VTuberなんだが配信切り忘れたら伝説になってた 作:七斗七
三期生対抗体力バトルの後日のこと――
「匡ちゃんいなくなっちゃやだあああああああぁぁぁぁーー!!!!」
通話先にて号泣する祭屋光に、宮内匡は顔を引きつらせていた。
「お、落ち着いて光ちゃん! 匡ちゃんもまだやめるとは言ってないから!」
「出だしからこれか、僕も来てよかったな……えっと、とりあえず事情は分かったよ。あっ、別に気を遣ったりしなくていいからね、リラックスして話そう」
「あ、あぁ、ありがとう…………」
今回相談相手に匡が選んだのは、三期生の祭屋光、柳瀬ちゃみ、彩ましろの3人だ。
正確に言えば、前回と同じく以前問題を抱えていたライバーを選ぶ基準としたので光とちゃみに頼んだのだが、後になってましろがこの2人だけでは心配すぎるとのことで追加で参加となった。
「びええええええぇぇぇぇーー!!!!」
今となって、匡はそのことに感謝しかなかった。前回は確かな正解が欲しいとは言ったが、これではましろ無しではまともな話し合いにすらならなかったかもしれない。
光はなぜまだ交流の薄い、しかも箱のアンチである匡の離脱を号泣までして悲しがっているのか? 匡は訝しんだが、光だしまぁそういうこともありえるかという結論で納得した。
本当に人間は同じ種とは思えない程個々でバラバラだと、改めて匡は確信した。だが、こんな自分にも心から泣いてくれる存在がいることを、同時に嬉しくも感じている匡もいた。
その後、ましろが慣れた対応で光の涙を鎮め、すぐに場の混乱は収まった。
「えっと、そうだな……じゃあまずは僕が話すから、ちゃみちゃんと光ちゃんはその時間を使って自分の意見を纏めなさい。いい?」
「「はい」」
「こほんっ。それじゃあ匡ちゃん。まずだけど、君がこの2人を選んだこと自体は多分正解だよ。きっと僕より君のことをずっと分かってあげられる。僕は立場が少し違うから、この2人に比べて一般論に近い話にはなってしまうと思うんだ。それでもいいかな?」
「勿論だ。時間を割いてくれただけでも感謝極まりない」
「オーケー。……僕から言いたいことは、責任について、だよ」
「責任?」
ましろは頷くと、ライバー仲間ではなく一人の大人として言葉を続けた。
「匡ちゃんは今社会に出たばっかりでしょ? 本当にありがちな意見ではあるけどね、社会に出るとさ、何事にも責任を背負わないといけなくなるんだよ。実際これは間違いないと思う。社会に出ると学生生活とは比べ物にならないくらい世の中は広くて、そして乾いていることに驚かされる」
「責任の話は宮内もよく聞くが……乾いているとは?」
「うん。自分を取り巻く環境がさ、なんだかカラッカラなんだよ。少なくとも社会に出たばっかりの僕はそう感じた。学生時代がオアシス暮らしなら、社会人は地平線までだだっ広く広がる荒野に投げ出されるようなもの。そしてそこでは責任が発生する。道を間違えば荒野を無駄に歩いた疲労が全て自分にくるし、偶然出会い仲間だと思っていた人に突然裏切られることもあるかも。オアシスでは言われた通りに動けば道に迷うことはないし、狭い共同体が故に裏切りはダメだとルールが敷かれているけど、荒野ではそんなのあってないようなものに成り下がる」
「……………………」
匡は思わず顔をしかめてしまう。
匡は昔から、こういった類の話を苦手としていた。なぜかは分からないが、聞くたびに胸騒ぎがした。別に反論をしたいわけではないし、皆言うのならそれが正しいのだろうとも思っている。だが、どうしてか毎度素直に認めることも、そして聞き流すことも出来ないのだ。
しかし今回話してくれているのは、こんな自分の為にアドバイスしてくれているましろだ。続く言葉がどれだけ胸騒ぎを引き起こすものだとしても、耐えて見せる。
匡はそう意気込み、心身を備えたのだが――
「それがさ、最低な時もあるけど、最高な時もあるんだよね」
「え?」
待っていたのは意外な言葉だった。
「確かに責任はうんざりするときもあるけどさ、自分で全部選べるってことは、なんか一発デカイの当てた時、その成果はちゃんと自分に返ってくるってことでもあるでしょ? うまくやればがっぽがぽだよね」
「な、なんかギャンブルみたいな話になっているのである!?」
「あはは、まぁそんなものじゃない? 社会人生活なんてギャンブル生活と本質は大して変わらないよ。堅実な道なんて言うけどさ、それは堅実なギャンブルをしているだけ。常にリスクとリターンからは逃げられない。そして重要なのが、その荒野の中にはオアシスでは絶対に手に入れることが出来ないものがあるってこと」
「絶対に手に入れることが出来ないもの?」
「うん。自分が決めた道の先にしか、自分が本当に望むものってないからね」
「……………………」
その言葉は刃物のようにぐさりと、匡の根底に突き刺さった。
「つまり僕が言いたいのは、匡ちゃんはその悩みを持つ以上、絶対に責任から逃れることは出来ないってこと。そして、常に選んだ道の隣には選ばなかった道が存在していて、その道を捨てたことを後悔せずに受け入れること。リスクを背負わないと、リターンは来ない。そしてそのリスクを払ったのは自分なのだから後悔はしない。常にリスクから逃げたままだと、君はずっと悩みを抱えたままになっちゃうよ。……ごめん、少し説教臭くなっちゃったね、僕からは以上! 2人はどう?」
頃合いを見てましろが話を同期に振ると、ようやく半泣き程度に落ち着いた光が話し始めた。
「ぐすっ、んーとね、あんまりこういうの得意じゃないから、うまく伝わるか分からないけど……どれだけ思いつめちゃったときもね、自分を想ってくれる人のことを考えてみてほしいな。悩んだ時ってそれを解決する為に……んーなんて言えばいいかな……周りに自分の何かをあげて認めてもらおうってならない?」
「あげて?」
「あ! 別に物体じゃなくてもいいんだよ! 頑張りでも、時間でも、なんでも!」
「……なんとなくは分かった」
要は、「自分を対価に捧げることで居場所を手に入れようとするよね」と言いたいのだと匡は理解した。光と会話レベルが似ているダガーとの普段の会話からの賜物である。
「おおナイスゥ! それでねそれでね、それ自体は悪いことじゃないんだけど、自分1人があげられる物以上の何かを、誰かから貰っているものだから……あー……んーと……そう! 光が今好きな曲の中に、『失くしたものにしか目を向けてないけど 誰かがくれたもの数えたことある?』って歌詞があるんだけど、つまりはそういうことだよ!」
「ふむ……」
匡は光の言った自分のことを想ってくれる人を思い浮かべた。思い浮かんだ人達は、そう思いたい人のような気もした。
ただ、それと同時に、関連して匡には自分が迷惑を掛けたくない人の姿も浮かんでいた。家族、友人、同期、ライブオン、リスナー……そして自分がそう思ったということは、そう思いたくなる何かをその人たちが自分に与えてくれ、想ってくれていたということじゃないかと匡は思い至った。
光が不器用ながら届けた言葉の意味は、匡にしっかりと届いていた。
「な、なんか頭がグルグルしてきた……ちゃみちゃん! 後は任せた!」
「ええぇ!? ま、まだ完全には纏まってないのにぃ!? あの、そのぉ……」
「大丈夫だ、ゆっくりでいい」
「そ、そう?」
「悩み聴く側が気遣われてどうするの……」
ましろがどんよりとした声でツッコミを入れたが、少なくともこの時点で、匡は冷静な思考をほぼ取り戻していた。
「……うん、それじゃあ失礼するわね。私はね、ライブオンに所属してきて、そして私にとってライブオンは今から言うような場所だからこういう言葉が出てくるのかもしれないけど……匡ちゃんには自分が輝ける場所を探してほしいわ。そしてね――配信で自分の好きなことを話している時の匡ちゃんは、私からはすごく楽しそうで、輝いて見えた。私からはそれだけ」
「――そうか――ありがとう」
話し合いが終わる。
切れた通話画面を前に、匡は目を閉じた。
連鎖の如く誰かの行動が誰かに影響を与え続ける群像劇のように、匡の脳内のシナプスが複雑に絡まり合う。
その絡まりながらも前に進み続けたその先に――匡が望んでいた答えが確かにあった。
完全な冷静さが匡に戻る。
同時にあの胸騒ぎさえも無くなった。
いや、目を背けていただけで、きっと匡は気づいていたのだ。
人の『素』から逃げ続けるその胸騒ぎの正体――自分自身の『素』の姿に――
更にその裏側では、以前と同じくチュリリがライバーに通話を用いて相談を持ち掛けていた。
今回チュリリがコンタクトをとったのは四期生の有素とエーライ。
チュリリが概要を説明すると、エーライはしばらく黙りこみ、有素は難儀そうに唸った。
「うむむむ……申し訳ない、この問題は私で力になれるか怪しいのであります……」
「そう……いえ、急に押しかけたこちらが悪いんだから、気にしないでいいわ」
「ううむ……あっ! 話を私と淡雪殿に入れ替えて考えたら、何か浮かぶ気がするかもしれないであります!」
「! 先生が有素さん、匡さんが淡雪さんになるってことね! それでそれで、そういう時貴方ならどうするの?」
「……………………」
「……………………」
「……やっぱりダメかも知れないのであります」
「……調べてみましたが分かりませんでした系アフィリエイトサイトを見た気分よ……」
「だって、結局のところ仮定した事態にもしなったとしても、きっと私は淡雪殿の意見を尊重するだけなのであります」
「本当に? もし淡雪さんがやめるって結論に至ったら、一緒にライバー活動できなくなっちゃうのよ?」
「淡雪殿が明らかに混乱した状態であれば、一旦止めて話を聞くとは思いますが……淡雪殿が理路整然と考えた結果であれば、残念に思いながらも尊重するのであります」
「理由を聞いてもいい?」
「理由、うーん……何と言いますか…………とめどないくらいお慕いしている人なんです。だから、仕方ないのであります。あはは」
困ったように笑いながらそう言った有素に、チュリリはこれ以上何も問うことが出来なかった。
「うん、こっちも纏まったのですよ~!」
無音の時間が流れそうになった時、丁度いいタイミングでエーライが話を切り出した。
「先生、ライブオンにおいて四期生ってどういう立ち位置か知っています?」
「た、立ち位置? ぇ、何かしら……ゴシップと事実の区別がつかない人の脳内くらい分からないわ」
「正解は、『あんまり揃わない』ですよ~」
「ぁ~……」
知識が浅い上、まだライブオンに入って間もないチュリリでも、なんとなくエーライの言ったことを察する部分があった。
全員揃ってのコラボが全くないわけではない。ただ、同期間での繋がりが深い二期生や三期生に比べると、明らかに印象が薄いのだ。
それぞれが他期生のライバーとの間に輝くコンビを持っているのも、それを助長している。
「匡ちゃん側に行ったから仕方がないとはいえ、事実今日も還殿はいないでありますしな……」
「……仲悪いの?」
「そんなことないのであります! この前だって「姐さん姐さん」とうざ絡みしてくる還ちゃんにエーライちゃんが「テメェの血を加湿器のシャブにするぞ」ってキレていたのを見たのであります!」
「有素ちゃん、チンコロは極刑なのですよ~」
「元気ね貴方達……」
「まだ若いですからな!」
「ふふふっ、でもね、いつか有名人に自分より年下の人が出てくるようになった辺りから、年をとったことを自覚して無邪気にはしゃげなくなるのよ?」
「あ、あれ? もしかして地雷踏んだでありますか……?」
「もう! 園長の話をちゃんと聞くのですよ!」
緩んできた空気を再び引き締め、エーライは本題に戻る。
「いいですか? 先生に聞いてほしいのは、確かに私達は集まることは少ない。でも、私達は間違いなく『ライブオン四期生』だということなのですよ~」
「……んん?」
「他期生と絡みが多くても、リスナーさんも私達を四期生として認識しているはず。そして、もし私達の内の誰かがやめたとしても、その人はやめてしまった四期生の人として世の中に残るでしょう」
「あの、何が言いたいのか分からないわ……」
「同期に依存し過ぎてはダメってこと、ですよ」
エーライは一際落ち着いた声で、チュリリにそう告げた。
「い、依存!? そんなの私がしてるわけ」
「まぁそういうことにしてもいいので聞いてほしいのですよ。匡ちゃんがもしやめたとしても、五期生として繋いだ絆は残り続けます。そしてそうなった後、先生には他の誰かとの繋がりも生まれていくでしょう。始まったものは、終わらせようとしない限り、何も終わらないのですよ。そしてその終わらせる時には、別の何かが始まっているものなんです」
「…………なんだか……寂しいことを言うのね……」
「そんなことないのですよ~! 私だって誰かにやめてほしいなんてことは一切思っていません! ただ――依存ばかりの人生は脆過ぎる、それだけですよ。ここにいる有素ちゃんだって、淡雪先輩のことがどれだけ大好きでも、淡雪先輩にただただ重荷になることは無く、そして他の人とのコミュニティも形成しているのです。先生? 先生は匡ちゃんやダガーちゃんと、一体どんな未来を望んでいるんですか? そしてその為には、どのような関係になるべきだと思いますか?」
――――――それから、チュリリは今一度1人で考えてみると言い、礼を言って通話を終了した。
一息ついた後、チュリリの脳内には、以前匡とダガーとの出会いの時と同じように、過去の出来事が思い返された。
それは、生まれてから今までの自分を構成してきた出来事達。
思い返せば、チュリリには明確にあの出来事がきっかけで絶望した、といった事象は無かった。
ただ、年を重ねる程に少しづつ少しづつ、確かな『ズレ』が生じていた。誰ともセクシャリティの話が合わないのだ。
セクシャリティとは、生物としての根底に根付く要素であり、その人間を構成するあらゆる要素の土台になっているものだ。
食事を想像してみてほしい。日本人にとってなら主食は米である。日本の料理のほとんどは米と共に食すことを前提に作られている。
たとえるならその中で、チュリリは米が食べられないようなものだった。それならパンを、芋を、トウモロコシを……どんな主食を並べてみても体が寄せ付けない。
そんな中でチュリリが唯一食べられたのは、他の人からは食べ物なのかすら分からない異形のモノだった。
チュリリは、自分がまるで地球に迷い込んだ宇宙人のように思えた。
合わない、合わない、合わない……誰と話しても形が似ているだけで自分と同じ生物がいない……孤独、孤独、孤独……。
無理やり壊れた時を定義するのなら、新卒社会人の時、いつも優しい言葉をかけてくれた上司にいざ悩みを相談したら、冷たくあしらわれた。そんなありがちなことだったかもしれない。
ただ――その時生じた微妙なズレが――これまで同様の出来事の積み重ねで崖っぷちにまで追い込まれていたチュリリの心を、当たり前のように決壊させた。
チュリリは、人間という種に絶望したのだ。
「……そのはずの私が、なんでガキ1人の為なんかにこんなに悩んでいるのかしらね」
チュリリが苦笑する。
そのまま立ち上がり、窓際まで歩いて閉じていたカーテンを開けると、差し込んできた日の光に目が眩んだが、閉じることはしなかった。
「認めたくないけど」
慣れてきた目で外の景色を眺める。
「変人ばかりの狂った会社と、そこで出会ったバカなガキ二人が、私にとっては必要なものだった。そういうことなのでしょうね」
毎日のように見ている景色。なのに不思議とチュリリは、目に映るあらゆるものの明るさに驚いていた。