人気が出ると安心と共に冷静になった頭が真理に気づいて落ち着くものだったりする。

 だけど光ちゃんは違ったんだ。光ちゃんはかなりの人気ライバーだ。一概に数字だけで判断するのはどうかと思うが、それでも一つの指標として大きなスコアを持っている。

 でも光ちゃんは止まらない。きっと全てのライバーで一番になっても止まらない。ファンが増えたら増えた分だけもっと頑張って頑張って頑張って、体の限界に向かうマラソンを走り続ける。

 今回私たちが気づけたことで、止めることができたのは本当に良かったと思う。リスナーさん第一の頑張り屋さんなのは光ちゃんの長所だが、活動を続けるうちに頑張り方を間違えてしまったんだ。

 私たちの想いはしっかりと光ちゃんに届いてくれたのだろう。光ちゃんの体からは完全に力が抜け、反省した様子で私にぐったりと体を預けている。

 

「光ちゃん。私たちがするべき頑張り方は、体調を万全に整えて、最高の状態で配信に向き合うこと。だからね、今は病院行こう?」

「うん……ごめんなさい」

 

 こうして病院で喉の状態を見てもらった光ちゃんは、幸いなことに大事ではなかったものの、ライブオンとも相談し、1ヵ月の活動休止期間を設けることとなり、1周年記念配信もそれに合わせて延期となった。




【告知】
ぶいでん、ListenGoさんでオーディオブック化します。このお話が読み上げられると考えるととんでもないことですね……。
3月22日配信開始です。書き下ろしのSSとイラスト付きデジタルリーフレットも限定特典として付いてきます。

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