初戦
闇がほどけるように、意識が浮かび上がった。
上下の感覚がない。
手も、足も、身体そのものの重ささえ感じない。
それでも、自分がここにいることだけは分かった。
綾音「……え?」
声が出た。
けれど、口を動かした感覚がない。
綾音「なに、ここ……」
神様「目覚めたか。茨波綾音」
突然、声が響いた。
男とも女ともつかない。
近くから聞こえるわけでもない。
綾音「……誰ですか?」
神様「説明するならば、神とでも呼べばいい」
綾音「神……?」
間の抜けた声が出た。
綾音「いやいやいや……」
笑おうとして。
思い出した。
道路。
光。
大きな音。
そして、何かに身体を叩かれた感覚。
綾音「…………」
神様「ここはいわゆる、あの世だ」
綾音「……私」
言葉が喉につかえる。
綾音「死んだんですか」
神様「ああ。事故だった」
綾音「……そっか」
反射的にそう答えてから、少し遅れて怖くなった。
今日だった。
大学の卒業式。
まだ、これからだった。
就職して。
働いて。
家を出たり。
失敗したり。
そんなことを考えていたはずだった。
綾音「……卒業したばっかりだったのにな」
返事はなかった。
しばらくして、綾音は小さく息を吐いた。
綾音「それで……私、これからどうなるんですか?」
神様「転生してもらう」
綾音「……転生?」
顔を上げる。
綾音「本当にあるんですか、そういうの」
神様「あるから話している」
綾音「それは……そうですね」
納得していいのか分からない。
綾音「どこに転生するんです?」
神様「詳しくは言えん」
綾音「えぇ……」
思わず声が漏れた。
綾音「それ、かなり重要じゃないですか?」
神様「いずれ分かる」
綾音「説明不足がすごい……」
神様「二体目の敵を倒した時点で、補助を与える」
綾音「敵?」
嫌な単語が混ざった。
神様「身体能力の強化。銃器操作。ロボット工学の基礎知識」
綾音「待ってください」
神様「なんだ」
綾音「転生先、治安悪くないです?」
返事はない。
綾音「絶対悪いですよね?」
神様「それと、その眼鏡型端末も持っていけ」
綾音「話逸らした!」
目の前に眼鏡が浮かんだ。
綾音「……普通の人生じゃないんですね」
神様「普通かどうかは、お前が決めればいい」
綾音「そんなこと言われても……」
光が広がる。
綾音「あ、ちょっと! せめてもう少し説明――!」
世界が白く弾けた。
次に感じたのは、強烈な横Gだった。
綾音「うわっ!?」
身体がシートベルトへ押しつけられる。
タイヤが鳴く。
エンジン音。
綾音「え、車!?」
ミサト「大丈夫!?」
隣から女性の声。
綾音「だ、大丈夫です!」
何がどうなっているのか分からない。
道路がものすごい勢いで流れている。
綾音「……速っ」
ミサト「頭打ってない?」
綾音「たぶん……」
自分の頭を触る。
その手を見て、止まった。
綾音「…………」
細い。
自分の手じゃない。
綾音「え」
腕を見る。
制服。
脚。
全部、自分のものなのに自分ではない。
綾音「ちょっと待って」
ミサト「どうしたの?」
窓へ顔を向ける。
ガラスに少女が映っている。
綾音「…………誰!?」
ミサト「え?」
綾音「いや私ですけど! 私じゃない!」
ミサト「落ち着いて!」
綾音「これで落ち着ける人います!?」
車がコーナーへ飛び込む。
綾音「うわっ!」
ブレーキ。
車体が前へ沈む。
リアが少し流れた。
だが、運転席の女性は慌てない。
軽くステアリングを当てる。
そのままアクセル。
車は何事もなかったように立ち上がった。
綾音「……え」
一瞬だけ、混乱が止まった。
綾音「……運転うま」
ミサト「今そこ!?」
綾音「だって今滑りましたよね!?」
ミサト「ちょっとだけね」
綾音「ちょっとで済ませる動きじゃなかった気が……」
車内を見る。
古い。
でも、どこかで見覚えがある。
綾音「これ……アルピーヌ?」
ミサト「A310。知ってるの?」
綾音「父がこういう車好きで」
またリアが動く。
ミサトは自然に収めた。
綾音「……すご」
ミサト「そんなに?」
綾音「いや、私運転そんな詳しくないですけど、これは分かります」
ミサト「何が?」
綾音「絶対、普通に運転してる人じゃないです」
ミサト「失礼ね」
綾音「褒めてます!」
ミサト「ならいいけど」
そこでようやく。
綾音は自分の状況を思い出した。
綾音「あの」
ミサト「なに?」
綾音「私、茨波綾音っていいます」
ミサト「……うん?」
綾音「たぶん、さっき死にました」
ミサト「…………」
綾音「それで、なんか神様みたいなのに転生させられて」
ミサト「…………」
綾音「……信じないですよね」
ミサト「ちょっと整理させて」
綾音「私も整理したいです」
ミサト「あなたは碇レイ」
綾音「…………誰ですか?」
ミサト「そこからなのね……」
綾音「顔も知りません」
ミサト「私は葛城ミサト」
綾音「ミサトさん」
ミサト「そう」
綾音「よろしくお願いします」
ミサト「意外と順応早いわね」
綾音「いや、全然追いついてないです」
そのとき。
遠くで爆発音。
綾音「……っ!」
窓の外。
巨大な何かが動いている。
綾音「なに、あれ……」
ビルより大きい。
生き物なのか、兵器なのかも分からない。
綾音「ウルトラマンに出てきそう……」
ミサト「使徒よ」
綾音「使徒?」
ミサト「私たち人類の敵」
綾音「……人類の」
さっきまで少し軽かった表情が消えた。
綾音「じゃあ……今、戦争みたいな状態なんですか」
ミサト「似たようなものね」
綾音「それで私を迎えに来たってことは……」
途中まで言って。
嫌な予感がした。
綾音「……私、何か乗ります?」
ミサト「鋭いわね」
綾音「当たった……」
ミサトからパンフレットを渡される。
綾音「特務機関ネルフ……国連直属?」
ページをめくる。
綾音「こういうの本当にあるんだ……」
ミサト「あなたの世界にはなかった?」
綾音「少なくとも私が知ってる範囲には」
ふと、後ろを見る。
妙に大きなバッテリー。
綾音「……それ大丈夫なんですか?」
ミサト「何が?」
綾音「いや、そのバッテリー。固定方法とか」
ミサト「非常事態なの!」
綾音「あ、ですよね」
一拍。
綾音「……でも平時ならアウトですよね?」
ミサト「法学部?」
綾音「昨日まで」
ミサト「なるほどね……」
やがて、車ごと巨大なカートレインへ運ばれる。
地下へ。
さらに地下へ。
窓の外へ広がった光景に、綾音は言葉を失った。
巨大な空洞。
都市。
建造物。
綾音「……うわ」
窓へ顔を寄せる。
綾音「なにこれ……」
ミサト「ジオフロント」
綾音「地下都市……?」
ミサト「そう」
綾音「すご……」
しばらく眺める。
綾音「核爆弾で開いた穴に都市作ったみたい」
ミサト「褒めてる?」
綾音「めちゃくちゃ褒めてます」
ミサト「言い方よ」
ネルフ本部。
綾音は通路を歩きながら、あることに気づいた。
綾音「……ミサトさん」
ミサト「なに?」
綾音「ここ、さっき通りませんでした?」
ミサト「気のせいよ」
さらに数分。
綾音「ここも見ました」
ミサト「…………」
綾音「迷ってます?」
ミサト「迷ってない」
綾音「ずっと左に曲がってますけど」
ミサト「…………」
綾音「地図、あります?」
ミサト「あるわよ」
綾音「あるんだ……」
眼鏡型端末へ表示する。
綾音「この眼鏡、端末らしいので」
ミサト「それも神様から?」
綾音「はい」
ミサト「便利ね、転生者」
綾音「本人は全然便利じゃないです」
地図を見る。
綾音「あ、エレベーターこっちです」
ミサト「よろしく」
綾音「案内する側とされる側、逆じゃないですか?」
ミサト「細かいこと気にしない!」
綾音「気にしますよ」
歩きながら。
ふと、綾音は尋ねた。
綾音「今って何年ですか?」
ミサト「2015年」
綾音「……え?」
足が止まる。
綾音「何月何日です?」
ミサト「4月21日」
綾音「…………」
ミサト「どうしたの?」
綾音「私、2015年8月21日生まれです」
ミサト「……は?」
綾音「まだ生まれてない」
自分でも言っていて意味が分からない。
綾音「2036年4月1日に大学卒業して……その日に事故で」
ミサト「未来から来たってこと?」
綾音「たぶん……」
綾音は頭を抱えた。
綾音「転生だけでも意味分からないのに、時間まで戻ってる……」
エレベーターホール。
金髪の女性が待っていた。
リツコ「非常時に何をしているの、葛城一尉」
ミサト「ちょっと迷子」
綾音「ちょっとではなかったです」
ミサト「言わなくていいの!」
女性の目が綾音へ向く。
鋭い。
観察されている。
綾音は少し背筋を伸ばした。
ミサト「この子がサードチルドレン」
一瞬迷う。
ミサト「身体は碇レイ。でも本人は茨波綾音って名乗ってる」
リツコ「……どういう意味?」
綾音「私も知りたいです」
リツコ「赤木リツコ。技術部長よ」
綾音「茨波綾音です。よろしくお願いします」
リツコ「ずいぶん落ち着いているのね」
綾音「落ち着いて見えるだけです」
小さく笑う。
綾音「頭の中、かなりぐちゃぐちゃです」
格納庫。
シャッターが開く。
巨大な紫色の人型。
綾音「…………」
首が痛くなるほど見上げる。
綾音「でっか……」
リツコ「エヴァンゲリオン初号機」
綾音「これに?」
ミサト「乗ってもらうわ」
綾音「……本当にロボットなんですね」
リツコ「正確には違うけれど」
綾音「違うんですか?」
少し考える。
綾音「でも、この大きさなら二足歩行より車輪とかキャタピラの方が効率よさそう……」
リツコ「オリジナルが二足歩行なのよ」
綾音「オリジナル?」
返事はない。
上から声がした。
ゲンドウ「それに乗れ」
綾音「…………」
綾音はゲンドウを見る。
次に初号機。
そしてミサト。
綾音「私しか乗れないんですか?」
リツコ「今は、そう考えてもらっていいわ」
綾音「……乗らなかったら?」
少し怖かった。
答えを聞くのが。
ゲンドウ「別の手段を探す」
綾音「……そうですか」
少しだけ肩の力が抜ける。
それなら。
自分で決められる。
綾音「分かりました」
一歩前へ。
綾音「乗ります」
ミサト「いいの?」
綾音「怖いですけど」
初号機を見る。
綾音「ここまで来て、何もしないで帰るのも嫌なので」
少し考えてから。
綾音「あ、でも」
ミサト「なに?」
綾音「後でちゃんと説明してくださいね」
ミサト「何を?」
綾音「私が何をする立場なのかとか。危険手当とか。保険とか」
リツコ「そこ?」
綾音「法学部なので、気になるんです」
ゲンドウ「後で説明させる」
綾音「なら大丈夫です」
ミサト「大丈夫なのね……」
エントリープラグ。
ハッチが閉じる。
綾音「……狭い」
足元から液体が上がってくる。
綾音「え」
さらに上がる。
綾音「ちょっと待って」
リツコ「そのままでいいわ」
綾音「いや、これ口まで来ますよね!?」
リツコ「呼吸できる」
綾音「聞いてないです!」
液体が顎へ。
口。
鼻。
綾音「んっ――!」
反射的に息を止める。
苦しい。
仕方なく吸い込む。
身体が強く拒絶した。
綾音「――っ!」
しかし。
呼吸できた。
綾音「…………」
もう一度。
綾音「……本当にできる」
リツコ「LCLよ」
綾音「なんか……羊水みたい」
リツコ「近いわね」
綾音「やっぱり?」
機器が次々と起動する。
マヤ「シンクロ率上昇……」
数字が止まった。
マヤ「98.75%」
リツコ「……え?」
マヤ「98.75%です」
リツコ「そんなはず……」
綾音「高いんですか?」
ミサト「高いどころじゃないわ」
綾音「……神様、何したんだろ」
リツコ「神様?」
綾音「後で説明します」
綾音は操縦桿を握る。
初号機の身体が。
自分の身体のように感じられる。
綾音「……気持ち悪い」
指を動かす。
巨大な指も動く。
綾音「でも……分かる」
胸が速くなる。
怖い。
でも。
少しだけ。
面白いと思ってしまった。
ミサト「エヴァンゲリオン初号機、発進!」
急加速。
綾音「うわあああっ!?」
視界が一気に上へ引っ張られた。
そして。
次に目を開けた時。
白い天井。
消毒薬の匂い。
綾音「…………」
数秒。
瞬きをする。
綾音「病院……?」
身体を起こそうとして。
痛みに顔をしかめる。
綾音「いたた……」
少し考える。
綾音「……あれ?」
記憶が途中で切れている。
綾音「私、エヴァ乗って……」
天井を見る。
綾音「……そのあと、どうなったの?」