空の天使
墓地地区は、薄い雲に覆われた静かな区画だった。
白い墓標が規則正しく並び、風に揺れる草の音だけが響いている。
綾音はゲンドウの背中を見つめながら、この世界の空気を確かめるように息を吸った。
ゲンドウ「三年ぶりだな。もっとも、綾音にとっては初めてだが」
綾音「この体の……母親のお墓ですよね」
ゲンドウ「ああ」
ゲンドウは墓標に視線を落とし、わずかに沈黙した。
その沈黙が、言葉以上に重い。
ゲンドウ「人は想い出を忘れることで生きていける。だが、忘れてはいけないものもある。ユイは、それを私に教えてくれた。私は、その確認に来ている」
綾音「……写真とか、何もないんですか」
ゲンドウ「残ってはいない。墓も飾りだ。遺体はない。すべては心の中にある。今は、それでいい」
その割り切り方に、綾音の胸がざわつく。
理屈では理解できても、感情が追いつかない。
遠くで重低音が響き、VTOLが上空に現れた。
土埃が舞い、墓地の静寂を引き裂く。
ゲンドウ「時間だ。先に帰るぞ」
VTOLが離陸する。
綾音は墓を振り返り、唇を噛んだ。
綾音「ひどい……。亡くなった母親に、そんな仕打ちがあっていいわけない」
その怒りは、誰に向けたものなのか、自分でも分からなかった。
その後、ミサトの運転するルノーで帰宅する。
車内は妙に生活感があり、さっきまでの非日常が嘘のようだった。
綾音「ミサトさん。レイちゃん、うちに住まわせていい?」
ミサト「ええ。ただし、リツコと指令の許可が必要ね」
綾音「うん」
その直後、警報が街を裂いた。
ミサト「なんですって。イズモのデータに存在しない使徒?」
ミサト「タスク01を実行して」
マコト「いえ、タスク02を実行中です」
ミサト「……まさか」
空から弐号機がジェットパックで降下する。
同時に、巨大なボーガンが放たれ、使徒の中心を貫いた。
綾音「すごい……。コアを一撃で……」
ミサト「違う。デコイよ」
次々と放たれる矢。
使徒は足に矢を固定され、動きを封じられる。
そして、本物のコアが砕け散った。
輸送中の弐号機に、ケンスケたちも同行を許可された。
綾音「赤いんだ。弐号機」
アスカ「違うのはカラーリングだけじゃないわ」
綾音「そっか。三倍速いんだ」
アスカ「それは知らないわ」
アスカは胸を張り、誇らしげに語る。
アスカ「零号機と初号機は試作機。でもこの弐号機は違う。世界初の正式なエヴァンゲリオン。本物ってやつよ」
ミサト「紹介するわ。
ユーロ空軍のエース、敷波アスカ・ラングレー大尉。
エヴァ弐号機パイロットよ」
アスカ「久しぶりね、ミサト」
アスカはレイを見るなり、鼻で笑った。
アスカ「あれが、えこひいきで選ばれた零号機パイロット?」
アスカ「で、どれが七光りの初号機?」
綾音「私よ」
次の瞬間、アスカの足が伸びる。
柔道の払い技のような動き。
だが綾音は反射的に体勢を崩し、逆に拘束した。
アスカ「ギブ、ギブ。弱そうだったから、気合入れてやろうと思っただけよ」
トウジ「何様や、あいつ」
綾音「大尉って、結構偉い地位でしょ」
ケンスケ「しかも飛び級で大卒だしな」
その後、リョウジと駅で言葉を交わす。
リョウジ「ジオフロントのハブターミナルは、ここでいいのか」
綾音「ええ。行先の駅で乗り換えがあります」
リョウジ「二年で浦島太郎だな。ありがとう、お嬢ちゃん」
リョウジ「葛城は一緒じゃないのか」
綾音「関係者なんですか」
リョウジ「まあ、そんなところだ」
帰宅すると、部屋は段ボールの山だった。
綾音「ミサトさーん」
アスカ「失礼ね。私の荷物よ」
綾音「……そっか」
文句を言いながらも、三人で片づける。
夜はあっという間に過ぎていった。
数日後、国際環境機関法人日本海洋生態系保存研究機構を訪れる。
物騒な名前の滅菌処理室で、次々と消毒を受ける。
綾音「ごぼごぼ……」
レイは不安そうに見つめていた。
ようやく入室すると、そこは水族館のような光景だった。
綾音「きれい……。水族館みたい」
アスカ「何よ、それ」
昼食時。
綾音「レイちゃん、どうしたの」
レイ「お肉、食べないだけ」
綾音「LCLみたいだから?」
レイ「ええ」
綾音は微笑み、豆腐ハンバーグを勧める。
レイの表情が、ほんの少し柔らいだ。
その後、サハクィエル襲来。
ネルフ本部は一瞬で戦時体制に入る。
マヤ「本部への命中率、99.9999%です」
ミサト「D17発令。半径120km、全市民避難開始」
三機のエヴァが同時展開する。
空を裂き、初号機が最速で到達した。
綾音「ATフィールド、全開」
使徒が変形し、圧倒的な質量で迫る。
零号機と弐号機がコアを押さえる。
綾音「……ねえ、サハクィエル。死んで」
初号機が槍を引き抜き、コアへ突き立てる。
光が弾け、使徒は消滅した。
活動限界。
通信が入る。
ゲンドウ「よくやったな、綾音」
綾音「三人の成果です」
ゲンドウ「そうか。では、後処理は葛城に任せる」
通信は切れた。
静寂の中で、綾音は自分の鼓動だけを聞いていた。