VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
いよいよ今日は星乃マナちゃんの卒業の日だ。
私は出番が来たら通話にて呼んでもらえることになっているので、自宅でその卒業配信を見ながら待機している。
なのだが……全く集中できない。緊張やら不安やらで頭の回転が完全に滞っている。正直配信の会話内容もあまり届いていない。
「うん、そうだよね。懐かしいなぁ、初コラボのときとかお互い距離感分からなくてー」
もう配信は私が出る予定でもある『最後に会いたい人たち』のコーナーに入っている。しかも出番は次だ。
今マナちゃんが話しているのもV界の超レジェンドの一人。仲が良かったこともあり思い出を振り返りながら感動的な会話が繰り広げられている。
この企画で登場する人たちをリスナーさんは知らされていない。すなわち完全に予想外な人物として私が登場することになるのは目に見えて分かる。
当然初対面の為、過去を振り返るような話もできない。事前に呼んだ理由や話したい内容を知らされているわけでもない。一体私はどういう立場で登場すればいいのだろうか……。
「うんありがとう! それじゃあ……バイバイ!」
や、やばい、とうとう今の人の時間が終わりを迎えてしまった!
もう出番きちゃうぞ、私の勘違いで次違う人だったりしないよね?
「それじゃあ次の人に登場してもらっちゃおっかな! ふふふ~、きっと次の人は皆も想像していなかった人だと思うよ!」
コメント
:激エモだった……
:涙腺が……
:おお!
:大物の予感
:サプライズ枠!
あ、これ私だ。出番きちゃった! 落ち着け、落ち着け―……最初は自己紹介をしてほしいとだけは言われているからな、噛まないようにしないと!
――通話のコールが鳴った!
「それじゃあご登場です! どうぞ!」
「――皆様こんばんは。マナさん、今日はこのような舞台にお誘いいただき、誠にありがとうございます。ライブオン所属の三期生、心音淡雪です」
よ、よっし! とりあえず挨拶クリア! はぁ……はぁ……。
コメント
:!?
:ええええええ!?
:やべーぞライブオンだ!?
:え? マ!? 本物!? マジでヤツが来たの!?
:マナちゃん逃げて!!
:なぜ!? なぜライブオンが!?
:リアルで飲み物噴いた
:予想外過ぎる……卒業阻止にでも来たのかな?
:とうとう淡雪ちゃんが箱外に進出してきたのか!?
:脱走じゃん! 飼い主(運営)はなにしてる!?
:草草草草草草
:コメ欄が興奮というより阿鼻叫喚なの草
:流石ライブオン、V界の終点にして底辺
:て、底辺言ってやるな! 人気はあるから!
:原点にして頂点VS終点にして底辺
:誇張気味ではあるけどそんな感じだね……エモ展開どこ行ったの……
:アニメ最終話のタイトルみたいだ……
こ、コメント欄が見るからに動揺している。箱の外からはライブオンがどう見られているのかが分かるな……。
「はい! ということでライブオンから淡雪ちゃんに来てもらっちゃいましたー!! FOOOOO!! 伝説のVTuberの登場だー!!」
「い、いやいや伝説なんてそんな!! むしろマナちゃ、あっ、ま、マナさんの方が伝説で」
「あー! 今マナちゃんって呼んでくれようとしたよね! 呼んで呼んで!」
「えええ!? いいんですか!?」
「うん! 早く早く!」
「ま、マナちゃん……」
コメント
:なんだこの展開……
:マナちゃん、その人は卒業は卒業でも人間卒業した人だよ
:めっちゃマナちゃんテンション高くなってる
:あ、あれ? マナちゃんノリノリ?
:超展開過ぎる
し、信じられない……私本当にマナちゃんと喋ってる!
しかもなんか、マナちゃん私が登場してから見るからにテンション上がってる気がするのはなぜ!? これ卒業配信だよ!? さっきまでのエモさはどこに!?
コメ欄の人と同じく私も更に混乱してきた……。
「あれ? 今日はストゼロは飲んでないの?」
「の、飲んでないれす! でも今体内で生成されてます!」
「おおおぉ! この意味不明な感じすっごくライブオンだ! 感動しちゃうよー!! でもそんなに緊張しなくていいんだよ。ほら、呼んだのは私なんだから、気楽にしていいの」
「は、はい……すいません」
今一瞬なにを言っているのか自分でも分からなくなる感覚があったが、マナちゃんの優しい声のおかげで少しマシになってきた。
よし、私だってライブオンを背負ってるくらいの気概でやってるからな。ちゃんと自信持たないと仲間の皆にも失礼だ。
私が落ち着いたのを確認したところで、いよいよマナちゃんは私を呼んだ理由を話し始めた。
「初対面なのにいきなり卒業配信とかになっちゃってごめんね? ずっと会いたい会いたいって推してたんだけど、運営さんの頭が固くてねー。結局会えたのは我儘聞いてくれたこの最後の配信になっちゃった」
「ずっと会いたかったんですか!? 私に!?」
「そそそ! めっちゃファンなの! 正確にはライブオンの箱推し! 毎日見てる!」
「い、イメージが……」
「ムム! 淡雪ちゃんまで運営さんと同じようなこと言うんだー!!」
信じられない事実が明かされ、私は目が点になってしまう。そんな不満を表されても本当にイメージが無さ過ぎて……。
コメント
:wwwwww
:悲報、ホシマナが卒業配信でやらかす
:ファンなだけでやらかし扱いされる箱、それがライブオン
:初見だから知らなかったけどこの淡雪ちゃんって人そんなすごい人なんだ!
:まぁうん。すごい人だよ。色んな意味で
:検索してはいけないVTuber
「えーなんでー? ライブオン面白いよねー淡雪ちゃん?」
「そ、そうですね、人を選ぶ側面があるかと思いますが」
「マナちゃんだどー!」
「ぁっ、ぁっ」
相変わらずハイテンションで私の真似をするマナちゃんにどうしたらいいのか分からずあたふたとしてしまう。
「……どうして推しになってくれたんですか?」
どうにか絞り出せたのは、私の心からの疑問だった。
「んーっとね、それは私の活動スタイルに理由があったかな。ほら、私って誰かとコラボさせてもらうことは多々あっても、事務所にただ一人のVとしてソロ活動しているでしょ?」
そうか、確かにマナちゃんが所属している事務所は、所属Vを増やすことなくマナちゃんに全振りの方針だったはずだ。
「だから、箱というグループを形成している人たちに憧れがあったんだよ。今の運営さんは本当に手厚くサポートしてくれて不満とかはなかったけど、隣の芝生は青く見えるってやつなのかもしれないね。ああいうのいいなぁって思うんだよ」
「そうだったんですね」
「うん。だからね、今日淡雪ちゃんを呼ばせてもらったのは完全に私の我儘! 最後くらいイメージとか関係なしに推しに会わせてくれーってね!」
どうして私がマナちゃんの卒業配信という場違いな舞台に呼ばれたのか、ずっと謎だった点が徐々に解けていく。
だけど……今の理由だとまだまだ謎は残っている気がするぞ?
「あの、それってライブオンや私じゃなくていいのでは……? ほら、箱で活動しているVって今どき結構いますし、ライブオンから選ぶとしても晴先輩とかいますし……」
「あー……んーなんだろ、この気持ちを言語化するのは少し難しいけど、私が箱としてグッと惹かれたのはライブオンだったんだよね。なんていうか……温かさみたいなものを感じたんだな」
「温かさ……ですか?」
「そうそう。感覚的なものなんだけど、ライブオンの配信、特にコラボを見ているとね、面白いのと同時に温かさや繋がりみたいなものを強く感じるんだよ。でねでね、晴ちゃんは確かに始まりだけど、その温かさの中心に居るって点だと私は淡雪ちゃんな気がしてね」
「はぇー?」
なんか、分かるような分からないような……本当に感覚的な話なのだろう。
マナちゃんもどう言ったらいいのかとしばらく唸っていたが、ふとなにかピンときたものが浮かんだようで「あっ!」と声をあげた。
「そう! 『家族』みたいだなって思ったの!」
「――――家族」
それは――私がもう手に入らないと思っていた存在の名前だった。
「うんうんこれだ! ライブオンってみんなめちゃくちゃなんだけど、バラバラじゃなくて一体感があるんだよね。皆本心を全て晒し合ってるからこそ深いところで理解しあえているみたいな! それってさ! なんか家族みたいじゃない?」
私は……戸惑いを感じていた。
そんなこと言われても、私は家族というものを知らないからだ。
だから……こんな変な質問しか返すことができなかった。
「マナちゃんって、家族とはなんだと思いますか?」
自分の声が少し震えた気がした。
それは、戸惑いからか、不安からか。
――もしくは期待からなのか。
でもそんな私の変な質問にも、マナちゃんは疑問を抱かず、真剣に考えだしてくれる。
「んー家族かー……血がつながってる人ってイメージとかあるけど、養子の人とかも家族だから一概には言えないよね。んー……きっとね、普段は気が付かないけど、いざ思い返した時にその大切さに気が付く人じゃないかな」
「――――」
「私ね、実家に居たときは家族なんてうっとうしい、一人がいいんだーって思っちゃうときあったけど、いざ独り立ちしたらすぐに会いたくて仕方なくなって、そうなって初めて家族のことをどう思っているのかが分かった気がするの。それはきっと普段は当たり前なくらい繋がっているからその大切さが分からなくて、いざ離れたとき、そうなってやっと繋がりがあったことを認識できたからじゃないかなーって」
――ふと、コメント欄に視線が吸い込まれた。
そこには、皆がいた。
コメント
<朝霧晴>:いぇーい! 大家族だぜー! 私皆のビッグダディ!
:ハレルン!?
:来てたのは淡雪ちゃんだけじゃなかったのか
<宇月聖>:家族、いいね、よしシオン、結婚しよう。これで父ポジはもらったな
<神成シオン>:結婚するーーー!! 私ママになる!
<昼寝ネコマ>:人様の枠でプロポーズは勘弁だぞ! それとネコマは野良猫から飼い猫に昇格だにゃ~
:二期生も!?
<祭屋光>:私お姉さん! 長女!
<彩ましろ>:え? 光ちゃんはむしろ妹じゃない?
<祭屋光>:えーそうかなー?
<彩ましろ>:そうそう、姉はちゃみちゃんかな
<柳瀬ちゃみ>:ましろちゃん! よく分かっているじゃない!
<彩ましろ>:僕は姉キャラはポンコツな方が好きなんだ
<柳瀬ちゃみ>:思ってた理由と違ったわ……
<祭屋光>:うーん、まぁ淡雪ちゃんの妹ならそれもありだな! あれ? となるとましろちゃんはなに?
<彩ましろ>:あー、なんだろ?
<柳瀬ちゃみ>:妻とかじゃないかしら?
<彩ましろ>:もうそれでいいや
<祭屋光>:おお! 強者の余裕だ!
:あっ(尊死)
<山谷還>:還は勿論赤ちゃんです
<苑風エーライ>:私はどこがいいかな~ですよ~?
<山谷還>:組長でよくない?
<苑風エーライ>:それ家族は家族でもちょっと違うやつじゃないのですよ……?
<相馬有素>:この重大過ぎる選択、迷いに迷ったのでありますが、私は犬を貰うのであります!
<苑風エーライ>:迷った先がそこに辿りつく人は珍しいのですよ~
:全員おるやんけ
:これは家族ですわ
:マナちゃんの言ったことも分かる気がするなぁ
:てぇてぇ
:なんてお騒がせ家族……
:これもうカーダシアン一家だろ
:確かに淡雪ちゃんこの誰とも繋がってるな
:繋がってるというか繋いだ(手段は問わない)
私がマナちゃんの卒業配信に出演すると聞いて駆けつけてくれたようだ。
――マナちゃんに言われた通り、今一度皆のことを思い返してみる。
脳裏に浮かぶのはどこまでもおかしくて、騒々しくて、おばかで――大切で、楽しくて、輝いている思い出たち。
そのどれもが――もし失ったりしたら絶対に泣いてしまう程の宝物。
「だからライブオンって家族みたいだなーって1人のファンとして思ったんだけど……あれ? 違った?」
「いえ、マナちゃんの言う通りですね。私も言われて初めて気が付きました。本当に皆、私の――愛する家族です」
そうだ、彼女たちこそ私が人生を賭ける覚悟でV業界に挑んだ末に出会えた――狂おしい最愛の家族。
人によってはなにがと、バカらしいと、単なるお前の思い込みだと笑う者もいるだろう。
でもそんなことどうでもいい。私は彼女たちのことを家族と言えた、そして彼女たちは否定せずに応えてくれた。
それだけで私は自分自身がなにかに許されたような、そんな解放感があった。
ふと昔コメント欄で私を中心に家系図が出来上がっているみたいなことを言われたことを思い出す。いつからか……いや、初めからかもしれない。私は無意識に今この自分に辿りつく為の旅路を歩んでいたんだ。
「ありがとうございました」
「ん? いやいや、お礼を言いたいのは来てくれた私の方だよ! ……でも、もうすぐ時間だね。よし、じゃあここからは推しを前にしてファンじゃなくて、Vの先輩としてのエールだよ! 聞いてくれるかな?」
「はい!」
「私はもうこれでV業界からは完全に卒業するけど……貴方たちのような立派な後輩がいるからこそ、こうして晴れやかに卒業できます。これからも頑張ってね、応援してる」
「はい……マナちゃんも、今まで本当にお疲れさまでした! 大丈夫、伝説は始まってもまだ終わっていません! これからもライブオン一同、輝き続けます!」
こうして、私の出番は終わり、その後も配信は滞りなく進み、最後は大きな感動と共にマナちゃんは卒業していった。
これが初対面にもかかわらず、大事なことを教えてもらってしまった。
――そう、こういった直接のやりとりだけじゃなく、間接的にも大勢の先人たちがバーチャルの世界を形成していってくれたからこそ今の私たちがいる。
その先人たちの中にはマナちゃんのように卒業した人もいれば、まだ現役バリバリな人もいる。
そして共に今の世代を走っている人もいる。これからデビューしていく後輩たちもいる。皆がいるからVTuberは生きている。
どうかその全てに幸がありますように。
様々な感情が吹き荒れる心を整理しようと、今の気持ちを一言で表そうと考えたとき、最終的に辿り着いたのはVに出会ったころから一貫している至ってシンプルなものだった。
私は――VTuberが大好きです。
後日、私は両親の眠る墓石の前に独り立っていた。この場所に自分の意思で来たのは今日が初めてだった。
広めの墓地だが、時間を調整したため、周りに人はほとんどいない。
目を逸らし続けてきた自分の過去に明確なけじめをつけるため……私は、両親に向かってゆっくりと口を開いた。
「お久しぶりです、雪です」
一度口を開けば、自分でも驚くくらい堂々とした声を出すことができた。
「本当にお久しぶりですね。ふふっ、とんでもない親不孝ものですね私は。恨んでくれていいですよ、私もお二人のことなんて大嫌いでした」
子供のころ言いたかったけど、言う機会すら消えてしまった言葉たちが、今になって蘇る。
「でも……実は今日は文句を言いに来たわけじゃないんですよ。他にどうしても一つ言いたかったことがあるんです」
一度目を閉じて息を吸ったあと、視線をしっかりと前に向け、はっきりと、今二人に最も伝えたいこと――大きな感謝を伝える。
「産んでくれてありがとう! ……それじゃ」
それっきり、墓地を後にする。もう過去は振り返ることはあっても縛られない。
うん、私はVTuberだからね。今や現代ネットカルチャーの象徴のような存在だ。過去に縛られるのなんて似合わない。
帰りの電車の中で、私はスマホでライブオンの公式ホームページを開いた。
卒業配信の日、エールをくれたマナちゃんへ最後に贈った言葉を思い出す。
そう、伝説は始まってもまだ終わっていない――
【ライブオン五期生・デビュー決定!!】
これからも紡がれ続けていくのだ。
一つの区切りにはなりますが、最終回じゃないです。まだまだ続きます。
というわけでちょっと五期生探してきます。間に閑話挟んだりはあるかも。