1
「なぁなぁ。 あの真面目人間が、どういう風の吹き回しだ」
隣を歩く橋爪に野川が、すり寄り、声を潜めながら、話しかける。
「さぁな。 でも緒方と太田は親友同士なんだろ?
緒方が行くなら、俺もって事じゃないの」
多分と最後に付け加え、橋爪が野川の問いに答える。
有り得ない話ではない。
現に緒方と太田は親友同士なのだ。
クラスの中いや、学年で太田が下の名前で呼ぶのは、緒方だけだ。
「なるほどな、そういや臨時収入があったとか、言ってたな。
俺たちも奢ってもらうか?
なぁ良いだろう太田」
先を行く、政彦に野川が、背後から
声を上げて、ちゃっかりおねだりする。
「何故? 野川と、橋爪の分も奢らないといけないんだ」
振り向かず、政彦がきっぱりと断る。
「良いじゃんケチケチすんなよ。
臨時収入あるんだろ」
早足で、政彦の横に並んだ、野川が
肘で、政彦の脇腹を突っつきながら、
再度頼む。
「俺のクーポン券使ったら、安く済むからさ」
人懐っこい笑みを浮かべる、野川。
なっいいだろうと、言ってくる。
「政、1人だけ奢って貰うのは、気まずいのだが……懐は暖かいから、別に奢ってくれなくても」
しつこく政彦に迫る野川に、見かねた緒方が、嫌そうに手を上げながら、会話に加わる。
1人だけ奢って貰うから、波風が立つのだ。
だったら奢って貰わなければ良いと緒方は思う。
「いや恒、俺が奢りたいのだ。
所詮親父殿から貰った泡銭(あぶくぜに)。
惜しくはない」
緒方の方を見ながら、政彦が大丈夫だとばかりに笑みを浮かべる。
「野川に橋爪。
好きなモノを選んでくれ
遠慮は要らないぞ」
またしても、急に言った事を180度変えた政彦のらしくない行動に、野川と橋爪の2人はあんぐりと口を開けた。
2
「なぁ緒方、太田の奴本当に、どうしたんだ? 」
前を歩いてる政彦の後ろ姿を見ながら、野川が緒方に聞く。
声に反応した緒方は、野川の方に振り向く。
「どうしたとは? 」
「どうしたも何も太田の様子が、おかしいだろ。
授業さぼったり、奢ってくれたりって
あいつらしくないだろ? 」
野川が、緒方を見ながら首を傾げる。
「確かに」
橋爪も右に同じと野川にならう。
「恐らくだが……俺に気を遣っているのだろう」
「気を遣ってる? 」
野川が、不思議そうな顔で、言葉を返す。
「気を遣う? あのひたすら我が道を行く天上天下唯我独尊男が」
橋爪が驚きの声を上げる。
橋爪と野川が、意外に思うのも無理はなかった。
政彦は、同年齢とはとても思えない少年だ。
下手な軍人も裸足で逃げ出すような、威圧感と雰囲気を常に纏っており、中学2年の現在ボクシングの公式戦で負け知らずと言う、偉業もなしている。
スポーツや勉強にでなく、武に力を注いでる北辰中学校、屈指の存在なのだ。
ボクシング部の顧問の先生は、高校生の時2冠をして、その後プロで日本チャンピオンになった人なのだが、
スパーリングでは政彦にかなわない。
またその負け知らずと言うのは、世界大会も含めてというのだから、さらに拍車(はくしゃ)がかかってる。
勉学も学年で、十位以内に入り、素行も悪くない。
難点は、変わった性格をしてるという事ぐらいだ。
例(ボクシングで世界チャンピオンになるのも夢でないのに、将来の夢は宇宙飛行士とか)
「緒方は、太田のやつに何かされたのか? 」
野川が、前を歩く政彦の背中をこそこそ、何度も見ながら緒方に問う。
そんな野川の問いに緒方が、少し間を置いてから答える。
「政は何もしてない……ただ弟たちがな」
やっと緒方が答えたが、言葉を濁(にご)されているので、野川には何の事かさっぱりわからない。
「何だそれ? 意味わからねぇよ。
緒方言いにくい事なのか?
だったら無理に聞かねぇけど」
そう言って、野川は譲歩したが、その顔は未練があり教えてくれと言っている。
また小声で「気になるじゃねぇか」
とも言ってる。
全く譲歩してない、従兄弟の行動に橋爪がのる。
「なぁ緒方そこまで言ったなら、気にしないで済ますのは、無理だぞ」
橋爪が気になって仕方ないと付け足すと、野川が渡りに船とばかりに、そうだ、そうだと言ってくる。
ついには、緒方の周りを野川が、ぐるぐる周りながら、気になる、気になると言い出す始末。
あまりにも子供過ぎる態度を取る、従兄弟に一瞬ひいた橋爪だが、自分が煽った以上、今さら止める訳にもいかず、様子を見るしか手はない。
「教えてくれても、良いだろうケチンボ、ドケチの緒方」
緒方が、押し黙り何も喋らないのを、良いことに野川が調子ぱずれな、歌声でケーチ、ケーチ、を連発している。
歌うのに夢中になってるので、緒方の拳が強く握られ、こめかみがピクピク動いているのに、野川は気づかない。
「おい! もうその辺で」
まずいと思った橋爪が、背後から口を塞(ふさ)ごうとするが、沈黙を守ってた緒方が口を開く方が早い。
「わかった!! 話す。
ただしオフレコで頼むぞ」
執拗な野川の追求に観念したのだろう。
緒方が、話すことを決意する。
「先に忠告しておく、これは俺の家族や俺や政の弟たちの名誉やプライバシーに関わる」
そこで一旦話を区切った、緒方が獲物を狙うハンターのような、鋭い目で橋爪と野川を見回す。
「だから、2人には守秘義務がある。
もし誰かに話たりしたら」
橋爪と野川の顔を覗きこみながら、緒方が釘を差す。
「俺は、木刀でお前たちの頭をかち割らないで、済ませられる自信がない」
肉食獣のような笑みを浮かべた、緒方が、政彦が気を遣う事になった、事を話しだした。
橋爪と野川は、緒方が本気だと気づいて、一瞬聞かないで、済まそうと思ったが、怖いもの見たさの好奇心もあり、そのまま聴く事にするのだった。
4
「あいつら、何突っ立ってるんだ」
一向についてこない、3人を見た政彦は、やれやれと頭を掻きながら、3人の元に戻るのだった。
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