インフィニット・ストラトス~光に奪われし闇~   作:ダーク・シリウス

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新年とルクーゼンブルグ公国第七王女現る

「クリスマスも終わって、なんやかんやでもう年明けか」

 

冬休みに入って、あっという間に年末になった。

 

「今日は年越しそばでも作って。まったりとだな・・・・・」

 

ああ、やれやれとばかりに、一夏は帰省した自宅でこたつに入る。既に秋十とマドカ、そして織斑一誠までもがみかんを摘まんで食べていた。一夏もみかんを摘まんでいると、長風呂からやっと上がってきた千冬がやってきた。

 

「今年は色々あったなぁ。あ、千冬姉。年越しそばは食べるよな?」

 

「そうだな、もらおうか」

 

「じゃあ準備をするよ」

 

そう言ってこたつから出ると、千冬が意外なことを言ってきた。

 

「もう一人追加してやれ」

 

「?なんで?」

 

「ちょっと待ってろ」

 

そう言って、千冬は庭に出て行く。外はちらほらと雪が降っていたが、つもるほどではない。しかし、真冬の十二月である。寒くないわけがない。

 

「とっとと出てこい、ラウラ」

 

名字ではなく名前で呼ぶあたり、今日は特別なのだろう。

 

「そこに隠れているのだろう。さっさと出てこい」

 

沈黙で素通りしようとしていたラウラだったが、あっけなくばれて、ばつが悪そうに出てくる。因みに冬迷彩のコートを着ていた。

 

「おまえ・・・・・いつからそこにいたんだよ」

 

結局庭に出てきた一夏が呆れたように言う。マドカ達も庭に顔を出して呆れ顔をしていた。少し鼻先が赤くなっているラウラは、どうだとばかりに胸を張った。

 

「夕暮れ前だ」

 

「あ、アホか!」

 

「いや、アホだろう」

 

「ああ、アホだな」

 

一夏は体の冷え切っているラウラを捕まえると、その手を温めてやりながら、家の中へと連行する。

 

「ったく、何で普通に訪ねて来ないんだよ」

 

「私はだな、お前達を見守っていたのだ」

 

そこまで言ってから、くしゅんっとくしゃみをするラウラ。

次の瞬間。雪を降らす空から織斑家の庭に落ちるように姿を現した―――黒い影。その正体を認知した途端に全員の目があらん限りに開いた。

 

「ラーズグリーズッ!?」

 

「・・・・・」

 

展開した大型のライフルを織斑一誠に突き付けた。まさか、この時を狙って襲撃を仕掛けて来たのか―――!と皆の心情が一致した。しかし、ラーズグリーズは静かにライフルを下ろして粒子化にして収納するや否や、千冬に向かって小さな端末を投げ渡した。それを受け取る千冬は目で訴える。これは何だと。ラーズグリーズは答える。

 

「・・・・・『暮桜』の強制解凍プログラム」

 

「・・・・・束からか」

 

「・・・・・」

 

それ以外誰がいると沈黙で返し、ここに来た目的は果たしたとばかり空へ舞い上がろうとするラーズグリーズ。しかしそれ以上よりもマドカが察知して取り押さえた。しかも瞬時に展開したISで。

 

「逃がさんぞ、兄さん!」

 

「・・・・・」

 

「こらっ、暴れるな!」

 

マドカの胸の中で離せと拘束から逃れようと暴れ出す。擦れる金属音が近所迷惑にならないかはらはらする一夏と秋十の心配をよそに千冬がある事を言ってきた。

 

「・・・・・今日ぐらい、一緒にいないか」

 

暴れるラーズグリーズをピタリと停止させた。

 

「・・・・・。・・・・・。・・・・・」

 

千冬に振り返り、フルフェイスマスク越しで彼女の深意を探ろうとする視線を向けると、そんなラーズグリーズに近づき手を掴んで家の中へ引っ張ろうとする千冬。

 

「「(あれ?)」」

 

こんな奴だったっけ?と思うぐらい従順な姿勢のラーズグリーズに一夏と秋十は不思議がらせた。千冬の珍しい行動を見つめ、大人しく家の中へ連行されるラーズグリーズが壁際に膝を抱えて座り込んだ。

 

「買い物に行ってくる。愚兄共、兄さんが帰らないように見張れ」

 

「急にどうしたマドカ」

 

「―――帰らしたら、貴様らの下半身にぶら下がっている物を打ち抜くからな」

 

外出用の着替えを部屋でしたマドカが実の兄達にそう脅して買い物へ出かけた。残された五人は、石像とかしたラーズグリーズと一緒にいる空間が静寂に包まれて何とも言えない空気に居心地が悪い。

 

「一夏、そばの用意をしろ」

 

「あ、ああ・・・・・ラウラの分もだよ、な?」

 

あのミイラのような身体で食べられるのか一夏達は知らない。聞くしかない状況に千冬は質問した。

 

「ラーズグリーズ、食べるか」

 

「・・・・・(フルフル)」

 

横に振るラーズグリーズ。いらないと意を示されてしまったのでラウラの分も作ることになって数分後。マドカが帰ってきた。

 

「今作ると時間が掛かる。それまでこれで我慢してくれ兄さん」

 

がさがさと買い物袋から取り出したのは、市販のアップルパイだった。それを持ってマドカはラーズグリーズの前に置く。

 

「・・・・・」

 

ジッと、アップルパイを見つめているのか明らかに反応が違って見える。思わずそばを作ろうとした一夏も次の行動が気になって様子を窺う。少しして・・・・・手を伸ばしアップルパイを掴み取ったラーズグリーズが、マスクを粒子収納してミイラ風の顏を千冬達の眼前で晒した。

 

「「・・・・・っ」」

 

悲痛に歪む顔の千冬とマドカ、緊張した面持ちで顔が引きつった一夏達。近くでラーズグリーズの素顔を見たのは今回が初めてで、非人道的行為な研究と実験の末の身体にされた者の末路を目の当たりにして酷く心が苦しくなった。

 

封を開けてアップルパイを小さく齧る。咀嚼しながら味を噛みしめつつ全部食べ終わるラーズグリーズ。その感想は・・・・・。

 

「・・・・・美味しい」

 

そう言ってまた食べ始めるラーズグリーズの身体が―――突然、光に包まれ千冬達の視界は一瞬だけ真っ白に染まった。眩い閃光の中にいたラーズグリーズの姿がまた見えるようになった頃には―――身体が小さく背中にまで伸びた金髪、狐の耳と九本の尾を生やす姿になっていた。

 

「・・・・・はい?」

 

「へ?」

 

「・・・・・」

 

「な・・・・・」

 

ハァアアアアアアアアアアアアッッッ!?

 

 

―――で、

 

 

「・・・・・♪」

 

「お、おお・・・本物、なんだよな?」

 

「犬と猫の毛よりこのモフモフ感・・・・・」

 

「凄いモフモフ・・・・・」

 

「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い、可愛い・・・・・」

 

「「・・・・・」」

 

絶叫を上げるほど驚いた後の織斑兄弟姉妹は、ショタ(コン)になったラーズグリーズの尻尾や耳の感触を堪能するようになった。原因は不明だが、ミイラの身体ではなく触れれば血が通っている身体が生きている証として温かい。体の肌は柔らかい小さくなったラーズグリーズを、獣要素の耳と尻尾を生やしながら菓子パンを幸せそうに食べる様子を、完全に停止した思考が覚醒した時は、いつの間にか膝の上に抱えて頭を撫でていた千冬。

 

「姉さん、代われ・・・・・」

 

「・・・・・わかった」

 

内心やることが出来たと吐露し、遺憾ながら渋々妹にラーズグリーズを渡して二階に上がった。千冬がいない間でもマドカ達はモフモフタイムを堪能した。それから少し経って一回に戻った千冬が告げる。

 

「ラーズグリーズ、束から伝言だ。要約すれば、しばらく私達と家族水入らず泊っていけとな」

 

本当なのかと疑いの目を向けつつ、自分の耳で確認しないと信じられないので連絡して実際に訊いてみたところ。

 

『家族団欒年越しを楽しんできてねぇー♪あ、途中で帰ってきたら束さんオコだからねオコ!』

 

笑顔と共に事実である言葉を残し、通信を切られたラーズグリーズの顔は捨てられた子犬のようだった。

 

「・・・・・わかった」

 

納得していないと気持ちを尖った耳をぺたんと伏せて表すが、束の言うことを受け入れた。なので一番喜ぶ人物は、ラーズグリーズを抱きしめ頬擦りをする。

 

「千冬姉、ラーズグリーズが寝る場所ってどうする?」

 

「当然、私の部屋だろうが」

 

マドカが主張すると。

 

「馬鹿者、ラーズグリーズは私の部屋に寝てもらう」

 

千冬が当然のように言いだすのでマドカから睨まれるが意を介さず、ラーズグリーズ本人に選択肢を与える。

 

「お前は私とマドカ、どっちと寝る」

 

「・・・・・」

 

マドカから離れ二人を一瞥すると九本の尾で頭まで包む毛玉と化となっては、コロコロとラウラの方へ転がりそこで止まる結果に一夏は口にした。

 

「ラウラと寝るらしいな」

 

「「・・・・・っ」」

 

「ひっ・・・・・お、お返ししますっ」

 

同じ顔の二人に睨まれるのが恐れ、毛玉のラーズグリーズを押し返す。転がる毛玉は途中でUターンしてラウラの方へ戻る。

 

「お、おいっ!私はお前と寝る気などないのだぞ!?」

 

「・・・・・」

 

ラウラから拒絶されると、毛玉はこたつの中に転がってそのまま出てこないかと思えば・・・・・こたつの熱で引火したのか、毛が燃えた状態で庭の方へ出て行った。

 

「み、水だ!水ぅっ!」

 

「毛玉の次は火だるまって何のお笑いだよラーズグリーズ!」

 

大慌てで鎮火に走る一夏と秋十の行動によって、軽いやけどで済んだが寒い季節に水をぶっかけられて全身が濡れ鼠と化した。当然ながら身体が冷え切ってしまった。

 

「・・・・・くしゅんっ」

 

「む、このままでいさせたら兄さんが風邪をひく。直ぐに風呂に入らせるか。おい愚兄一号、昔の兄さんの服はまだ合ったはずだ。それを持ってこい。私は兄さんと風呂に入ってくる」

 

「ちょ、男女が、しかも兄妹一緒で風呂に入ってはいけません!」

 

母親かと気持ちを思わせるぶりな注意する一夏をマドカが睨みつける。

 

「家族水入らずを邪魔する気か?」

 

「そういうことだったら俺達がラーズグリーズと・・・・・」

 

「一人で入る」

 

「当然だ。子供ではないのだからな」

 

一誠の提案を即否定した濡れ鼠のラーズグリーズを持ち上げて連れて行く千冬。―――その後一向に戻ってくる気配がないのでもしや、とマドカが風呂場へ足を運んでいなくなった居間まで。

 

「さっき長風呂していただろう姉さんっ!!!姉さんが入っているなら私も入るからなっ!!!」

 

「「「・・・・・」」」

 

怒声が聞こえて来た。―――これは、長引きそうだなぁ・・・・・。

 

そんな予感を覚えた三人は一時間も長風呂してようやく上がってきた、顔が真っ赤な千冬とマドカに子供服を着ているラーズグリーズの三人にかき揚げとそばを用意した。

 

「二人共、随分と長湯だったな。そこまで時間が掛かるのか?」

 

「・・・・・しょうがないだろ。ラーズグリーズの尻尾の手入れに手こずったんだ」

 

「・・・・・タオルで水分を抜き、ドライヤーで乾かすにも時間が掛かったからな」

 

おかげさまでモフモフです、と見せつけるラーズグリーズの尻尾を触れてみれば確かに濡れる前のモフり具合だったので納得する。

 

「というか、顔が真っ赤だ。大丈夫か?」

 

「「湯に浸かりすぎただけだ」」

 

間も置かず返す二人の言葉に何も言えずにいた他所では。

 

「おいラーズグリーズ。これ以上アップルパイを食べたらそばが食べれなくなるぞ。もう食べるな」

 

「・・・・・」

 

「そ、そんな悲しそうな目で見つめてくるなっ。くっ、何なんだお前は、何時ものお前だったら接しやすいというのに・・・・・その姿の理由を教えろっ!」

 

「・・・・・ちょうだい」

 

「だ、ダメだっ。食べるならそばを食べてから・・・あ、こら!」

 

両手を伸ばして跳躍してまでアップルパイを取り返そうとするラーズグリーズから、こたつを中心に走って逃げ回るラウラ。追いかけるラーズグリーズと逃げるラウラ。ふと、秋十が思いついた。

 

「なぁ、ラウラ」

 

「なんだ、お前も止めろっ」

 

「アップルパイを渡してくれ。俺がする」

 

止めてくれるものだと思って渡す。受け取ったアキトはまだ残ってたアップルパイを―――ラーズグリーズの前に見せつけながら後ろに下がりながら移動し出した。

 

「ほーら、ラーズグリーズ。お前の好きなアップルパイだぁー」

 

「・・・・・」

 

止めるどころかからかって遊び出す秋十に呆れて頭を垂らすラウラ。もう夕餉の時間だというのに何からかうのだろうかと、母親を追いかける子狐を連想させるラーズグリーズを見て、次第に可愛いと思わされた。しかし、いつまでも続く筈がない。尻尾で秋十の片足に巻き付け動きを封じたのだ。抜くことも動かすこともさせない力強さに、ちょっぴり焦る秋十の足元から上目遣いで縋り付き瞳を潤わせながら涙目で懇願する。

 

「アップルパイ・・・・・ちょうだい?」

 

次の瞬間。

 

「「「「「「―――ッッッ」」」」」」

 

一同は胸をキュンキュンとし、母性本能や父性本能を激しく擽られた気持ちになった瞬間であった。

 

「あ、ああ・・・・・あげる」

 

「・・・・・ありがとう」

 

「ガハッ!?」

 

秋十、至近距離で見てしまったラーズグリーズの心からの微笑みで崩れ落ちた。時を同じくして、隠し撮りをして観ていた束達にも深い影響を与え、床一面は血の海と化したがラーズグリーズの知る所ではなかった。

 

そしてどこで寝かせるのかまたしても言い争う姉妹。結局ラウラと居間でラーズグリーズを挟んで寝ることとなったが、千冬と添い寝する展開になった緊張と嬉しさで中々眠れなかったラウラであった。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

「ええっ!ラーズグリーズが一夏達の家に泊まったの!?」

 

待ち合わせ場所の篠ノ之神社で、着物姿にかんざしを挿したシャルロットが驚きの声を上げた。

 

「うむ。今まで接したことはなかったが、存外悪くなかったぞ」

 

「そ、そうなんだ・・・・・でも、大丈夫だったの?一誠と一緒だったんでしょ?」

 

二人が揃うと不安しかないがマドカはシャルロットの心情を読み取って問題なかったと言う。

 

「流石に姉さんの前で殺気立つことも殺そうとすることはなかった」

 

「そう、だよね・・・・・うん」

 

「あとは、そうだな・・・・・モフモフだった」

 

「モ、モフモフ?」

 

「おい、大事なところを言い忘れるな。兄さんの可愛さは世界一であることを」

 

可愛い・・・・・?ラウラとマドカの説明に混乱しかけた。ミイラのような身体のどこが可愛いのか、どの辺がモフモフなのかわからな過ぎて理解に苦しんだ。

 

「おーい、ふたりとも!」

 

着物姿のシャルロットとラウラとマドカに比べて、その場にやってきた普通の私服姿な一夏とバスケットを持ってる秋十、一誠と―――紅白の巫女服を着込んでる、狐耳と九本の尾を生やし両手でアップルパイをもって至極幸せそうに笑って食べている小さくなってるラーズグリーズがやってきた。

 

「ん―――?」

 

あの子誰だろう?と思ってしまうのは仕方がないだろう。初めて見る小さな子供な上にコスプレしているのかな?と食べている顔がとても愛らしくて見ていると胸が、母性本能がキュンキュンと刺激する。

 

「おお、似合っているじゃないか、振り袖姿!箒に着付けてもらったんだろ?」

 

「うん。箒って凄いよね。あっという間にこなしちゃった」

 

「ふふん、私ももっと褒めるがいい。足りないなどとは思わないぞ」

 

「これぐらい人に教える説明もこなせればよいものを」

 

シャルロットは箒の手際(てきわ)がいい着付けに褒めながら、ラウラはかわって堂々と、マドカは箒の技術の振り分けに嘆くと、それぞれ振り袖姿を披露した。豪華絢爛とはこのことか。他の参拝者も思わず二度見するほど、三人は注目を浴びていた。

 

「あれってもしかして、IS学園のシャルロットさんじゃない?」

 

「じゃあ、となりにいるのはラウラさんかなぁ。雑誌で見たのより二人ともかわいい~」

 

「もう一人の子、誰だろう?どこかで見た気がするけれど」

 

そんな周囲の反応をしってかしらずか、一夏は持参したカメラで三人をファインダーに収める。

 

「それじゃあ、新年最初の一枚、いっとくか」

 

「あ、ちょっと待って?その子は一体誰なの?」

 

シャルロットが小さなラーズグリーズに向かって尋ねる。彼女を除く全員はどうする?的な視線を飛ばし合い、マドカが徐にシャルロットの口を手で覆った。

 

「な、何マドカっ?」

 

「絶対に驚くだろう。それだけならいいが絶対に叫んで驚くだろうから口を押えている。いいか、静かに驚け」

 

口を寄せてシャルロットの耳元で声を殺して教える。案の定―――ではなく、まず先に驚きの声ではなく疑いの声が先に上がった。

 

「え・・・?え?何の冗談?というか、本当にあの・・・・・?」

 

「私が冗談を言うとでも?」

 

「だって、この子供がラーズグリーズ?どう見ても全然違うよ?」

 

まぁ、確かに見た目は子供で頭脳は大人的なアレだと一夏が変なことを考えているのを気付かない中、ラウラも話に加わる。

 

「信じられないのは無理もないか。取り敢えず、そういうことにしておこうマドカ。後で実際に見てもらえばいい」

 

「そうだな。その方が早いか」

 

この話は一旦終わりだ、とマドカはアップルパイを食べ終えたラーズグリーズを抱えた状態で一夏に撮影をしてもらいホクホク顔を浮かべる。何故かラウラもラーズグリーズと撮ろうとする。

 

「ラーズグリーズ、私とも撮ろうぞ」

 

「・・・・・」

 

ツーショットを一枚、ラウラも楽し気に微笑む姿で撮ってもらった。

 

「シャルロットも一緒に撮ってもらうといい」

 

「え、うん、いいけど?」

 

「・・・・・アップルパイ」

 

「はいよ、ラーズグリーズ」

 

え?とラーズグリーズと秋十の会話のやり取りに耳を疑い、参拝しに来てるはずなのにバスケットを持ってる秋十がそこからアップルパイを取り出して、手渡すと幸せそうに尻尾を緩慢的に揺らし、笑んだ表情で食べるラーズグリーズを見てまたキュンキュンと刺激される。

 

「ほら、シャルロット。今の内だ今の内」

 

「う、うん」

 

ラーズグリーズの後ろに立ってツーショットを収める。何故かこっちまでも幸せな気分となってしまう不思議な感覚、ラーズグリーズの頭を耳ごと触ると作りではなく本物の感触だったことに驚く。

 

「よーし、次は俺と―――」

 

「あ、あのー・・・・・ちょっといい?」

 

「えっと・・・・・?」

 

着物姿の大人の女性が、それも数人近づいてきて声を掛けて来た。

 

「俺達ですか?」

 

「う、うん。あのさ、その可愛い子供と一緒に撮らせてくれないかな?さっきから可愛いなーと思っていたんだけど、食べている時の瞬間を見て一緒に撮ってみたい!って気持ちになっちゃって」

 

期待してる顔で懇願している一人の女性を他所にアップルパイを食べてるラーズグリーズ姿に携帯を構えている他の女性達。もう既に撮っているんじゃないかと視線を送ってるが、どうやら彼女だけが生真面目に了承を得ようとして気付いていない様子だった。

 

「うんと・・・・・どうする?」

 

「まぁ、一枚だけなら?」

 

「だ、そうです」

 

「あ、ありがとうー!ほら、皆って何勝手に撮ってんの!無遠慮過ぎるでしょうが!」

 

「「「可愛すぎて我慢できなかったんだもん!」」」

 

「だったら私だけツーショットをしてもらうからね!あんた達はもう撮ったんだから十分でしょ」

 

えええー!とブーイングの声を上げる他の女性達。

 

「ラーズグリーズ。お姉さんのお願いを聞いてくれるか?一枚だけだから」

 

「・・・・・」

 

顔には出さないが、仕方がないなと風に女性の所に近づき上目遣いをしながら食べ続ける。

 

「はうっ・・・・・あの、ちょっと抱かせてね・・・・・?」

 

一夏にカメラモードの携帯を渡して、姿勢を低く折った膝の上にラーズグリーズを載せながら抱きしめる女性。ピコピコ、ユラユラと動く耳と女性の首や頬に触れる尻尾。それが刺激になったのか、くすぐったそうな声に艶が宿っていた。

 

「お、お願いしますっ・・・・・!」

 

「あ、はい・・・・・」

 

何か、色々といけないモノを撮っている気がしてならないので、早めに終わらせようと写真に収めた一夏。

 

「どうぞ、綺麗に撮りました」

 

「あ、ありがとう・・・・・うきゃー!可愛いー!」

 

「「「ズ、ズルイッ!わ、私もっ!」」」

 

お姉さん達の勢いに押し負けた一夏。ラーズグリーズに申し訳なさそうに謝って一緒に撮ってもらった。うきゃー!と黄色い声を上げて満足する女性達は、ラーズグリーズの頭や尻尾を記念にと触ってから離れて行った。

 

「・・・・・一人だけ」

 

「す、すまん・・・・・」

 

不機嫌そうに睨みつけられて素直に謝る一夏だったが、これだけで終わるはずがなかったのだ。ラーズグリーズの魅力はマドカの言葉通りを窺わせるように。

 

「あのすみません。その子と一緒に撮らせていただけますか?」

 

求めるラーズグリーズとの撮影。二度あれば三度もあるとことわざ通りに十組以上の参拝者と撮影を終えた時―――ラーズグリーズ、篠ノ之神社から脱走。

 

「・・・・・そうか、だから戻ってきたのか」

 

「・・・・・」

 

織斑家に戻ってきたラーズグリーズをしばし独占できた千冬は、始終笑みを浮かべた。余談であるが、ラーズグリーズと一緒に記念撮影をした人たちは後日、様々な形で幸福を手に入れたり迎えたりして、幸運な人生を過ごした。

 

 

―――†―――†―――†―――

 

 

新年の初詣を終えて、翌日。二日目も千冬と一夏達はリビングでくつろいでいた。

 

「んんっ。去年は事件続きだったからな、こうしてゆっくり休めれるのはありがたい」

 

「そうだね、千冬姉。そういえば、お雑煮は持ち何個入れる?」

 

「そうだなあ、ふたつでいいか」

 

「秋十達は?」

 

「俺もふたつ」

 

「ひとつでいい」

 

「ふたつで。ラーズグリーズは?」

 

「死ね」

 

辛らつな言葉で返すラーズグリーズは只今、一夏にモフられていた。特に耳がお気に入りなのか感嘆の息を漏らし目を輝かせて耳の感触を愉しんでいる。

 

「一夏、随分とラーズグリーズの耳に熱心だな」

 

「いや、動物自体も滅多に触らないしこの狐みたいな耳も狐を触っている感覚で楽しい。暖かくてスベスベなのにちょっとモフモフなのが堪らん」

 

「・・・・・」

 

「おい一夏。顔を見えていないだろうから教えるが、さっきから『どうにかしてくれないか』って顔で訴えてくるぞ。いい加減止めてやれ」

 

千冬の鶴の一声で少々名残惜しそうに耳から手を放すと、尻尾で全身を包み毛玉と化したラーズグリーズを素早く捕獲する千冬の手。鷲掴み膝の上に載せて抱えながら顔を尻尾に埋めた。それを羨まし気に見るマドカ。

 

「・・・・・姉さん、感想は」

 

「一家にラーズグリーズ一人、有りだ。良い匂いがする上に心地良い睡魔が襲ってくるぞ。仕事疲れで癒しを求めるOL達に好評だろうなこれは。尻尾の手触りを感じながら抱き枕にして寝ることも含めてだ」

 

「くっ・・・・・!尻尾の抱き枕は考えに至っていなかった・・・・・!」

 

「ふっ、まだまだだなマドカ」

 

姉妹の関係は良好なようで、とほくそ笑む一夏は台所に向かった。テレビでは、国賓の来日ニュースをやっている。

 

「東欧の小国、ルクーゼンブルグの第七王女(セブン・プリンセス)が来日、か。一誠どう思う?」

 

「国際的な理由で来ているなら気にしないでいいだろうけど、IS関連だったら学園に来るんじゃないかな。どうして来るのかは疑問に尽きるが」

 

千冬は一瞬鋭い視線を走らせる。それは束を含め数名しか知ることのない事実があった。東欧の小国ルクーゼンブルグ公国。その地下には巨大な洞窟が広がっている。そして、ISコアのもととなる、時結晶(タイム・クリスタル)がとれるのも、この国だけなのだ。

 

「(おそらく、束との裏取引で公式発表以上のISを保有しているのは間違いないな)」

 

そしてこのタイミングでの来日だ。何かあると思わない方がおかしい。

 

「(束のやつ、どういうつもりだ?)・・・・・ラーズグリーズ」

 

「・・・・・」

 

千冬の膝の上で尾を解いて身体を晒すラーズグリーズ。

 

「お前が政府に対する粛正は終わったかわからないが、束がこれからしようとしていることはあるか」

 

「・・・・・」

 

ニュースを一瞥して言う。

 

「・・・・・あれ(第七王女)とは関係ない」

 

「・・・・・偶然だと?」

 

「・・・・・あの国は小国・・・・・箔が得たいと思う」

 

政略的な何かが目的で日本に来日するんじゃないかとラーズグリーズの考えに、目の前の男性操縦者達に目を向ける。

 

「・・・・・十年前、行ったことがある」

 

「ルクーゼンブルグ公国にか。・・・・・まさかだと思うが顔も合わせたか」

 

「・・・・・した」

 

おそらく、織斑一誠が目的かもしれない第七王女に頭を抱える。

 

「・・・・・一誠、第七王女がお前に接触してくるかもしれない」

 

「えっ、何で?」

 

「ラーズグリーズが昔、ルクーゼンブルグ公国の王子と王女達と会ったことがある。その末っ子の第七王女ともな」

 

「―――――」

 

全てを悟った顔で一誠は肩を落として頭を垂らした。

 

「・・・・・ざまぁ」

 

「いやそれ、お前の原因だからな?」

 

「・・・・・顔、出してもいい」

 

「全力で止めてくれ」

 

ラーズグリーズが織斑一誠として表に出たら確実に国際問題が発展する。想像難くない未来に千冬は疲れたような表情で制する。

 

「頼む・・・・・第七王女とどんな会話をしたか教えてくれ」

 

「・・・・・殆んど束姉ぇ、俺は、何も喋ってない・・・・・向こうが覚えてたら嘘を言わず相槌すればいいだけ。」

 

「そ、そうか・・・・・それぐらいだったら何とか失礼のない言動はできるな」

 

「・・・・・第七王女と婚約をされたこと以外は」

 

「ちょっ―――!?」

 

突然のカミングアウトに一誠は絶句する―――が。

 

「・・・・・冗談」

 

「そういう冗談は止めてくれっ!?」

 

「できたぞー、はい、千冬姉」

 

「おう」

 

千冬からどいてまた毛玉の状態になってはコロコロと居間から出ると、インターホンが鳴った。玄関へと向かう。そうすると、そこには―――。

 

「あら、どちらさんでしょうか?」

 

「・・・・・どこかで見たことある顔のような」

 

振り袖姿のセシリアと鈴がいた。これもまた華々しいで、ラーズグリーズの後から出てきた一夏はおおっと声を上げた。

 

「誰に着付けてもらったんだ?しっかり着こなしているじゃないか」

 

「今は着物専門店で着付けしてくれるんですのよ」

 

「あたしは、まあ、自力で?」

 

うそつけ。

 

と、一夏とセシリアの視線が突き刺さり。

 

「・・・・・見栄っ張りなうそは、後で自分が恥かしい思いをする」

 

と、ラーズグリーズは口で物申す。ことの真相は、結局鈴も着付けまでしてくれる着物専門店でしてもらう。頭も結ってもらったのだった。

 

「ねぇ、一夏。このコスプレの子は誰よ。みょーに見知った顔の子供なんだけれど?さり気無く失礼なことを言うしさ」

 

お前も人に指を差して言うんじゃありません。と失礼なことに対して失礼なことで応じる鈴に内心呆れる一夏。

 

「・・・・・本当に自力・・・・・着付け?」

 

「・・・・・し、したわよ?」

 

どもった。

 

「・・・・・(ジー)」

 

「・・・・・」

 

「・・・・・(ジー)」

 

「・・・・・だぁーっ!もう、あたしも着付けてもらったわ、もらいました!見栄っ張りなうそを吐いて悪かったわね!?」

 

無言の追究の視線に耐え切れず半ギレで認める。

 

「・・・・・本当にな」

 

「一夏、コイツ、張り倒していい?」

 

「お止めなさい鈴さん。子供相手にムキになったり逆切れしかけて。見栄を張った者の末路ですわよそれは。ですけど、この子供はどちら様ですの?」

 

あー、と答え辛そうに漏らす。しかし、結局は知ることになるだろうから言っておくかと正体を明かす。

 

「ラーズグリーズだ」

 

「「・・・・・はい?」」

 

何を言っているんだコイツは?的な反応を示す二人。当の本人は背後から現れた千冬の手に掴まれ居間へ連れ戻された。一夏の詳細な説明により鈴とセシリアは嘘ではないことをようやく受け入れるが納得は出来ないでいる。

 

「ねぇ、何でアイツがここにいるのよ。てか、何あの姿どういうことなの!?」

 

「一夏さん、これは一体どういうことですの?」

 

「束さんが寄こしてくれたんだよ。俺達としばらく新年を過ごせって。で、あの体については俺達もまだ解っちゃいない。一先ず、中に入れよ」

 

一夏に招かれる二人。先に戻るラーズグリーズを見て鈴は不安要素を問い投げた。

 

「あのさ、一誠もいるんでしょ?大丈夫なわけ?」

 

「マドカよりも毛嫌いしてるけど、家の中が居心地悪くならないぐらいすっげー大人しくしてる」

 

「攻撃的な態度をしていないのね?何度も本気で殺しかかっていたのにさ」

 

「理由は判らないけど、もうしないなら心配することもなくなっていいじゃないさ」

 

そこで思い出したように言いだす。

 

「後で写真を撮ろうぜ」

 

その後、先に一夏とツーショットを取るか睨み合う二人の情緒に「「後でも先でも、撮ることは変わらないのにそれが判らないなんて頭の中はカビだらけなのか」」とラーズグリーズとマドカの呆れ交じりの言葉を頂戴する二分前だった。

 

 

一月三日。

 

 

「今日はおしるこにしようかな。千冬姉達はどうする?」

 

「ん?ん~・・・・・私は・・・・・」

 

昼間っからお酒を飲んでいる千冬は、こたつでいい感じにできあがっていた。

 

「寝る!」

 

ばたん、とこたつに入ったまま横に倒れて、千冬は寝息をたてはじめる。おまけに近くでアップルパイを夢中で食べてるラーズグリーズの尻尾を引っ張っては抱えてだ。

 

「・・・・・酒、臭い」

 

「頑張れ、としか言えない」

 

「・・・・・くぅ~ん・・・・・」

 

「そんな悲し気な声を出されてもだな・・・・・」

 

すると、ぴんぽーんと本日もまた来客を告げるインターホンが鳴った。はーい、と暇を持て余していた秋十が対応に買って出て玄関に出る。その間、一夏はおしるこを作っていると戻ってきた秋十が四人の来訪者を引きつれた。

 

「おや、あのブリュンヒルデが寝ているのサ」

 

「珍しい瞬間に巡れてラッキーね」

 

「一夏君、マドカちゃんと一誠君、おじゃましま~す♪」

 

「おじゃま、します・・・・・」

 

アリーシャ・ジョセスターフとナターシャ・ファイルス、更識楯無とその妹更識簪が着物に身を包んだ姿で入ってきた。横になって寝ている千冬が胸の中に抱えている子供の存在にもすぐ気づく。

 

「あれ、その子供は?」

 

「ラーズグリーズです」

 

「「「「・・・・・え?」」」」

 

ですよねー。と彼女達の反応に達観の気持ちで大まかな説明する。要領を得ずと言った感じであるが・・・・・。

 

「ラーズグリーズから生えているアレ、本物?」

 

「触り心地抜群です。尻尾を抱き枕にすると眠り心地もまたいいです」

 

「・・・・・豪語」

 

「へぇ、そこまで言うなら是非とも触ってみたいものだわ」

 

そう言って眠る千冬に近づく楯無。するっと一本の尾が呼応して伸びては尻尾の毛がモフッと膨れる。ラーズグリーズの配慮だろうか?と思いながら触り心地を堪能する。

 

「おおっ~・・・・・これはこれは堪らん感触だわ~。手や顔がどこまでも沈んで、良い匂いがするしあたたかぁ~い」

 

満面の笑みをこぼして尻尾に埋める顔でスリスリとする楯無。好奇心に疼くアリーシャ等も後に触り出す。

 

「ラーズグリーズ。貴方がここにいるのなら話しておくべきね。異世界から来た人達のあの後のことを」

 

「・・・・・必要ない・・・・・話したら、わかっているだろうな。じゃないと・・・・・」

 

「じゃないと?」と鸚鵡返しした楯無に対してラーズグリーズはこう言う。

 

「・・・・・どこかの誰かさんに対する隠し撮りのことをバラす」

 

「あはは、面白い事を言うわね?私が隠し撮りをしているだなんて―――」

 

「・・・・・篠ノ之束」

 

「あ、はい。すみませんでした。話さないからどうかその胸の中に仕舞ってくださいお願いします」

 

深々とその場で土下座をするほど、隠し通したかったが姉を見つめる妹の眼差しがちょっぴり厳しかったのを、一夏達は見てしまったのだった。

 

―――†―――†―――†―――

 

 

 

「今年もビシビシと指導するので各人、気を抜かないように!」

 

新年の挨拶も終わり、三学期が始まったIS学園の一組教室では、スーツをびしっと決めた千冬がそんなことを言っていた。いつぞやの飲兵衛はどこへやら、酒がきれれば正気である。

 

「ところで、本日から特別留学生としてルクーゼンブルク第七王女(セブン・プリンセス)殿下がお見えになる」

 

千冬のいきなりの言葉に、全員がざわっと声を上げた。

 

「あー、やっぱりかぁっ・・・・・!」

 

「何だってこんな時期に、イマージュ・オリジスと戦っている最中に来るのよ?」

 

「というか、ルクーゼンブルクって小国で公国だったよな?ISを保有しているなんて聞いたことが無いぞ」

 

「外国の王女様ですか。きっと素晴らしい方に違いないでしょうね」

 

騒ぎ出す一組一同。事前に情報を得た春百は緊張で仕方がないと顔を強張らせてた。

 

「静かに!王女殿下はまだ十四歳でいらっしゃる。各人、無礼のないよう心掛けよ。いいな!」

 

『十四歳っ!?(男性操縦者達の声)』

 

中学三年生、もしくは二年生の年齢じゃないかと王女の年齢に絶句する。

 

「おい、十四歳だったら同い年かそれ以下の乱以外の年下がいるだろう。忘れているのか」

 

呆れ混じりに現実を思い出させるマドカの一言は、異を唱える者や疑問を口にする数名が反応した。

 

「ちょっと、それって私達の事言ってないでしょうね?もう私達は大人よ大人(12歳)」

 

「うんうんそうだよ(12歳)」

 

「クーのこと・・・・・?(投稿者の設定で12歳)」

 

ファニール・コメットとオニール・コメットの態度に双子の方へマドカは見るや。

 

「・・・・・はっ、大人か(失笑)」

 

「「ムカッ!」」

 

嘲笑うマドカに怒る双子。

 

「―――おい」

 

「っ!」

 

 

ゴッ!!!

 

 

「それでは王女殿下、お入りください」

 

一名、机に突っ伏して気絶しているのを気にせず、恐れる生徒一同を意も介さず千冬がそういうと、スライドドアが開いて赤絨毯が転がってくる。その上を、黒服の男装メイド達を従えた少女が歩いてくる。彼女こそ、ルクーゼンブルク第七王女にして、国会代表候補生、アイリス・トワイライト・ルクーゼンブルクであった。

 

「織斑千冬、紹介ご苦労であった。まことに大儀である」

 

「はっ」

 

身長は鈴より小さく、胸もぺったんこ、年以上に幼い顔立ち、しかし釣り合いの取れた豪華なドレス。まさしく王女様という出で立ちだったが、その顔は傲岸不遜にして生意気、気の強さは鈴以上というのが一夏の感想だった。

 

ふと、王女がとある男子と目が合う。

 

「おぬし!」

 

びしっと―――一誠に指さす王女殿下。びくっと肩を揺らす一誠。思わず立ち上がってしまうほど、これから何を言われるのか想像するだけでも緊張してしまっていた。

 

「おぬし、織斑一誠じゃな」

 

「あ、ああ・・・そうです」

 

「ふむ、ならばわらわの事を覚えておるかの?」

 

尋ねる王女に一誠はコクコクと頷いた。

 

「勿論覚えているよ。久しぶりだね」

 

「うむ!お互い息災で何よりじゃの!こうして再会できてわらわら大変感無量じゃ。ゆえにおぬし等をわらわの召使にしてやろうぞ。どうじゃ、光栄であろう?」

 

ふふんと鼻高々に笑みを浮かべるアイリス。ふと、彼女の言葉に一誠は違和感を覚えた、

 

「おぬし等・・・・・?えっと、誰のこと・・・・・?」

 

「決まっておろう。織斑一誠の兄弟と妹である織斑一夏、織斑秋十、織斑一誠、織斑マドカ。おぬし等のことじゃ」

 

「そんなバカなっ!?」

 

「何でこっちまで!?」

 

「召使って、留学生の意味は!?ただの人材登用じゃないか!マドカ、お前も何かって気絶していたっけな!」

 

崩れ落ちる一誠と一夏と秋十。マドカ、未だ気絶中。

 

「ちょっとなによそれぇ!」

 

そして、納得のいかない一夏のヒロイン(鈴とセシリアのみ)。

 

「では、織斑達。王女殿下に失礼のないようにな」

 

知らんぷりの千冬。こうして波乱の新学期が幕を開けた。

 

 

「―――ふざけるなぁああああっ!?」

 

意識を取り戻したマドカが怒髪冠を衝く如く、怒り狂う。気絶している間に王女とはいえ赤の他人の召使をやらされる事実をあのマドカが受け入れる筈がなかった。職員室へ直行して千冬に直談判をした。

 

「ふざけるなよ姉さん!何故そんな人権を無視した横暴を許す!兄さんが一番毛嫌いすることだぞ!」

 

「王女殿下の意向だ。学園側が拒否できる相手ではない」

 

「何時からIS学園は他国の王族の権威に平伏すようになった。留学生だろうと学園に通うならば平等に生徒として扱うのが当たり前だろう。ましてや代表候補生ならばなおのことだ。大体この学園はISの操縦者育成のために設立された教育機関。そのためどこの国にも属さず、故にあらゆる外的権力の影響を受けない。その筈じゃなかったのか!」

 

「小国とはいえ王族だ。国際問題になれば大ごとになる事を解らんお前ではない」

 

「国際問題?はんっ、国際問題なんて可愛い方だ。それ以上の問題を日本が秘密裏にしていたことを姉さんだって忘れたわけではないだろう!」

 

その話を持ち出されたら千冬と言えど押し黙ってしまう。千冬もあの件に関しては許せない気持ちを抱いていた。人権を無視した、非道な実験と研究の被験者として苦痛を経験してきたもう一人の家族を思えば強く言えなくなる。

 

「貴族の娘や企業の娘を一人の教師として接していたあの最強が、王族に弱いとはな。情けない!あの王族のクソガキは愚兄共を気に入ったら国へ連れ帰ると言うだろうよ。姉さんはそれすら許すつもりか?だとしたら、私は心底から姉さんを軽蔑するぞ!」

 

踵を返して職員室から荒々しく出て行った。凄まじい剣幕で押し入ってきたマドカに職員室にいた職員達は、身体を縮みこませて嵐が過ぎ去ったことを確認すると、安堵で溜息を吐いた。千冬は、そんな彼女達に対して立ち上がって謝罪をした。

 

 

 

 

 

 

 

「おっとぉ~?これはこれは~・・・・・」

 

数枚の空中投影のディスプレイの目の前で同じく空中投影のキーボードを叩いていた束が、興味深い物を見つけたとばかり口にする。その傍にはクロエとラーズグリーズがいた。昼食の時間であることを呼びに来たのだ。

 

「どうしました束様」

 

「うんうん、あのねくーちゃん。さっきアメリカがね公式発表をしたんだよ。ISを始めて操縦した男の子をね」

 

「ラーズ様の恩恵でしょうか?あの研究にはアメリカ人の研究者もいました」

 

「大正解だよくーちゃん。ほら、今見つけたところだったんだー。京都の地下研究施設のような場所をさ」

 

「・・・・・」

 

束が見せつけるリアル映像。ラーズグリーズにとって地獄のような研究施設は海を越えた先にも存在していた。目に映る光景は悪夢を再現されていた。

 

「どうやららーくんのDNAは秘密裏に横流しをされていたようだね。これだから日本は馬鹿なんだよー。困っちゃうよねらーくん」

 

「・・・・・警戒が強い、猿の方が賢い」

 

「あはっ☆確かにそうだね!でさでさ、アメリカもらーくんを酷い事をした研究と実験に加担していたからさ、両成敗だよねこれ?」

 

妙に声色が色めいている束の意味深な問いにラーズグリーズは訊いた。

 

「・・・・・束姉、アメリカ・・・・・手に入れる?」

 

「おー!さっすがは世界で唯一私が愛する助手だよん!私の考えがお見通しなんて以心伝心、意思の疎通を越えた紛れもない愛だね!」

 

歓喜極まって抱き着く束の言動はまさにその通りだと示していた。

 

「うふふ、日本のお馬鹿たちの粛正も粗方終わったし、そろそろらーくんはアメリカの大統領も粛正するんじゃないかって思っているんだけど、らーくんの考えはどうなのかな?」

 

「・・・・・これを見て、黙っていられるほど大人しくない・・・・・手に入れるなら、束姉ぇの思い通りになる国、しよう」

 

「束様が幸せな毎日を過ごせる国ならば、その国もきっと強く素敵な国になるでしょう。ナンバーズの皆様も楽しい日々を送れるかと」

 

「二人共・・・・・私は大感激だよぉ~っ!」

 

賛同してくれた二人に、クロエもまとめて抱きしめ喜ぶ束。

 

「よーし、次のらーくんの粛正はアメリカ合衆国IN国盗り合戦だっ!頑張っていこーう!」

 

「・・・・・大国を相手・・・・・楽しみ」

 

「微力ながら、私も力になります」

 

 

 

 

 

―――アメリカ某所、地下施設。

 

 

一般市民には一生知られることはない特殊な研究や開発、実験を行う秘密の場所。そこでは日本で行われた同じクローン量産や人工的にISを操縦できる『男』のDNAの複製に日夜勤しんでいた。休憩中の専用喫煙室で片手にコーヒーを持ってたばこを喫煙する研究者達。

 

「やぁ、調子はどうだい」

 

「順調だ。政府も公式発表したそうじゃないか」

 

「日本に負けられないんだろう。その日本もラーズグリーズって者にこっ酷くやられて政府も関係者を除いて、どこかへ拉致されたそうだしな。未だ捕まってもないし政府もまだ全員発見されていないとか」

 

「しかも、研究施設を公にされたそうだな。ニュースで見たぞ。おっかねぇな。どうやって暴いたんだか」

 

「まぁ、ここは誰にも見つからない秘密の研究所だ。仮に探そうとしても、広いアメリカ大陸の中から特定することなんて到底無理さ」

 

とそんな彼の言葉がフラグを立てていたことをこの時、相席していた研究者達の誰一人気付かなかった。

 

次の瞬間。研究所全体が激しい揺れに襲われた。誰もが地震だと思われたがそうではなかった。揺れはすぐに治まったがまだ安心できる状況ではなかった。万全の武装をした警備の一人が喫煙室に入り研究者達に叫んだ。

 

「侵入者だ!今すぐ避難しろっ!」

 

「侵入者!?一体どうやってこの研究施設に!」

 

「判らないっ、とにかく急げ!」

 

避難を命じられて焦燥に駆られて脱出用の乗り物が用意されている場所へと走り出す。しかし、いざ辿り着いてみれば・・・・・。どうやって探し出せたのか脱出用の出口から大量のISが侵入してきて避難する研究者達に重火器を構えた。

 

「ISっ!?しかも、まだどこの国でも開発されていない無人機がこんなに!」

 

「こ、これでは逃げることも出来ないっ!どうすれば・・・・・っ」

 

後から駆け付けるように避難してきた研究者達も、敵ISに逃げ道を塞がれていることが混乱と絶望と共に伝播していった。

 

警備員達は侵入者を見つけるとすぐに射撃体勢に入って撃ち始めた。しかし、こちらも相手は無人機のISだった。無闇に命は奪わずとも一方的な蹂躙をしてどんどん研究所を占拠していく。その様子をモニターで見ていた監視者は軍に救援要請をした。しないよりは遥かにマシだが、それでもすぐに駆け付けて到着すまで時間はかかる。それでも要請した監視者は背後から現れた侵入者に意識を刈り取られた。

 

「こちらトーレだ。状況の報告をしろ」

 

『チンクだ。第三層の制圧は脱出路と共に完了した』

 

『ウェンディっス!ノーヴェと第四層を占拠したっスよー。対した抵抗はなかったっス』

 

『セインだよー。第七層の研究施設を見ているけど、研究者達がデータのバックアップと消去に忙しそうだよ』

 

『ディエチ、オットーと第五層にいた人達を確保した。居住区も』

 

『こちらディード。セッテと六層の脱出経路は制圧済み』

 

『スコールよ。同じく第七層の「工場」に侵入して今から制圧するわ。ラーズグリーズのクローンは傷つけない方がいいかしら?』

 

「証拠として残す。データのバックアップと消去している研究者共の確保も忘れるなよ」

 

間もなく制圧は何の障害もなく完了する。その報告を受けた束は・・・・・。

 

「おーそかそか。仕事が早いねジェイルの娘達は。それじゃあこの国の大統領とお話をしに行こうかな?」

 

真紅の巨龍の手の平の上でアメリカの上空を移動していた。真っ直ぐと目的地に真紅の龍が着くまでのんびりとクロエが淹れてくれた紅茶を飲む。

 

 

「大統領大変です!機密の研究所からの救援要請が送られてきました!何者かに襲撃を受けているそうです!」

 

「・・・・・クローン計画と織斑一誠のDNA生産を行っていたのが気付かれたか」

 

ホワイトハウス。大統領の執務室に駆け込む黒人の男性の報告に悟った目は真剣さが帯びていた。黒人も真摯な顔で報告を続ける。

 

「軍は既に動いていますが、あの研究所までは時間が掛かります。更には大量の無人機が攻め込まれており、辿り着いたとしても待ち構えているでしょう」

 

「篠ノ之束とラーズグリーズの仕業なのは間違いない。このままでは日本の二の舞になるか」

 

「今すぐ避難を大統領!おい、お前達!大統領を安全な場所へ送りするのだ!」

 

屈強な男達が部屋に入ってきて大統領をどこかへ連れて行こうとするその時だった。ホワイトハウス全体が激しい地震で揺れた。座り込んで姿勢を崩さない大統領とよろけて体勢を崩す黒人とボディーガード達。一体何事だと目を丸くしていた時、バキバキメキメキという悲鳴が音となって耳に入り天井が遠ざかって青い空が窺えた―――同時に巨大な化け物の身体が視界に映り込む。

 

「な、なっ・・・・・!?」

 

「・・・・・」

 

天上から上の部分は真紅の龍の手によってもぎ取られ、ホワイトハウスの横に置かれる。そして差し伸ばされる手の上には篠ノ之束その人が乗っていた。

 

「やぁー、アメリカンの大統領さんだよねー?」

 

「お初にお目にかかる篠ノ之束博士。イマージュ・オリジスを手懐けて現れたということは戦争の布告かね」

 

「ばっかだねー。くっだらない戦争なんか束さんがするわけないじゃん。面白くもないし。古い考えをするんだねお前って。今日はそんな古いお前にお願いをしに来たんだよ」

 

「お願いとは随分と我々が逆らえないモノを引き連れて来たな。脅しの間違いではないかね」

 

ジッと見下ろしてくる鋭い眼光を放つドラゴンの圧倒的な存在感は、その場にいるだけで凄まじい威圧感を感じて精神的に押し潰されそうになる。

 

「そう思うのはお前が弱いからだよね?それに今さ、織斑一誠のDNAでクローンや男の操縦者が現れた原因を、アメリカ全土に生放送しているんだよねー。これ、どういうことかわかるかなぁ?」

 

「・・・・・日本の二の舞にさせるためか」

 

「さぁ、同じことをしているから同じやり方をしているだけで、別にそれが目的じゃないんだよん」

 

 

―――アメリカ、もらっちゃおうかなって。

 

 


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