(更新停止)果てしなく続く坂道の途中で(ペルソナ4)   作:アズマケイ

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第39話

夏も近いためなかなか日が落ちなかったのだが、さすがに22時を過ぎると外はすっかり夜になってしまった。

 

就寝時間、間近である。保健室の先生が待機しているテントにお邪魔した私は、体調不良で休んでいる生徒たちと混じって休ませてもらえることになっていた。消灯時間はみんな同じで、見回りの打ち合わせがあるから、と先生はでていった。さっそく月森たちにメールを一斉送信する。了解とかありがとうとか絵文字の連打とか返事ひとつで個性がでる面々に笑いながら、私はほんとに体調不良でダウンしている子達の邪魔にならないように横になることにした。

 

やっぱり寝れない。

 

「神薙さん、どうかしたの?」

 

保健室の先生が声をかけてきた。打ち合わせは終わったようだ。

 

「あ、先生。すいません、少しトイレに」

 

「そうなの?ならいいんだけど。気分が悪くなったらいいなさいね。見回りの先生にいっておくわ」

 

「今、見回りしてるんですか?」

 

「ええ、みんなランプ消してるか、スマホみてないか、あかりで確認するのよ。話し声が聞こえないかとかね」

 

「なるほど」

 

「テントを全部回るなら30分くらいはかかりそうよね」

 

「そのあとは宴会ですか?」

 

「やだ、誰に聞いたの、神薙さん。内緒よ、内緒」

 

否定しないあたり、公然の秘密のようでなによりだ。

 

「お酒飲んで見回りってできるんですかね」

 

「そこまで飲まないとは思うんだけどねえ」

 

というか飲むなよという話である。私飲めないのに、羨ましい。

 

「あんまり遅くならないようにね」

 

「はい」

 

多目的トイレは無駄に遠いからこまる。どうやら去年と見回りの時間の間隔はあんまり変わらないようなので、そのまま私はメールでまた送ってやった。このまま肝試しに参加したい気分だが、あんまり遅くなると保健室の先生が私の体調不良を心配して見回りの先生に相談しかねない。芋づる式に諸岡先生に見つかったらただじゃ済まないだろう。それはさすがに月森たちが可哀想なのでやめておくことにする。

 

ありがとう!という返事が絵文字の連打と共に来た。やっぱり花村は相当気合いが入っているようだ。そういや月森は今のところ誰にモーションかけてるんだろうか、私の見る限りいまいちピンとこないんだけど、隠してるだけだろうか。それとも他媒体みたいにナナコンでお茶を濁す方向性なんだろうか。今回はたしか花村がその辺聞くはずだから、今度ごちになるときに聞いてみるとしよう。

 

テントに戻って、なにごともないまま、私は眠りについたのだった。

 

 

 

そして、翌日。

 

朝の支度をして、私はキャンプ場の体育館のような施設内にて体育座りでみんなと並んで諸岡先生の話を聞いていた。どうやら見回りの先生に見つかってしまった生徒はいなかったようで話は早々に終わってしまう。朝食は施設内でそのままお弁当とペットボトルのお茶が出た。最初からそうしろよと花村あたりから不満があがりつつ、午後には現地解散となったのだった。

 

このまま帰るのも味気ないからと小西先輩や巽たちも合流して、近くの川辺で遊んでから帰ろうということになった。そしたら、小西先輩に手招きされた。なんだろう。

 

「ね、神薙さん。ちょっとだけ時間ある?」

 

「私ですか?はい、大丈夫ですよ。みんなと一緒に帰るつもりだし」

 

「そっか......ならね、よかったらなんだけど、飯田君にちょっとお話してあげてくれないかな」

 

「え、飯田先輩ですか?」

 

「うん、2人の微妙な関係は知ってるんだけど、ちょっと飯田君悩みすぎてるみたいで、可哀想になってきちゃって」

 

「悩みすぎて?やっぱり、私が返事を保留してるから......?」

 

「んー、なんていえばいいのかな。今の飯田君て、神薙さんの事情知ってるじゃない?」

 

「はい、ありがたいことに、それなのに好きだっていってくれてます」

 

「だからだとは思うんだけど、女の子と一緒にいるとソワソワしちゃうんだって」

 

「不安になるとか?」

 

「うん、それに男の子と一緒にいても、もやもやしちゃうみたいで」

 

「ああ......前にいわれたことあります。月森たちといるの見ると複雑な気分になるって」

 

「飯田君、部活でしか接点ないから余計に気にしちゃうみたいでね。なんで俺はダメなんだろうって思っちゃうみたいだよ」

 

「ああ......そうなっちゃったんですか......いや、だって、ねえ?」

 

「そうだよね、神薙さんて真面目だからお付き合いしてないのに期待させるようなことしちゃダメだって考えてるよね」

 

「はい、正直。飯田先輩はシャドウになった神薙晃が好きであって、私じゃないはずですから。返事をするのは違う気がするんです」

 

「うーん、どうだろう」

 

「え?」

 

「ううん、なんでもない。ただ、飯田君も考えすぎて、頭がパンクしちゃいそうになってるみたいだからね。少し、話してきたらどうかな」

 

少し迷ったが、私は頷いたのだった。

 

小西先輩に教えてもらったハイキングコースの方にいってみると、どうやら小西先輩からはなにも聞かされていなかったようで、飯田先輩はものすごく驚いていた。小西先輩の名前を出すと頭を抱えていた。どうやら自称特別調査隊の活動について、小西先輩に探りをいれていたようである。

 

「なんか、ごめんな」

 

「いえ......お待たせしているのは、私の方なので。不安にさせてごめんなさい。月森たちとはほんとにただの友達なので、それだけはいわなくちゃいけないと思って」

 

「わざわざありがとう。やっばいな、うれしいわ。単純でほんとごめんな、晃困らせるだけなのはわかってるんだけどな、うん」

 

自分で自分の感情がコントロールできる気がしないのだと飯田先輩はため息をついた。私の周りにいる男の子にも女の子にも複雑な心境になるなんていよいよ末期だと嘆いている。

 

よほど苦しいらしい。胸は重く厳しく締めつけられ、ふたつの壁のあいだに挟まれて身動きがとれなくなった人のように、そのまま進むことも退くこともできない。肺の動きが不規則でぎこちなくなり、生ぬるい突風の中に置かれたみたいにひどく息苦しくなった。これまでに味わったことのない奇妙な心持ちだという。

 

こんな気分が終わることはあり得ない、これはきっと、死ぬまで一生続くのだ、と思わせて、よりいっそう、苦しくなるという。

 

同じ朝と夜、同じ時間の流れの中に同時にいると思うだけで、いつもの夕方も甘く見える。電話をしても、のびのびと話せる。 夜が静かで長く感じられる。 ふだん淋しいと思いたくなくて無理して 麻痺 させていた感覚が、ひとつひとつ開いていくのが目に見えるようだという。

 

まるでカメラのシャッターだ。姿が視界から消えても、飯田先輩の脳裏には神薙晃のポートレートが鮮明に残っていて、全体像が克明に記憶されてしまっている。彼女の肖像は、彼女ではないのだとマヨナカテレビで知ってしまってもなお、いつまでたってもぼやけそうにない。まるで映画の抽象的なシーンのみたいにくりかえしくりかえし飯田の頭に浮かんでくる。彼女の最後の科白(せりふ)が頭の中でこだまみたいにわんわんと鳴りひびいている。

 

一生忘れることのできないインパクトがある。脳裏に妖しく刻印され、のちのちまでも消えないほどの強い印象だ。悪戯して切った指の傷のように、なかなか痕が消えないで、妙な時に、フッと思い出すのだ。

 

孤独に親しみやすいくせにどこか殉情的で人なつっこい私の心は、どうかした拍子に、このやむを得ない人間の運命をしみじみと感じて深いゆううつに襲われる。

 

覚えがある感情だった。

 

そうさせてしまっているのは私だという事実がたまらなかった。この記憶だけはいつまでもこんなに生々しい。過ぎ去らない。過去にならない。移植されて自分自身のものになった誰かの心臓みたいにどくどく脈打っている。

 

慣れっこになった慢性の疼痛だ。忘れている時間も多い。が、たとえ忘れていても痛みが続いている以上は、 清々しい気分になったり、何かに夢中で取り組んだり、ぐっすり眠ったりすることは不可能なのだ。

 

こんな行動を起こすほど私のことを好いている人間がこの世にいるという事実そのものが、ずっしりと重い塊となって体のどこかに埋め込まれたような気がした。

 

「選択肢は多い方がいいとは思いませんか」

 

「選択肢か......」

 

「はい」

 

「まだ決めかねてる、とか?」

 

「いえ......」

 

「?」

 

「私は進学を考えています。この街は私を知る人があまりにも多すぎるから」

 

「戻ってくるつもりはない?」

 

「たぶん。だから、いられるんです。女子生徒の神薙晃として」

 

「......そっか」

 

「はい。ただ」

 

「ただ?」

 

「あと2年、いや、一年半かな?あるから、もしかしたら考え方は変わるかもしれません。あの時とは違って、私のことを知ってもなお、友達でいてくれた人がいるので」

 

「天城たち、だよな?」

 

「......あなたもです、飯田先輩」

 

「晃......」

 

「マヨナカテレビで、わたしのことをみたんですよね。噂もたくさん耳にしたんでしょう。でも、私に話に来てくれた。あのとき、逃げてしまったのは私です。謝らなければならないのは、不誠実な対応をしたのは、私の方なのに。本当にごめんなさい、飯田先輩。私は雪が好きで近づいてきた貴方に嫉妬して、告白することで邪魔したんです。ほんとうに、ごめんなさい」

 

「いや......それいわれると、立場ないんだけどさ、天城好きだったのにOKしたの俺だし。たった一週間しかなかったけど、傾いたのは事実だしさ」

 

「飯田先輩......」

 

「まあ、おあいこってことで」

 

「そうですね、ありがとうございます」

 

「こんなことになってまで、なにいってんだって話だよな。わかる、わかるよ、でもさ、だめなんだよな......」

 

「なにが、ですか?」

 

「いや、それがさ......晃が普通の女の子じゃないことはわかったし、諦めた方がいいのはわかってんだよ、うん。ただな、うん、だめなんだ。どうしても、晃が月森たちといると気になってしかたない」

 

「ええ......?」

 

「末期なのは自覚してるんだよ、天城たちといるのを見ても、なんかハラハラしちまうんだよな」

 

「まさか」

 

「そのまさか、らしい。どっちにも嫉妬してる俺がいる」

 

「............ええと、飯田先輩......」

 

「俺知らなかったけど、そういう思考するやつだったらしい。もう自分でもわけがわからなくなってきてんだけど、とりあえずたしかなのは、晃が好きなのは変わらないみたいなんだ」

 

「............」

 

「俺もまだ混乱してるだけかもしれない。気の迷いなのかもしれない。ただ、まあ、そういうことだから、うん。迷惑かけるかもしれないけど......よろしくな」

 

「どうよろしくせよというのですか、飯田先輩......」

 

「あはは」

 

飯田先輩の恋愛は、普通と比べて、比較にならない独特の暗さと切なさを持っているように思われた。

 

......ああ、そうか。

 

私はこの世界の神薙晃に嫉妬しているのか。

 

私と違って故郷を捨てなくても、女だったころの神薙晃を知る人との繋がりを全て切らなくても、受け入れてくれる人がすでにいる。

 

今の私でも好きだといってくれる人がいるにもかかわらず、それに気づくことができないまま、シャドウになってしまった神薙晃が羨ましいのか。

 

この境遇の真実に気づく前に逃げ出す場所を提供して、後戻りできなくさせたイザナミに怒りを感じるのか。

 

この世界の神薙晃がもとの場所を取り戻すのに必要なはずのシャドウの半分を奪ったあの敵にどうしようもない怒りを感じているのか。

 

元の世界と比べて、この世界はあまりにも優しすぎるから。泣きたくなるくらいいいところだから。

 

このままだとまずいな、と思うくらいには、私はこの世界に絆されかかっているのかもしれない。

 

「飯田先輩、ひとついいですか」

 

「え、なんだ?俺に答えられるようなことならいいけど」

 

「もちろん、飯田先輩にしか答えられないことです。まえ、私のことが好きだといってくれましたよね。それって、今の私をみて、ですか。それとも半年前の私をみて、ですか」

 

「え?」

 

「教えてくれたら、私も色々答えることができそうなんです。いつでもいいので、教えてください」

 

「それってまるで、今の晃と違うみたいに聞こえ......あー、うん、まあ、わかった。よくわからないけど、晃にとっては大事なことなんだよな?」

 

「はい、とても」

 

「なら......まあ、考えてみるよ」

 

「ありがとうございます」

 

飯田先輩のそういうところが嫌いになれなかったんだろうな、カミナギアキラはとぼんやり私は思ったのだった。

雪子

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