ちなみに過去最長です。
ある日の午後。
「そ、それではお菓子作り教室の予行練習を始めます!」
「分かりました」
場所は羽沢珈琲店。そこにはつぐみ、紗夜さん、俺の三人がいた。
「……?どういうことですか?」
ちなみに、俺は紗夜さんに何の説明も受けずに連れてこられたため何も理解していない。お菓子作り教室の予行練習?ナニそれ?
「……あれ?紗夜さん。説明しなかったのですか?」
「……いえ。決して忘れていたわけではありませんよ。決して」
(言えない。慧人さんと一緒にお菓子作りができると舞い上がって、忘れただなんて言えない)
(あはは……忘れていたのかな……?)
「……つぐみ。企画説明よろしく」
「あ、はい。えっと、前回、ここ羽沢珈琲店でお菓子作り教室があったんです。ここ羽沢珈琲店の認知度アップとお客さんとの交流を深めるという目的で。結果としては大成功だったんです!」
「へぇー。そんな面白そうなことやっていたんだ」
「そして、お母さんがこれなら第二回もやりたいねって言ってですね。近々やることになりまして……あ、宣伝はこれからしていきますので」
「なるほどな」
「ちなみに前回はアイシングクッキーに挑戦しましたよ。私もお菓子作り教室に参加させていただきました」
「紗夜さんがお菓子作りを?」
「はい。羽沢さんに凄い助けてもらいながらですが」
「い、いえ。私は当然のことをしただけですよ」
何だろう。出会った頃の彼女からは想像がつかないな。お菓子作りって。
「最近は少しずつですが上手く作れるようになってきました。これも羽沢さんが丁寧に教えてくれたおかげですね」
「そんなことないですよ。紗夜さんの練習の賜物です!」
「……それで、何で呼ばれたんですか。結局」
「あ、えっとですね。その前回もしっかりと準備したんですけど、いざ当日となるとやっぱり、説明で焦っちゃったり、言葉足らずなところが出て来たりして……だから、第二回では前回よりもっと上手く教えられるよう練習したいんです」
すげぇ……モカとかからは聞いていたが改めて見るとすげぇな。やっぱり。このつぐみの真面目さというか何というか……。
「なるほど。ツグってるなつぐみ」
これは普通で収まるレベルじゃないだろうと心底思う。
ちなみに、モカっているって言葉もあるらしいがあっちの方は使いどころがまだ分かっていない。
「やりたいことは大体理解した。なるほどな。つまり、事前に初心者と一緒に作ってみることで、初心者の挙動や反応を把握。更にどう答えればいいのかを練習するって訳だな」
「本番に近い形で練習してみる訳ですね。とてもいいことだと思いますよ」
「あ、あれ?紗夜さん、怒らないんですか……?」
「怒る?なぜでしょうか?」
「え、えっと、改めて考えると、紗夜さんには私の練習に付き合わせてしまっているというか……その」
「実験台にしているって感じか?」
「け、慧人先輩!」
「そうですね。だとしても、私としてはとてもありがたいですよ」
「ありがたい……ですか?」
「はい。前回を見て分かる通り、私は不器用なところや融通が利かないところもあります。更に周りの方が居る状況で、私一人ばかりに時間を割いて頂いたり、私一人の遅れで全体のスケジュールがズレてしまうのは申し訳なさもあります」
「そ、そんなことは……」
「ですが、今日なら別です。羽沢さんの練習と私の練習が同時に行えますし、マンツーマン。いえ、2対1で教えを乞うことが出来るのですからこれ程ありがたいことはありません」
凄い……この人もこの人で誠実さを体現した人だなぁ……最近、ポンコツな面が多く出ていたけどやっぱり、こういう紗夜さんも格好いいな……。
「で、結局俺は何をすればいいんだ?試食?実食?」
「ち、違いますよ!えっと、レシピ通りできているかとか、ポイントが間違っていないかとかを見てもらいたいんです。もちろん、一緒に作りながらですけど……」
「了解。そのレシピは?」
「あ、これです」
「ふむふむ。今回はパウンドケーキ。なるほど、ノーマルなものをここでやって、なんとか入りみたいなものは各自で挑戦してくれって感じかな」
「はい。前回はクッキーでしたから今回は違うものが良いかと」
「覚えた。レシピ返すわ」
「はい……え?もうですか?」
「パウンドケーキは何度も作ったことあるし、レシピは頭の中に入ってるからな。まぁ、安心しろ。そこに書いてあるとおり忠実にやるから」
「心配しなくていいですよ羽沢さん。慧人さんは料理に関してしっかりと信用がおけますので」
「心配はしていませんよ。慧人先輩の料理の腕はこの目で見ていますから!」
何というか……過大評価な気もするけどな。まぁいい。頼られた以上しっかりと応えるのが道理ってやつだ。
「じゃあ、そろそろ始めて行くか。ということでつぐみ。よろしく」
「あ、はい!じゃあ、始めて行きますね。まずは砂糖120g、薄力粉120g、ベーキングパウダー小さじ2/3をとっていきましょう」
大体こういうところから性格というのは現れるんだろうなと思う。まぁ、目分量でやる人は置いといて、紗夜さんみたいにこの位?いやもう少しといいながら慎重に秤で量っていく人もいるし、俺みたいにさっさと済ませていく人も居る。まぁ、慣れとか感覚もあるからなぁ、こういうのも。
「中々、小さじ2/3は難しいですね……!」
「120gよりも大変ですよね」
「これくらいでどうでしょうか」
「OKです!じゃあ、今量った薄力粉とベーキングパウダーを混ぜ合わせて、ふるいにかけましょう。あ、砂糖は一旦放置でお願いします」
ということで、さっさとふるいにかける……
「……ふむ」
「どうかしましたか?」
「いえ。前から疑問だったのですが、何故ふるいにかけるのでしょうか。何となくこの塊?みたいなのを取り除くのは分かるんですが……」
「そうですね。この塊……ダマがあると完成したときにもダマになってしまったり、後はふるいにかけると少し湿っぽい粉に空気が入って粉がさらさらになって膨らみやすくなるんですよ」
「なるほど。そういう事だったんですね」
「はい……で、大丈夫ですよね?」
「あぁ。問題ないな……っと、こんなものか」
「あの……そう言えば何回やればいいんでしょうか」
「あ、すみません。えっと、この目が細かい方で二回。そして荒い方の一回でボウルに入れてあげてください」
「なるほど」
「ちなみにふるいがなくても代用品はいくつかあります。ザルや茶こしは思いつくでしょうが、実は泡立て器も粉ふるいの代用に使えるんですよ」
「そうなんですね」
「えぇ」
「慧人先輩、流石ですね!」
「そうでもないぞ」
とまぁ、紗夜さんの方がつぐみが言った手順まで終えたようなので次の工程へ。
「では、こちら、ボールの方に常温で柔らかくしたバターがありますので、こちらを白っぽくなるまで泡立て器で混ぜましょうか」
まぁ、こういう操作は手慣れたものなので混ぜ合わせ始める。
「羽沢さん。ここで言う白っぽくは前に教えてもらった時の白と同じで考えればよろしいですか?」
「はい!大丈夫です!」
「分かりました」
なるほど。この感じだったら紗夜さんに伝わってるな。
「出来たっと」
「そうですよね。この感じですね」
「紗夜さんの方はどうです?」
「私の方はもう少しですかね」
「ですね。もう少し白くなるとちょうどいいかと」
そんな感じで混ぜていくといい感じの色になったようだ。
「では、砂糖を3回に分けて入れて、すり混ぜていきましょうか」
ということで、第一弾を投入して混ぜていく。
「ここは40gずつ量った方がよいのでしょうか?」
「あ、ここはだいたいで大丈夫です。一回じゃなくて、何回かに分けて混ぜるだけで、最終的には全部入れますので」
「なるほど。じゃあ……」
慎重に入れていく紗夜さんとそれを見守っているつぐみを尻目に自身の工程をテキパキと終わらせていく。
「ちなみにですが、ここでバニラエッセンスなどを入れることもありますね。まぁ、今回のレシピでは使わないのでスルーしますが」
「そうですね。今回は本当にベーシックな、基本的なものをやるので……」
「何事も基礎が大切ですからね。と、こんな感じでよろしいでしょうか」
「はい!大丈夫です。じゃあ次ですね、今度は卵を割って入れていきましょう。今度も一個入れて、混ぜ合わせて、もう一個入れて混ぜ合わせると、交互にやっていきましょう」
「分かりました」
卵って、両手でパカッでもいいんだけど、片手で割った方がと効率いいよな……って理由だけで、前に練習したっけ。そのおかげでか知らないけど……
「羽沢さん。私も慧人さんを真似して片手で割った方がよいのでしょうか?」
「や、やめておきましょう!片手で割るのはハードルが高いです!」
「……確かにそうですね。失敗して殻が入ったりしたら大変です。ここは普通にいきましょう」
「な、なるほど……流石に当日は片手で割る人は居ないよね?もし居たら小さい子が真似しそう……」
「ん?片手で割っても問題ないんじゃないのか?」
「いいですか慧人先輩。これが炒り卵とか、スクランブルエッグならまだしも、ここで殻が入ると中々厄介なんですよ。できる人はともかく、このパウンドケーキで挑戦するのははっきり言って無謀です」
「いいかつぐみ。絶対に失敗できないというプレッシャーに打ち勝ってこそ、真の成長が見込めるというものだ」
「うぅ……さ、紗夜さん……!慧人先輩をなんとかしてください……」
「そうですね。確かに、時にはそういう緊張や刺激が更なる高みへと至るのに必要な時もあるでしょう」
「あ、あれ?さ、紗夜さん?」
「しかし、今はその時ではありません」
「そ、そうですよね。よかったぁ……流されないでいてくれて」
と、そんな感じでよく混ぜて……と。
「あ、この辺りで大丈夫ですよ」
「そうですか」
「じゃあ、次はさっきふるいにかけていた粉たちの出番です。粉を入れてもらって今度はこのゴムべらで切るように混ぜてください」
「切るですか……?こうグサッとやればいいんですか?」
「えっと、切るように混ぜると言うのはえっと……紗夜さんの利き手が右手だから……」
「紗夜さん。左手でボールを持ってください」
「こうですか?」
「そうですね。じゃあ、右手で持っているゴムべらで『て』や『の』の字を描くようにゴムべらを回してください。それと並行して左手は手前に回し、回ったら左手を離してまたボールを持ってを繰り返すんです。まぁ、口で言っても伝わりにくいので見て真似してください」
ということで実践する。なるほど。切るように混ぜるでは伝わらないのか?
「こ、こうですか?」
「そ、そうですね!上手です!それに慧人先輩のフォローも流石です!」
「ありがと。まぁ、表現すると難しいから実演しながらの方が教えやすいだろうし。ちょっと来てくれるか?」
「あ、はい」
呼ぶとつぐみが来る。来てもらったので、
「じゃあ、左手でボール。右手でゴムべらを持ってくれるか」
「は、はい。こうですか?」
「そうそう。で、教えるときなんだが、相手が友人だったりするときは一緒にやった方が早いかもな。こうやって」
つぐみの背後に立ち、彼女の右手の上に軽く右手を添え、左手は彼女より少し奥の方を掴む。
「あ、確かにそうですね。身体で教える……みたいな感じですね」
「まぁな。初対面の相手とかにはやるのは厳しいだろうし、やらなくてもいいだろうけど。ただ、小さい子ども相手とかならこっちの方が分かりやすいかもな」
……まぁ、つぐみなら出来るだろうが、俺がやった日なんかは相手が固まるか怯えるかで進まないだろうけど。
と、そう言いながらゆっくりと動かしていく。お互いできるからそこまで問題はない。
「そうですね。見本を見せるのもいいんですが、一緒にやった方が分かりやす……っ!」
(ど、どうしよう……紗夜さんがジト目でこっちを見てきている……あ、あれ?私何かやったかな?)
「どうした?何か問題あったか?」
「い、いえ。何も……あっ」
「ん?」
(こ、これだぁ……!私が慧人先輩と密着して作業しているからだ!ご、ごめんなさい紗夜さん!そういうつもりじゃなかったんです!決してそんなつもりじゃ……!)
「慧人さん。こんな感じで混ざりましたがいかがでしょうか」
「そうですね。オッケーだと思いますよ。あれ?紗夜さんどうしたんですか?目が少し怖いですよ?」
「いえ、何でもないです」
「あ、こっちも出来ましたよ!じゃあ、次の工程ですね。型を取ってきます!」
「おう。焦らなくていいぞ」
「わ、分かりました!」
ということで、少しすると目の前に型が。
「ではここに流してください」
「分かりました」
慎重に流していく紗夜さん。そして流し終わったようなので……
「じゃあ、次は真ん中をくぼませましょうか」
「どのくらいくぼませればよいのでしょうか」
「え、えーっと、人差し指の第一関節から第二関節くらい……ですかね」
「なるほど。分かりました」
くぼみも作っていく。
「そういやつぐみ。ここのオーブンの設定はどうなっている?」
「設定ですか?」
「予熱とかの設定。予熱は必要だが、ここのオーブンの設定がどうなってるか分からなくてな」
「あ、ご、ごめんなさい。今すぐ予熱しますので……」
ということで予熱してくるつぐみ。
「予熱……予め温めておくということでしょうか」
「正解ですよ」
「でも、何故それを?」
「当たり前なんですがオーブンは普段から中が高温って訳じゃないです。常温からスタートしますし、一瞬で高温にもなりませんよね?」
「はい。それは当然です。徐々に温度が上がっていきますし、形状から全体が高温に達するには時間が必要です」
「その通りです。そしてレシピにある時間。今回ですと180℃で40分やるんです。これをもし予熱をなしで始めるとどうなるか」
「予熱なし。つまり、常温からスタートしていますので……180℃で焼いている時間は40分より短くなりますね」
「えぇ。そうなると、特にこういうスポンジケーキとかは膨らみが足りなくなってしまったりするんですよ。高温で正確な時間温めようと思ったら予熱は必要不可欠です。ちなみにですがパウンドケーキ以外にも、オーブンを扱うときは注意してください。予熱が必要なのかそうでないのかは」
「はい。勉強になります」
「まぁ、実際は予熱の時間を逆算して、タイミング良くオーブンを使えるようにするんだが……」
「ごめんなさい……忘れていました」
「気にすんなよ。今回は言ったらアレだが失敗してもいいんだ。本番でその失敗をしなければいいんだから」
「そうですよね!」
お菓子作り教室の参加者に予熱の時間待たせるのは時間の無駄だろうが、今回は別。俺らの前でいくら失敗しようとフォローできる範囲ならフォローする。それだけだからな。
「それに今回のことで興味を持ったらそこから他のレシピで試したり、アレンジを加えたりするだろうな。お菓子作りの楽しいところは、よりよいものを求めていろいろ試して、自分の納得がいくようなものが作れたり、近づいていくこと。このパウンドケーキだってそうだ。加熱時間などはオーブンによっても変わってくるし、材料の分量も他の具材との兼ね合いも考えていく。時には失敗もするけど、その分成功したときが楽しくよりよいものに感じる。だから探求することをやめられないんだよ」
「それが慧人先輩の料理に対する考え方なんですね……凄いです!そこまで考えているなんて……」
「まぁ、お菓子作りだけじゃなく、普通の料理全般そうだけど」
「バンドも同じかもしれませんね。同じ曲のアレンジでも、他のバンドと自分たちのバンドでは違ってくる。でも、それはそのバンドに合ったものを見つけていこうと試行錯誤を繰り返した結果。それぞれのバンドの中で噛み合うものがあってとても素晴らしい音となり、届いてくる」
「そうかもしれないですね。さてと、ここのオーブンの予熱ってどれくらいかかる?」
「えーっと、そうですね。もう少しかと」
「オッケー。で、オーブンで40分やってる間はどうする?」
「えっと、当日もですが、洗い物と片付けをしてもらって、残った時間は自由ですかね」
「了解」
と、そんな感じで時間を見計らい、オーブンの中にパウンドケーキを入れていく。
「ぶっちゃけ、洗い物って一番面倒なんですけど……はい、紗夜さん」
「使ったものを綺麗に洗って片付ける。大切なことですよ。はい、羽沢さん」
「でも、洗い物って一人でやると大変ですよね……」
「そうそう。複数人居ればこうやって分担できていいんですけどね。はい、紗夜さん」
「慧人さんがスポンジで綺麗にし、私が洗剤を洗って落として、羽沢さんが拭きあげる。なるほど、確かに効率的ですね。はい、羽沢さん」
「刃物とかだと危ないですけど幸い、今日は安全なものばかりですね」
「でも、後で切り分けるのに包丁とか使うんじゃないのか?はい、紗夜さん」
「そう言えばそうですね。それに、食べるのでしたら食器も使いますよ。はい、羽沢さん」
「当日は、そのまま……ですので焼き上がった長い状態でお持ち帰りいただくことも可能です。もちろん、ここで切り分けてというのも全然いいんですけどね」
「まぁ、各自でいいだろ。使ったとしてもその分はきれいにしてもらえばいいし。はい、紗夜さん」
「そうですね。自分が使ったものは自分できれいにする。とても大切なことです。はい、羽沢さん」
「コレで最後ですかね。やっぱり、分担してやると効率がいいですね」
いやぁ、冬だからか手が少し冷たい気がする。そりゃ、水でやっていたら冷たいか。
「お疲れ様です。で、どうだった?つぐみ」
「そうですね……やっぱり、一緒に通してやってよかったなぁって。まだ少し心配だけど、頑張ってやってみます!」
「まぁ、伝えるところで失敗しても、それで何か言いがかりつけるような面倒なヤツは参加しねぇだろ」
「そうですね。前回もそう言った方は見受けられませんでしたし」
「あはは……で、でもどうしよう……前回以上の反響でもし、そんな怖そうな人が参加したら……」
「大丈夫ですよ羽沢さん。慧人さんより怖そうな人はきっと参加しませんよ」
「さ、紗夜さん!?」
「あはは。確かにな。まぁ、もしそういう面倒ごとがあったり、面倒なヤツがいたら教えてくれ……締めておくから」
「あは、あはは……」
(ど、どうしよう……慧人先輩なりの冗談か本気か分からない……)
「えぇ。お願いしますね」
(あ、本気だ……この人たち本気だった……!)
「後は蘭とかひまりからよく聞くが、つぐみはツグり過ぎるから手伝えることがあったら言えよ」
「えぇ。手が空いていたら手伝えますので」
「あはは……ありがたいんですけど……慧人先輩」
「ん?」
「ツグるって誰から聞いたんですかぁ……!」
「え?アフグロの四人。だから巴やモカからも聞いたぞ」
「皆……!」
「それにモカから、今度広辞苑が改訂されたときに載るって聞いたんだけど?」
「モカちゃん!?な、何言ってるの!?」
「なるほど。それは覚えておかないといけませんね」
「紗夜さんまで!?」
「でも中々ツグるって難しいんですよね」
「それは用法がですが?」
「いえ。俺が高校で言っても中々伝わらないので……用途が違うのかなって思い始めて」
「それはそうですよ……!」
「慧人さん。それは広めていけばいいんですよ」
「あ、なるほど」
「なるほどじゃないですよ!」
「「え?」」
「え?」
「だって、広めれば解決では?」
「そうですよ。伝わらないなら、伝わるように全員に周知させればいいんですよ」
「あ、紗夜さん流石です。まずはウチの虎南高校全生徒に広めてみますね」
「なら、私は花咲川の方を」
「や、やめてください……!流石に恥ずかしいです……!」
すると頬を赤くし、頭から湯気が出ているつぐみが。
「どうしたつぐみ!ツグり過ぎて熱が出てきたか!?」
「それは大変です!ツグり過ぎによる体調不良だなんて!」
「お二人とも~~!」
何故か半泣きになりながらやめてくださいと言われたので、ツグるという言葉はつぐみに対してだけ使おうという結論になった。まぁ、それも大分妥協した末の結論なんだが……まぁいっか。
「あーで、落ち着いたか?つぐみ」
「な、なんとか……」
「そろそろ焼き上がる時間ですね」
「あ、お二人ともここで食べていきますか?」
「俺はそうする。まぁ、本当は時間を空けて食った方がいいんですけど……」
「いいんですけど?」
「……ウチに持って帰ると明日の朝、勝手に両親が食べるからなぁ……」
「「…………」」
「まぁ、出来たてが食ってみたいってのもあるけどな。いつも時間おいているし、どれだけ変わるのかってね」
「あはは……紗夜さんはどうします?」
「私は家に持って帰ろうかと。ところで、何日くらいおいた方が良いのでしょうか?」
「プレーンなんで48時間から72時間。なので二日三日くらいですかね。まぁ、時間を空けすぎるとアレですが、別に明日食べても全然いいと思いますよ」
「へぇ、何か理由があるんでしょうか」
「あ、私が説明します!えっと、焼き立てというのは実はふわふわしていて生地がなじんでいないんです。熱を取ってあげて、冷ましてあげると、だんだんと生地がなじんで、パウンドケーキならではのしっとりとした食感に変わるんです」
「なるほど。つまり、時間はかかるが、時間をかけた方がなじんでおいしくなると」
「はい。あ、ちょうど焼き上がったみたいです。出していきましょうか」
ということで出していく。すると……
「おいしそうに焼けたな」
「香りもいい感じです」
「そうですね。いい感じだと思います」
ということで冷ますことにする。保存するにしても、ここで食べるにしても、粗熱を取ってある程度冷ましていかないとな。
「やはり、こうやって待つ時間が必要なんですね」
「いいじゃないですか。焦ったら負けです」
「確かに。でも、こうやって待つ時間もいいものだと思いますよ」
「そうですね。こうやって、雑談しながら待つ時間は好きです」
「一人よりは楽しいな」
「そうですよね」
ゆったりとした時間が流れる。こういう時間を紗夜さんやつぐみと共有できるっていいものだなぁと思うこの頃。
「あ、そうだ。何か飲みます?」
「そうだな。コーヒー、ブラックで」
「では私はカフェラテを。あ、慧人さん」
「何でしょう」
「ラテアートをお願いできますか?」
「いいですよ。何をご所望で」
「では、犬の方を」
「分かりました。つぐみ。貸してくれるか」
「は、はい!」
まぁ、友希那さんの誕生日のあれ以来。何かとカフェラテを作るときはラテアートをしている気がする。3Dは時間がかかるから自分用ではやらないけど、2Dならよくやっている。こういうのって練習が大切だからな。
ということで、ラテアートで犬。可愛らしく、そして犬っぽさを出して……
「頼んでおいて何ですが、飲むのがためらわれます……」
「す、凄いです……絵が壊滅的って聞いていたのに……」
「…………俺の絵が壊滅的って誰から聞いた……!」
「千聖さんです。えっと、前に『慧人にだけは絵のうまさで負けていないはずよ……!』っておっしゃっていたので」
「いいや、俺の方がうまいはずだ」
「五十歩百歩。いえ、どんぐりの背比べ……」
あの女……自分がどれだけヤバい絵を描くか自覚がないのか……。
「でも、慧人さん。ラテアートで描けるのでしたら、紙にも描けるのでは?」
「と思いますよね?それがダメなんですよ……悲しいことに」
「…………」
「で、でも、ラテアートが上手いじゃないですか!わ、私はこんなに綺麗に描ける自信がないですよ」
「ちなみに3Dの方も描けるみたいですよ」
「本当ですか!?いいなぁ……
「羽沢さんらしい意見ですね。でも、出来ないよりは出来る方がいいかもしれませんね」
「ただ、ここって、珈琲店だろ?珈琲がメインなのにラテアートがメインに変わるんじゃないか?」
「うぅっ……あ、限定とかどうでしょう。この日限定!的な感じで……」
「それならいいかもしれないですね」
「かもな。それに可愛い看板娘が目の前でラテアートをしてくれる……ってだけで客が釣れるんじゃねぇのか?」
「か、可愛い……って、慧人先輩!お客様をそんな魚みたいに……」
「入れ食い状態ってやつでしょうか?羽沢さん、可愛らしいですから」
「さ、紗夜さんまで……!」
「さて、そろそろいっか。つぐみ。紗夜さんの方の持ち帰る用意よろしく。俺はその間に切って分けておくわ」
「わ、分かりました!」
時間をおいたおかげで粗熱はしっかりとれた様子だ。よし、これなら大丈夫だな。皿の準備もしたし……よし。
「では、食べましょうか」
「そうですね。いただきます」
「いただきます」
ということで一口……ふむふむ。
「出来たてでも普通にいけるな」
「ですね。でも、これが時間をおくともっとおいしくなるんですよ」
「なるほど……これを我慢するんですね。おいしくするために。……日菜が我慢できるかしら」
「だ、大丈夫ですよ……日菜先輩でもしっかり言っておけば……」
「……そうだといいんですけどね……」
日菜か……まぁ、無理だろうな。
「紗夜さん。はい、あーん」
「あーん……うん。おいしいです。慧人さん。はい、あーん」
「……おいしいですね」
「……あれ?お二人って付き合っていたんですっけ?」
「いいや、違うぞ」「いいえ。違いますよ」
「……え?そういうのって……その……付き合っている人たちがやっているイメージが……」
「いえ、紗夜さんがやってほしそうな空気を出していたので」
「そ、そんな空気出してません!」
「仲がいいんですね……見ていて和みます」
「つぐみもやるか?はい、口開けて」
「……え?えぇっ?」
「いいですね。つぐみさん。口を開けてください」
(わ、私はどうすればいいの……!?)
「「はい、あーん」」
「うっ……あ、あーん……」
この後、本日何度目かの顔を真っ赤にするつぐみが見られた。
なお、お茶会は無事に終わりこのお菓子作り教室に向けた練習は幕を閉じることに。
ちなみに、紗夜さんが、日菜からパウンドケーキを二日守るのはとても大変だったと漏らすことになるのだが、ある意味予想通りだった。
作者の感覚として、この作品の1話当たりの文の量は、
~3000字。短い。
3000~6000字。普通。
6000~10000字。長い。
10000字~。……ナニが起きた?
今回は10000超えてますので……ナニが起きた?
次回もリクエスト回(の予定)です。
後、下のアンケートは気まぐれです。気軽にどうぞ。
紗夜さんと慧人は……
-
早く付き合え。
-
いや、このままで。
-
第三の選択肢がある(!?)