―――私には好きな人がいる。子供の頃からずっと一緒。どこに行くにも何を着るのも一緒だからか見た目は全く似ていないのに「姉妹みたいね」とよく言われた。子供の頃はそれがたまらなく嬉しかった。けれど今は…少し物足りなく感じる。姉妹みたいでは足りないと感じてしまう。もっともっと深い関係、愛人…恋人…家族…夫婦…。そこまで考えて頭を振るう。私が好きなのは女の子。ずっと昔から一緒にいて、ずっと一緒にいたいと思う女の子。麻麻マリ(あさま まり)…。でもそれは叶わないと思う。私は芥阿子(あくた あこ)、彼女と同じ女の子。ここでは同性の人たちは結婚することができない。それが少し、いや大分…恨めしく思う。
「お待たせ阿子!一緒に帰ろう!」
透き通った活発な印象の声が耳に響く。時刻は十六時もう下校時間だ。顔を上げれば何度見ても見飽きることのないマリの顔が手を差し伸べているのが見えた。私は「うん」といい、彼女の手を取り立ち上がる。マリが私の手を握り私もそれを握り返す。私とは違う長くてきれいな指。背も私より高く、整った貌から奇麗以外の印象は見られない。それに対し私はどうだろう、彼女より小さな手、平均よりも背が小さいから幼いといった印象しかないだろう。そのせいで未だにマリと一緒に歩くと「姉妹」と言われてしまう。それが嫌だと思う自分がどこかにいる。
「ねぇ、今日は久しぶりに私の家に来ない?」
マリとの帰宅途中にそんなことを言われた。たしかにもう三日も家に行っていないと思った私は「うん」とすぐに返事をした。昔は何度もマリの家に行った。勿論その逆も。小学の時も中学の時も毎日互いの家に通い合った。けれど高校になってからこのように長くいけない期間ができるようになってしまった。それがひどくもどかしく感じる。もっとマリと触れ合いたい。マリを感じたい。マリに見てほしい。あぁ…こんなことを考えているとマリに気づかれてしまったらどうなってしまうのだろうか。嫌われるのだろうか?いやだなぁ…受け入れてくれるのだろうか?どうだろう…分からない…今はそんなことよりもマリとの時間を大切にしよう。そう思い、私は久しぶりにマリの家の門をくぐる。
そこからの時間はとても楽しいものであった。今日はマリのお父さんとお母さんは帰りが遅いそうだ。だから遠慮なくマリと触れ合える。だけれど時間がもう遅い。もっと長く触れ合っていたいがそれはできない。「こんな時間だしもう帰るね」私はそう言って座っていたベッドから降りようとする。すると後ろから手が廻され抱きしめられてしまう。そのまま抱きかかえる形で私は拘束されてしまう。どうしたのだろうと困惑してしまう。
「今日、迎えに行くの遅かったでしょ?それね…男子から告白されたからなの」
時間が止まったような気がした。それは気のせいじゃない、間違いなく私たちの時間はこの時この瞬間止まってしまった。故に私の思考は停止する。今彼女は何と言った?告白された?男子に?誰に?思考がまとまらない。頭の中がぐるぐるしてどろどろに溶けていく。何故?マリが綺麗だから?それは否定しない間違いない。どうにも思考がまとまらない。何を言えばいいのだろう?何をすればいいのだろうか?そんな事ばかり考えてマリの腕の中でいたずらに時間が過ぎていくのを感じる。
「その告白ね…断ったの。…私他に好きな人がいるからって」
彼女の続いた言葉で私の思考はさらにずれる。告白は断った…そのセリフでとても安心したが続いたセリフが私の頭蓋を揺らす。好きな人?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?誰?だれ?だれ?だれ?ダレ?ダレダレダレダレ………
「私ね阿子のことが好きなの。私よりずっとずっと小さい背が好き。私の手よりも小くてかわいらしい手が好き。阿子の全部が好き。でもね?阿子のことが好きな人がいるって最近聞いたの…それが嫌…阿子は私だけのものであってほしい…阿子に私だけを見てほしい…阿子には私だけを愛してほしいの…」
時間が動く。秒針が動く。分針が動く。時針が動く。彼女は言った。私のことが好きだと、彼女は嘘をつかない。例えつくとしても私に嘘は決してつかない。だからこれは嘘じゃない。嬉しい。たまらなく嬉しい。私もマリだけを見ていたい。マリも私だけを見ほしい。私もマリだけのものになりたい。マリも私だけのものになってほしい。でもそれは叶わない。今のこの世でそれはとても難しい。時間がいる。長い時間がいる。それまで我慢できるだろうか?無理だ無理だとてもじゃ無く耐えられない。頭蓋がたまらなくイカれてしまう。ではどうしよう。私たちがずっと愛し合えるまでの間、何かで我慢できるのだろうか?駄目だ多分私たちは互いでなくては満たせない。互い…互い…?
「…私もね…マリのことが好きなの…」
「本当?」
「本当。ずっとずっと愛し合っていたい。貴女だけのものになりたい。私だけのものにしたい」
「私も…私もだよ…阿子」
「でも…それができるのはきっとずっとずっと後。それまで我慢しなくちゃいけない…だからねマリ……………」
私の口から紡がれた言葉を聞いたマリは、名案と言わんばかりに笑っていた。目も口も三日月のように歪めて…それを見て私も笑う。互いに嗤う。嗤い、嗤い、嗤い、嗤いあった後、二つの叫び声が家に響いた。
―――今日も退屈な日々が始まると思ったが、なにやら教室が騒がしい。何事だろうか。喧嘩だとすれば止めなくてはならない。
「どうした?揉め事か?」
「あっ、先生!違うんですけど…その…あれ…」
すると生徒は遠慮がちに指をさした。その方向を見ると、二人の女子生徒の片目に眼帯がされていた。うちのクラスの芥が左目に、麻麻が右目に眼帯をしていた。何があったのだろうか。確か二人は仲が良くていつも一緒に帰っていたが、事故にあったのか。俺は慌てて二人に近寄る。
「その目…どうしたんだ?怪我したのか?」俺はなるべく平静を装って問いかける。
「先生…大したことじゃないんです。ちょっと事故があって、大事にはならなかったんですけど…その…目が…」
そういって芥は申し訳なさそうに左目を抑える。俺は慌てて、芥と麻麻の二人を職員室に連れて行った。生徒達には変わりの先生を向かわせると伝えておく。
他の先生にHRの代わりをお願いして、二人を職員室に連れていく。何があったのか、怪我はどうなんだ、病院には入ったんだろうな、警察にもちゃんと言ったか、と随分と矢継ぎ早にまくし立ててしまった。それに気づいた自分はそれを謝罪した。芥達はたいして気にしていないと言ってくれた。たまらなく申し訳なくなる。
彼女曰く、昨日の帰り道に後ろから走ってきた人にぶつかり転んでしまった際に片目を怪我したそうだ。病院も警察も行くのは時間が遅いから言っていないと聞くと、俺はすぐに病院と警察に連絡し、彼女たちを連れて行った。病院の医者曰く、片目の失明は眼球が無くなっていることが原因だと聞いた。その後に医者が何かを言っていたがあまり聞いていなかった。警察は彼女たちの証言でぶつかった人を探してくれるそうだ。早めに見つかることを願う。
その後、ぶつかった人が見つかったという話は聞かない。片目を失明してしまっているため、彼女たちの周りから人が減っていったが、彼女たちはあまりそれを気負っている気配はなく相も変わらず仲良く…いや前よりも大分距離が近づいているように感じた。そういえば最近彼女たちはお揃いの柄の小さな包みを首からぶら下げるようになった。誰かに聞いた話だが、中には瓶が入っていて時折それを眺めているそうだが、瓶の中身は誰も知らないそうだ。彼女たちのことは心配だが、彼女たち以外のことも考えなくてはいけない。そう考えた矢先、職員室の電話がなる。電話をとり、話を聞いた俺はすぐさま学校を出た。
―――それからあと、街中を楽しそうに愛おしそうに手をつないで歩く少女たちがいた。両者とも片目に眼帯をし、首からは包みをネックレスのようにぶら下げている。そしてどの特徴よりも印象的なのが手だ。背の高い少女の指は長く美しいが左薬指だけが短かった。もう一方の背の低い少女の指は短く愛らしいが同じく左薬指だけが長かった。それぞれの付け根には手術痕のようなものがあり、まるで結婚指輪のように真っ赤な糸で結ばれていた。
因みに芥ちゃんの名前は阿片から、麻麻ちゃんの名前は大麻から来てます