今回、政彦の家庭事情が少しわかります。
1
「ところで、常彦君は元気かな ?」
ジェニファーが茶菓子の用意に出ていった後、ローレンス教授が話を再開する。
その朗(ほが)らかな口調から、ローレンス教授がいかに父、常彦と親しくしているのが判る。
だから政彦も、何のてらいもなく
質問に答える。
「元気ですよ。
20歳の愛人と宜しく、やってて最近は夜のために精をつけるためか、油っこいものを良く食べてますね」
「ほう〜20歳の愛人と
まぁ、彼は44歳と男盛りだからね。
55のワシとは違うか」
スケベそうな笑みを浮かべ
「いや〜羨ましい、羨ましい」と言ってローレンス教授は頷く。
そんなローレンス教授の態度を政彦は冷めた目で見ている。
「だが、奥さんに見つかったら大変だろう。
常彦君は姉さん女房だったろう。
確か気の強い女性だったのう」
楽しそうに笑いながら、ローレンス教授は足を組む。
「2歳上の姉さん女房です。
ご心配なく、母にも愛人がいますから」
世間話をしているような、軽い口調で政彦は衝撃の事実を告げる。
「それはご心配なくと、言わんのでは
ないのかね」
ローレンス教授が顔を若干(じゃっかん)ひきつらせる。
顔をひきつらせてる、ローレンス教授と違い、政彦は涼しい顔で続ける。
「母も父も俺が物心ついた時から、
愛人がいた」
政彦はつまらなそうな顔をしている。
(これは……常彦君も大変じゃのう)
自分の父と母が、幼い頃から不倫を繰り返している事実を知っていながら、まるで何事もないように、話す
政彦を憐れむような、眼差しでローレンス教授は見る。
(愛を理解できぬ子供か)
ローレンス教授は一月前に、掛かってきた、政彦の父常彦の電話での会話を思い出した。
2
『ご無沙汰してます、ジェラルドさん。
突然で申し訳ないのですが、私の息子をお願いできませんか?』
ジェラルド・ローレンスが、日本にいる友人、太田常彦からこんなぶしつけな願いを受けたのは、一月前の2617年の8月初旬の頃だった。
「本当に突然だね。
常彦君いったいどうしたのかね」
他の者なら、無礼なと不快になるところだが、この友人がこういう電話をしてくるのは、今に始まった事ではない。
18年前のバグズニ号計画で、知り合ってよりの長い付き合いだ。
(しかし、息子とはな。
夫婦喧嘩の仲裁に、入らされた事は何度もあるが)
ジェラルドの記憶が正しければ、その仲裁回数は7回に及ぶ。
そのすべての起こった理由は常彦の浮気である。
3回目までは、妻も相談に乗ってくれていたが、4回目以降は、『もうたくさんです』と言われそれからは一人で
仲裁を続けている。
非常な苦労だが、女好きで極めて女癖が悪い事以外は、常彦はとても優秀な研究者で仕事熱心で、家族も大事にする。
義理人情に熱い、得難い友人なのだ。
「それでどういう事なんだね ?」
ローレンス教授は常彦に話を促(うなが)す。
『実は……』
促された、常彦は込み入った事情を話す。
自分の息子がMo手術を、受けたいと思っていること。
だが日本では彼に適合するベースが
無かった事、それで本人は他国でなら
日本にはないベースがあるかも知れなくて、それが合うかも知れないと思っていること。
それでドイツまたは、ローマかアメリカと言ったので、常彦はアメリカを進めた事。
だからアメリカに来る息子の事を頼むと言うのが、話の内容だ。
「つまりワシに、君の息子にMo手術を施してくれと言うわけじゃな」
『はい。ジェラルドさんなら
安心して倅を任せられます』
電話越しに常彦はきっぱりと言う。
『君も解ってるとは思うが、
Mo手術の成功確率は36%。
死ぬ確率の方が高い、この成功確率の
壁は、私の腕でも超える事は出来ないよ。
最悪私は君を息子さんの死体と、引き合わせるかも知れないよ」
ローレンス教授は、脅すような、感じで、常彦に言う。
覚悟は出来ているのかと。
『……倅の意志は強い。
あいつは政彦は火星に行きテラフォーミング計画を成功させない限り、人類に未来はないと言ってます。
Mo手術に失敗するなら自分はそこまでの存在だと……悟ってます」
「君はそれで良いのかね ?」
ローレンス教授は、子の覚悟の次に
親の気持ちを聞く。
『あいつも、22もう大人です。
それにあれは母親に似て頑固なので言っても無駄でしょう」
(母でなく、父ではないのかね ?)
ローレンス教授は心の中でそう突っ込んだが、あくまで心の中だけで、口には出さない。
『了解した。
必ず成功させるなどと、軽々しい事は言えんが、このジェラルド・ローレンス全身全霊で、息子政彦君の力になろう」
ローレンス教授は胸を一回叩いて、力強く答える。
『ありがとうございます』
友は一言、精一杯の気持ちを伝えると、電話を切った。
3
(Mo手術を施してやってほしいと言う願いは、ベースが見つかる事を願うしかあるまい。
いくらワシでも適合ベースがないとどうにもならんからな)
目の前に座る政彦をローレンス教授は
見ながら、考える。
(鍛え抜かれた体に、鋭い雰囲気
それにどう表現してよいのか、
わからんが、妙な凄みを感じるのう)
ローレンス教授は、両手を台がわりにして、その上に顎を置く。
エヴァンゲリオンに出てくる、碇げんどうのようにと言ったらわかりやすいか。
(ところで、ジェニーはまだ来んのか
喉を潤した方が、会話が弾むと言うのに)
ローレンス教授は、目の前に座り、父と母に子供の頃から愛人がいたと言ってから、沈黙を続ける、政彦を観察しながら、娘の到着を、今か今かと待つのだった。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
(^_^)