(更新停止)果てしなく続く坂道の途中で(ペルソナ4) 作:アズマケイ
まぶたの裏がうっすらと赤らみを帯びた頃、私は目を覚ました。まだまだぼんやりとしている視界はうつろで、世界がまだ浮遊している。ふわふわとした感覚が抜けない。
眩しくて目を細め、視界がやがて焦点が合い、クリアになっていくにしたがって五感が返ってくる。風が吹いているのか、さらさらと清潔そうな色をしたカーテンが風に煽られて揺れていた。
望める天気は生憎の曇りながら、降り出しそうなほどの層は為してない。まばたきのあと、私はいつも愛用している硬い素材の枕ではなく、頭が沈んでしまいそうなほど柔らかい枕に頭を載せていることに気付いた。
ここはどこだ。家じゃない。状況を把握し切れない焦りがもたげてきた頃、私はあたりを見渡した。白いシーツと毛布に挟まれていた身を起こそうとすると、微妙な違和感。
左上から伸びているがテーピングされていることに気付いて横を見れば、点滴の袋が逆さまになって透明な液を私に運んでいた。私が不用意に動いたせいで微妙にこっちに近づいているような気がする。
力が抜けてしまい、ふらりとした私はそのままベッドに沈んだ。そういえば身体が無性にだるい。くらくらする。ちらと腕を見た。
丁寧に施されている包帯のあとや消毒のあとといった我ながら痛々しい体をみて、ようやく自分がどこかの病院に担ぎ込まれたのだろうと思いあたってホッとする。
恐怖を通り越して、釣り上がるのは笑みだった。ため息に似た安堵を吐き出したとき、ようやく私は生きていることを実感したのだった。
テレビに引きこまれてから何日たったかよく覚えていないが、ほとんど気力で持ちこたえていたようなものだった。よくぞまあ、あれだけ気丈に自分を殺そうとしている奴に対して振る舞えたものだ。
それもこれも、ペルソナ4をクリアしたことで蓄積していた知識と、奴がかつて私の経験した出来事を凝固した結晶みたいなもので、敗北すれば私の礎とも言える彼女との思い出すら蹂躙しかねないという危機感。
あとはもっぱら拒絶したら私自身の人生をすべて否定しかねないという特殊すぎる状況が支えていたのだろうと思う。
なにはともあれ、もう二度とテレビの外には出られないのではないか、という恐怖は脱することができて何よりである。
人は安心しきったとき、真っ先にやってくるのは空腹か眠気か知らないが、私の場合は眠気だったようで、すとんと眠りに落ちてしまった私が二度目を開けたときには、すでに夜を迎えていた。
人影があった。しゃりしゃりしゃり、といい音がして横を向いた私は、真っ赤で美味しそうな形をしたリンゴの皮を向いている祖母と目が合う。
椅子に座り込んでいる祖母は、ぱちぱちと何度か瞬きをしたあと、息を詰まらせるような顔をして、ゆっくりとナイフとむいている途中のリンゴを置いた。
あきらちゃん、と消え入りそうな声がして、私は、ん、と返事をしようとしたが、一瞬だけ声の出し方を忘れてしまい沈黙してしまう。
祖母はクマが出来ていて、可哀想なほど体調が悪そうでやつれ切っていた。なんとか安心させたくて、私はかすれた声で祖母の名を呼んだ。
「あきらちゃん!」
涙をいっぱいにためて、よかったよかったと繰り返しながら祖母がおもいっきり抱きしめてくる。
躰をおこそうとしたが、我に帰ったらしい祖母が今にも泣きそうな笑顔で伸ばしかけた手を私の右手に重ねてきた。未だ感覚が戻らない違和感を抱えたまま私はやんわりとくるんでくれる温かさに顔がほころんだ。
かつて私を抱きしめてくれた時となんら変わらない包容力を持って祖母はぎゅうっと包んでくれた。無事でよかった、とぐしゃぐしゃになりながら私の背中をひたすら私の頭を撫でてくれる。
いつもならまるで小さい子供やオンナノコにするような仕草だから、と跳ね除けるところだが今回ばかりは純粋に嬉しかったので、照れ笑いしか出来ない。
「おじいちゃんは飲み物買ってきてくれてるからねえ、すぐ来るわ」
おばあちゃんはアキラちゃんが無事だって信じてたからねえ。お仏壇でありがとうございましたってお礼言わなきゃいけないね。
辰姫神社さんのとこにもおじいちゃん達で毎日毎日お願いしてたんだからねえ。助けてくれたんだねえ。
せきを切ったように話し続ける祖母に私はうん、うん、とうなずいていく。晃ちゃんが無事ならこそ、もうそれだけがよかったわ、と心の底から心配してくれているのがわかって、私は申し訳なさで一杯になっていた。
テレビの中で祖父母や家族のことが脳裏をよぎったのは何日前だっただろう。ひたすら私、私、私、と考え続けていたせいか、追い詰められていたとはいえ家族のことが思い至らなかったことを少しだけ後悔した。
そうなのである。私が私であれたのは、私がどんな人間であろうと受け入れてくれた、それが当たり前だとひっぱたいてまで力説してくれた祖父母や心配してくれた家族があったからなのに。
ごめん、とつぶやいた私に、祖母は大きく首を振っただけだった。晃ちゃんは悪くないの、なんにも心配せんでいいからねえ。また晃ちゃんがいろいろ考えてたのに、気付いてあげられなくてごめんねえ、と謝られてしまい、私は首を振った。
そして、不意にこちらの現実世界での私の立場を考える余裕が初めて生まれてきたとき、私は無性に恐ろしくなって体がこわばるのを感じた。
突然の失踪、行方不明、私がテレビの中に突き落とされたのはいつだった?ごちゃごちゃしていく脳内がうるさい。アキラちゃん?と祖母が心配そうに覗き込む。
怖いこと思い出しちゃった。ごめんねえ、と謝られ、私は無言のまま首を振った。やがて祖父が帰ってくる。心配させたことを叱られ、祖母と同じように頭をなでられた。
私の記憶と何ら変わらない畑仕事と手荒れで硬くなりきったゴツゴツした手で有る。緊張感が不意に抜けてしまい、私は訳の分からないまま泣くしかなかった。
狼狽した祖父母がナースコールをしてやってくる。やがて医師による判断で記憶の混乱と精神の不安定さが原因だと告げられた。
祖母が一緒に寝ようか、と言ってきたが、さすがに恥ずかしいのでやんわり断ったが、結局連絡を受けて駆けつけた両親と弟が駆けつけるまで、祖母は片時も一度も私の手を放すことはなかったのだった。
数日間、私は家族とゆっくり過ごすことになった。医師の判断で面会謝絶はそのまま。ありがたかったが、暇だったのは言うまでもない。
家族や看護師、医師の話を総合すると、私は家出してトラブルに巻き込まれ、そのままジュネスで解放され、倒れているところを花村陽一さん(花村のお父さんだ)に保護された、ということに成っているらしい。
月森も真夜中に帰宅した堂島さんがテレビの前に置き去りにされた携帯電話を不思議に思い、二階に上がったところ行方不明と発覚。奈々子が大きな物音を聞いたことを覚えていたため、それはそれは大騒ぎになったらしい。
空白となっている3ヶ月間、神薙晃の体に入っていた誰かさんは、どうやら勉強するのが嫌いだったようだ。学校にいくふりをして、何かと遊びに出かけていたらしい私の家では、あまり珍しいものではなかったらしくあっさりと家出で片付けられてしまった。
まともに通い始めたのは4月からだそうだが、いったい何をしていたのだろうと思うと背筋が凍る。私が奴から逃げるために飛び降りたり、よじ登ったりしたケガが多いせいで、二階の窓から飛び降りたのだろうと憶測を立てられてしまったのだ。
当時雨が降ってたせいで足跡は流されたのだろうということだった。これ幸いと乗ったはいいものの、窓はどうやって閉めたんだ、とかどうして家出をしたのだという言及には頭を捻るハメになった。
そしてトラブルについては最も困った事態になってしまった。確かにテレビの中で奴に相当精神的にも身体的にも痛めつけられていることを考えると、誤魔化しようがない。
成人男性としか思えない手のあとがくっきりと残った腕とか、首の周りとか、打撲痕から痣、一方的としか言い様がない暴力のあとがありありと残っているのだ。私もさすがにごまかしようがない。
ごまかそうものなら、口封じのために脅されたと勘違いされそうで、下手に言うことが出来ず、相当神経を尖らせて言葉を選ぶ必要があったのは言うまでもなかった。
その姿すらぶっちゃけ挙動不審の何者でもないと思うが、ではどうせよというのだと自問自答するハメになった。生田目がすでに誘拐事件を起こしているのかは分からないし、無関係なのに誘拐事件と関連付けるのはさすがに私も困る。
時期が時期である。月森と早々に接触したことで何かストーリーに影響が出ているかもしれない。だから私にできたことといえば。
月森に話したことをそっくりそのまま言った上で、事件についてはさっぱり覚えていないという要するに記憶喪失を押し通すことしか出来なかったのである。
テレビに手を突っ込ませれば、家族には明らかにおかしいし矛盾だらけの証言をしている理由、隠していることの重大さを説明できたかもしれないけれど、さすがにそれはまずいだろう。いろんな意味で。
それこそ、奴が突然暴走することで死にかけたことを考えると、余計なことをすると容赦なくどっかの力が介入したりしてフラグが立つかもしれないと思うと、恐ろしくてできるわけがなかった。
それはともかく。私の失踪がアナウンサーの殺人事件と同様の状況、しかも時期が近すぎるということで嫌な予感はしていたのだが、1週間後、警察が私の病室を訪れることになってしまった。頭がいたい。
でも、中学生の頃からずっと私を支えてきてくれた精神科の先生が来てくれて、時々話を聞いてくれただけでも十分落ち着いた生活を送ることができたのはよかったと思う。
一つ気になることといえば、何時まで経っても小西早希先輩の死体があがったというニュースが流れないということくらいである。
もしかしたら、月森たちがなんとかしてくれたのかもしれない、と予感めいた期待を抱きながら私は過ごしていた。
刑事が2人訪ねてきたのは、私の身体的にも精神的にも安定が認められてきて、祖父母と家族の連夜のお世話が目に見えて負担と成っているのがわかって、私が無理やり家に返した日の午後のことだった。
私のそばには、主治医の人。さすがに警察の事情聴取に私が一人で望むのは酷だとの判断なのだろう。ありがたい配慮である。
「晃くん。嫌だ、と思ったら正直にいうんだよ。私が代わりに答えてあげるから」
「ありがとうございます、先生。今は気分もいいですし、大丈夫だと思います」
「では、いいかな?最近、このあたりで物騒な事件が起きているんだ。知ってるね?」
「はい、アナウンサーが殺されたって事件ですよね。みんなに怒られました。危ないのに一人で飛び出していくバカがあるかって。ご迷惑おかけしてすいません」
「ああ、そうか。まあ、無事でなによりだ。身の回りに不審な奴は見かけませんでしたか?」
「いえ、特に怪しい人は……」
「じゃあ、質問。どうして家出しようと思ったんですか?」
「晃くん、大丈夫かい?」
「はい、大丈夫です」
はあ、と溜息をつく。
「中学までずっと一緒だった1番の親友が別の仲がいい子と一緒に久しぶりだねって声をかけてきたんです。嬉しかったけど、本当は嫌で嫌でたまらなかったみたいです」
「あー、仲がいい子が取られちゃって?」
「はい。でも、その子も新しい親友もドッチもすっごくいい子だから、嫉妬する自分がますます情けなかったみたいで。別の友達からマヨナカテレビを教えてもらったんですけど、そこに写ったのがその子だったからますます混乱しちゃって、こう、ぷつんと今までこらえてたのが爆発しちゃったみたいで、全部嫌になったんです」
「マヨナカテレビィ?」
「あれ、堂島さん知らないんですか?今流行ってる都市伝説ってやつですよ。ねえ?」
「はい」
「足立、その、あー、マヨナカテレビってのはなんだ?」
「雨が降ってる真夜中に一人でテレビを見ると、運命の相手が写ってるーって奴ですよ」
「………友達がアナウンサーをマヨナカテレビで見たっていうんです。運命の相手がーって話なら、アナウンサーが運命の相手だけど、友達が4人全員同じ人を見たっていうから……おかしいネって話になったんです。だったら私も参加して、運命の相手じゃなくてみんな同じ人を見るんじゃないかって調べてみることにしたんです」
「そしたら、その子が写っちゃったと」
「………嫉妬している自分に気づいた、ってことかな?」
堂島さんが私の顔を見て唸っている。単なる嫉妬を自覚したぐらいで、衝動的に家出するとは思えないんだろう。疑惑ではないが、意図的に私が伏せていることに感づいているようで、それをどう聞き出すか思案中といった感じだ。
刑事の勘でストーリーに食い込んでくるような人だ。隠す必要はない。ただ、少しだけ、怖いだけだ。先生が落ち着くようにそっと肩を叩いてくる。
無理しなくてもいいんだよ、と声をかけてくれるが、私は大丈夫です、と繰り返してみる。正直笑えている自信はない。息を吐いて、私は口を開いた。
「性同一性障害って、御存知ですか?」
「ん?」
「えーっと、ああ、ニュースでやってたね。戸籍の性別を変えられるとかどうとか」
「私、実は性同一性障害なんです。体は女性ですが、精神的には男性という、心と体の性別が違うんです。性同一性障害と同性愛の違いは、自分が今の体の性別を受け入れられるかどうからしいので、私は性同一性障害になります。今はできないですけど、いつかお金溜めて、手術して、戸籍も男にしたいとそう思ってます」
予想の範囲ではあるが、驚愕の表情のあとでどう返答していいか困惑している様子は幾度となく見てきたことだ。この瞬間はいつも嫌になる。
なれることはない。だから私は余程のことがない限り、打ち明けようとまではしないが、状況が状況だ。私は続けることにした。言葉を一つ吐き出すたびに、精神をえぐられる苦痛を伴うが仕方ない。
先生が詳しく性同一性障害についての説明を加えている横で、私は覚悟を決めた。少し、長くなるけどいいですかと前置きした。足立刑事の好奇の目が痛いが、一度覚悟を決めた私は全部話スことにした。いらぬ疑いをかけられるのはお断りだ。
そのたびに何度も何度も話すのも嫌だ。一拍おいて、私は話し始めた。これは家族と会話していく中で齟齬が出ないように必死で創り上げたこの世界の私の置かれていた環境を話すことにもつながってくる。手を抜くわけにはいかなかった。
「私が初めて自覚したのは、中学1年生の頃でした。中学まで一緒だった親友がいたとお話したと思いますが、その子が私の初恋です。当時は戸惑ったし、気の迷いだと思って男子と付き合ったこともありましたけど、ストレスが溜まっていく一方でした。だれにも言えなくて、女になっていく自分が嫌で、でもなんでそこまで嫌悪するのか分からなくて、パニック状態になることが多かったんです。実は私の体は生まれつき子宮がありません。初潮が来たとき大量出血で入院して初めて気付いたんですけど、その時子どもが産めないことに絶望するどころか嬉しいと思う自分がいて、追い詰められていた私はもう訳が分からなくなってその、一度自分の胸を切り落とそうとしたんです。その時に入院した先で今の精神科医の先生の勧めでカウンセリングを受けることになったんで、一度この街を離れることになったんです。親友は何も知りません。私がこんな体なのも、ずっと好きだったことも。ただずっと私が何も言わないことを知ってて、心配してくれてました。何も言わずに居なくなるのは耐えられなくて、一度だけ全部打ち明けようとしたんです。結局スレ違いでできなかったけど。………この街に帰ってくるなんて思いもしませんでした。精神的にどん底だった私を支えてくれた祖父が癌で倒れて、治療の副作用で農業にまで差し障りが出てくるなんてことがなければなかったと思います。あとは、さっきお話したとおりです。初恋の人にはもう親友がいて、私はかつてのような親友にはなれないし、彼女は彼女で私と会う約束をすっぽかしたから私が怒ってるって勘違いして、謝ってくるし、私と彼女を仲直りさせたい親友がいろいろ誘ってくれるし。でももう一度全部告白するユウキは正直今の私にはありません。正直八方塞がりにも程があるのに、全然気づかないふりをしていたんでしょう。マヨナカテレビには運命の相手が誰かってうつすらしいので、彼女が見えてしまった時の衝撃はその、想像以上だったみたいです」
家族の話とテレビの中で見てきたこと、そして私の過去を絡めながら延々と話し続ける。
先生が横でこの世界の私の通院や入院、カウンセリング内容について触れながら説明補足してくれるのを聞いている限り、私のように彼女の受け入れと友達宣言を携えてこれなかった代償は大きかったようだ。
自分を自分で自信を持って肯定してあげられない自己評価の低さが顕著に現れているエピソードの羅列。正直聞いていること事態が苦痛だった。
「私は小さい頃から癇癪持ちで、かっとなったり気に入らないことがあったりすると感情の押さえが効かなくなるんです。最近は落ち着いて周りを見ることができるようになったんで、無神経に当り散らして周りに迷惑を掛けることは少なくなったと思うんですけど、今度はその鬱憤を打ち明けられる相手がいなくて貯めこんでたんです。転校してきて環境に不慣れなこととか、もともと転校してくる前はこの街で育ったんでかつての友人たちもいるんですけど、仲よかった友達にはもう親友って呼べる人ができてたりして。もともと友達づきあいが下手くそなんで、新しい友達作りも不安で……そのうち学校に行きたくなくなったんです。でも2年生になって新学期に入って、学校も行かないでふらふらしてるのはおばあちゃん達は気付いてたけど、あえて何も言わずいつも送り出してくれてたので、ずっと罪悪感はあったんです。これを基に学校行ってみようかなって思ったんです。そしたら、新しいクラスで何人か友達ができて。それでやっと学校に行けるようになって、今までのストレスは忘れた気になってました。でも、そんな事なかったっ………!」
一度話し始めたら、もう止められるものも止められなくなっていた。狼狽する刑事二人には置いてきぼりで、私は延々としゃべり続け、気づいたらもう20分も立っていた。
先生とのカウンセリングの中でも一度も泣くことがなかった私が、いつの間にか目尻を熱くしていることに気付いたとき、ああ、一時的にでもこの世界の私が入り込んできたのだろうかとぼんやり思う。
「………すいません。みんな優しいから聞いてくれないんです」
「あー、その、なんだろ。辛かったのにいろいろ話してくれてありがとう。無神経なこと聞いちゃったね」
「いえ、事情を説明するにはこうするしかなかっただけです。気にしないでください」
「………だが、やはりパジャマ姿で家出は少し、いただけないな。これからは気をつけなさい。男だろうが女だろうが、事件に巻き込まれてしまうことには変わりない。いいね?」
「はい、気をつけます。ありがとうございます」
「あとは警察に任せてくれれば、君にヒドイことした奴も見つけるからさ。もし何か気付いたことがあったら、電話してね」
「はい、わかりました」
二人が先生と対話している。これは終わりかな?という空気が流れ始めた頃、おもむろに足立刑事が手帳を広げた。そうそう、と取ってつけたように言われるが、どこか視線が鋭くなったような気がして私は身がすくんだ。
「そうだ。確か君、アナウンサーが亡くなった日、お祖母ちゃんと一緒に天城屋旅館に行ってるよね?トイレ借りたらしいけど、何か不審な人とか見なかった?」
「………よく、覚えてないです。緊張してたから。でも、母屋の方だったからか、変な人は見ませんでした。でも、」
「でも?」
身を乗り出すような視線。もしこの部屋にあるテレビが小さければ、また突き落とされていたのだろうか、と思うと恐怖に駆られる。
「反対側に通路が見えたんです。旅館の方の。誰か、喧嘩してたような気がします。男の人と女の人の言い争う声がしたんで。でも遠かったし、すりガラスと障子ごしだったからぼんやりとしか姿は見てないです。とりあえず、女の人は白っぽい服で、男の人は黒っぽい服の人ってことくらいしか」
「なるほど。貴重な情報、どうもありがとう」
殺気が緩む。私は始終初恋の人とその親友については名前を伏せていたけれど、祖母や天城の母、番頭さんから天城屋旅館に行くまでの経緯を聞かなければそもそもこのことは聞かれないはずだ。
だから多分足立刑事は天城が私の初恋の人だと気付いている。私と天城が親戚経由の知り合いで、小学校からの付き合いだという話題に彼らが触れても不審な点は無いはずだ。
この世界の私は天城以外には特別仲の良い友人はいなかったようだから、かつての親友と呼称すれば天城が浮かんでくるはずだ。
この世界の私の置かれていた精神状態は憶測ながら散々ぶっちゃけたから、その人の家に行くことがどれだけストレスと緊張に苛まれるか検討くらいは着いているはずだ。
目撃したという事実を伏せるということは、本当は男の姿が検討が着いているのに意図的に黙っていることにつながる。これでは目が間違いなくあっている犯人が私を見ているはずなのにおかしいことになる。
黙っている理由はない。
でも具体的に証言してしまうと立つのは死亡フラグだ。そもそも私が犯人を予め知っている状態でサスペンスドラマを見ている状況だったからこそアイツはだれか、はっきりと判断するに至っている。
だから私が怪しまれない方法はとりあえず見えたことを朧気ながらも話すことが1番だろう。その予想はどうやら当たっていたようで、足立刑事から殺気は感じない。
小西先輩に迫ったのは可愛かったからだろうし、拒否されて逆上した挙句のテレビに突き落としなはずだから、いろいろと抱えていることをぶっちゃけた私に変な幻想をいだいて襲ってくるのは余程の変態くらいしかいないだろう。
お疲れ様、という労いと共に刑事二人が去っていく。はあ、と今までで1番大きなため息を吐き出したあとで、私は倒れこむようにベッドに沈んだ。無駄に疲れた気がする。お疲れ様、と先生に肩を叩かれて、ようやく私は自然と笑うことができたのだった。
雪子
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親友ルート
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恋愛ルート
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どっちもみせろ