―――焔が息抜きに奏でる音楽が密かな楽しみだった。
焔は配信者ではないのでマイク自体は大したものを使ってないのか音質はいいとは言えず、マイクから少し離れているのか音も遠いが聞こえてくるその音楽に聞き惚れていた。
様々な曲を弾いていた焔だがその曲は2種類に分かれていた。片方は有名でメジャーでテレビでもよく聞くような曲。そしてもう片方は彼女が創ったであろうオリジナルの曲。一度聞いたときに頭に浮かんだメロディを音に出しているだけだと言っていた。実際知らない曲のほとんどはAメロやBメロなんて概念は無く本当に弾きたいように弾いているだけだったが、稀にしっかりと一つの曲として成立しているものもあった。
だが焔は有名な曲を歌うことはあっても自作の曲を歌うことは一度もなかった。
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焔に曲を頼んでから、値段の相談も何もなくもっと言えば受けてくれるかどうかすら分からず少し待てと言われて通話を終えた数日後、Dscordアプリにただ一言
『お前にはどう聞こえる』
というメッセージと共に送られてきたのは、聞いたことのない3分半程の音源だった。
歌詞もなくピアノの伴奏だけだったその曲は、引き込まれるように始まりアップテンポなサビで聞く者を盛り上げるようなそのメロディが、
何故か何かを悲痛に叫ぶように聞こえた。
そしてそのまま思ったことをメッセージにして送った。
普通に考えればあの曲に結び付く言葉として相応しいのは”未来”とか”希望”なんて言葉だろうなぁと思いながらも何か感じるその印象を無視できなかった。
これでいいのかと思いながら送ったその感想に対して送られてきた焔の返信は、ピアノ伴奏だけでなくしっかりと音楽に昇華された一曲のデータだった。
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「いやさ、金は要らんって言われてこういうのもどうかと思うけどさ…ちょっとでもいいからなんかない?」
『なんもねェよ』
「外注しちゃ駄目?」
『条件はお前がやること』
「あぁ…死にそう…」
あの曲を受け取ってから3週間程経っていた。曲を受け取った日の夜言われたのは金は要らないということと、この曲を動画にするのなら曲名と歌詞を俺が作るという条件だった。
当然作詞の経験などあるわけもなく、3週間たった今も全く進んでいないのが現状だった。
「つーか何をもって俺に作詞させようとしてんだよ…金出すから作詞してくれない?」
『私に詞は書けねェよ。別に無理ならほっときゃいいだろ』
まぁ言うことは最もで別に作詞しろと言われているわけではなく、ただ動画として鶴見飛鳥の曲として公開するならという条件なのだから歌動画を投稿したいのなら今まで通り既存の曲を歌って編集を依頼しよくある”歌ってみた”として上げればいいのだろう。
だが送られてきた音楽を聴いて放っておくという選択肢が取れなかった。この曲を自慢したいと思った。俺にこの曲を作ってくれる奴がいたんだと言いたかった。この曲をPCの肥やしにするには余りに心に刺さる曲だった。だからこそ最近の作業時間の多くをやったこともない作詞に費やし、そして進まない作業に愚痴を零していた。
「このままじゃ一生公開できないんだけど」
『曲聴いて思ったこと適当に書きゃァいいんだよ』
「作詞ってそんな簡単にできるもんじゃないと思うんだけど」
作詞がそんなことでできるなら苦労はねぇと思うんだが。
『私が曲作るときにイメージした通りに聞こえてんだから何を困るってんだよ』
「イメージが合ってるって言われてもなぁ…」
あの自分でも解釈違いだと思っていた感想は何故か焔のお眼鏡にかなったらしいがそれ以降適当に書けだの思ったことを書けだの全くもって参考にならないアドバイスをもらい続けている。
「つーかあの曲実際俺はメッセで送ったこと思ったけど実際あの曲のイメージってもっと明るいものだと思うんだけど」
歌詞を考えるにあたってこの三週間程何度も聞き返した曲を思い返す。やはり自分の感性がバグってるだけなんじゃないかと思う程明るい歌詞が似合いそうな曲でそれもまた詞をつけることを妨げている要因の一つでもあった。
『んなもん聴く側次第だろ』
「えぇ…」
『イラストだろうが音楽だろうが作ってる時のこだわりとか思いなんてほとんど通じねェよ。そんで作り手の意図が通じようが通じまいが刺さった奴が多けりゃ話題になって有名になんだよ』
まぁそうか。見る方聞く方のほとんどにとって作り手側の意図なんてどうでもいいことでそこまで知りたいと思うのはそうとう深くハマった数%だけだろう。
『そんな中でお前の聞いたイメージは私の作るときのイメージと合ってるんだ。だったら適当に思ったこと書きゃいいだろ』
こいつに言われると本当にそれが正しい気がしてくる。
きっとそんなことはないのだろう。今世に出ている曲のどれもがきっとそんな風に適当にじゃなく血反吐を吐くように考えて、頭を抱えて苦しみの果てに産み出されていると思ってきたのに、こいつはそんなこと知るかと言わんばかりに適当に作っちまえと言ってくるのだ。
いい物を作りたいのだ。せっかくいい曲があるのだから自分の出来る最高のものにしたい。だからこそ適当でいいと言われても納得できずに書き直してしまい作業が進まない。
それなら、妥協点を決めるしかない。
「じゃあ作詞してくれとは言わないから意見をくれよ」
『適当にやれって言ってる奴に聞かせても意味ねェだろ』
「俺が納得できる」
曲を作ったこいつにいい感想を貰えたならそれはいいものだと思えるだろうから。
溜息がひとつ聞こえてくる。呆れているのだろうか。それでもこうでもしないと一生作っては消してを繰り返すだけだろうから。
『好きにしろよ』
「おっしゃ、じゃあお前が言ったように適当に思ったこと書きまくって聞かせまくるからな」
これで方針は決まった。取り合えず今思ってることを言葉にするところから始めよう。作曲者がイメージは合ってると太鼓判を押してくれてるのだから。
『めんどくせぇ…』
「はっはっは取り合えず今できてる分見てくれよ」
『せめて一通り作ってから持ってくるとかねェのかよ…』
*
あれから一週間程経ち、焔に何度も作った歌詞を見せていた。配信中や学校でも思いついたことをメモ帳に書いて使えそうな言葉を一つ一つ張り付けては焔に見せて意見を貰う。一人で書いては消してを繰り返したのはなんだったのかと言わんばかりに作業は進んでいった。
『そこはこういう風に変えたら韻踏んでて歌いやすくなんだろ』
「なるほどなぁ…」
詞は書けないと言っていたが知識はあるようで言葉の言いかえやどこをサビに持ってくるかなど積極的に教えはしてくれないが聞けば答えてくれた。
「てかここまでできるなら作詞してくれればよかったじゃん…」
『詞が書けねェんだよ』
「前も言ってたけど詞が書けないって?」
『言葉に共感できねェんだとよ。私は人より多くのことが高い水準でできた。だからどかで他人とは間隔がずれてんだろ、昔曲作ってた時によく姉に歌詞が駄目って言われたんだよ』
なるほどなと納得できる。まぁ天才に凡人の気持ちは分からないもんなんだろう。
『でもお前は間隔が普通の奴だろ。だからそのまま書きゃいいんだよ』
「へーへー俺は所詮凡人ですよっと」
じゃあ凡人らしく天才に頼りながら少しずつでも進んでいこう。
そしてその日も絵を描く焔に意見を求めながらキーボードを叩いていった。
凡才なのだからそこにいる天才を使うのだ