そう言えば、聞きたいことがあったのを思い出す。
歩きながらエキドナに話しかける。
「なぁエキドナ」
「なんだい?」
「お前、俺と契約を結んだが理由はなんだ?
本来なら俺と契約するつもりはなかっただろ」
「……………それも、未来を見る力かい?」
「ま、そうだな。その知識からの考察だ。
お前は〝死に戻る者〟を知っていた。
元々はそいつと契約を結ぶつもりだった」
俺の言葉にエキドナは軽く苦笑を溢す。
顔は合わせない。
「なんで俺と契約を結んでくれたんだ?」
「なんでだろうね。
それは───寂しかったからかな」
「…………墓所の魔女たちには?」
「ワタシの本体はあそこだ。
君と精霊の契約を介して、現界している
間だけ精神をこちらに移しているのさ。
彼女らとのお喋りも出来ているから便利だね」
「なら寂しくはないだろ?」
「違うよ。
寂しかったのは───君さ」
虚をつかれ、俺は目を丸くする。
俺が、寂しかった───?
「そうだ。見ていられなかったからね。
何かは知らないけど────
誰かを助けたいようだったから」
「………………まぁ、目的は達成されたがな」
「なら良かった」
──────あぁ、そうだったな。
彼女も、助けるために奮闘していたのだった。
いつの間にか、墓場についていた。
座り、手を合わせて黙祷。
「……………」
「……………」
沈黙が続く。
やがて黙祷は終わり、目を開ける。
「…………これから言うのは、
ただの独り言だと思って聞き流してくれ」
「………………」
エキドナが語り出す。
───女がいた。
女には力があったが、
それを人々を庇護するために振るった。
だが女は気づく。
独りでは限度があると。
手の届かないものがあると。
女は力不足を呪った。
危機が見える。だが足りない。
何もかもが足りなかった。
願うことは不相応な程に遠く。
力は願いに届くことはなく。
知識は道を示すことはない。
過程など、どうでもよかった。
どれだけ傷つこうと、失おうと、
諦めるわけにはいかなかった。
この犠牲の積み上げられた道を、
振り返り、戻ることは、もうできなかった。
「…………哀れなものだね」
「そうか?」
「─────は?」
どこが哀れなのか。
俺は足元の小枝を拾い上げ、草の上に寝転がる。
空は雲一つない晴天、小枝で影を作る。
「確かに、女は犠牲は仕方ないと切り捨てた」
「…………」
「だけどそれが、どれだけ
苦しいものか分かってた筈だ」
「…………だけど、失われたものは戻ってこない」
「それを許容することが、って話だ。
どれだけ悩んだ?どれだけ考えた?
俺は知らないけど、それこそ死ぬほどだろ」
「…………犠牲なんてワタシも出したくなかったさ。
全てを救いたかった。だけど全てが足りない。
それを欲すること、それこそがワタシの───」
「…………」
つくづく、思う。何が大罪、何が罪か。
サテラを含めた彼女らは、誰もが被害者だ。
人の罪───七つの大罪。
誰かを、全てを救おうとして、何が〝強欲〟。
誰にも罪を責められる理由はない。
「人の罪は七つに分けられる。
傲慢、嫉妬、怠惰、憤怒、暴食、色欲、強欲」
「────」
「強欲、ってのは一番の欲望に関するものだ。
人は欲に弱いし、目が眩んだら
他のことは疎かになる」
「何を………」
「だけどさ、お前らはその逆なんだよ。
一見、全員がそれを体現したみたいだけど
本質的には全員が逆なんだ。
テュフォンとかな。どこが傲慢なんだあれ」
まぁ謙虚ってわけでもないけど、と後付けし、
俺は小枝を親指でへし折る。
「だってお前は自分の力を驕ってなんかいない。
寧ろその力で皆を救おうとしたんだろ?
それのどこが〝強欲〟なんだ。
俺はな、エキドナを否定するつもりはない。
俺が否定してるのは〝強欲の魔女〟だ」
「……………まるで、
ワタシの人生を知ってるみたいだ」
「詳細までは知らん。
それ聞くと嫌がりそうだから聞かねぇ」
「ありがたいね。
あまり話したくはないし」
エキドナがどんな顔をしてるのか
なんて知らないし、興味もない。
だけど。
「1人で出来ることなんて限界がある。
お前が一番知ってることだろ?
抱え込むなよ、辛くなったら言え」
「……………じゃあ、抱き締めてくれるかい?」
「………………………誰にも言うなよ、刺されたくない」
エキドナをそっと包む。
小さな嗚咽が、聞こえた。