『あの……すみません、失礼ですが人違いでございます』
『申し遅れました。私はアンリエッタ・ド・トリステイン。このトリステイン王国の王女でございます』
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「もし……!!もし……!!大丈夫ですか!?」
あぁ、なんということでしょう!!
使い魔の品評会の準備に魔法学院へ向かう道すがら、人気のない茂みで花を摘んだ帰り道。
お倒れになっている女性とその方を介抱する男性を見かけ、放っておけずお声掛けしたところ。
女性の方は大事無かったのに、今度は男性の方がお倒れになってしまいました……!!
「(お、王女!?……や、やばいのね!逃げるのねーー!!)」
「あ、もし、お待ちくださーーい!!」
あぁ……お連れの方は全速力で走り去ってしまいました……詳しい事情をお聞きしたいのに!!
「……致し方ありませんね」
男性を仰向けにし、そっと杖をかざします。
そして先ほどのように気付けの魔法をこの男性にかけます。
……立場上多くの人間を待たせている身、長い時間をここで過ごすことは許されません。
ですが、王女である前に私は一人の人間。
目の前で倒れた人を見過ごすことはできません!
「どう、して……?」
――しかし。
私の魔法は、一切その効果を認められませんでした。
「なんで……さっきはできたのに……!!」
他の覚えている限りの治癒系魔法を行使する。
「…………だめ……なの?」
結果は同じだった。
「まさか……そんなはず!!」
首筋、手首……『命』を感じることができるあらゆる部位に触れ、確かめる。
「………………冷……た、い」
認められない。
いやだ、そんなことは。
「……ごめんなさい!!」
最後に、心臓の位置に耳を当て、拍動があることを願い……目を閉じる。
「なに……これ……」
聞こえた。
『命』があることを確証する拍動が。
――しかし。
「こんな音……今まで聞いたこと……」
どくん、どくんと、不安な日にベッドの中で響くような心臓の音は聞こえない。
代わりに聞こえるのは……うぅん、うぅんと、洞穴の奥から聞こえるような弱った獣の唸り声のような音。
それが、一拍のズレもなく一定の間隔で聞こえてくるのでした。
「………………」
舌下に溜っていたつばを飲み。
目を閉じ、横たわる男性の顔を覗きます。
ウェールズ様程とはいかないまでも、まるで精霊の祝福を得たかのように、整った顔立ちをされています。
『…………アクア?』
倒れる前に見せた最後の顔は……まるで
そんな情景が浮かぶようでした。
もし、この情景が真実であったのならば……
「先ほどの私の言葉は……なんて残酷だったでしょう……」
王女という立場を守るためとはいえ、ただ傷つけるだけの真実をこの方に放ってしまった。
この方の肉体は、間違いなく人間のモノではないでしょう。
だからこそ、告げられた言葉の痛みが、彼の目を覚まさせないのかもしれません。
「……この方は……いったい……」
「――アンリエッタ様!!!」
茂みの奥から、聞きなれた声がこだまする。
「アニエス!」
現れたのは、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン。
少し前に、私がその類まれな身体能力と忠誠心を見込んでトリステイン銃士隊隊長に任命した元平民の女性で、『メイジ殺し』の異名でトリステインのメイジに恐れぬ者なしと言わしめた、卓越した銃と剣の達人でもあります。
「護衛もつけずにこんな森で!何のために我ら銃士隊がいるとお思いですか!!いつまでもお戻りにならないからどうしたのかと皆……その者は?」
「ちょうどよかった!この方を馬車まで運んでちょうだい!」
「な、何をおっしゃられる!!このような不可解極まる者を!!」
「こんな場所で放っておけないわ」
「……お言葉ですが、今の姫様は警戒心に欠けております。ただの行き倒れというには、その者の風貌、あまりにも平民のそれとはかけ離れております。どこぞ知らぬ異国の間諜かもしれません。危険です、早くお下がりください!!」
そんな彼女は、王女である私にも必要以上に遜ることなく諫言してくれます。
いつもながら感謝に堪えません。
「確かに……この方は信ずるに足る者ではないのでしょう。」
「ですから――」
「しかし、それはこの方を見殺しにする理由にはなりません」
でも今回ばかりは引くわけにはいきません。
だって、私はこの方の生きようとしている意志を信じているから。
「姫様!!」
「アニエスの言う通り……いえそれ以上に。もしかしたらこの方は、いずれ私たちに大きな災いを齎すやもしれません。……ですがそのような事態になったとしてもその時にどうにかすればいい話です」
「ご自分のおっしゃられている言葉の意味を理解しているのですか!?」
「わかっています!えぇ、もちろん!!私はなんと無責任な王女でしょう!!」
「……ならば、なぜ」
決まっています。
「この方の命の鼓動はまだ止まっていないからです」
たとえそれが……人間の音とは違っても。
「その命が……姫様の、我らの国を滅ぼそうとしてもですか?」
「目の前の命を平気で見捨てる人間の治める国など!!滅ぶべくして滅ぶだけです!!」
私は、見捨てたくない。
この目で、手で、耳で感じたこの命を、見捨てたくはない。
王女として。
ただの、人間として。
「―――――――。」
何を思ったのか、視線を下げるアニエス。
「この方についての責任はすべて私が背負います。……責任を取るのが、王族の一番の仕事でしょう?」
「…………それだけの覚悟がお有りなら、もう何も言う事はありません」
「ありがとう!アニエス!!」
「(淑やかに見えて、どうしてこうたまにお転婆が過ぎてしまうのか……全く、放っておけん王女様だ)」
「うぅ……なんてできたおヒメ様だ……!オレは今、モーレツに感動している!!」
「ふっ、そうだな…………ん?」
「あら?」
どこかで聞いたような声が、下の方から聞こえてきました。
「こっちこっち」
「こっちってど……」
声のしたのは。
「ここだよーん」
「えぇえぇえ!?」
なんと、さっきまで話題にしていたあの人の左腕の……く、黒い小人さん!!??
「何者だ貴様ァー!!!!」
「わーーーー!!!!待ってよして怒んないで剣が怖いよぉお!!」
「おぉおおおをお落ち着いてアニエス!!」
「姫様こそ落ち着いてください!!」
「はいぃ!」
あまりに突飛な事態にひっくり返っていた声を戻すよう。何回も深呼吸しました。
「あー、えーーと……おヒメ様?」
屈んで小人さんをよくよく見ると、男性の左腕の何か、前腕部だけを覆うガントレットのようななんとも面妖な物体の頂点の部分から上半身だけ出しているようでした。
気になることが本当に目白押しですが……まずは
「お名前を聞いてもよろしいですか?」
「オレ様の名は
「
「むふふ、だろぉ~~~!!」
そんな私の感想が嬉しかったのか、
「まぁ……なんて可愛らしい……」
「おい貴様!!」
「はう!?」
「このお方をどなたと心得る!!このトリステイン王国が王女、アンリエッタ・ド・トリステイン姫殿下に在らせられるぞ!!人でないとしても最低限の礼節を弁えよ!!」
「……そういうあんたは誰ですのよ」
「トリステイン王国銃士隊隊長、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランだ。……イラつかせなければ、呼び方はなんでもいい」
「ほーん、隊長さんね……デクリオンとかケントゥリオンとか、そういうあれか?」
「シュヴァリエだと言ったはずだ」
「よくわかんねーや。『隊長さん』でいい?」
「『さん』はいらん」
「ウィっす!隊長!!」
「…………フン」
と、いけないいけない!!
ついつい見惚れちゃいましたが、早く
「アニエス、今はとにかくこの方を運びましょう!!」
「はい」
「あ、ちょ、ちょっと待ってくれ!!」
「すみません
「それオレ!!運ぼうとしてんのそれ……オレの抜け殻!!」
………………え?
「貴様何を戯けたことを!!」
「マジマジ!あーえっとヒメ様……言いそびれてたけど、オレさっきぶっ倒れたこいつの中身っス」
……なんですって??????
「………???????」
「混乱させて悪いっす!!……んー多分なんスけど、まずオレ最初ヒメ様のことアクア、俺の昔の知り合いだと勘違いしてたでしょ」
「は、はい……それを私、何の気なしにこの国の王女だと訂正して……」
「……それで、オレ超ショック受けちゃって」
「ごめんなさい……」
「いやいやいやいやヒメ様なんも悪くないっスから!!」
「当然だ!!」
「ハイソーデスネ!!……んでんで、まーーそれが原因なんかなーー……突然ソルティス、この抜け殻を動かせなくなっちゃったんスよね。なんでかはわかんないっスけど」
「不思議ですね……」
「いやホント。だからまぁあれっス。治療とかそういうのなくて大丈夫っス」
「……!」
よかった……!!
「で、どうすっかなーと外の状況とかなんもわかんない中この抜け殻の中で途方に暮れてたら……なんか突然すごい力?湧いてきたんス!!」
「力?」
「そっス。みるみるうちに意識がハッキリしてきたっていうか……『元気』になったんス!!」
「!!」
それって……もしかして、私が掛け続けた治癒系魔法の効力……
「で、頑張ってこの腕のデュエルディスクまで移動して……そしたらこの姿に戻れたんス!!」
「……本当に、本当によかったですね!!
「へへへへ!!」
「……アイ、結局お前はなんという種族だ。さっきからどうにもわからない」
「あー……オレはAI、まぁ新種の動物だとでも思っててくれ」
「エーアイ……」
聞いたことのない種族……これだけ人間と会話が成り立つとなると、どこかのおとぎ話にでも出てきそうですが。
「なぜ人間の皮を被っていた?……まさかとは思うが」
「あ、そこは大丈夫。これナマの人間のパーツとか一切使ってないほとんど機械とシリコン……珪素化合物……水晶でできてるから!!」
「「水晶!?!?!?!?!?」」
「そこで驚くの!?」
な、なんという……水晶を使ってここまで人間に似せたものを作れるなんて……とんでもない技術を持った職人がいるものですね。
「にわかには信じられん……どこで手に入れたんだこんなもの……」
「こことは違う世界の、日本って国」
「『二ホン』?」
「おう。オレは元々そこにいたんだけど……まぁいろいろあって……ついこの間こっちの世界に使い魔として召喚されちゃってさ」
「使い魔ぁ!?」
「な……!」
見知らぬ世界に一人?で喚ばれて即使い魔にされてしまうだなんて……
「お前それは……苦労してるんじゃないか?」
「いやーまぁ確かに最初はどうなることかと思ったけどさぁ……うん。でもオレを召喚したご主人タマがすげぇいい奴でさ!意外と楽しいんだよな!へへへ!」
あれ、とすると……
「
「……あ、やッッべ!!そうじゃん!!」
ご自分の今の状況を思い出したのか、
「あ、あの!もしかしたらですけど……あなたのご主人はトリステイン魔法学院の生徒さんではありませんか?」
「うお!なんでわかったの?」
どうやら当たりのようです。
「この辺りで最近使い魔を召喚したメイジがいるとしたら、彼らくらいですから」
「あー」
「なんて緊張感のない……」
「へへ、こういう性分なもんで」
「……お前よりお前の主人の方が苦労してそうだな」
「そうだな」
「断言しちゃうんですね……」
「はぁ……まぁいい。お前の主人の名前は?」
「ルイズだ」
「ルイズ!!??」
「うわびっくりした!!」
「あなたの主人の名は、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールですか!?」
「あ、そうそう!!確かフルネームはそんな感じで……」
「姫様、その者を知っておられるのですか」
「知ってるも何も!!」
この数年間、どんなに会いたいと思っても会えなかった……
「私のたった一人の幼馴染です!!!」
もし運命というものがあるとしたら、
私にとっても、ルイズにとっても。
たとえ―――いつか本当に、災いを呼ぶとしても。