VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
「あっ!」
「ん? どうしたの?」
「そ、そういえば私、仕事の用事があってそれに行く途中で……会社に遅れること報告しないと」
「そうだったんだ、早く連絡してあげな」
「す、すいません……」
慌てて席を外し、鈴木さんに電話を入れる。
すると、時間的にはかなり余裕があるらしく、少し遅れるくらいなら全然問題ないと言ってくれたどころか体調の心配をしてくれた鈴木さん。ぅぅぅ……今日は色んな人に助けられてばかりだ。
……そう、見た目は怖い人だけど、このヤンキーさんにもすっごく助けられた。
席に戻りながら今までの経緯を改めて思い返す。
……あれ? なんか私が勝手に見た目からの偏見で怖がってただけで、この人とんでもなく優しい人じゃない?
「あ、えっと、戻りました」
「ん。大丈夫だった? 怒られたりしてない?」
「はい、むしろ心配されてしまって」
「そう」
そっけない言葉に聞こえる時もあるけど、今のも私が怒られてないか心配してくれたってことだよね?
「あの、外になにかあったんですか?」
席に戻る途中、ヤンキーさんはずっと店の窓から外を眺めていた。
段々とこの人に対する怖さよりも好奇心の方が勝り始めてきた為、勇気を出して質問してみる。
「ん。ほら、あこ歩いてる犬見てた」
「……あぁ」
確かに視線の先にとことこと飼い主の前を歩いている大型犬が居た。
「あれはー……なんの犬種でしょう? すごく足が長くてスリムだから……あっ! ボルゾイですかね!」
「いや、あの子はサルーキだよ。毛が短めで体格もボルゾイより少し小さい」
「へ、へー」
よく知ってるなぁ……サルーキって名前がこんなにすぐ出る人って割と少ないのではなかろうか?
「動物、お好きなんですか?」
「ん。好き」
即答するヤンキーさん。意外だ……。
ふふっ、なんか……面白い人だな。
「あ、笑った」
「へ?」
「今笑ったじゃん。今までずっとビクビクして怖がってたから」
「ぁ……」
確かに、今はこのヤンキーさんにもあまり恐怖を感じない。今なら普通に話せるかも。
「すみません、その~……ヤンキー系の方と話すのが人生で初めてで……」
「ん? ヤンキー? 私が?」
「え? 違うんですか? ファッションとかを見てそうじゃないかと思ったんですけど……」
「いや、これはメタル系のバンドとかが好きなだけで、ヤンキーというわけではないと自分では思ってるけど」
「え!?」
そ、そうだったんだ!!
確かに、よくよく見てみると今どきここまでコテコテにド派手なヤンキーって居ないか。メタルバンドとかの知識が少なすぎて言われないと連想できなかった……。
「まぁ、メタル系が怖いって人はいるかもしれないけど。でも、取って食ったりはしないから安心して」
「そうだったんですね……変に怖がってごめんなさい……」
完全に勘違いしてた……申し訳ないし恥ずかしい……。
「山口飛鳥(やまぐち あすか)」
「へ?」
「私の名前。まだ自己紹介してなかったから。間違えても仕方ない」
これって……フォローしてくれた?
え、なにこの人かっこよくて優しい、結婚したい。
はっ!? い、いけないいけない! ここはライブオンの外なんだから、思ったことをそのまま口に出したら危ない人だ!
とりあえず私も名乗らねば!
「私は田中雪です。改めて、先ほどは助けてくださりありがとうございました」
「ん。別にいい」
その後もお互いのことを軽く話し合った。どうやら私より少し年上な人のようだ。
すごくいい人ということが分かってからは段々と緊張も解けてきた。すると湧き上がるのは更なるこの人への好奇心。私は色々と質問を投げかけてみた。
「えっと、メタルバンドをやっているというわけではないんですか?」
「ん。聴くだけ。今日も好きなバンドのライブがあったから、ちょっと遠出してここまで来た。あとちょい仕事も」
嫌な顔ひとつせずに質問に答えてくれる。淡々としているがきっとこれが飛鳥さんの会話スタイルなのだろう。
「お仕事ってなにをなされているのか聞いてもいいですか?」
こんな感じのファッションの人ってどんなお仕事してるのか私気になってたんだよね。
この派手さはスーツとかが義務の職場とかじゃダメって言われちゃうよね。
「あー……んー……それは、なんていうか」
「あっ、言いにくければ全然いいですよ。むしろ初対面でこんなこと聞いちゃってごめんなさい」
珍しく困った様子の飛鳥さんを見て慌ててそう言ったのだが、それも飛鳥さんは否定した。
「言いにくいっていうか説明が難しいっていうか……声の仕事かな?」
「え、声優さんとかですか!?」
「いやそれもちょっと違って……一人、時には皆で色んな事をしてお客さんを楽しませる仕事というか……」
「へー! 素敵なお仕事ですね! 職場の皆さんも飛鳥さんみたいな感じなんですか?」
「いや、皆頭おかしい」
「ぇ」
「皆バンドで喩えるなら全員がギターでしかも常にギターソロしかしないようなクレイジーばっかり。しかもめちゃくちゃな弾き方をすればするほど褒められるというね」
「すごい環境の職場なんですね……」
飛鳥さんは聞いてよと言わんばかりに更に職場のことを語り始める。
「その中でもあの先輩だけは特に許せない」
「ど、どんな人なんですか?」
「私に毒を盛りやがった」
「ど、毒!?」
「勿論本当の毒じゃないよ。でもあの先輩は傍に居る人間に毒を盛る能力を持っているんだ。冷静な思考を破壊し、その人の本性をシャバに解放させるという恐ろしい猛毒を」
「なんて恐ろしい人なんだ……大丈夫だったんですか?」
「当然気づいた時には私もギターを歯でかき鳴らしてた。それからはもうお客さんからも私の印象は変態ギタリストだよ」
「酷い……これが、人間のやることですか……」
「しかも、その先輩は自分の毒のことを自覚していないというね。だからこれ見よがしにバラまきまくって、今では職場全員がやられてしまった。比較的ましだった人は私と同じ末路を辿り、もともとやばかった人は更にやばくなった」
「たちが悪すぎる!? もう私その人に会ったら絶対顔面ぶん殴ってやりますよ!」
「ほんと、困った人だよね」
「はい! こんなにいい人な飛鳥さんをいじめるなんて、とんでもない極悪人です! 私許せません! 今すぐ監獄にぶち込んでやるべきです!」
「いや、えっと、悪い人ではないんだよ」
「はい?」
急にその人のことを庇うようなことを言い出した飛鳥さん。
今の話を聞く限り擁護できる点がなに一つない生きるバイオテロな気がするのだが?
「なんていうか、人を惹きつける魅力があるんだよ、あの人。純粋さと素直さを併せ持ってる人で、この先輩に助けられた人も大勢いる。皆から好かれてるし、私も困った人だとは思うけど尊敬してる」
「……それも毒にやられてません?」
「はははっ、そうかもね。でも、あの個性的なギタリストたちと先輩後輩同期問わず皆と素を晒し合いながら繋がれちゃうんだよ、あの人。私の職場は個性的な人だらけだけど不思議な一体感もあってね。あの不思議な居心地の良さは、あの人が作りあげたんじゃないかな」
そう語った後、少し照れた様子で「トラブルメーカーだけどね」と飛鳥さんは付け足した。
うーむ……聞けば聞くほど変な人だ。世の中には不思議な人もいるもんだなぁ。
……ライブオンに居てもおかしくなさそうな人だな。
先日PVの中で「このV戦国時代、マイナンバーも晒せないような奴が生き残れるわけないんだよなー!」みたいなネタをやったら本当にカードを晒す人が出てきて困惑しているのですわ。
これからのVのトレンドはマイナンバーなのですわ。