VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた   作:七斗七

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まじかぁ

『この度、私、星乃マナは……VTuber活動を卒業することを決めました』

「まじかぁ……」

 

 配信外、スマホの画面に流れる動画を凝視しながら家の中をバタバタと歩き回る私が居た。

 

『具体的に言うと1ヵ月後ですね。突然の報告になってしまってごめんなさい』

「まじかぁ……うわぁまじかぁー……」

 

 語彙力の語の字すら感じられないうわごとを呟きながら、ただ意味もなく家の中を何周も歩き回る。

 このような茫然自失とも言える状態になってしまった原因は、勿論スマホに表示されるこの動画だ。

 星乃マナちゃんが卒業する……それは本当に突然の発表だった。

 星乃マナちゃんは、VTuberを少しでもかじっていれば、彼女の名前を知らない人はいないほどの有名人だ。

 ライブオンで晴先輩がデビューするよりもずっと前――ライブオン黎明期どころか箱の概念すらない、VTuber業界そのものの黎明期に彼女は生まれた。

 彼女の功績と言えば、当時まだVTuberとして活動している人すら数えられるほどしか居ない中、所属している企業のサポートを受けたユニークな企画の動画を精力的に生み出し、業界をリード、形成していったことだろう。

 やがてVと言えば真っ先に名が挙がる一人になったマナちゃんは、同時期に同じく突出した人気を獲得していたV3人と共にVTuber四天王と呼ばれるようになり、星のように輝く存在になる。

 そこからは私たちのような箱と呼ばれるグループ系Vの台頭などもあったのだが、それでも常に第一線で走り続けた大人気VTuberであり、Vの歴史に深くその名は刻まれている。

 今日ではその強烈なプロ意識の高さがカリスマにも繋がり、V業界の中でいわば神格化された存在になっていた。

 当然私なんかは全然関わりもないし、Vにハマったのもライブオンを見るようになってからだから彼女がスターになっていく姿をリアルタイムで見た訳でもない。

 ただそれでも、今自分がVとして活動できているのはマナちゃんのような先人が居たからだということは重々承知していて、多大な尊敬の念を抱いていた。

 そんな彼女が――遂に卒業する。

 

『今まで本当にありがとうございました。あははっ、実際にはまだ活動開始から10年とか経ったわけじゃないけど、それでもあまりに思い出が多すぎて……この活動期間は私の人生で最も素敵な時間でした。後悔なんて一切ない、一生の誇りです』

「まじかぁーーーーぅぅぅぅーーーー」

 

 実はこの動画、これが初めての再生ではない。

 もう何度目かも分からない程リピートしており、その度に今のような奇行を繰り返している。

 Vはとても入れ替わりが激しい業界でもある。ライブオンに現在その傾向はみられないものの、卒業などの話題は珍しくない。

 それでも……やはりショックだ。

 憧れの人の卒業自体が悲しいのもあるが、多くのVが生まれるきっかけになったマナちゃんの卒業を見て私は、まるで一時代の終わりを見たかのような喪失感に苛まれていた。

 SNSも今はこの話題で持ちきりだ。ライブオンの共通チャットも皆衝撃を受けている。本当に多くの人に愛されたVTuberだった。

 

『えーなんかすっごい改まった感じになっちゃったけど! 最後の一ヵ月、卒業した後も皆の心の中で輝く星でいられるよう全力で活動していくので! まだ一ヵ月あるからね! 忘れないでね!』

「ぅぅぅぅマナちゃんんんんんーーーー!!!!」

 

 卒業発表でも明るく振る舞うマナちゃんの姿が胸を打つ。

 突然の発表だったが、この様子を見るにずっと前から決めてはいたのだろう。

 直接関わる機会はなかったとはいえ、間接的な大先輩の卒業だ。盛大に見送ってあげるのが良い後輩ってやつだろう。

 

『そして一ヵ月後……特別な卒業配信を開いて、本当のお別れにしたいと思います。わがままでごめんね。でも、見に来てくれると嬉しい……あんまりしんみりするのは好きじゃないからさ、最後は笑顔で卒業できたらいいなって思ってる!』

「うん! 見に行きます! 絶対見に行きます!」

 

 そうだ、この一ヵ月はマナちゃんの過去動画をひたすら見ることにしよう。そして思い出に浸りながら笑顔で卒業を見送るんだ。

 

『それじゃあ最後の一ヵ月、頑張っていきましょー!』

 

 そうマナちゃんは元気よく声を張り上げ、動画は終わる。またリピートしようかとも迷ったが、いつまでもリピートしていては何も進まない。

 そうだ、これは私もへこんでなんていられないんだ! マナちゃんが残してくれた業界に生きる者として、私ももっと輝かねばいけない! しっかりするんだ淡雪!

 自分自身に活を入れ、動画を閉じる私なのだった。


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