VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
『このような大人数がこの宮内の為に集まってくれたこと、心から光栄である。偉大なる宮内家として誇りに思う。……さて! 堅苦しい挨拶はこのくらいにするか! ははっ、驚いたか? 偉大なる宮内家の一員として恥ずかしい挨拶はできないのでな、緊張を与えてしまったのなら謝罪する』
コメント
:お、少し雰囲気が柔らかくなった
:余裕あるなー
:これ本当に新人か?
:一人称名字なんだ
:初めてのタイプかな?
:全身見たい!
どこか厳格さがあった挨拶から、凛々しさは残しながらも親しみやすさがある声色へと変化した。
……初配信で自分ではなくリスナーさんに与える緊張のことを気遣えるだと?
私の初配信とかもうかみっかみで声震えまくりで自分がなに言ってるのかすら分からなくなる有り様だったのに……。
今のライブオンは合格倍率がとんでもないことになっているはずだ。そこを突破したというだけで、もう新人の域を超えているのかもしれないな。
『そうだな、私は偉大なる宮内家の生まれを心から大切に想っている、この一人称はその証のようなものだ。 次は全身が見たい? 勿論構わんよ! これは私の通っている由緒正しき才華女学院の制服なのだ! 家名もそうだが、通っている学校も私にとって大切なものだ、是非とも覚えて帰ってくれ! ほら、腰のところに髪と同じ蓮の花の刺繍があるのが分かるか? 蓮の花の花言葉は清らかな心、学校のシンボルでもあるんだ。まぁ流石に髪のものは造花だがな』
制服を見てもらえるのが嬉しいのだろう。嬉々とした様子でズームを遠ざけ、全身を映してくれる。身長は……意外と平均的かな?
「おおおすっげぇ! 清楚なのにエロい! やっべぇ!」
「ましろん、テンション上がりすぎてキャラ崩壊してますよ……余程好きなんですね……」
「でも分かる気がするのであります。私や晴殿のものとは全く違うタイプの制服なのであります」
匡ちゃんの着ている制服は、極端なほど肌の露出が少ないものであった。
袖まできちっと布地があり、スカートは一切の露出を許さないよう足首まであるかなりのロングタイプだ。
イメージとしては、セーラー服とシスターが着る修道服を合わせたようだと私は感じる。お嬢様学校の制服みたいな?
ただ、これだけでは少し古臭さを感じる服にもなってしまう。だが、この衣装はここに上品なセクシーさを足すことで華やかさと現代性を出すことに成功していた。
カラーはかなり派手な赤を基調とし、胸などの女性らしさが出る部分は白に、そして全体的に体のラインが出るようピタッと張り付くようなシルエット。
匡ちゃんの放つ上品さを邪魔しない絶妙なバランスでありながら、VTuberらしい華やかさを両立しているわけだ。
素肌をあえて見せないのって……いいよね!
『どうだどうだ? 美しい制服だろう! 可憐で品性があり、なによりクリーンだ!』
コメント
:確かにこれはかわいいとかより綺麗な制服だ
:これをめっちゃかっこいいイケメン女が着てるわけだからもうね
:ビジュアル強すぎ……
:やっぱりお嬢様学校なんすか?
:名前からしてそうっぽい?
『うむ、才華女学院は風紀と品格を重んじる学院だ。学院とは言っても宗教との兼ね合いは薄くなってしまったから学校と呼ぶことが増えたが、品行方正な生徒たちばかりの素晴らしい学び舎であるよ』
おー、やっぱりお嬢様学校なんだ!
いいなー、なんか憧れるなー……まぁ実際に通うとなると、校則とかめっちゃ厳しくて私には息苦しいのかもしれないけど……、
コメント
:紳士の私からするととてもエロいと思います
:胸のところ白いのが強調されててエロい
:もうこれ丸出しでいいだろ
制服に関してはコメントも絶賛の嵐、これは外見から与える第一印象の掴みは大成功だな。
そう思った矢先だった――
『そこの者! 今なんと言った!?』
嬉しそうに制服を見せていた様子からは一転、まるで的の中央を射る弓矢のような鋭い匡ちゃんの声が、私たちを含めたリスナーさんたちを凍らせた。
『胸が丸出しでいいだと? そう言ったな! 表立って! もしそれ以上なにか性的なことを言おうものなら、この宮内は本当に怒るぞ……』
一瞬にして張り詰めた空気――コメント欄はここまでライバーをやってきた私が初めて見るくらいピタッと止まってしまった。
これ……やばいんじゃない?
「これはまずいかもね」
「でありますね」
ましろんと有素ちゃんも私と同じ危機感を覚えているようで、声が強張っていた。
私たちが覚えている共通の危機感、それはいうなれば一線を越えるか越えないかである。
こうやって大勢の人の前でなにかを喋る場合、その内容に絶対に越えてはいけない一線のようなものが発生する。倫理だったり政治だったり世論だったり様々だが、それはカオスと名高いライブオンですらある。
それを、この子は今越えようとしているのではないか? 勘でそう思うのだ。
『貴様らライブオンはいつもそうだ! 本来であれば恥ずべきことをまるで恥じず、隠すという言葉を忘れたかのようにペラペラと口にし形にし、思考を停止してそれを楽しんでいる。これは余りに愚かで下品な行為だ! 規制しなければならない!』
そんな私たちのことも知らないで、どんどんとその一線を走り幅跳びのように豪快に越えるための助走を付け始める匡ちゃん。
やばい! 絶対これやばいって!
『いい機会だ、ここで宣言しよう! なぜここで怒りを露わにしている宮内がライブオンに入ったかだ! 宮内はな、この下品なライブオンをクリーンに! 正すためにここにきたのだ! 言うなればアンチライブオン! 貴様らを倒しに来た!』
「一応運営さんに連絡する?」
「そうしましょう!」
「というか運営殿はなぜまだ止めないでありますか!?」
別に私たちを非難するのは構わないが、それ以上に彼女が話している内容は炎上しかねない要素を含みそうになっている。匡ちゃんのこれからの為にもここで一旦止めて軌道修正かなにかするべきだろう。
『宮内は』
にしてもどうしたライブオン!? 変人でありながらも前提として輝ける人を見つける良い眼を持っていたはずじゃないのか!?
まずい、私にはなんとなく分かる、彼女が今まさに一線を飛び越えようとしているのがッ――
『宮内は!』
くッ、間に合わないかッ――
匡ちゃんは私たちの手を振り切り、全速力の助走と共に遥か先を目指して大きくジャンプを決め――
『宮内は!! 隠されたものにとてつもなく興奮するんだああああぁぁぁぁーーーー!!!!』
「「「は?」」」
そして、地球を一周して一線の前に帰ってきたのだった。