―――承認欲求という欲がある。
他者から認められたい、褒められたい、自分を見てほしいといったこの感情は、インターネットが発展した現代においてSNSなどのツールによって比較的満たすことがしやすくなった。おしゃれな食べ物などを載せるやつ、メイクや加工をした顔を載せるやつ、歌や楽器の演奏を載せるやつ。
SNSというツールによって様々な人に簡単に見てもらえるようになった現代の世の中では多少の承認欲求なら少し頑張れば満たすことができるかもしれない。運が良ければいわゆるバズなどによって大きく拡散され知り合いから、
「ちょwお前有名人じゃんwww」
などと言われてネタにできるかもしれない。
では肥大化した承認欲求を持ってしまった者は?
インターネットの普及によって他者に見られやすくなったということは、他者が目に入る機会が増えるということでもあり、そこでは当然他者が多くの人に持ち上げられ、賞賛される機会を多く目にするということである。それらに多く触れて育った馬鹿がどうなるかは見るまでもない。
自分にもできるんじゃないか?と愚かにも思いつき、賞賛される者達の裏の努力も考えずに適当に手を出してみる。たいていの者達はそこでそういった人達と自分は違うのだと気づいて手を引くのだ。
そして、そこで手を引けなかった馬鹿たちの愚かな末路がそこにあった。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁ゛!!!!!!!バ゛ズ゛り゛て゛ぇ゛な゛ぁ゛!!!!!!!!」
『うるせえ。妄言吐いてないで手ェ動かせや』
自分の慟哭に対して耳に刺したイヤホンから辛辣な言葉が聞こえてくる。
「いや、でも本当にさぁ…明日1限だぞ?今2時半やんけ…こんな時間になんで俺作業してんだ?」
『そりゃァお前が明日配信なのにサムネ作って無かったからだろ。手を動かさねえとオールする羽目になんぞ』
「そいつは勘弁つかまつるわっと…」
PCモニターに映し出される画像編集ソフトを動かしながら明日やるゲームが何か一目で分かるようにしつつ、己の分身の姿を見やすいように載せていく。
「割と進捗よしだわ。この調子ならあともうちょいで終わるけどそっちはどうだよ?」
『バチクソに手が進まねェんだよなァ…!!』
通話の向こうからは怒りと嘆きが混じりあった怨念にも似た声が聞こえてくる。
「まぁそっちの作業に関しては俺は全く以てなんの助言もできんからがんばとしか言えんわ」
『役立たずがァ…』
その呟きの後にピコンと通話ソフトのほうに一枚画像が送られてくる。それを開けば自分の知っているキャラクターイラストの途中であろう物だった。
「うん、やっぱり何が駄目か全く分からん。ある程度のレベルまで行くと絵の良し悪しはもう区別がつかねえよ」
『それで絵が伸びてねェんだから困ってんだろうがよォ…』
「まぁそりゃそうだわ。正直俺はいつもお前の絵見てクソ上手いと思ってるしあとは続けるしかねぇんじゃねえの?」
『お前さっきの慟哭思い返せや』
うん。ぐうの音も出ないわ…
そう思いながら完成したサムネイルを保存して画像編集ソフトを終了する。
「こっち終わったから寝るけどそっちは?」
『こっちも切りのいいとこまで行ったし、今日はここまでだな』
「オッケー、じゃあ今日はここまでだな。お疲れ」
『おゥ、またな』
そう言って通話を終える。PCを閉じベッド身体を投げ出すように倒れるとすぐに睡魔は襲ってくる。
―――あぁ…授業休校になったりしないかなぁ。なんて馬鹿な事を考えながらゆっくりと瞼が落ちていった。
*
自分は曰く〈Vtuber〉と言われる配信者である。自分の本来の姿ではなくイラストを用い、それをフェイストラッキングやモーションキャプチャーを利用してイラストの表情を動かし配信するそれだ。
〈Vtuber〉というものを知ったのは高校生の頃だった。その時は、面白そうなことを始めるやつもいるなぁ…程度の認識だったはずだ。配信サイトのチャンネル登録もしたが、新しいものがどうなるのか見てみよう程度でそこまで真剣に見てはいなかった。
だがそれは時がたつにつれ、ぽつりぽつりとその存在が目に入る機会が増えていった。配信サイトで、SNSで、またその数も次第に増えていった。
そして現代、企業に所属している者から、個人に至るまでその数は一万の大台を超えている。多くの人に〈Vtuber〉という文化が受け入れられ、一つの大きなコンテンツとして成長したのだ。
しかし、その数が増えれば多くの人の目に入る者は少なくなる。そうなれば当然、目に入るのは大手企業に所属している者、昔から活動しすでにファンを獲得している者、そして、何かの拍子に大きなバズを起こした者になる。そうでなければ見向きもされず酷ければ配信をしても視聴者は来ず、コメントは流れずただただ無味な時間が流れていく。
知られていなければ居ないのと同じなのだから。
多くの者がそうやって誰にも知られず、活動していたという事実にすら気づかれずに消えていく。目に見える結果の伴わない活動を人間は持続できない。それが見てもらいたいと思ってする配信活動で見てもらうという結果が伴わないのなら余計にそうだろう。単純に配信に対するモチベーションが保てず心が折れるのだ。
これが現代の〈Vtuber〉の現実であり、俺「
*
「おい、講義終わったぞー」
肩を揺すられながら耳に届いた言葉を理解し、頭が覚醒していく。重い瞼を開きながら体を起こすために大きく伸びをする。
「あー途中から記憶ねえや…なんか大事なこと言ってた?」
「昼にジュース奢りでさっきのノートを見せてやろう」
同じ講義を取っていた友人の矢野が、してやったりという顔でこちらを見ていた。
「人から金を絞りやがって…」
「お前だってこの前俺にファミチキ奢らせただろ」
「しゃーねーなぁ」
周りの学生も次の授業の教室へ行くのだろう、次々に移動していく。適当に広げていた教科書やノートを鞄に入れると周りと同じように次の教室へくだらないことを駄弁りながら向かう。次の教室へ着くと先に着いていた友人たちが後ろの方の席を取り、話している姿を見つける。
「おーっす」
挨拶しながら席を取っていた二人の後ろの席に座る。
「おはよう、御陵、矢野。今週の課題どうだった?」
「今週のはまだ楽だったわ。たぶんいけてる」
「…今週課題あったっけ?」
「はい、矢野は死んでしまいました」
「そして、写す暇もなく時間切れのようです」
そんな友人の声と共に教授が教室の扉を開けて入ってくる。あの教授課題の提出遅れたら受け取ってくれないんだよなぁ…隣の矢野に黙祷を捧げながら教科書などを広げていく。
それなりに話せる友人がいて、特に別段何かに打ち込む訳でもなく、試験前だけ必死に勉強して、適当なとこに就職して、特に何も生み出さず残さず生きていくのだろうと大学一年が終わる少し前に思ったことを思い出す。それが普通で、一般的で、賢い生き方なのだろうと理解していた。
それなのに、今の自分は講義を聞き流しながら今夜の配信について考えている。そんな自分に中二病が治らないなぁと自重しながら、でもやっぱり、そんな賢い生き方よりも、画面の向こうで輝いている存在に憧れたから、馬鹿みたいに足掻いていくのだ。
*
大学の講義を終え、一人暮らし先のアパートに帰ってくる。心配性の親が割としっかりしたとこを選んだおかげで防音性も高いのはVtuberとして活動するにあたって都合がよかった。冷蔵庫に入れた冷凍食品を適当に温めて食べ、シャワーを浴びる。配信まではまだ時間があるのでPCを立ち上げ、配信サイトの自分の配信用でない個人アカウントの登録チャンネル欄から、ちょうど配信していた大手企業所属のVtubeの配信を開く。その配信者は俺が配信活動を始めた頃とほぼ同時期に新人デビューが告知され、その数日後に初配信を行っていた。
今現在、そこには何千人という同時接続と止まることのないコメントの数々。
「やっぱ、羨ましいよなぁ…」
有名企業所属のVtuberである彼らは、何かしらの活動経験という条件の下、えげつない倍率を突破しただけあって、自分と比べ当初から明らかに配信慣れし、話が上手く、声がよく、視聴者として見ていてとても魅力的だった。そんな彼は半年ほど経ったこの前、チャンネル登録者が10万人を突破したことを記念した放送をしていた。それを見て企業に所属する、できるという力を痛感したものだ。彼らは配信を飯の種にしているのだ、当然企業のサポートもあるだろうが配信者個人の力の入れようが違うのだ。個人の人間が活動に力を入れていないという意味でなく、配信に注げるリソースが違うのだ。
創作活動全般に言えることだろうが趣味ですることと、それを飯の種にすることとの間にはとても隔絶した壁がある。と少なくとも俺は思っている。”金を出してもらえる創作をすること”も難しいだろうが”創作に人生を賭ける”ということに必要な覚悟を決められる人間が、今の時代にどれほどいるのだろう。一般的な家庭に生まれ、普通の学校に通い、普通に就職すれば、大なり小なり苦労はあれど安定した生活は送れるだろう。それに対して保証のない夢を追うという行為がどれだけ怖いことなのかと思うから、
だからこそ”好きなことで生きていく”という言葉はきっと、とても重い言葉なのだ。
そんなことを考えながらもやはり、そんな風に多かれ少なかれ己の何かを、時間を、金を、人生を賭け、活動する彼らを心から尊敬し、心から妬み、そして彼らに心から憧れるのだ。
そして憧れたのならやるしかない。どうなるか分からなくても、時間をかけた先に何も残らなかったとしても、何かしないと何にもならないのだから。
だから今日も俺は配信開始のボタンを押す。少しでも憧れに近づけるように。
現実は知ってるし才が無いこともわかってる
それが進まない理由にならないだけで