(更新停止)果てしなく続く坂道の途中で(ペルソナ4) 作:アズマケイ
稲羽市の中央通りにある商店街を南側に進むと現れるのが、金属細工だいだら.だ。ちなみに最後の.はアクセントではなくて、ボッチと読ませるから.までが店名だ。
金属細工ダイダラボッチが正式名称なんだけど、残念ながら粋な店主のネーミングセンスはペルソナ4の資料集が発売されるまで誰も知らなかったという悲劇。
私も普通にだいだらってなんだろうと思ってたうちのひとりだ。RPGにおける定番の防具や武器を月森たちはここで調達している。
テレビの中の世界で集めた素材を持ち込むと、加工してくれて、様々な自称アートを作り出してくれて、月森たちに提供してくれる。
ちなみに月森たちの活動資金源は主にアルバイトや素材の売却なわけだから、大事なお店だ。私も1週目はお世話になった。
もちろん店主は月森たちの事情を全く把握していないため、自称アートを理解してくれる稀有な高校生集団としか思ってない。
店主のオヤジ曰くアートらしいけど、どうみても言ったもん勝ちなのは気のせいじゃないはずだ。状態異常を発生させる武器とか拳銃とかやり過ぎだし、何を表現したいんだかよく分からない。
とんてんかんしか音がしないのに、できあがるのは一流の武器ばかりなのもものすごく謎だ。範囲が広すぎる。銃刀法に違反しそうな武器を売っているあたりどうなんだろう。
って思っていたら、アニメではまさかの主人公たちが武器なししばりを敢行したもんだから、花火師としてしか出番がなかったのには笑ってしまった覚えがある。
世知辛い話だ。警察署が何も言わないあたり表向きは結構ごまかしがきくのかなあ、と思っていたら、その通りだった。
月森たちに案内してもらうかたちで店内に入った私を待っていたのは、所狭しと並ぶいい仕事してますねえと中島鑑定士が喜びそうな骨とう品の数々。
花村が隅っこに飾ってある壺を見て、ただで手に入れたのにこんな値段がするのかよって驚いてるあたり、月森たちが持ち込んだアイテムを骨董品として売ってるようだ。
いい根性してる。たしか庫出し品を引き取ってくれるはずだから、骨董屋が本業なのかもしれない。こんにちは、と口々に挨拶する月森につられて挨拶をした私に、よう、とオヤジは笑った。
昔気質の職人らしく角刈りあたまにねじり鉢巻き、くわえたばこといった装いのオヤジは、顔の左半分に大きな刀傷があって、さらに眼光が凄みを増している。笑ってるからある程度柔和してるとは言え、真正面から見るとずいぶん怖い。
でも、この傷は飼ってる猫にひっかかれた名誉の負傷らしいから無類の猫好きだし、謎の俳句をかましたり、構ってもらえずすねたり、お調子者な一面もあることを思えば案外大丈夫そうだ。
霧が出てきて町中がバイオハザード・サイレン的なパニック状態になった時なんか、工房の火が消えると凍え死ぬとか寒がりにも程がある発言で笑わせてくれた。
まあ、月森のことを戦国武将のような雰囲気を感じるとかいうあたり天然はいってるのかもしれないけれど。私たちと同級生の娘がいるあたり壮年のオヤジは、私をみて興味深そうに笑った。
「新入りかい?お嬢ちゃん」
「ええ、まあ」
「はっは、名前は?」
「神薙です」
「ああ、神薙農園とこのお孫さんか。話にゃ聞いてるぜ。女の子でこの店にくるのは里中のお嬢ちゃんくらいなもんだと思ってたが、どんどん増えてくなあ、月森の兄ちゃん。アンタも隅に置けないねえ。あ、それともあれか?ジュネスのにいちゃんのあれかい?」
「違いますよ、私はただのトモダチだ」
「そりゃ残念だ。そんな顔するほど嫌だったかい?悪かった、悪かった」
からかい調子のオヤジである。月森と花村が好みのタイプではない、もしくは彼氏がいると勝手に判断したらしいオヤジは煙草をくゆらせながらにやにや笑う。
私の反応を見て面白そうに目を細めた。私が男であると知ったばかりの月森や花村は私の反応をひやひやしながら見ているが、さすがにいちいち気分を害して衝動に駆られるまま暴露するほど私は短気ではない。
んもう、セクハラだよ、アタシたちはそんなんじゃないの!と里中が仲裁に入ってくれるので、私はそのままほっとくことにした。
どうせ卒業したらいなくなる土地なのだ。いちいち相手をするのも面倒だ。
「お詫びといっちゃあなんだが、神薙のお嬢ちゃんにあうアートを作ってやろう。ちょっと待ってな」
そう言ってオヤジは工房に消えた。どうやら月森は昨日潜入したときに回収したシャドウの欠片をごっそりオヤジに提供したらしい。ずいぶんと乗り気で扉が閉められた。
「ねえねえ、晃。制服の下に着こんでく防具どうする?やっぱアタシと一緒の方がいいかなあ?でも、晃っておっきいもんねえ」
「どこみてるんだよ、千枝。そっちこそセクハラだろ」
「えー、女の子から男の子にはセクハラって言わないよ!」
「逆セクハラって言葉があってだな……」
「何の話してんだよ、お前ら。つーか神薙はこんなところで着替えようとすんな、頼むから。せめてトイレで着替えてきてくれよ、目のやり場に困るわ」
「なんだよ、人を痴女みたいに」
「お前は気にしなくてもオレたちは気にするの!な、月森」
「花村、お前、なんでそんなこというんだ」
「おーし、黙れ、このむっつりスケベ!つーかボケが多すぎるんだよ、オレだけじゃさばききれんわ。頼むから黙っててくれ!」
「はいはい、わかった。じゃあ行こうよ、晃」
「平然と男の着替え見ようとするなよ、千枝」
「えー」
「えーじゃない。はやく貸してくれ、その防具」
つまんないの、ってシャレにならないブーイングをかましながら、ようやく渡してくれた防具のベストを数着片手に、私はだいだらの奥にあるトイレで試着することにした。
結論から言うと、私は男用の防具も女用の防具もいけるようだ。ただ、女用の防具は言わずもがな今のメンバーは千枝だけだから、千枝サイズに造られてる奴の使い回しになる。
身長だけなら花村と同じくらいの私には小さい。雪用のやつが造られるようになれば話は別になるかもしれない。どのみち丈の問題はかわらないけれども。
それにこの防具はドレス仕様だ。誰が着るか、こんなやつ。全体を見た私は適当に折りたたんで洋式トイレのふたに置いた。男女兼用のはメタルジャケット。男用は唐獅子模様のはんてんだ。
たしかどっちも防御は同じはず。はんてんの方が力が一つ分補正がかかるはずだ。でも、見た目的に考えてもこもこ綿が編み込まれた昔懐かしの冬の寝巻を制服下はなかなかシュールだ。
無難に男女兼用のやつを使うことにした。脂肪の塊が邪魔してちょっとキツイのが恨めしい。しばらくして私は月森たちのところに帰ることにした。
コンバットドレスを着てくれなかったと千枝はむくれている。勘弁してくれ、ただでさえ八十神高校の制服はタチの悪い女装してる気分になれること請け合いなんだから。私に死ねといいたいのか。
「メタルジャケット借りるな、月森。他のは返すよ」
「ああ、わかった。でもテレビの中は危ないから、もし何か違和感があったらいってくれ。予備はいくらか用意してあるから」
「へえ、準備がいいんだな」
「使いまわしてるだけだよ。だいだらのオヤジさんにうっかり見つかっちゃって、どんな使い方したらアートをぼろくそにするんだって怒られたんだ。時々こうやって直してもらってるんだよ」
「ああ、消耗品だからか」
「そういうこと」
オヤジはまだ帰ってこない。自然と話題は私の渡されたタロットカードにうつる。
「月森、みたことあるか?」
「これが神薙のアルカナか……吊るされた男......刑死者のことかな?見覚えがあるデザインだなとは思うんだ」
「ほんとか?」
「ああ、でもどこだったかな。ちょっと待ってくれ、今思い出すよ」
ペルソナ4に出てくるシャドウ、そしてペルソナは、すべてタロットカード占いでおなじみのアルカナというカードにすべての所属が指定されている。
愚者、魔術師、女教皇、女帝、皇帝、教皇、恋人たち、戦車、剛殻、隠者、運命、正義、つるされた男、死神、節制、悪魔、塔、星、月、太陽、審判、世界の22こだ。
まだコミュニティが発生していなくても、クマの情報解析によって所属のカードの絵柄は見えている。
悪魔絵師から渡されたカードは実に奇妙な絵柄をしている。
でも、悪魔絵師曰く刑死者と相性がいいが力が発揮できないとかいう未覚醒特有のフラグをたてている私である。
「力は発揮できないとしても、マヨナカテレビの世界だとペルソナを降ろしてないとまともに動けないんだ。だから《吊るされた男》のペルソナ、神薙にあげるよ」
「あ、ありがとう」
渡されたのは《ベリス》のカードだった。雪子のダンジョンの中ボスじゃないか。
《ベリス》はたしか、ソロモン72柱の魔神の1柱で、26の軍団を率いる序列28番の地獄の公爵。
真紅の鎧または礼装に身を固め、赤い馬にまたがった兵士の姿で現れる(頭に黄金の王冠を被った姿で現れるとも)。
二枚舌でよく嘘をつくとされるが、召喚者の厳命が成功すれば、錬金術に詳しくなる、金属を黄金に変える、過去と未来の知識を人間に与える、揺るがぬ尊厳を与えるなどのことをしてもらえることができる。
ベリスの名前は、旧約聖書にも登場するシケム人が偶像として崇めた神バアル・ベリトに由来すると考えられている。
同じくバアル・ベリト神に由来すると考えられているバルベリトと同一視、または別名とされる。
セバスチャン・ミカエリスによれば、バルベリトは第一階級の悪魔の一人として殺人と冒涜を司り、聖バルナバの敵対者である。堕とされる以前は智天使の君主であったという。
血の赤をイメージした悪魔でもあるベリトは、拷問や虐殺を司ってもいる。
使えるスキルは、シングルショット、ムド マハラギ、ムド成功率、緑の壁、ブレインシェイク、混乱耐性。
炎無効で風が弱点。
「またカード補充しなきゃな......」
「え?補充?」
「ああ、そっか、神薙は知らないんだっけ。そのペルソナで分かったと思うけど、オレたちはテレビの世界でペルソナの力を借りて戦うんだ。ペルソナとシャドウが紙一重なのは神薙も知ってると思うけど、襲い掛かってきたシャドウを倒すとカードを落とすんだよ。それをベルベットルームに持って行くと、ペルソナに変えてもらえるんだ。シャドウは生み出した本人しかペルソナにはできないから、悪魔絵師にお願いしてカードをペルソナに替えてもらってから、オレはイゴールに適性を調べてもらって、ペルソナを付けてもらってる」
「ああ、なるほど」
さすがに突然複数のカードが現れて、シャッフルタイム、月森が引いたカードでペルソナを入手ってわけにはいかないらしい。ちょっとメンドクサイ仕様のようだ。
シャドウの属性アルカナが分からないと月森は好きなペルソナを入手できない。
逆を言えばクマは間違いなく相手のアルカナを言い当てるわけだから、解析能力はかなり上昇してるらしい。なんの補正かは知らないが、先輩を助けられたのは伊達ではなさそうだ。
「でも、出てくるシャドウの中には時々ペルソナにならないカードを落とす時があるんだ。三つ葉のクローバーと、剣と聖杯、あとはこのコインみたいなカードがついてるやつ。ペルソナが使える技だったり、回復してくれるアイテムだったり、ここで高く買い取ってもらえるやつだったりするんだよ」
思わず私は笑ってしまう。
私と月森の会話を聞いていた里中が、そういえば、って持ち前の直感で会話に入ってきた。
どうやら月森から支給された新しい武器、もとい殺人シューズを装備し終わったらしい。自分のシャドウから入手した素材を自分で装備するってなんかシュールな気がするのは気のせいか。
「そういえばさ、そのカードってあれだよね。トランプに似てるよね」
その一言に花村が反応する。月森からもらった新しい武器は、早紀先輩を助けたダンジョンから入手したアイテムからできたようだ。あいかわらず銃刀法違反まっしぐらな二刀流だ。使い心地を確かめていた花村は無駄に上機嫌である。
「あー、コインはダイヤで、クローバー、剣はスペードってか?聖杯はなんだよ、里中」
「まああとはハートじゃない?だってコインのカードは換金できるし、ダイヤはお金のことでしょ?たしか。剣のカードはペルソナのスキルが増えるし、アタシたちに一番役に立ってるよね。ほかの2つは分かんないけどさ」
「トランプかっつーの」
「じゃあオレは多重人格だな、花村」
「え?あ、いやいやいや、別にそう言うつもりで言ったんじゃねえってば。そりゃ俺だって転校生なのに、なんでお前は何個もペルソナ使えるんだよーとはぶっちゃけ思うよ?思うけどさ、思うだけだっての。試しに月森からペルソナ借りたらえらい目に遭ったしなあ」
「相性悪かったのか?」
「そーなんだよ。発動すら出来なかった。そんでさ、相性がいい魔術師のペルソナか見せてもらったら、なんか可愛いやつしかいねーの。イメージ違うっつーか......いや、ジライヤだと苦戦するとき、変えられるから助かるんだけど、なんか今の俺だと妖精みたいなやつしか使えないらしくてさあ」
「オロバスも可愛いとか半端ないな、花村」
「やめろ!そーいう意味でいったんじゃねーっての!あーもう隙あらばボケ倒しやがって!!」
「いい相棒がもてて嬉しいよ、オレ」
「俺はお笑いやりたくて相棒っていってんじゃねーっての!」
私はつられて笑ってしまった。
「そっか、相性って大事なんだな」
「そーだよ!相性よくてもいっつも使ってるペルソナと勝手が違いすぎてさ、なんつーか、あっちの世界だとペルソナに守られてるからステータスの影響めっちゃうけてる感じするぜ。ペルソナ呼ぶのがまず大変だし、スキルを発動すんのも結構きついんだ。慣れといた方がいいぜ。戦闘中に何度も何度もチェンジしちゃうお前の精神力の高さにオレはビックリだよ、わりとマジで」
「花村がもっとペルソナチェンジしてくれたら、オレの負担も今よりずっと減るんだけどなあ」
「わるいごめんかんべんしてください。こっちの世界に帰ってからマジで筋肉痛で死にそうになったんだよ。バイトにも差し支えるから何回もすんのはやめとくわ、俺」
「そんなに大変なのか。なら、月森がリーダー張るのは当然だな」
「ホント、月森君ってすごいんだよ、晃。アタシも慣れるまで大変だったんだもん。だからさ、晃も無理しないデネ」
「分かってるよ」
「それならよろしい。アタシが守ってあげるからさ、心配しないでよね。雪子と早く仲直りしてくれたら、それでいいからさ」
「ああ、わかってる」
きっと言葉を交わすのは、私が降魔させたカンナギアキラ、そのひとだろうけど、さすがにそこまで言う必要はないだろう。私はカードを握りしめた。
「待たせたな、神薙のお嬢ちゃん。アンタにはこのアートがぴったりだ!さあ、持ってってくれ」
ようやく帰ってきただいだらのオヤジが出来上がったばかりの真新しい武器をカウンターに置いてくれた。これまた銃刀法違反でしょっ引かれそうな代物に思わず私は顔が引きつるのを感じた。
おー、かっこいい!と千枝が目をキラキラさせてよってくる。持ってみてよ、って言われて、それがどんな武器かわからないまま、私はそれを受け取った。ずっしりと重い。
不安そうな顔を察したのか、テレビの中だとペルソナの能力を借りることができるから苦ではなくなると花村が教えてくれた。どういう訳かだいだらのオヤジは所持しているペルソナに合わせた武器を作ってくれるとのことである。なにその天啓。
あれか、ヒルコがこれを造れとだいだらのオヤジにメッセージでも送ったのかと勘繰りたくなる。改めて私はそれを眺め見た。
「なんかフォークみたいだな。悪魔が持ってそうな……」
「ちがう、ちがう、ちがうぞお嬢ちゃん。オレが想像してるのは、悪魔が持ってる農具じゃなくて、漁師が使ってる方のやつだ。あんなちゃっちいやつと一緒にされちゃ困るぜ」
「海の神様がもってるあれ?」
「そうそう、ディスティニーランドに出てくる海の神のおやっさんが持ってたあれだ」
私がだいだらのオヤジにわたされたのは、槍だった。先端が三つに分かれてる槍だった。とったどーでお馴染みの芸能人が海の中で魚を捉えるのに使うあれだ。
もともと魚を取るために使われてた武器だ。鋭利な刃物が3つ並び、それぞれにケースがついている。使い方としては、引っ掛けて切ったり、突き刺すのが基本になりそうだ。
ずいぶんと初心者でも扱いやすい武器を提供してくれたものだ、と安心する。槍の間合いは安心材料だ。戦闘時にシャドウとの間に距離がとれれば、それだけ恐怖感も薄まるし、基本動作や用途は簡単そうだ。
使い方はあいつに聞けばいいだろう。接近戦が壊滅的に弱くなるけど、たしかあいつはシャドウの時にジオを使ってたはずだ。魔法を使えるんならある程度はましになるだろう。
でもなんで槍なんだろう。
「これから組み立て方法を教えるからこっちにきてくれや」
「あ、はい」
さすがに私の身長以上あるやつを外に持ち出すのはむりだ。だいだらのおじさんに言われて私はカウンターに向かった
「テレビの世界に行く前にさ、行きたいところがあるんだよ。ちょっと付き合ってくれねえかな」
「え、どこに行くんだ?花村」
「ああ、そうか。神薙を連れていくなら行かないとダメだよな」
「あはは、すっかり忘れてたねえ。あぶない、あぶない、また怒られるとこだったよ。ナイス、花村、よく思い出したね」
「え、ちょ、話が見えないんだけど、教えてくれないか。どこに行くんだよ」
「てんちょーのとこだよ、晃。花村のおとーさんのところ」
「テレビの世界にいくには根回しも必要ってことだよ、神薙」
さらっととんでもないことを言い始めた月森に状況が呑み込めない私ははあっ!?と声を上げてしまった。
どういうことだよ、と思わず詰め寄ってしまった私に、花村は苦笑いで私と月森を指差して、元はといえばお前らのせいだかんなって肩をすくめて教えてくれた。意味が分からない。
え?え?と疑問符を飛ばす私に月森は補足して説明してくれた。私が自室からもう一人の私に引きずり込まれた日のことを思い出してほしい、といわれた私は改めて回想してみる。
月森は真夜中テレビに映るシャドウに殺される寸前の私を助けようとして手を伸ばし、居間のテレビから落っこちた。
私の救出が成功した月森は、ぐったりとしている私をおんぶして(余計なことを思い出してしまい頭が痛くなった)クマのところに行き、クマからテレビを出してもらって私たちはテレビの世界から生還を果たすことができたはずである。
どこだったか覚えてるか、といわれて私は思い出した。クマのテレビはジュネスの家電売り場のどでかいテレビと繋がっている。だからクマに問答無用で押し込まれた私たちは、夜明け前の閉店したジュネスの家電売り場に叩き出されてしまったはずだ。
本来誰もいない無人のデパート。防犯カメラは作動している。鳴り響く防犯ベル。自動的に通報されるのは契約している警備員の事務所。第一発見者は施錠がきっちりされているかを確認して回っていた警備員のおじさんと……あ。
ようやく思い出した私は、警察に通報するついでに救急車を手配してくれた人を思い出し、花村を見た。もうあの時は一気に押し寄せてきた安堵の波に押し流されて、すとんと眠りに落ちるように朦朧としていたからおぼろげだが、直売の野菜を納品するときに何度か顔合わせをしたことがある男性が頭に浮かぶ。
あの時は大変だったと月森は遠い目をした。完全にブラックアウトしている私を抱えて、凍りついた空気の中でしどろもどろになりながら話をしたのだと思い出すだけでちょっと泣きそうな顔をしているのが申し訳なくなってくる。
花村を呼んでくれと朝早くにマジ切れした父親にたたき起こされたオレの身にもなってくれととは花村の小言だ。仕方ないだろと月森はふてくされている。
引っ越してきたばかりの月森に転校生仲間だと気安く話しかけてくれた花村しか転校してきたばかりの月森のことを証言してくれる友人としてとっさに浮かばなかったらしいのだ。
まあ陽一さんのネームプレートを見れば連想するのはしかたないけど。
「警備員のおじさんと花村のお父さんは、俺たちがジュネスの家電売り場で立ち尽くしてるところをばっちり目撃したんだよ、神薙。普通に考えて、行方不明になってた神薙を誘拐したのは俺だから疑ってくれって言ってるようなものだろ。下手したら殺人犯にも間違われるかもしれないと思ったらもう頭が真っ白になってさ。警察や救急車が来る前に、テレビに手を突っ込んだりクマに説明してもらおうとして陽一さんたちもあっちの世界に連れてっちゃったり、いろいろ仕出かしたんだよ。その結果がこれだ」
月森は遠い目をしている。
「どこまでアクロバティックなんだ、月森。無茶苦茶だな、お前」
「俺は神薙みたいに、何があっても客観的に物事が見られるほど大人じゃないんだよ」
その冷静沈着すぎる性質を分けてくれと月森は私を見た。その時のことを思い出すと死にたくなるほど恥ずかしいらしい。おかげで監視の目がきついけどなーと花村は疲れたような顔をしている。
バックヤードから持ってきた模擬刀をぶん回した件で銃刀法違反で前科持ちになるところを、堂島さんの口利きで無かったことにしてもらったことがよほど堪えたらしい。
この様子だと何があったのか報告する義務が課されているようだ。もうある意味公然の秘密となりつつあるのは気のせいか。
なんかごめん、私のせいで思いっきり出足をくじかれてたんだなって月森に謝ると、協力者はいた方がいいよ俺たちだけでは出来ることも限られてくるから、とスマイルが浮かんでいる。でも目が笑ってない。
思いっきり笑ってない。
これはなんらかのお詫びを考えなくてはいけないなあと焦りながら私は思った。
警察を呼ぶことも考えたそうなのだが、目撃者だったから納得した面があるとはいえ、さすがにテレビの世界と連続誘拐殺人事件の関連性を訴えるには電波すぎる話だ。
マヨナカテレビとの接点も陽一さんたちからすればすべてが1本の線でつながっていることを認めざるを得ないとはいえ、状況が状況である。
結局、陽一さんと警備員のおじさんは花村たちのなんちゃって探偵部の活動を黙認する代わりに、バックアップする体制を整えてくれているらしい。
人払いとかの面で。テレビの世界で戦う手段がない大人が何もできないのは歯がゆいらしいが、子供である花村たちにしかできないのは事実であるため、どうしようもないのだそうだ。
なんかとんでもないところまで原作かい離が進んでしまっている現実に、今さらながら仕出かしたことの大きさを感じてしまい、バタフライ効果に戦慄する私である。
「あのテレビ、今は店長の部屋に置いてあるんだよ。おかげでクマんとこまで遠くなっちまったぜ、めんどくせえ」
「なにいってんのよ、花村。おかげでアタシらは毎日バレル心配なくいけるんじゃない」
「そうだけどよ……毎日切々と訴えられる身にもなってくれよ、俺たちにしかできないことだってのになんでわかってくれねえかなあ」
「それは仕方ないだろ、花村。陽一さんも心配してるんだ」
「わかってるけどさー」
テレビの位置までかわっているということは、私の知っているテレビの世界とはまた違った空間が広がっていることは確定のようである。
あれだけ同じところから入れとクマから言われていたのにと思いつつ、花村たちの話を聞いているとどうしようもないことが分かる。
幸いクマと合流できる経路は分かっているようだから、心配するには及ばないのだろうけれど。今の状態にたどり着くまでには様々な苦労があったに違いない。
月森は私に気遣って口にこそしないが、なんとなく、他のコミュニティを総無視してジュネスに通いつめているのを垣間見た瞬間だった。
関係者以外立ち入り禁止のスタッフ入り口を潜り抜けた私たちは、花村に案内される形で家電売り場のバックヤードを案内される。
山積みの段ボール箱が入っている滑車やいろんな家電の包装がされている四角い山の道を潜り抜ける。パートのおばさんたちが忙しそうに駆けずり回っている。
バイトなのにやっている仕事は低賃金で働かされているバイトリーダーという店長の息子を見かけたおばちゃんが、陽介ちゃんと笑いかけるたびに、花村は愛想よく笑って挨拶した。
どうやらおばちゃんたちにはバイトの面接にやって来た高校生にうつるらしく品定めの眼差しだ。花村の足取りはどんどんバックヤードの奥に進んでいく。
てっきり家電売り場に展示されているであろう巨大なテレビの入り口に直行するとばかり思っていた私は、見当はずれな足取りに違和感を覚えたまま一番最後尾をついていくしかない。月森も里中も何も言わないまま、慣れた様子ですいすい段ボールの壁を潜り抜けていく。
ここからはみ出すなと青いテープが張ってある避難経路ぎりぎりだけは確保してある通路には、時々スプリンクラーや消火器、見たこともない防犯関係の扉がみえる。
花村の後姿を必死で追いかけていた私の目に飛び込んできたのは、スタッフが常駐している部屋である。バイトやパートの人たちがいるへやではなく、いわゆる正社員の人たちが利用しているスタッフルームだ。
今日利用している電力メータが書いてある電子掲示板のすぐ横には、店長しか入れない部屋がある。花村はスタッフルームの横にある店長の部屋の扉をノックすると、呼鈴を鳴らした。
男性の声がする。どうやら一人息子の形式ばった挨拶などお見通しらしく、あっさりと扉があいてしまい、花村とよく似ている容貌の男性が顔をのぞかせた。
花村たちを確認するなり、花村陽一さんは手招きして私たちを招き入れてくれた。促されるまま応接室に通された私は里中の隣でソファに座るよう言われて、そのままふかふかのソファに座りこんだ。
商談を進める大事な部屋は防音が効いている扉があり、しっかりと施錠された。ぽかん、としている私をまじまじと見つめた陽一さんは安心したように笑った。
私だけが事情を呑み込めていないことを悟ったらしく、何も説明せずにここまで連れてきたのかと見つめる先には、あ、忘れてたとばかりに私に手を合わせてくるうっかり王子がいる。
「陽介から無事に退院したと聞いてね、元気そうで安心したよ」
「あの時はお世話になりました」
「いや、僕たちは当たり前のことをしただけだから気にしないでくれ。でもね、本気なのかい?まだ神薙さんは病み上がりなんだろう?あの世界のことを知っているとはいえ、まだ本調子でもないのに行くのはやめた方がいいと僕は思うんだけどね」
「大丈夫です。月森たちがいますから」
「正直、月森君たちがあの世界に行くこと自体やめてほしいことなんだけどね、きっと神薙さんも行くのを止めることはできないんだろうな。残念だよ」
何度となく繰り返されてきた問答なのだろう。家族よりも友人たちを優先する思春期の息子たちの扱いづらさに陽一さんは手をこまねていているようだった。
本心としては、きっとあのテレビを売りに出すことで花村たちとあの世界の接点を完全に絶ってしまいたいのだろう。
でも、小西先輩や私という月森たちにしか助けられないという前例が出来てしまっていることも事実であり、現在進行形で天城がテレビの世界に閉じ込められている今、実行に移すと言うことは連続殺人事件の共犯者となることを意味している。
ペルソナがない人間にとってあの世界は無力でしかない。霧が出るとあの世界にいる人間がシャドウに食い殺されてしまうという事実は、私が助けられなかったアナウンサーについて月森に懺悔したことが花村経由で伝わっているようだ。
何度同じことを言うんだと辟易している花村は、そんなことどうでもいいからテレビにいって来るってどこか素っ気ない。親の心子知らずとはこのことだ。
「天城さんを助けられたら、これが最後にするんだよ」
「最後にできたらいいけどな。まだ捕まってないだろ、犯人」
「それを言われたらどうしようもないね、はは」
胸を張って大人に任せろと言えない歯がゆさが透けて見える。私は気付かないふりをして、見送ってくれる優しい大人に背を向けてテレビの向こう側に足を踏み入れた。
テレビの向こう側に待っていた世界は、私たちが商店街からジュネスに向かう過程で通った道がそのまま再現されていた。
赤と黒のストライプな空や瓦礫にさらされている崩壊した景観がなければ夕暮れ時の稲羽市と錯覚してしまいそうになるほど、再現度が高いジオラマが広がっている。
きっと霧の日になるたびに発狂したシャドウたちによってこの世界は世紀末状態になるのだろう。この世界に迷い込んだ人間が増えるたびに、その人間にとっての稲羽市がこの世界に出現していくことになる。
陽一さんたちをクマのところに連れていってしまうという暴挙をやらかした月森によって、このエリアはジュネスという形で新しく出現しているようだった。シャドウが出現しなくてよかったな、ホントに。
大人でもシャドウやペルソナは発現するみたいだから、外からやって来た人間である陽一さんももしあの人に見染められてたら月森みたいなことになってたかもしれないんだから結果オーライである。
まあ落っこちたところがクマのいるスタジオなんだからシャドウは出る訳がないんだけど。
でも、ここはそのエリアではない。だからシャドウはいるはずだ。私は花村たちに習って、楽器を仕舞うケースに似せて作ってもらった箱の中から、槍を取り出して組み立てる。
だいだらのオヤジから教わったばかりの相方を組み立てた私は、お守りのように携える。一番最後に準備が完了した私に、月森が渡してくれたのはアイテムが入った袋だった。
クマと合流するまではシャドウに対する対策を立てるのも限界があるそうで、私にまで気を遣うと大変な苦労をするのは目に見えている。
私は安全なところをついていけばいいようだ。ようするにレベルが足りないらしい。だろうね。
「神薙は初めてだろうから、まずは俺たちのあとをついてきて。何があるか分からないから、いざというときに為にもっててほしいんだ」
「アイテムがかりだな、分かった」
ご丁寧に用意してくれているくしゃくしゃのメモ帳には、アイテムの用途が書かれている。
きっと里中や花村とひとつひとつ調べながら書きこんできたのだろう、筆記体がてんでばらばらだ。まあ、こんなもの無くてもだいたい分かるけど。
ふむふむ、と確認する振りをして、私は名称とアイテムの形がなんら変わらないことに安堵する。
見れば分かるよ。1年間お世話になったアイテム群なんだから。もちろんそんなこと言えるわけないので沈黙を守るが。
「ねえねえ、月森君。今のうちに晃のシャドウがちゃんとペルソナの代わりをしてくれるかどうか、確認した方がいいんじゃない?悪魔絵師の人は大丈夫だって言ってたけどさ、やっぱり心配だよ」
「そういえばそうだよな、神薙は記憶が吹っ飛んでるからペルソナにできてないんだっけ。シャドウがいきなり襲ってきたらどうしようもないもんな」
「……どうする?神薙」
私は懐に仕舞っていたダイヤのタロットカードを見つめた。
「降魔するんだったか?」
「ああ、ペルソナに憑依してもらうんだ。装着している間は、そのペルソナの力を俺たちは使うことができるし、守ってもらうことになる」
「憑りついてもらうってことか。わかった。やってみるよ。ただ、私の場合はシャドウのままだから、意識を乗っ取られることになると思うけど、急に人が変わったみたいに口調が変わったりしても驚かないでくれよ、花村、千枝」
「え、ちょ、大丈夫なのかよ」
「無理しないでよ、晃」
「大丈夫だ。私よりも雪を助けたがってるのはあの男だから、むしろシャドウの方がやる気があると思う。私は真夜中テレビの出来事のあたりが完璧に記憶にないんだ。だから、雪に対する思いもあの男が全部背負ってる。悪いようにはしないと思うよ。月森に完膚なきまでに叩きのめされてるからな。襲ってきたりはしないよ、きっと。雪を助けるためだったらなんだってするさ」
もしも何かあった時のための準備は万端なようだから、と私は月森を見て苦笑いだ。
なんだ?と月森は意図を測りかねて首をかしげているけれど、私は悪魔絵師との会話の中で月森を見た時に、ずーっとペルソナ合体をし続けているイゴールと月森の背中を見ているのだ。
ネタバレをばっちり仕込んであるあの男のことである。月森にリベンジをするような大馬鹿ではないはずだ。マーガレットからのペルソナ合体予報を聞いて、わざわざマハブフもちのべリスを誕生させてるあたり、月森は完璧にペルソナ合体にはまっている気配がする。
きっとアニメの主人公の様に2週目の事故ナギしばりはしないにしても、とっくの昔に仕込みを終えたペルソナをペルソナ図鑑に登録してそうな気配しかしないのだ。
あの男の弱点が雷であることは月森がよく知っている。すぐに弱点を突かれてノックアウトが関の山だ。だから正直私はあまり心配していなかった。むしろ今ここに私がいることの方がお門違いな気がしてならない。
私がここに来たのは、あの男と雪を合わせるためでもあるのだから。もともとこの身体はあの男のものだ。憑依してる私がどうこういう権利がないのも事実だ。
「なんか二重人格みたいだぞ、神薙」
「あながち間違いでもないさ、花村。私はあの男の後に生まれたようなものだから」
記憶を失った後に出来た人格と前の人格は違うと取った花村は、あーわりい、と謝ってくれる。いいやつだ。しかし、私はシャドウであるという事実を告げたときのことだと勘付いたらしい月森は、神薙、と咎めるような眼差しを向けてくる。
私は肩をすくめた。あの男がこの身体に収まっている間、私はどこにいるのだろう。それだけがちょっと心配だった。
願わくばこのまま役目を終えて元の世界に返して欲しいんだが、そう簡単にはいかないだろう。はあ、と小さくため息と浮いて、私はタロットカードを握り締める。
「ヒルコ」
ここから先は、私の記憶は完全に途絶えている。
雪子
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どっちもみせろ