独自解釈と独自設定って言葉、すごく便利
「はい、おはよう」
友人と交わすような気軽さで放たれた挨拶を皮切りに、茶髪に緑の瞳を持つ平凡な少年、
視界は黒から白へ。ただし、白紙のような真っ白ではなく、寧ろ澄み渡るほどの青空が彼の視界に映り込んできた。
(ーーーあれ、俺……?)
どうやら、ベッドのようなものに寝かされているらしい。弾力性はなく、ゴツゴツとした硬さだけが後頭部と背中から伝わってくるが、どういうわけか寝心地は悪くなかった。
夢心地な安心感がある、というか。
(俺、確か
今にも二度寝を決め込んでしまいそうな状態へとシフトしつつある意識を保ちながら、重い体をなんとか起こして状況確認を試みる。すると、すぐ近くに少女が立っていることを認識した。
「ごめんなさいね、ゆっくり眠っているところを起こしちゃって。でも仕方ないのよ。今はそんな、悠長なことは言ってられない状況でね」
「…………っ」
幼さを残した顔立ちに透き通った綺麗な青の瞳。黒のドレスを纏うスラリとした体躯と、ふわりと揺れる長髪から覗く長い耳が相まって、その姿はまさに『妖精』のよう。人間らしからぬ美貌を持つ少女に目を奪われるカズマだったが、何より惹かれたのは彼女の背後にあった。
翼。
彼女の背中から翼が伸びている。それも一般的に想像されるような羽毛でできた白いものではなく、所々から痛々しくケーブルのようなものが露出した機械仕掛けの翼だ。更には彼女の頭上にもボロボロの天使の輪っかのようなものが浮遊していた。
察するに天使…を模した精巧なロボットか。
あるいは本物の『そういう姿』の天使なのであれば、カズマにとって自分が今どの状況、状態に陥っているのかが
つまり。
(………ああ、そうか。俺、やっぱり死んだんだな…)
少女を視界から外し、辺りの風景を見てみれば、まさに天界のような景色があった。水平線の彼方まで広がるお花畑…は、流石になかったが、緑の木々に囲まれた大きな噴水の広場。そこが、カズマが寝かされていた場所だった。美しい景色の中に見え隠れする人工物のような柱が少し気になるが、恐らくは『そういう外観』の天界なのだろう、とカズマはとりあえず納得する。
ここは死後の世界。
であれば、目の前の少女こそが自分に死後の行く末を案内する天使、あるいは女神なのだろうとあたりをつけた。
「なによ、そんなにきょろきょろしちゃって。…まあ、あんたの事情を考慮すれば無理もないか。
「………その、無我夢中だったもんで…。自分でも思いきったことをしたなぁとは思います」
「まあ、そのおかげで魔王なんてご大層な存在を倒しちゃったわけだけど。やるじゃない」
少女に褒められ、照れくさくなって視線を外してしまう程度にはカズマにも可愛げがあったらしい。
それとは別に、少女の言葉にはカズマが抱いていた一抹の不安を解消する要素があった。
魔王の討伐。
それが無事に完遂されたことを補償するような彼女の言葉は、カズマにとって自分の死が無駄ではなかったことを証明しているのだ。
何せ、相手は魔王である。
最弱職の冒険者であったカズマとしては、
かつて、人助けの末に迎えた死が無駄であったと水の女神を
「…俺が魔王を倒した後、みんなはどうなったんですか?」
「…悪いけど、あたしはそこまで知りえていないわ。見ることができたのはあんたが死ぬ直前の記憶だけ。それ以外は何一つわからないわ」
「そうですか…」
仲間の安否まで確認できなかったのは残念だが、魔王を倒せたのならきっと無事だろう、とカズマは自分に言い聞かせる。
結果だけで言えば死んでしまったというのに、彼はどこか達観していた。無事やるべきことをやれたからだろうか。
なんだか達成感に満ち溢れてきたカズマは少女を見遣って、
「ところで、俺はこれからどうなるんですか? …とりあえず選択肢としては生まれ変わるか、天国に行くかの二択ですかね? 先に言っておきますけど、俺、天国なんて日向ぼっこするしかやることないらしい場所に行きたくないですよ? …そういえば、魔王を倒した暁にはどんな願いでも一つだけ叶えてくれるって話がありましたけど、あれってーーー」
「あーごめんごめん、ちゃんと言ってなかったわ。認識の齟齬があったというか、こればっかりは瞬時に把握しろなんて言うほうが無茶だものね」
「?」
少女の不思議な物言いにカズマを首を傾げた。その様子に少女はため息をつき、やれやれ、というような仕草をする。それからしっかりとカズマを見据えて、こう告げた。
「単刀直入に言って。ここは、あんたの知る世界じゃない」
パキンッ、と。
カズマは思わず声を失い、自分の世界が壊されるような衝撃を受けた。
物理的にでは無い。
精神的な、もっと深い部分へと。
「まず、あんたはここを『天界』…つまり死後の世界と認識したようだけど、それは間違い。『夢の世界』って称した方がいいかしら? 死後の世界とは似て非なる場所、それでいて紛れもなく現実に近い世界。だから、あんたも魂だけじゃなくて肉体とともにしっかり存在してる」
ビッ、と少女がカズマの体に指を指すと、カズマもそれに合わせて視線を下に落とす。
確かに肉体は健在だ。意識を集中させれば、生前と何ら変わらない感覚がある。肉体がない状態が具体的にどのような感覚なのかは不明だが、それにしたってあまりにも変わらなすぎるのだ。
死を何度も体験したことのあるカズマですら気付くほどに。
ようやく。
カズマは自分が置かれている状況がとてつもなく異質であることを理解した。魔王討伐という偉業を成し遂げた者は死後、通常とは違う扱いになるのかと先程まで思っていたが、それは違ったのだ。
ここは夢の世界。
つまり、佐藤和真は死んでいない。
間違いなく、体は魔王と共に吹き飛ばされたのにも関わらず、だ。
「どういうこと、だ…ですか……? 俺は確かに自分を含めた魔王とその周辺の全てを跡形もなく消し飛ばしたはずだ。
「おまけにあんな強烈な魔法が放たれたのは地下奥深くの狭い空間。世界最大のダンジョン、その最下層…かしら? 万が一、奇跡的に助かったとしても崩れた地盤であっという間に引き潰されてお陀仏よ」
「ならッ! ………なら、俺がこうして肉体を持って生きてるのはおかしいじゃないですか。魔王は倒されたんですよね? 俺を気遣って嘘をついてるわけじゃないんですよね?」
「嘘をつくメリットなんてあたしにはないわよ。あんたは間違いなく魔王を倒した英雄、あるいは勇者。それは保証するわ」
けどね、と続けて、
「あんたは生き長らえてしまった。肉体を失い、本来のルートである死後の世界への道を外れて、この『異世界』へと辿り着いた。ふらふらと砂漠を彷徨う旅人のように、ね。それと、そう畏まらなくていいわよ。あたし、別に神さまじゃないし」
意識が遠のいていく感覚すら覚えた。黒幕を倒し、いざエンディングを迎えるかと思いきやまさかの『
もはや、ついてないとしか言いようがなかった。カズマの幸運値のステータスは平均値をかなり上回っていたはずだが、そんなの絶対嘘だろと宣いたくなる。
「これはあくまでもあたしの推測なんだけどね。魂と肉体っていうのは互いに強い相互関係にあるのよ。いわば太陽と月、陽と陰みたいに。そして互いを結びつけている糸のような力が精神、ってところかしら」
両手の人差し指を立てて、少女は魂と肉体の関係図を簡潔に表す。
「じゃあ、どちらか一方が失った場合、残された片方はどうなると思う? 魂は宛もなくさ迷うのか、肉体は動かないただの人形と化すのか。…答えは簡単、互いを結んでいた精神という力が、失った一方を引き寄せるのよ」
ピトッ、と指と指をくっつけた。それこそ、磁石のS極とN極が引き合うように。
「あんたは元の世界で魔王と共に死滅、肉体は吹き飛び、文字通り魂だけの存在になった。現世に留まる術を失ったあんたは本能に従って死後の世界へ目指すでしょうね。
魂は肉体を求めていた。自身が収まるべき器となる肉体を。生物としての生と死のサイクルが本能的に機能する結果なのか、これが輪廻転生と呼ばれる概念たる所以なのかはカズマにはわからない。
しかし、転生には以前の記憶を失うということをカズマは知っている。それは最初に死んでしまった時…『あの世界』へ異世界転生を果たす前に告げられた死後の案内には、こんな選択肢があったのだ。
記憶を消し、全く別の人物として生まれ変わって新たな生を歩むか。
…もしも、記憶を消すという工程が魂と元の肉体を結びつけていた精神をキレイさっぱり洗い流すための作業だとしたら。
死に絶え、肉体との繋がりを保てなくなった精神が、それでも別の場所に再接続できる『生前と違わぬ肉体』を見つけてしまったのなら。
「まさか…」
「そう。この世界には正真正銘あんたの体が存在してしまった。『中身』のない、けれど何の不具合もなく機能する綺麗な肉体が。結果、どうなるかなんて検討つくでしょう?」
佐藤和真の魂は磁石のように新たな肉体に引っ張られてしまい、本来ならば有り得ない形で異世界転生を果たしてしまった。
魂と肉体、そして精神。
これら三つの要素がもたらした事実はカズマに絶望にも似た感情を植え付ける。
言ってしまえば。
どうしてこうなった?
「…本当に、そんなことが起こり得るんですか? 普通に考えたらありえない話じゃないですか」
「でもこうして現実に起こってる、ここは夢の世界だけど。あんたがここの存在している、その事実は変わらないわ」
「だとしたら、魂は? この体の持ち主はどうなったんですか?」
「…うーん、そのあたりの説明が少し難しいのよね。詳しく説明してあげたいのは山々だけど、生憎と今はもう時間がない。手っ取り早く、こちらの事情だけ把握してもらうわ」
少女がこほんと軽く咳払いだけ行う。
そして、胸を撫で下ろすようにしてから、
「あたしは…まあ、『アメス』とでも名乗っておくわね。最近はもっぱら、そう呼ばれてるから」
アメスと名乗る少女の背面、機械仕掛けの翼の一部が歯車のように回転した。ギチギチと嫌な音を立てるが、故障でもしているのだろうか。
「『この世界』はね、ある一人の黒幕によって支配されているのよ。大いなる嘘で世界を覆い尽くし、みんなの認識をズラして支配している黒幕が。あんたの世界でいう魔王みたいな存在ね」
「認識をズラす…? 催眠術みたいなもんですか?」
「まあ、概ねその通り。『この世界』の違和感に気付かないよう策を講じたってところかしら。歴史、社会制度、情勢、異様に豊富な武具や魔法、そして自分の出自…どれも少し考えれば違和感しかないのに、誰もその事に気付かない。気付いても、思考をまるごと別の対象へと切り替えられてしまうのよ。なんの突拍子もない、納得のいく都合のいい理屈を並べてね」
「…なんだか複雑な話になってきたんですけど」
「別に、この話の全てを理解しろなんて言わないわよ。
動きはないが、アメスの演技染みた物言いにに既視感を覚えるカズマ。前の異世界転生の時にも似たようなことを言われたなと思い出していた。
思い出した上で、嫌な予感がカズマの中で迸る。
そうとは知らないアメスは祈るようなポーズでこう言った。
「あんたにはさ、この世界を救ってほしいのよ」
つまり、黒幕を倒せ、と。
まるで女神から託宣を受けた本物の勇者になったような気分だった。…いや、元々カズマは女神から魔王を倒すよう命じられはしていたのだが。
正直なところ、ふざけるなと声を大にして言いたかったのだろう、カズマは何やら葛藤するように表情を歪ませていく。
世界を救う。
確かに魔王を倒したカズマであるが、その実態はおとぎ話やヒーローの物語と違って抗いに抗い続けてようやく得た泥だらけの勝利なのだ。世界を救ったとはいえ、彼は依然として最弱職のままである。
「…いやいや、無理ですって。魔王は倒しましたけど、俺所詮は一般人に毛が生えた程度のステータスしかないんですよ? そんなやつが世界をまるごと支配しているようなやつに勝てると思います?」
「そりゃあ、正攻法じゃ無理でしょうね。
「じゃあ…」
でも、とアメスは呟いてから、
「あんたは世界を救ってみせたのでしょう?」
そう言って、ふわっと浮かべたアメスの微笑みに、カズマは思わずドキッとしてしまう。
いつか、憧れであり大切な友人でもある『幸運の女神』を前にした時のような。
「………ズルいなぁ。神様ってほんとズルい」
「ズルくない。それにあたし、神様じゃないって言ったでしょ?」
詭弁なのか、彼女が纏うオーラは女神そのものように思える。そのせいなのかは知らないが、不思議とカズマはアメスの頼みを拒めないような感覚を抱いた。
別に世界平和を願って見ず知らずの赤の他人のために命をかけれるほどカズマはお人好しではない。
他人より自分。
人間誰もが抱く当たり前の優先順位だ。
それでも。
困っている人がいたらなんだかんだ見過ごせないのが佐藤和真なのである。
「それに、あんたが元の世界に戻るにはどのみち黒幕を倒すしかない。瞬間移動、あるいは空間跳躍系の魔法は使用できないように黒幕が厳重なロックをかけてる。あいつにとって恐らくそれが一番厄介だと判断したからでしょうね。だから、元の世界へ戻るための方法はあっても、それを使う手段は既に失われているわ」
それを聞いて、カズマはため息をついた。
例え元の世界に帰りたいと泣き喚いたとしても、魔王退治に行かされるのは決定事項だったわけだ。
魔王を倒してすぐに別の魔王を倒さなくてはいけないなんて、ハードスケジュールにもほどがある。せめて、魔王を倒したことへの報酬があったのなら救いものなのだが、恐らくそれは見込めないだろう。
本当にここが別の世界…異世界であるのなら、アメスはカズマに特別な報酬や特典を与える義理はないのだから。
アメスはベッドの上で座ったままのカズマの腕を引っ張って、
「ほらほら、早く準備なさい。呑気に話合ってる余裕なんかもうないんだから」
「ちょ……っ、そんなに切羽詰まった状況なんですか!?」
「言ったでしょ、時間はないって。夢は…いつまでも見てられないから」
瞬間、幾重にも重なった魔法陣が扉のように展開される。恐らくはそれが、夢から現実へと向かうための門。
「ちょっ…ま、せめてサポートは!?」
「悪いけど、あたし、見ての通りボロボロにぶっ壊れててさ。自己修復が完了するまで現実には関われないのよ」
「丸投げするつもりかよ!?」
「大丈夫。あたしの代理として、『ガイド役』を一人派遣してるから。あんたを導く水先案内人ね。詳しいことはそっちに聞いて」
アメスはニコッ、と笑ってカズマを門へと押し出して行く。本当に、神様というのはどの世界でも無茶苦茶だと思いながらも、カズマは既に抵抗する力は抜いていた。抗ったところで状況が覆るわけでもないからだ。
そして、アメスはカズマをこんな言葉で見送る。
「それじゃあ、二度目の魔王退治…」
目指す先は遥か高みに鎮座する巨大な悪。
それに対抗するための、彼女が知るヒーローはどこかへ行ってしまったけれど。
見ず知らずの異界の勇者に希望を託すように。
「いってみよう!」
肉体やら何やらの事情は後々説明が出てきます