色んな意味で嵐が吹き荒れた今日もようやく更けて、私は泥のようにぐっすりと安眠していた。
――あ、待って……そんなにがっつかなくてもいいのよ。
「う~~~ん…………」
なのになんだかうるさくて、いやな目覚め。
「……まだ月が出てるじゃないの」
夜明け前、どころか、まだまだ全然月の光が眩しい。
どう見ても深夜の時間帯だった。
「……またか」
こんな大迷惑なことも、実は今に始まったことではなかった。
「ツェルプストーが、また男を連れ込んでるのね……!」
原因は言わずもがな。
件の隣部屋に住む"キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー"だ。
二つ名は「微熱」。ゲルマニアからの留学生でクラスメイト。
「っっったくあの女はぁ……!」
ツェルプストーとヴァリエールの領地は国境を隔てて隣接しており、その関係で先祖代々様々な因縁がある。……主に恋愛関係で。
とはいえ、親同士が勝手ににらみ合うだけで私とキュルケに特にそういった因縁があるわけでもなかった。……でもそれは初対面までの話。
あの日、初めて教室で顔を合わせた日から、私たちは互いに互いをこう思ったのだ。
『なんか、顔が生意気でムカつく』
それ以来、顔を突き合わせては憎まれ口が飛び交うようになっていた。
それだけ。本当にそれだけの関係なのに。
部屋が隣同士ってだけでこんないらない迷惑をかけられて……
ホンっっト嫌な女だわ……。
――ちょ、なにすんのよ!
「やるならせめて静かにや――あら?」
――るせぇ!!神妙にしろ!!
…………待って。
「この声……!!」
床で寝そべっているはずの、使い魔を見る。
「……いない」
……まさか。
「
いや、十分あり得ることだった。
あの男狂いのキュルケが、顔だけは一丁前に整っている私の使い魔に手を出さないはずがない。
そしてキュルケの毒牙に晒された
「まずい!!」
あれだけ強力な使い魔たちを従える
よくて五体満足。悪くて――
「ハァ……ハァ……!!」
どんなに嫌いな相手でも、こんな形で死んでほしくはなかった。
「早まっちゃダメ、
自分の物とは思えない力で、隣室のドアを蹴破る。
そして――
「必殺のぉ~~~~
「だだだだだだだだだだ!!」
目に入ったのは、
「………………なにやってんの?」
「
「ちょ、ホントにシャレにならアァアアアアアアアアアアアアア!!??」
「うるさいからその辺にしときなさいよ」
「ほい」
死に掛けの鶏のようなキュルケの声があまりにもあまりだから、仕方なく解放を提案する。
不承不承という顔で、
「!?……―――~~~っ!!」
「どんだけ痛いのよ」
「だっっ!!……~~~~~っぁ!??」
「ぶはははははははは!!!バカみてーだなぁ!」
「悪魔かあんたは」
馬鹿笑いする使い魔を窘め、今も痛みでうずくまるキュルケを確認する。
「~~~っ……なんでこんなことに……」
いや絶対アンタの自業自得でしょ。
「……で、何があったわけ?」
「襲われた」
「襲われた!!」
「一人ずつ説明して!!」
同時に声を上げた両者を目で制し、あんたから話せと
「まずはそう。この建物を探検しようと」
「はいストップ」
しょっぱなから聞き捨てならない発言を聞いてしまった。
「ねぇ?」
「なんすか?」
「あんた私の許可なく、勝手に一人で出歩いてたワケ?」
「おう……え、禁止されてたっけ?」
「立場を弁えなさいよーー!!」
「あぼんっ!?」
小気味のいい音が鳴る。
本当に……こいつは!!
「なんだよ立場って!!」
「あんた今日どれだけエラいことしでかしてきたか自覚あるの!?変な連中があんたを攫おうと罠を仕掛けてるかもしれないじゃないの!!危機感が足らなすぎるわ!!」
「はー!んなもん《リングリボー》がいればどーってことないもんねー!!」
「……今の自分の状況見ても同じこと言えるの?」
隣のキュルケを見る
「今日はたまたま引っかかっちゃっただけだし……」
「あんたもう絶対一人での夜間行動禁止!!」
「やだーー!!」
「やだじゃないわよ!!あんたのためなの!!」
「やーーん!」
「ダメ!ダメったらダメ!!」
「(親子みたいな会話ね……)」
「!!……いけないいけない話が逸れてたわ」
いやいや言う
なんで私ってこんなに怒りっぽいのかしら……。
……エレオノール姉さまの性分が自分の中にも息づいてるのかと思うと寒気がするわね。
「……で、そこでなんでこのキュルケの部屋に来ちゃったわけ?」
「ここの外の廊下をブラブラしてたらデカいトカゲを見つけてよ。捕まえようと追っかけてたらここに着いたんだよ」
「トカゲ?」
キュルケの部屋を見回すと、それらしき動物がキュルケの膝元にいた。
「この子は……確かキュルケが使い魔として召喚したサラマンダーの……」
「『フレイム』よ」
主人に名を呼ばれたサラマンダー……フレイムは、誇らしそうに口から火を吹く。
「どう、チャーミングでしょう?」
「ふーん……『フレイム』ねぇ……」
「……なによ、なんか文句でもあるの?」
「別にぃ」
「……?」
別にキュルケの使い魔なんてどうでもいいけど……また
理由はわからないけど、時々ふとした拍子にこういう眼をして顔を伏せるのだ。
「はぁ……眠いし、後は明日にして帰るわよ」
「……ういっす」
「…………キュルケっつったか」
「なに?」
「
「……なんですって?」
「ほっといてくれっつったんだよ!!」
それからは何も言わず、
「あ、ちょっと!」
大きな音がした。怒った
……キュルケのため息が聞こえた。
「あんたも帰れば?」
「ねぇ、あいつに何言ったのよ」
「はぁ?」
「何か怒らせること言ったんでしょ。じゃなきゃあそこまで突き放すようなこと言わないわよ」
「なんでそんな……あんたの経験談?」
「そ、そんなことないわ!一般論よ!」
「……相変わらずウソが下手ね。はぁーあ、つまんない夜になっちゃったわぁ。……邪魔だから早く出て行きなさいよ」
「うっさいわね。まだ用は済んでないわよ。ほら、心当たりあるんじゃないの?言いなさいよ」
キュルケの憎たらしい口をこれ以上聞きたくはないけど、あいつが怒った理由はどうしても知りたかった。
そんな思いで見つめていると、キュルケも観念したのか白状した。
「そんな大したこと……まぁ、『ルイズなんかに召喚されて、知らない世界に一人ぼっちで寂しそうだから私が慰めてあげる』……って言っただけよ」
…………うーん。
「他には?」
「特に何も。ほとんどあいつが喋ってたし。元いた世界じゃ月がどーたら星がどーたら。……私の気も知らないで」
そう言って際どすぎる面積のランジェリー越しに胸を揺らすキュルケ。
不愉快この上ない姿だった。
「はん、ざまぁないわね。あんたのこと女として見てないってことでしょ!」
「主従揃ってムカつくわねあんたたち……もう出ていって!!」
「はいはい」
もう大した話も聞けそうにないし、とっとと帰りましょ。
まったくとんだ夜になったわ。
「……あら、寝てる」
癇癪を振り撒いてるのかと思えば、まるで石像のように、
「……そういえば、私こいつ自身のこと、全然知らないのよね」
何に笑って喜ぶのか、何に怒って哀しむのか。
「特に……何に哀しむのか」
今一番知りたかったのは、それ。
「キュルケの部屋出てくときも、今も……なんでそんなに哀しそうなのよ」
こつん、と。
「…………明日じゃなくてもいいから、絶対教えなさいよね」
その鼻は、石像のように堅かった。