ツンデレツインテの君はガールズバンドのキーボード 作:鮫肌伍長
夜更けに差し掛かる時間帯のライブハウス、CIRCLE
その室内にて、大げさに言えば、夢の対面に匹敵する状況が起きていた
あの駅で唐突に出会った、ハンカチのツインテール少女、Poppin'Partyのキーボード、市ヶ谷有咲である
(本人に会えてしまった……)
訳分かんない事を脳内で呟いたが、それくらい自分でも分かんないくらい興奮している。晩年コミュ障の可能性がある自分にとっては、一人の少女に会うだけで大スターご対面と同等の緊張が起こっているからだ。背中なんかは汗グッショリに違いない、自分のが
もちろんバンドウーマンの彼女はそれなりに有名な存在だとは思うのだが
そして今日の服装も、駅で遭遇した時とは違っていた
上は袖口にフリルが付いた襟付きのチェック模様のノースリーブ……のような。下は濃い黄色寄りのスカートだけど、ボタンの他にスカートと同じ生地のベルトが腰回りに付いている。ツインテールはあの時と同じ、若干カールさせた状態で下側に両サイドにまとめていた
演奏時のシロップの衣装の時とは違い、汗一つ掻いていないお淑やかな装いの印象だ
同時に、半ば突然現れた俺自身にどう話せば良いか分からないためか、終始俯き加減にこちらをチラチラ見ながら恥ずかしそうにしている
その姿がまたとても一般的な女の子な感じで可愛らしい(断じて俺は変態ではない)
と、見とれてる場合じゃない
「あー……えー……これハンカチ、返します。駅では本当にすみません、でした。それとハンカチ、ありがとうございました」
そう言いながら彼女に、しっかり洗濯したハンカチを差し出す。断じて別のことに使ってなど、いない
「あぁ……ありがとうございます」
ツインテの女性は……市ヶ谷有咲さんは少々たじろぎながらも、それを受け取ってくれた
「あの、ハンカチにまだ汚れでもあり、ましたか?」
「あ。いえ、そうではなくて……すみません。正直、本当に返しに来てくれるとは思えなくて、半ば諦めてたものですから。ちょっと意外で」
「なるほど、そういう……その考え分かりますよ。見ず知らずの人ですしね」
「はい、まあ……」
「「…………」」
お互いこういう初対面の会話に慣れないせいか沈黙が起こる。こないだの駅では必死だった分、言葉が流暢だったが、今はいかんせん状況が違うのだ
気不味い
「と、とにかく駅ではホントにすみませんでした。自分ももう少し注意しながら歩きますので」
「そんな。こちらこそ突然手を上げてしまったりして……あれからお怪我は?」
「はい、おかげさまで何とかほぼ完治しました」
「そう、ですか。それは良かったです……」
多少会話が続くものの、やはりすぐに沈黙になってしまう
というか、伝えるべきことは伝えたのだから。さっさと帰れば良いのに何を躊躇っているのだろうか、自分は何か他に伝えることが……
「あーりさー!」
「うわ⁉︎」
会話にもたもたしていたら、ポピパの一人が市ヶ谷さんに抱き着いてきた。この人は確か、演奏でメインボーカルを務めていた女性だ
市ヶ谷さんにばかり演奏時は見惚れていたが、この人もライブでは中々印象があった。理由としては、ライブ時のMCもだが、猫耳みたいな髪型が特徴的だった
「だー!香澄ぃ、急に何すんだ!」
「もー!ちゃんといつもみたいに会話繋げていかなきゃダメじゃん!この男の人も困っちゃってるでしょー!」
「い、いやあのなぁ!いつもならまだしも、相手が相手だからどう話せば良いのか……というかその会話中に急に抱き着くなお前は!」
「そんなこと良いじゃーん!有咲が困ってそうだったから緊張してんのかなって思ったからさ!落ち着いた?」
「落ち着くか!今のでせっかく整いそうだったペースが乱れてちまったじゃねーか!とりあえずお前はあたしから離れろ!」
「えー何でー!」
「何で、じゃねぇ!あぁもう折角取り繕ってたのに……!」
な……何か始まった
急なこの2人の軽快な会話に呆然するしかない俺
おかげで3人以上の会話に入れなくなるコミュ障特有棒立ちになってしまい、ただただ2人のマシンガントークに流されている
猫耳のこの人の軽快さにも度肝を抜かされたが、市ヶ谷さんの口調が丁寧だったのがガールズトークの声の高さと大きさになっている
ひょっとしてこれが素の市ヶ谷さんだったりするんだろうか
「あのーすいません。初めてライブ見に来てくれた方、なんですよね?」
目の前の光景に目を囚われていると、ポニーテールの女性が横から申し訳なさそうに声を掛けてきた
「え?は、はい……」
「わぁ、ありがとうございます!男性のお客さんっていないわけじゃないんですけど、比較的女性が多いものですから、曲が男性に伝わってるか分からないんですけど。どうでしたか?」
先ほどの2人とは違い落ち着いた話し方で、こちらの様子を伺いながら聞いてくる
大人だわ
「えっと……とても良かった、です。聞いてて楽しかったていうか」
「ふふっ、それは良かったです。ありがとうございますね」
スタッフの月島さんと話した時と同様に拙い自分の感想だったが、嫌な顔せず、笑みを浮かべながらお礼を言ってくれた
この人もPoppin'Partyで、確かドラム叩いてたはず
「ねぇ君。私のギターどうだった?」
「うぇ⁉」
今度は腰まで伸びた髪の女性が、ポニーテール女性の反対側から飛び出すかのように現れたから、変な声出ちまった
両目をパッチリとさせながらこちらをじっと見据えてくる
「ど、どうとは?」
「感想。キラキラドキドキした?」
「キ、キラ?ドキ?」
突然な上に、慣れない単語が聞こえてきて戸惑うしかないのだが
「おたえちゃん。その人困っちゃってるから、もうちょっとゆっくり話してあげないと」
長髪の子を制止したのは、首元まで髪を切りそろえ、どこか言葉に訛りを感じさせる女性だった
「でも、初めて聴きに来てくれたお客さんだよ?ちゃんと私達一人一人の演奏の感想を聞いた方が良いと思うよ?こんな機会滅多に無いよ?」
「うん、それはそうなんだけど。やっぱりゆっくり聞いてあげた方がこの人も落ち着いて話せるはずだから」
「と、とりあえず、おたえ!思い出してもらうにしても、私達から改めてまだ自己紹介もしてないから……!」
「あーもう、香澄ぃ!お前が飛び付き始めてから、もう滅茶苦茶じゃんか!」
「えーそんなぁ!私のせい⁉」
「あ、あの!」
あ、やばい
カオスな場になりそうで、ますます自分自身が戸惑い放っしになってしまったから、思わず叫んでしまった
かなり大きな声だったから、周りが話すのを止めて、驚きながらこっちを見ていた。けどこうなったらままよ。俺はそう思いながら、いの一番に言うべき人に近づきながら、その名前を口に出す
「い、市ヶ谷さん!」
「へ⁉はい!」
「キーボードの演奏、凄く良かったです!」
「は……」
市ヶ谷さんが驚いた顔をこっちに向けるが、興奮している俺は構わず続ける
「詳しい技術や経験はてんで素人で、プロぶったことは言えないんですが。なんか、こう、とっても惹かれました!別にハンカチの件があったからってわけでもなく、その」
くっ、短いことしか話せてないのに、頭ン中が上手く動かせなくて気分的にもう無茶苦茶になってる気がする……!けど言わないと
そう思いながら、拳をぐっと握りつつ俺は
「また機会があれば、あなたの演奏が聴きたいです!」
赤面してる彼女に向かって、そう声を張り上げた
その翌週の金曜、大学終わりの電車内で
「何であんな風に言っちゃったかなぁぁぁぁぁぁもぉぉぉ」
俺は周りに乗客がいるにも関わらずに、盛大に俯き呟きながらため息をついていた
周りからは何事かと、チラチラこちらを見てる気もするが、そんなのもお構いなしである
昨日からこんな状態だし
あの自分の発言の後はというと、我に返った俺はその場に居た堪れなくなり、半ば飛び出しながら帰ってしまって、それっきり
なので自分の言葉にPoppin'Partyの面々がどういう顔をしていたのか、よく確認する暇もなく
誠に、失礼極まりないとしか言いようがなかった
帰った後もそのことが離れず、飯食っててもテレビ見てても、あの瞬間が脳内をずっとリピート
しまいには表情も酷かったのか、親からは「顔死んでるぞ」的なことを言われるくらい気分が優れなかった
もう会うことないんだろうけども……あんな言い方と別れ方したらライブまた見に行くどころか、不審者扱いされるよね、されるわこれ
また聴きに行きたいどころの話ではない
今すぐ忘れたい……なんて思いたいわけではない。別れ際にあんなことがあっても、ライブで魅せられた記憶も印象的で、そうおいそれと手放したくない
「もう今日はサッサと買いたいもの買って、家でふて寝しよう……それでも傷は深いままなんだけど」
こんな調子ではあるが、今日は読んでる漫画がコミックスで発売されたので、専門店の特典付きを買うために、市ヶ谷さんと初対面となったあの駅まで出向く必要があった
とりあえず市ヶ谷さんに言ったことあんまり深く考えないようにしよう……買う漫画のことを考え続けていれば、大丈夫、多分
「あ!こないだの!」
なのでまた行き先で、市ヶ谷さんにこうもあっさり会えるとは心底思わなかったので、俺が再度、精神や内臓がキリキリするとは完全に想定外だったのである