(更新停止)果てしなく続く坂道の途中で(ペルソナ4) 作:アズマケイ
「もう、わけわかんないよ、晃。次はね、雪子だったの。一番に気付いたのはアタシだった。小西先輩がいうには誰かに突き落とされたことは覚えてるんだけど、それ以外のことはさっぱりなんだって。無理もないよね、あんなとこ、突然放り込まれたらわけわかんないもん。何とか、今度こそあっちの世界に人をほおりこんでる犯人捕まえようって頑張ってたんだけどなあ」
「いうなよ、それは。俺達しかテレビん中入って助けられる人間なんていないんだ、うだうだいっても仕方ないだろ、元気出せよ里中。お前らしくないぞ」
「わ、分かってるってば。おとといは、その、迷惑かけちゃったし」
「花村も里中さんも大事な人が大変な目にあってるから、何とか助けようとするのは分かるんだけど、どうしても自分のことはほったらかしになるみたいなんだ。結構シャドウたちも強くなってきて、里中さんは危ないから留守番を頼むって方向になったんだけど、それが返って追いつめちゃったみたいでさ」
「月森はなんでか何体もペルソナ使えるからさ、俺たちは一体しか使えないせいでどうしても戦力を大きく月森に負担かけちまうんだよなあ。なんか防具とかアイテムを買う資金集めとか言ってバイトまで始めちまうし、そのうち倒れるんじゃねーかって心配したんだよ。里中の気持ちも分かるけどーって言ったんだけど、中立のつもりだけどやっぱ月森よりになっちまってさ。で、里中が一人で飛び出して行っちまって、俺と同じパターン。やっぱ俺ら男だから、なかなか話しにくいこともあったみたいでさ、フォローしきれなかったのが原因ってやつ?わりいな、里中」
「もう、いいってば。恥ずかしいからやめよう、この話!」
「月森、詳しく」
「やめてってばあああ!今はそれより雪子の救出の方が大事でしょ!もう時間がないんだよ、どうするの?」
「いつもの通りジュネスのフードコート前に集合でよくね?」
「いつもはそこでやってるのか?」
「うん。よかったら晃にも来てほしいんだけど……」
「え?!晃も来るの?ほんとに?」
「おいおいおい、ペルソナもないのに大丈夫か?」
「確かに晃のシャドウはペルソナにはできてない。でも晃は自分自身を受け入れているし、もう和解も済んでるんだ。きっと力を貸してくれると思う。戦力は多い方がいい」
「ああ、あいつならきっと嫌でも飛んでいくと思う。私も助けてもらったから、少しでも力になりたいんだ。私も捜査本部に入れてくれ。そしたら、ここ、支部につかってもいいから。私自身は戦う力は持たないけど、それ以外のことを頑張るから」
「んー、まあ神薙がそういうんならいいぜ」
「まあ、あっちの世界だと身体能力が段違いに上がるんだ。こっちで適当に防具とかあつらえておくから、いつでも来てくれ。待ってる」
「了解、リーダー」
「ね、晃」
「うん?」
「その、えっとー、あー、そのさ、よく分かんないんだけど……扱い方とか考えた方がいい?」
「マヨナカテレビ、見たんだ?」
「………ん。ごめん」
「謝るようなことじゃない。私がこの街に来た理由は、いろいろあるけれど、きっと雪にお礼を言いたかったからでもあるんだ。正直、この2年間の高校生活を終えたなら、きっと二度と踏まない土地になると思う。それでも、こうして目を合わせて話してくれるだけでどれだけの助けになるか、きっと千枝は知らないんだろうな。ありがとう。私自身、5年もの歳月をかけて昇華してきたことでもあるんだ。すぐに結論を付けろとは言わないよ。相手に対する配慮とごめんなさいを言える勇気があるなら、それはきっとコミュニケーションになると思うんだ。変に身構えないでくれないか。きっと、さ、そういうことを気にせずにジョークとして過敏に反応しないでさらりと笑いあえるような関係が、きっと一番いいことなんだと思うんだ」
「そっかあ……あたし、そーいうのわかんないからさ、嫌なこと言っちゃったら教えてね?そっか、わー、なんかなんか、そのあたしさ、そのー晃、ってさ、男の子なんだよね?」
「私は生まれた時からそうだよ。一度たりとも女になった覚えはないな。今は身体の性別に合わせてはいるけれど、成人したら体も手術を受けるつもりだから」
「そっかあ。……ううう、もったいない。でも、そういう場合でもないんだよね?うーん、むつかしいなあ」
千枝の眼差しは私の脂肪の塊に向かう。私は肩をすくめた。
「そーだ、晃、スリーサイズ教えてよ。そうじゃないといい感じの防具とか付けられないから」
さらりとセクハラ発言をかます里中に思わず沈黙する男性陣。ば、ばっか俺たちの前できくなよ!せめてかけよ!と赤面した花村の声が響く。
花村の反応と里中の問いかけに心中複雑な私に、月森がフォローしようとしてくれるがなかなかいい言葉が思いつかず、助け船は来ない。
分からない、と苦笑するとメジャー持って来いとなぜかやる気満々の里中に捕まってしまう。チャイムが鳴るまで、私は逃げ回る羽目になった。
だいだらのおやじが待ち構えている武器屋にいくことになる。きょうは雨が降り続いている。何としてでも救出しなければならない。今日が最終日だ。
小雨だった雨粒が次第に激しさを増し、本降りに差し掛かる通学路は、翌日の霧を予感させている。
不安げに空を見上げる千枝と共に、私は花村たちと合流して、商店街を目指していた。病み上がりの私が無理を推して千枝たちの仲間に入れてくれと説得したのは、他でもない。
今日が最後だからだ。タイムリミットは、今日なのだ。天城の救出期限は今日が最終日なのだ。
霧の予報が出ているから、漠然と月森たちは焦っているようだけど、間違いなく明日の朝は自然現象とは違う怪異現象としての霧が発生し、テレビの向こう側の世界がこちらの世界を浸食する日だ。
ここまで天城の救出が遅れてしまっているのは、きっと私にも原因の一端があるから、絶対に引くわけにはいかなかったのだ。
月森は、私の救出をきっかけにペルソナの覚醒が早まり、触発された花村のペルソナの出現が早まったおかげで、小西早紀先輩を助けることに成功した。
それと引き換えに、ハードスケジュールを組まされている月森たちは、天城の誘拐阻止、真夜中テレビのチェック、救出、という流れをかなりの短期間でこなさなければならなくなってしまった。
本来なら3週間近い猶予があったはずなのに、里中のペルソナが覚醒した関係で1週間と少ししか月森たちには残されていないのだ。
進行速度は最悪に近い。天城の救出を最短で終えた私からすれば、文化部の入部を終えて、それぞれのキャラ達との絆上げに苦慮していたころだ。どうしても責任を感じてしまう。
もしも、が頭を掠めてしまう。私だけでいい。今日失敗したら最後、連続殺人事件の犠牲者はもう一人増えることになり、第一発見者の千枝は今にも泣きそうな声で月森に天城が亡くなったことを知らせることになる。
ベルベットルームの住人の力を借りて1週間を無かったことにするのか、それともゲームオーバー後の世界で天城を欠いた世界を生きていくことを選択するのか私は知らない。
そんなこと、そもそも絶対にあってはならないのだ。私はこの世界のカンナギアキラと約束したんだ。私がこの世界のカンナギアキラとして生きていくと決めた以上は、絶対に後悔しない人生をおくるんだと。
そのためには、カンナギアキラが愛した人が無情にも殺されてしまうなんて悲劇はあってはならないのだ。なにができるか分からないけれど、きっとこの世界のカンナギアキラだったかつての人間は、シャドウに身を落としてしまったあの男は。
私を生み出すきっかけとなった天城雪子の危機を把握したら、絶対になにか行動を起こしてくれるはずだ。私の持っている知識を月森に伝えることになったとしても、構わないとさえ思う。
思い詰めた表情をしている私は、月森たちにどう映っていたのだろう。コンビニで買った安い雨具についた水滴を振り払うこともしないまま、重くなってくるビニル傘をさしている私を気に掛ける手がある。
ぽんぽんと肩を叩かれた私が顔を上げると、そこには心配そうに覗き込んでくる里中がいた。
「大丈夫だよ、晃。ぜーったいに雪子を助けよう!ね!晃は一人じゃないんだから」
「そうそう、むしろ俺達の方が先輩っつーか?月森のペルソナ見てんならわかるだろ?俺も里中も天城を助けられる力があるんだ。大船に乗ったつもりでいろよ。な?相棒」
「ああ。花村や里中さんの言うとおりだよ、神薙。絶対、大丈夫だ」
「………ありがとう」
込み上げてくるものがあって、目頭が熱くなる。乱暴に目をこすった私は気丈に笑って見せた。月森たちは笑って先を促してくれる。
そうだな、泣くのは天城と感動の再会を果たした時まで取っておかないと損だ。気付けば商店街の街並みになっていて、月森たちの御用達であるちょっと危ないアートなお店が近付いていた。
ずいぶんと物思いにふけってしまっていたらしい。気を付けないと。気を引き締めた私を尻目に、なぜか月森が足を止めた。商店街に軒を連ねるシャッター店の間にある白い壁のあたりを見つめている。青い蝶がひらひらと飛んでいるのが分かった。
ああ、そうか、ここはベルベットルームに入れるんだっけ。月森がポケットから重厚なカギを取り出す。花村たちには見えないはずだ。
おいおい、いきなり月森が消えたらみんなびっくりするだろう、なんで普通に鮮やかな色彩を放つ異空間への入り口に入ろうとしてるんだ、こいつは。少しは誤魔化せよ。
トイレとか、アイテムの購入をしてくるとか、いろいろ理由はあるだろうに、と思いつつ、月森、と声を掛けようとした私は花村に先手を打たれてしまった。
「あ、そういや、神薙は初めてだっけ?」
「え?なにが?」
「月森が入ろうとしてるところだよ。ほら、あの青い扉の」
花村が普通にベルベットルームの入り口を指差すものだから、私は訳が分からなくなって硬直してしまった。なんで花村がしってるんだ?
ここは月森だけが入れる特権の場所じゃなかったっけ?あれ?あれ?あれ?あまりにも想定外な出来事が発生してしまい、すっかり二の句がつげない。そんな私の様子を見て、花村は悪戯が成功した子供の様に笑う。
里中と顔を見合わせて、笑みを濃くした。なんだろう、このドッキリを仕掛けられた時の虚脱感。二人を見比べて、首をかしげるしかない私に里中が後ろから背中を押してくる。
「やっぱり最初はそう思うよね!あたしもペルソナを持つまでは、いきなり月森君が壁の向こうに消えちゃうようにしか見えなかったんだもん。そっかあ。晃はペルソナじゃないけど、もう一人の自分の状態になってるシャドウがいるから見えるんだ。ちょっと残念だなあ」
「ここはペルソナが使える奴だけが入れるんだってさ。すごくね?ほら、行こうぜ」
「え、ちょ、待って、え?!」
レッツゴーって里中に押されて、花村に促されて、私はベルベットルームの扉を潜り抜けた。
光の向こう側は、私の知っているベルベットルームではなかった。いや、もともとベルベットルームとは名ばかりの、月森の先行きの見えない不安を暗示する濃霧の中をひたすら走行する高級ベンツだったはずだ。
誰もいない運転席。青い高級仕様のソファには、男と女の2人だけだったはずだ。
でも、私の目の前に広がっているベルベットルームと花村たちが言った異空間は、パイプオルガンが控えているオペラステージ、誰もいない観客席、ドーム型の天井にはシャンデリアが荘厳に輝いている。
ステージには仮面をつけた女性が言葉の無いオペラを歌っていて、後ろ姿しか見えないピアニストがメロディを刻んでいる。
そのステージのすぐ横には司会者の台があり、傍らには黒いサングラスをかけたキャンパスを構えている画家の男がいる。司会進行役の背丈の低い男は私にスポットを当てた。
「ようこそ、ベルベットルームへ。ここは人の心の様々なる形を呼び覚ます部屋。貴方方をお待ち申し上げておりました。我が名はイゴールと申します。我らが4人、貴方方の新たな心、新たなペルソナの目覚めをお助けするよう、仰せつかっております。以後、お見知りおきを」
恭しくお辞儀をされ、私は反射的に軽くお辞儀を返した。不安になって花村と里中を見れば、どうやら二人も月森に同じようなことをされたのだろう、仲間が出来てうれしいと言った様子で暗がりの中にやにやと笑って観客席に座っている。
月森はイゴールの傍で笑っていた。この野郎。すると、ピアノがやんだ。そして、すっくと立ち上がった男がこちらを向いて、礼をする。ひ、と私は言葉を飲んだ。男の付けている仮面は目がなかった。
「オレは名無し。閉ざされし、心の扉を開くピアノ弾き。俺が紡ぐ音色は、お前たちの心の扉を開くためにある。それには俺自身、己の心の中と対峙せねばならん。だからこそ自らの目を塞ぎ、永年の夜が過ぎた」
今度はコーラスがやんだ。仮面の女が笑いかける。
「私はベラドンナ。己という魔物に挑む、もののふ震える歌うたい。貴方方の心を鎮めるのが私の役目。そのためには、私自身、己の内なる音楽にのみ耳をそばだてねばなりません。それゆえ、現世の音が届きませんが、あなたのおっしゃりたいことは凛々しい口元を見れば分かります」
そして、最後にイゴールの横にいるサングラスの男が笑いかけた。
「僕は悪魔絵師。人のうちに住まう、神と悪魔を描く絵師だ。僕は己の心情を絵で語る」
私の世界にもいたぞ、悪魔絵師。ペルソナ4に登場する主要キャラ以外のペルソナのデザインを手がけた人じゃなかったか。ちょっとあっけにとられてしまうと、月森が教えてくれた。
「俺がイザナギを呼んだ時のこと覚えてるか?」
「………ああ」
「ペルソナを呼ぶときに出てくるカード、見たことあるだろ?神薙。
あのカードはこの人が書いてくれたんだ」
「この世界に来る前に、君たちに危機が迫っていたからな。今回は特別だ」
悪魔絵師は笑った。そして、ゆっくりと私に手招きする。促されるまま、私はステージに上がった。あまりしゃべることは得意ではないという悪魔絵師は、月森に私の話を聞いてずいぶんと興味がわいたらしい。
久しぶりに創作意欲が掻き立てられると静かながらその口ぶりにはたぎるものがあるようで、私は言われるがまま立っていた。月森はイゴールに新しいペルソナを作ってもらうことにしたようで、マーガレットです、と手短に挨拶してくれた秘書に連れられてステージに向かった。ベラドンナと名無しは所定の位置に戻って仕事を始めた。
「ここにいる連中は死を知らない。もちろん、僕もその一人。ここの住人となり、永遠の時を手にしたと同時に、僕は絵画以外のものに執着しなくなってしまったんだ。ここに来て、一番よかったと思えることは、現世の人々の心が、手に取るようにわかることだ。それが荒んでいく様子も、実によく分かるよ」
サングラスがゆがんだ私を映す。画家は筆を走らせる。斜めに私を見ながら続けた。
「悪魔の姿は、人間が考えたものだ。しかし、人間に悪魔を想像させた原型が必ずある。そう僕は考えている。僕はこのキャンパスにそれを描きたいんだ。君たちにペルソナを現出させる媒介としてカードを渡すのは、その一環でもある」
どきどきしながらキャンパスを見ている私に、悪魔絵師は新しい絵の具を走らせる。
「時たま考えるんだ。現実、いわゆる僕らにとっての世界というやつは本当に一つしかないのか、否かとね」
独り言のようにつぶやかれた言葉に、心臓が止まるかと思った。私は正直この場から一刻も早く逃げ出したい衝動に駆られたが、動かないでくれ、と低い声で言われてしまえば何も言えなくなる。この男は私の正体に気付いているようだ。
「その世界にはきっともう一人の自分が存在する。同じ、普遍的無意識から生じたペルソナであっても、扱えるものと扱えないものが存在するだろう。所詮、人の心はままならない。君も僕からすれば絵に魂が宿った一つの形だ。君はまだ迷っている。答えはいつもすぐ近くに合って遠いものだ。だが、一度それを捕まえれば、後は迷うことはない。君にはそれが見つけられることを祈っているよ」
筆がとまる。男はキャンパスに最後の一筆をいれた。
「僕はいつでもここにいる。また気が向いたら、月森君たちと共に立ち寄るといい。ここでは、時間は意味を為さないからな。タロットは心のひな形だ。心が人の運命を回す。さて、君にはこれをあげよう」
キャンパスが一瞬でトランプサイズの小さなカードに圧縮される。それを手渡された私は、見たこともない絵柄に見入る。
「これから君はこのカードを通して、【降魔】をすることで、戦うことになる」
「こうま?」
「ペルソナという力は、神や悪魔の姿をしたもう一人の人格を憑依させることで発動するんだ。【魔】物を自らに【降】ろして戦う。50年前にこの部屋にやって来た者たちは、そう呼んでいたよ。ペルソナを降魔することで、ペルソナのもつ能力を一時的に君たちは使うことができるようになる。魔法、技、防御相性、いずれも相性があるんだ」
悪魔絵師が月森を見る。
「なにものにでもなる愚者を体現したような彼は、特に制約もなく様々な属性の、しかも複数のペルソナを所持することができるが、普通は一つが限界だね。向こうの彼は魔法使い、彼女は戦車に属するペルソナを扱うことができる。相性が悪いペルソナを使うと、降魔すらできない。君はどうやら《吊るされた男》と相性がいいようだが、力は万全に引き出せないようだ。もし、君がカンナギアキラくんのペルソナだったならここまで極端なものにはならなかっただろうね」
雪子
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