「これで完成でいいんだよな…?」
『いいって言ってんだろ。私の時間散々喰い潰しやがって…』
「お前が歌詞書けなくてもその頭に俺にない知識が大量に突っ込まれてんだから使わない理由とかなくね?」
『ド畜生野郎が』
長かった作詞を終え、遂に曲が完成した。曲を作ったのも焔だし作詞においても俺がしたことといえば本当に思いついた言葉を羅列していったことが主で同じ意味の言葉の入れ替えや韻の踏み方やどこをサビに使うかなんてことまで焔に頼った部分が多かったけど、それでも自分で何かを作り上げた初めての作品だった。
「なんか普通に感動するわ…」
『はよ歌えや』
「情緒の欠片もないのかお前…」
もっとなんかないの?いつも思うけど作品作った時の情緒安定しすぎじゃない?もっと達成の喜びとかないんだ?作品作るのめっちゃカロリー使うから終わった時くらい喜んでいいとおもうんだけどなぁ。
『歌ってちゃんと動画にしてから感動してろや』
「ド正論かな?まぁ後は歌ってmix頼んで…あぁオリ曲だし今回は動画師さんとイラストもかなぁ…」
割とまだまだ公開には時間がかかりそうだし金もかかるなぁ。
Vtuberは初期費用もかかるし活動にも金がかかる。これが有名なチャンネル登録何万、何十万といってれば利益から出せるだろうが俺のレベルだと収益だけじゃ普段の生活も込みだとまるで足りない。だから普段の歌ってみた動画はmixだけ頼んでファンアートという動画に使ってくれてもいいよいったイラストから使えそうな一枚絵に自分で歌詞を入れていく簡素な仕上がりになっている。まぁファンアートに雰囲気に合うものがなければイラストも発注するしかないんだが。
自分の口座にどれくらいあったっけなぁと思いつつ、今回に関してはケチる気が無かった。まぁぶっちゃけた話、金は掛けるほどいい物が仕上がるものだ。安いくてクオリティが高いのが理想だが当然そんな美味い話はそうそうない。というか人間報酬が良ければモチベーションが上がるもので、モチベーションの高さはクオリティに直結する。だから相手がいい仕事だと思うくらいに支払うつもりでいる。
あとは単純にネームバリューもある。有名なmix師やイラストレイターに仕事を頼めば例えばその人のことをtwitterでフォローしている人などの目に入ることもあるだろう。そして有名になるということは実績があるということで、クオリティも値段も高くなる。まぁそもそも有名すぎる人だと俺のような個人の仕事は受けてくれなかったりもするが。
「そもそもどういう動画にするのがあってんのか考えねぇとなぁ」
mixだろうと動画だろうと仕事を依頼する時にどういう風に作って欲しいかを伝えないといけないのだからある程度明確な完成形のイメージは俺が持っている必要がある。この完成イメージを依頼先と共有することで初めて依頼した作品がイメージを超えてよくなることがある。逆にこのイメージがあやふやであればあるほど作品として”ブレ”が生じてしまうことがある。この辺は作り手側の技量次第ではあるんだが。
「取り合えずイラストの依頼は近いうちにするからよろしく」
『依頼か?』
「依頼だよ」
そういや結局曲も
『依頼なら、歌った音源を持ってこい』
歌が良かったら受けてやるとつまらなさそうに言う焔に笑ってしまう。
「任せろ、全力でいい物仕上げてきてやるわ」
こいつにイラストのイメージが浮かぶようにせいぜい全力で歌うことにしよう。
*
曲が完成した次の休日に早速個人でレコーディングスタジオを使って録音してきた。普段は宅録なのだがいい物を仕上げると言ったしどうせならと思い、足を運んでみた。偶々予約が開いていたのは運が良かった。
早速その日の夜、焔に作った音源を送っていた。
恐らく今の自分が作り出せる最高の音源だと自負している。何度も通して録音し、一番いいと感じたトラックの駄目な部分を他の上手く録れている部分から引っ張ってきたり、どのトラックも満足いかなければその部分だけ録り直した。
その音源を焔が聴き出してからそろそろ15分程になる。
それだけ真剣に聴いてくれているのが嬉しくもあり、この天才の耳に適うかと若干の不安もあり、自信はあっても胸中は穏やかではなかった。
そして十分聞き終えたのだろう、焔の声が耳に届く。
『この依頼好きに描いていいか?』
それは、依頼を受ける言葉であるとともに、俺の考えていたイメージを共有しないでいいかという言葉だった。
イラストは視覚という直接的に視聴者に届く重要部分であり、ここに俺が全くタッチしないということは動画の大部分を焔に一任するということで
「全部任せるわ」
心配する必要性が全くなかった。
*
2日後、モノクロ版だったがイラストが届いた。届いた時はその早さに驚いたがそれよりもそのイラストを見たときの衝撃が圧倒的に上回っていた。
焔は俺の周りにいる人間の中で唯一天才だと言える人間だ。まぁ実際に会ったこともないし、知ってるのは声ぐらいなものだがそれでもあいつが天才と呼ばれる人種であることは理解していた。あまり、SNSなどの利用が上手くないせいで知名度が高くないが、それでも徐々に伸びているし、きっと何かの切っ掛けで認知されれれば一気にイラストレーターとして羽ばたいていく確信があった。それだけ焔の絵が凄いと思っていたし、焔の絵が好きだった。
そのイラストを見た瞬間、言葉を失った。まだモノクロであるはずのそのイラストはそのことを感じさせないほどに鮮烈に目に飛び込んできた。曲を作るときに考えたテーマ、歌う時に込めた感情、そういったものがその一枚に凝縮され、しかし雑多にならず、これ以上の物はないと確信できるような一枚絵だった。
『カラーに少しまだ時間をかけたいからmix依頼のイメージ共有に使え』とメッセージが送られてくる。
座っていた椅子の背もたれに脱力するようにもたれた。
「天才ってすげぇなぁ…」
思わずそんな言葉が口から零れる。自分の歌った歌はこのイラストに相応しいだろうか。なんて考えるまでもなく、手も足も出ず、一切の考慮の余地もなく、完膚なきまでに分不相応だった。
きっとこのイラストだけで焔の名は拡散されていくだろうという確信がある。イラストのレベルなんて分からなくても、このイラストが伸びる作品であることくらいは分かる。イラストレーター焔の名を周知させる出世作になるポテンシャルがある。
そんな絵を自分の動画に組み込める。
天才の最高傑作を自分の為に使える。
そんな事実に思わず笑みが溢れてくる。
嬉しかった。俺は天才になりたいのではない。凡人だけど特別な人間に、特別な人間であるように見られたいだけだ。だから天才の手を借りよう。イラストが役不足でも、それは曲に合っていないということではないのだから。動画という形で出してしまえばそれは一つの作品になり、一つの物として賞賛されていく。これで、焔の名が売れればその一部が"鶴見飛鳥"に流れてくるかもしれない。
そうなれば成功なのだから。大いに喜ぼう。天才の進化を大いに祝福しよう。
きっとそれが自分の成功に繋がるだろうから。
*
あれから曲のMixを依頼し、依頼通りの作品が届いた。焔のイラストもカラーで完成し、動画に関しては焔の作った一枚絵を邪魔しないように下に歌詞を小さく入れるだけの簡素なものを自分で作成することにした。きっと変に飾るよりもこれがベストだろう。視覚的な表現は焔の描いたイラストで十二分すぎるほどだ。
曲を出すタイミングもどうするか考えたが、記念日のような物は近くに無かったのでチャンネル登録者数の切りの良い数字突破記念を使うことにする。曲を上げる日は、大手の配信者が何も大規模な配信を行なわない日を狙う。正直歌動画に関してはこれはそこまで大きく影響することではないが、まぁ多少の小細工程度の話だ。
3日後の日曜日 21:00
動画投稿の予約が完了する。
タイトルは"絶叫"
できないことはできる人間を使う
ここが分水嶺