彼の印象は理解が出来ない人だった。
最初の出会い……というか、最初は私の一方的な勘違いから始まった。
「花音から離れなさいっ!」
店と店の間にある、人目に付かないような狭い路地。そこには泣いている花音と、目付きの悪そうな彼――慧人がいた。
「ふぇ?千聖ちゃん……?」
「来て花音。……あなた、花音に何したの?」
「何したの?って言われてもなぁ……」
「あなたが花音を泣かせたのでしょう?」
この時は私の数少ない友人が泣かされたと思い、そのまま詰め寄っていった。余りにも短絡的過ぎたことに今は反省しているが……ただ状況が余りにもできすぎていたため致し方ない面もあるだろう。
「あ、あの……冬木さんは……迷った私を案内しようと……」
「いいのよ花音。脅されてるいるのでしょう?」
「ち、ちが……」
「あーそういうことか」
すると目の前の彼は何かを察したらしく……そのまま。
「なぁ?もし脅しているって言ったらどうする?」
笑いかけながら彼はそう聞いてきた。
この後、怒る私を花音抑え、それが誤解だと。泣いていた……ってのは単純に目にゴミが入ったというありきたりなものだったと。後、彼のもしもの話は単純に反応が気になったとのこと。あの状況でそんなことを言える意味が分からない。
「ごめんなさい。先ほどは失礼しました」
私は、頭を下げて謝る。先に誤解で彼に非礼を行ったのは私だ。だからまずは謝ることにする。
「…………?」
しかし、彼は疑問に浮かべるだけで何も言ってこない。
「なぁ、花音。何でコイツ謝ってるの?」
そして花音にそうやって聞いている。……何でって?
「それは不快な思いをさせたのだから謝るのが当然でしょう?」
「そういうもんなのか?お前は花音を助けようとした。そこに謝る要素なんてなくね?」
「いや、あなたが不快な思いを……」
「別に何もねぇけど……」
演技している様子はなかった。ただ純粋に気になって、ただ純粋に疑問に思っていた。
「じゃ、花音はお前に任せるわ。俺、これからバイト行ってくるんで」
そしてそのまま去って行く。
彼に対して二つある。一つは、理解ができなかったこと。彼の価値観が。もう一つは、彼は私を白鷺千聖ではなく花音の友人としてしか見ていなかった。
これが数少ない、私を一人の少女として見ている存在との出会いだった。
万引犯を捕まえてから数日後。俺は、
「そういや千聖。何でお前が居ながらああなったの?」
「私だって万能じゃないのよ!まさか彩ちゃんと日菜ちゃんが、何も聞かずに拡散するとは思わないじゃない!」
荒れ狂う千聖の相手をしていた。
髪は何処かボサボサで、化粧でごまかしているが目の下に隈がうっすらと見えた。
「あの子たちに悪意がないのは分かってるわよ!でも何で確認もしないで、曖昧なまま流しちゃうの!?自分たちが一番そう言うことをやられやすいって自覚していないの!?」
平日の午後のことである。
学校?あー何か今日は体調が悪いような気がし……はい。コイツに呼び出されました。早退ってやつですね。呼び出さたときはサボれてラッキーって思いましたね。ん?今は?……俺、真面目な善良生徒だから学校をサボった罪悪感にさいなまれ……嘘です。こっちの方が面倒だなと思ってます。ちなみに、コイツは元々仕事のために欠席で、午前中に仕事を全部終わらせたらしい。
あの後、『冬木慧人。逮捕』の誤報を何とか修正した。千聖の働きが大きかったです。で、その働きのストレスが現在、俺の前で爆発中である。ちなみに場所はカフェ……と言いたかったが、俺の家である。カフェだと平日の午後はマズいし、何でも、今日は遠慮なくストレスをぶちまけたいそうだ。で、今の彼女は、アイドルとしても女優としても見せてはいけないことになっている。
ちなみに、あのことで何か俺たちに感謝状?ってものが出るらしい。何か捕まった奴らが更に実は他にも云々って、細かいことは覚えてないけどまぁ、もらえるものはもらっておこう。ところで貰っていいことってあるのかな?まぁ、いいや。
「大体何よ!ネットの人たちはこぞって枕してそう?お偉い人たちに身体を預けてそう?ふざけんじゃないわよ!私は清い身体のままよ!誰があんな人たちに身体を許すもんですか!」
「お、落ち着け千聖。ステイステイ。ほら深呼吸……」
おい。この前の愚痴からお前への評価に対する愚痴に変わったぞ。
まぁ、コイツが枕営業とかねぇわな。それは分かるが……
「大体、普段のあの鉄仮面なとこが原因だろ?もう少し感情を出せばいいのに」
「はぁ!?私がどれだけ頑張ってると思っているの!?」
「あーうん。そうだな。よしよし。いつも頑張ってるな」
暴れ狂う彼女の頭に手を置いて撫でる……が、何だろう。今日の彼女は……うん。もう考えるのを放棄しよう。
「だいたい慧人!あなた対応を私にほぼ丸投げしたわよね!」
うわぁ……こいつ、めんどくせぇ。でも、こっちはこっちで先輩とのリアル遭遇イベントや紗夜さんと話するってこともあったし。まぁ、千聖ならなんとかするって思ってたからいいかなって。
「千聖……俺、嬉しかったんですよ」
「捕まったことが?今度は本当にぶち込んでやりましょうか?えぇ?」
「違いますよ。紗夜さんからあんなに心配され……あぁ、女神様はいるんだなぁって。聞いてくださいよ。あの後直接会ったときなんかは『良かった……!』って泣いていたんですよ?そんなに心配されるなんて……」
「のろけ!何度もL○NEで聞いたわよ!」
「そうですね!何度も話したいんですよ!」
「相手を選びなさいよ!何で私なのよ!そして早くくっつきなさい!」
「うーん……?」
いやまぁ、このよく分からん距離感がちょうどいいなぁって。紗夜さんも。後、千聖も。
「何でそういうところだけチキってるのよ!普段から好意全開で行ってるのに!何でそこはダメなのよ!」
「あれは好意じゃありません。崇拝しているだけです」
「やかましい!」
「とりあえず落ち着け……な?」
……ヤバい。悲報、千聖、壊れた。誰か助けて。
「どうしましょう。今井さん」
「紗夜からの相談かぁ……慧人くん関連?この前誤解は解けたんだよね?」
「えぇ。それとは違って最近気付いてしまったことがあるんです」
「何をかな?」
「慧人さんの周りって女性多すぎないですか?」
「……むむ?Roselia、Pastel*Palettes、ハロー、ハッピーワールド!、Afterglow、Poppin' Party。加えてまりなさんとか、後あのランニングを応援する女子たち」
「えぇ。最後の二つを除いても25人は居ます」
「いやまぁいるにはいるけどね?でも慧人くんと近しいって絞れるから……」
「それでもかなりの数です」
「あーそうだね。確かに多いわ」
「だから最近少し不安になってくる自分がいるんです」
「んーでも慧人くんは一途だと思うんだけどなぁ……」
「ちなみに今日は学校を早退して白鷺さんと居るそうです」
「……えーっと、どこからツッコめばいいんだろう。まず紗夜。何でそれを知っているの?ま、まさかとは思うけど盗聴とかしちゃった?」
「そんなことするわけないじゃないですか。白鷺さんに『今日の午後、慧人を借りますね』と来て、慧人さんから『今日の午後、千聖に借りられますね』と来ました」
「律儀……なのかな?というか最早慧人くんが紗夜のモノ扱い……」
「この何というか……モヤモヤがするんです。前のぽんちゃんさんの時と近いような……」
「おぉ……それは嫉妬というやつでは?」
「だから、今日はポテト一杯食べます」
「おぉ?ちょ、また前みたいに大変なことになるからそれだけは勘弁して……あ、そうだ」
「どうしました?ファストフード店に行きますよ?ポテトが待っています」
「…………ふぁあ」
「起きたか?」
あれから日頃のストレスやら不満やらを全て吐き出しまくった彼女。言い終えると静かに俺の膝の上に乗ってきて、腕を俺の背中の方に回し、頭を俺の肩とかその辺において、そのまま眠っていた。言っとくが俺は抱き枕じゃないぞ?
そして2時間ぐらいして起きた。現在午後四時過ぎである。
流石に体制は変えさせた。抱きつかれた状態で寝られたら俺が動けなかったからな。一方寝起きの彼女は少し寝ぼけてるのか目の辺りを手の甲でこすっている。この姿だけ見れば十分可愛いのに。
「……ごめんなさい……すっかり寝てしまったわ」
「まぁ、そういうこともあるわな」
「……あと、ありがと。わざわざ薄手の掛け布団を掛けてくれるなんて」
「別に。気にしなくていい」
「…………?」
布団を返してくる千聖。だが何故か疑問を浮かべている。
「どうした?」
「まさかとは思うけど慧人。あなた、夜にこの掛け布団の匂いを嗅ぎながら……」
「これ以上口開くとぶちのめすぞコラ」
「犯す?ごめんなさい。今すぐ通報させてもらうわ」
「ふざけんな」
「…………はぁ……何か疲れたわ」
「いや、今の今まで寝てただろ。後、俺の太ももの上でゴロゴロしながら言うな」
「いいじゃない。減るものじゃあるまいし」
「俺の太ももの耐久値が減る」
「……そんなに重いって言いたいの?」
「いや、千聖は小さいし小さいし軽いからな」
「……今何で小さいって二回言った?」
そんなの身長が小さいってのと胸が小さいって言う意味ですが何か。
「……まぁいいわ」
ゴロゴロをやめて俺の膝の上に乗ってくる。
「…………そういえば、変なことはしてないでしょうね」
「変なこと?」
「……無防備な私に……いやらしいこととか」
絶対寝起きの布団のあの話より前に出ることだと思う。順番が完全に逆だというのは内緒だ。
「したって言ったらどうします?」
「この世から存在を消すわ」
「おーおー怖い怖い」
「冗談よ。……でもまぁ、その反応で分かったわ。あなたが何もしなかったことくらい」
「もう少し信用してくれてもいいと思うんですけどね……」
「してるわよ。してなかったら異性の家、しかも部屋で二人きりの状況で寝るわけないじゃない」
「そりゃ光栄な話で。よっと……」
「きゃっ……ちょっと。まさかこのまま……」
「しねぇよ。階段降りるからしっかり捕まってろよ」
そう言うと渋々ながら力を込めてくる。まぁ、事実しか言ってないしな。
そんな感じでリビング。
「じゃ、ここにおろすんで」
「……あなたって普通に女性を抱えるわよね」
「…………?別に重くないんで」
「そういう問題じゃないわよ……」
「あ、千聖の胸は小さくて当たってないから安心して。うん。全然当たってないよ」
「そういう問題でもないわよ!」
「紅茶でいいよな」
「……えぇ」
湯を沸かしつつ、彼女の前にクッキーの入った皿を置く。
「どうぞ」
「これは……手作り?」
「えぇ。千聖が寝ている間暇でしたので」
「サクサクしてて、おいしいわね」
「よかった。もうすぐ紅茶を入れますので」
クッキーを食べる千聖。何というか……仕込まれているのかね。ほんと。彼女の食べる姿はいつも気品に溢れている。
「この敗北感は何かしら……あなた料理は得意なのね」
「んーこういう系はリサ姐あたりに負けますよ」
「それでも充分よ」
紅茶を差し出し、軽いティータイムに入る。
「……ごめんなさいね。もうすぐ大会というのに……」
「気にすんなよ。お前らのアレももうすぐだろ?適度に抜いておかねぇと溜まるだろうし、それで壊れてもらっても困る」
「…………性欲のこと?最低ね」
「ちょっと待て。何で今、そういう系の話に変わったと思った?」
「ちなみに私は溜まってたわよ」
「…………性欲が?」
「ストレスよ。ほら、貴方もそういう解釈をするじゃない。おあいこよ」
「へいへい」
コイツってそう言う系の話の耐性すごいよな。寝起き然り、今の然り。まぁ、その手の話を一切知らない女子は稀って言ってたしな。自分で。…………あなたの周りに居る花音とか彩とかって、そんなに耐性あるように見えないんだけど?そう見えるのは俺だけ?
…………ん?そう言えばコイツに大会のこと伝えてたっけ?んん?まぁいっか。コイツの情報網は広いし。
ピンポーン
「ん?客か?はいはーい」
こんな時間に客とは珍しい……何だろう。早退したこと心配してサッカー部の連中が……ってのはないな。あり得ない。じゃあ、宅配便でも頼んでいたのか?
ガチャ
「やっほー☆」
「様子を見に来ました」
「あ、リサ姐に紗夜さん」
そこにはリサ姐と紗夜さんが。…………何故に?
「風紀委員の見回りです」
「お疲れ様です。どうぞお上がりください」
「失礼します」
「…………え?えぇ?いや、それで上げるの?色々と……まぁいっか。お邪魔しまーす」
なるほど。ならば納得だ。
紗夜さん。そこにお宅の高校の不良生徒が居るので取り締まってください。
「こんにちは白鷺さん」
「こんにちは。紗夜ちゃんも食べる?」
「食べます」
……風紀委員。モノで釣られた。早かった。
いや、きっとリサ姐ならこの状況で……
「慧人くん。アタシにも紅茶おねがーい」
乗るよね。知ってた。
俺は再び湯を沸かすべくキッチンに立つのだった。