(更新停止)果てしなく続く坂道の途中で(ペルソナ4)   作:アズマケイ

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第41話

 

淀んだ紙の匂いがする。書架が林のように並び、図書館の分類用ラベルが貼られている。学生や家族連れ、仕事を持ち込んでいるノートパソコンと格闘中のサラリーマン。いろんな人がいろんな目的でいるのがわかるが、大半が積み上げた本の影でまどろんでいる。閲覧室全体が、一斉のまどろみに襲われている。

 

司書の女性はいつも、カウンターの向こう側にひっそりと坐ってた。繭の中でうとうと眠る蚕みたいだった。目を伏せて、何かをじっと見つめているような姿をしていた。

 

初めてきたけど、この図書館という場所もとてもいいところだ。そもそも私は図書館という場所が好きだから、その補正も大いに入っているとは思うが。なにより図書館には人の生活のにおいがない。空気がしんと目をつぶってうつむいている。みんなが自分の内側に引きこもっているので、だれも私の気持ちを乱さない。だから、私みたいな人間にはとても居心地がいいのだろう。

 

残念ながら今回は本を読むためにきたわけではない。この街の霧に関する歴史や記紀神話といった信仰の歴史を調べにきたのでのんびりしている暇などないわけだが。

 

私もまた月森たちに倣い、主に辰姫神社あたりのことを調べることにしたのだった。

 

「ねえ、晃ちゃん。見つかった?」

 

「え?ああ、うん、だいぶわかってきたよ」

 

ずいぶんと没頭していたらしい。気づけば1時間がたっていた。

 

「ならいっか。これだけ調べれば充分っしょ。月森くんたちもだいぶ調べられたみたいだし」

 

「千枝、ちょっと大きいよ、声」

 

私たちの声は、しんとした空気を突き抜けて天井にぶつかった。図書室にはまた、じんとしみ込んでくるような静けさが戻ってきた。迷惑そうに視線が向けられていることに気づいた私たちは、 あわてて口をつぐむ。たしかにここでするような話ではなかった。図書館を出て、一階にある談話スペースに向かった。

 

昨日のうちに家族に話を聞いた仲間もいたようでその話を総合すると、リヒトさんが前にいっていたように辰姫神社はやはり八十稲羽の土地神を祭っていたが、神仏分離のときに相応しくない神や仏は除かれ、トヨタマヒメになったらしい。

 

やはり、あのマヨナカテレビの中にある辰姫神社の削られた石碑や御祭神の名前は、それを表していたようだ。

 

イザナミノミコトが相応しくないってどういうことだろうか、イザナミノミコトという名前じゃなかったとか?

 

「私の読んだ本だと、前の御祭神の名前は載ってなかったんだ。誰かわかった人いるか?」

 

「ああ、それなら俺が読んだ本にあったよ。保存協会の人らが市立図書館に寄贈したやつにあった。クスミノオオカミだって」

 

「は?」

 

思わず私は月森に聞き返した。

 

「クスミノオオカミ?なにそれ、どこの神様?」

 

「俺もわからなくてさ、後半は花村と完二とそっちの神様について調べてたよ」

 

「読むのは俺らだけだったけどな」

 

「仕方ねーじゃないっすか、花村先輩。本なんて開いたら秒で眠くなんすから」

 

「それはわかるけど、補修とかくらってマヨナカテレビに行かなきゃいけない時に足止め食らうのはなしにしてくれよな。わりと洒落になんねーからよ」

 

「うっ、そ、それはそうっすけど......」

 

「あはは......それは私たちにも言えることだけどね?」

 

「あーあーきこえなーい」

 

「うん......もう6月も末なんだね、はやいや。夏休みすぎたら、さすがに私も今みたいに手伝えなくなると思うし......今のうちにいっとくね。ごめん」

 

「それは仕方ないって、小西先輩!謝んないでよ、俺たちが後のことはなんとかすっから!な、みんな」

 

「そうですよ、小西先輩はこれからがかかってるんですから」

 

「ふふ、ありがとう。受験勉強に行き詰まった時はお手伝いさせてもらうね」

 

そんなやりとりも挟みつつ、月森たちが教えてくれたクスミノオオカミは私が全く知らない神様だった。

 

久須美大神。 正しくは、熊野久須美大神。または熊野夫須美大神。

 

誓約の段において、『古事記』、『日本書紀』において須佐之男命が天照大御神の持ち物である八尺勾玉を譲り受けて化生させた五柱(『日本書紀』第三の一書では六柱)の神の一柱で、天照大御神の物実から生まれたので天照大御神の子であると宣言された。

 

『古事記』では熊野久須毘命、『日本書紀』本文では熊野櫲樟日命(クマノクスヒ)、第一の一書では熊野忍蹈命(クマノオシホミ)、第二の一書では熊野櫲樟日命(クマノクスヒ)、第三の一書では熊野忍蹈命(クマノオシホミ)またの名を熊野忍隅命(クマノオシクマ)、別段(岩戸隠れ)第三の一書では熊野大角命(クマノオオクマ)と表記されている。いずれも最後(5番目または6番目)に化生した神とされている。

 

神名の「クスビ(クスヒ)」は「奇し霊」(神秘的な神霊)もしくは「奇し火」の意と考えられる。「クマノ」は熊野のことであり、出雲の熊野大社(島根県松江市)のこととも、紀伊の熊野三山のことともされる。熊野大社の現在の祭神は「熊野大神櫛御気野命」であるが、元々の祭神はクマノクスビであったとする説がある。

 

熊野三山の一つの熊野那智大社(和歌山県東牟婁郡那智勝浦町)の祭神・熊野夫須美大神は伊弉冉尊のこととされるが、これもクマノクスビのことであるとする説がある。

 

 

和歌山県熊野地方にて信仰されている熊野三神の一柱で、「熊野三山」と呼ばれる三社のうち、熊野那智大社にて主祭神として祀られている神。

 

スサノオが根の国に至る間際、アマテラスと誓約を交わした際に産まれた神といわれる。

火の神であり、神仏習合においては千手観音と同一視される。

 

また、「日本書紀」の記述においてはイザナミの弔われた地名が「熊野」であることから彼女との結びつきが深く、特に熊野三山において久須美大神はイザナミと同一の存在としても解釈されている。

 

「クスミノオオカミか」

 

イザナミノミコトしか頭になかった私は神仏習合と廃仏毀釈の歴史がこの街にもたらした歪さは実は想像以上のものではないだろうかと思わざるをえなくなる。

 

まさか熊野古道や熊野信仰からかなり距離があるはずのこの街がクスミノオオカミを信仰していたとは思わなかった。

 

だが、ある意味こちらの方が違和感がないのかもしれない。イザナミノミコトを土地神とするなら、山梨県と静岡県に近いこの街はイザナミノミコトと実はあんまり縁がないから、熊野信仰からくるイザナミノミコトとクスミノオオカミの神仏習合からイザナミノミコトとなったなら不自然ではない。それが廃仏毀釈となったときにイザナミノミコトを祀らない理由がよくわからないがなにかあったんだろうとしかいいようがない。市立図書館にすら文献が残ってないならもう手立てはないのだ。とにかく、トヨタマヒメがかわりに祀られるようになり、それから50年周期で霧が発生するようになった。

 

信仰が失われたことで、イザナミノミコトと呼ばれていた土地神はこの街の人々のことがわからなくなってしまったのかもしれない。

 

「クスミノオオカミが祀られてるところがなくなってから、霧がで始めたみたいだなあ」

 

「じゃあやっぱりあれは......?」

 

「そういう場所なのかね?にしては神聖な感じは全然しねーけど」

 

「蔑ろにされた神様は怖いしね......」

 

「穢れのたまってる場所みたいな感じかな?」

 

「んー、にしてはシャドウってそんな感じしないけどなあ」

 

「なんか、ほっといたせいで色々入り込んじゃってる感じなのかな?」

 

「そこにあいつらが目をつけたのか?ここがそういう土地だから?」

 

「許せないよね、それは」

 

みんなが憤りを感じている最中、私はかの神に力を与えられたはずの生田目や足立はどうなっているのか、ふと心配になったのだった。

雪子

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