クールビューティーな紗夜さんを返して(涙)   作:黒ハム

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お待たせしました……!しかも宣言した時間からもズレてました……!本当にすみません!
前回真摯にお願いしてみたら多くの方から評価を頂きました!ありがとうございます!
目標の投票者数50に届いて……多くの方に評価されているなぁ、と感じるこの頃です。
お気に入り登録してくださる方も増えてきて嬉しい限りです。

今回の話は前回予告したとおりです。
10,000字近く……いつもよりはほんの少しだけ長いかも。


紗夜の悩みと思い(という名の惚気?)

「それで~紗夜?今日は慧人くんに関してどんな話かな?」

「えぇ……って、何で慧人さんの話だと分かったんですか!?」

 

 CiRCLE前のカフェにて、Roseliaでの練習を終えた今井リサと氷川紗夜の二人が話し合っていた。

 

「ふっふっふ。乙女の勘☆」

「……なるほど。流石は今井さんですね……」

 

(あはは~……紗夜がこうやって話す時の九割ぐらいが慧人くん関連だって気付いていないのかな?)

 

 心の中ではそんなことを考えつつも、紗夜には悟らせないように笑顔を向けるリサ。

 

「それで?慧人くんがどうしたの?」

「その……ですね。もう一歩距離を縮められたらなーって思いまして……」

「…………」

 

 紅茶を一口。そして、

 

「ごめん。もう一回言って?」

「あ、その……付き合うとかは差し置いて……何でしょう。もう少し、もう一歩距離を近づけたいと思いまして……」

「…………」

 

(どうしよう。ここから更に一歩距離を縮めるって、もう付き合うと同義じゃないかな?)

 

「そうだねーまずは、どうしてそう思ったの?」

「少し前に白鷺さんとお茶会しまして、そこで、色々とアドバイスを貰ったりしたんです」

「おぉ、千聖が」

「実際にやってみて、感触は悪くなかったんですが……」

「ですが?」

「……何でしょう。上手く言えないんですがもう一歩詰めたいんです。この勢い……って言うとアレですが、今の流れを意識して……」

「ほほーう。つまり、押せる流れが来ているからそのまま押していこうと」

「……そうですね」

 

 少し自信がなさげな顔を見せる紗夜。

 

「……?でも、何でそんな不安げな顔なの?」

「……いえ、どこまでならいいのかとか、どこまでなら慧人さんの負担にならないのかとか、いろいろ考え出してしまって……」

「あー……」

「この前もつい大量のポテトを前に自分を抑えられなくなってしまい、慧人さんに止められました。その後も勉強会と称しているのに、彼にずっと抱きついて勉強の邪魔をしてしまったり……」

「……ん?」

「彼に何も告げずに一緒に羽沢珈琲店であった料理教室の予行練習に付き合わせてしまったり……。剰え羽沢さんと距離が近いって事で少し妬いてしまったり……」

「……んん?」

「看病しにきてくれたときも、最初は邪険にするような態度を見せてしまったり……自分が弱っていることで、心配させたり……いつもより甘えたり……」

「…………」

「そして、先ほど。白鷺さんから慧人さんの寝顔の写真が送られてきて即保存したり……」

 

(どうしよう。アタシは一体何を聞かされているのかな?)

 

「……だけど、慧人さんがどこまで許容してくれるのかが分からなくて……」

「あー……」

「その……恋愛経験というものが私にはないので……」

「うーん。そーだね……相手がどう感じるか、なんて最後には相手しか分からないからね~」

「そうですよね……」

「でもさ?確か、去年だったっけ?いや、Roseliaが出来た頃もかな。紗夜がずーっとつんけんな態度を取っていたの」

「…………うぐっ」

「紗夜が何でそんな態度を取っていたかは知ってるよ。勿論、慧人くんもね。それに比べたら、嫌な気はしないでしょ」

「……そうかもしれないですが……」

「それに紗夜は難しく考えすぎだよ。アタシらの見えている慧人くんって――」

「クールビューティー教で、マイペースで、賢くて、運動神経が高くて、人の心に疎くて、女子力が意外と高くて、ゲームもうまくて、抱きしめられると心が暖かくなって、見た目は怖そうでも優しくて、可愛らしいものが意外と好きで、心配させまいと動いたりして……」

「――わ、分かったから。もう大丈夫だよ?」

「そうですか?後は、歌が絶望的に下手なのを実は気にしていたり、楽器も一切弾けなくて、四苦八苦している姿が可愛くて、絵が壊滅的で独創的なセンスをしていて、常人では計り知れないほどぶっ飛んだ思考をしていて……」

「もう充分!これ以上はおなかがいっぱいだから!」

「お腹が……?それでは夕食が入らないのでは?」

「そうじゃない……!」

「そうではない……?どういうことでしょう?」

 

 首をかしげ、リサが何を言っているのか本気で分かってない紗夜。一方、机に両手を打ち付けているリサは……

 

(紗夜の慧人くんに対する想いだけでお腹が一杯なの……!しかも何でそこでポンコツさを発揮してるの……!)

 

 口の中が段々甘くなり、お腹は膨れ、それでいて目の前の人は無自覚と来た。これには、ある程度想定はできても慣れるものではなかったと思うのだった。

 

「ねぇ、紗夜。慧人くんとは付き合ってないんだよね」

「えぇ。でも、絶対に付き合いたいとは思っていません」

「えぇっ!?」

「確かに付き合いたいとは思いますが、絶対にとまでは思っていません」

「ちょ、ちょっと待って!えぇっ!?だって慧人くんのこと好きなんだよね!?それも相当!」

「勿論。大好きですよ。看病してもらったことも通して更に好きになりましたね」

「さっき、一歩距離を縮めたいって」

「えぇ。言いましたよ」

「じゃ、じゃあ……」

「でも……そうじゃないんですよ、今井さん。私はただ、彼に傍に居てほしいんです。私が欲しいのは『冬木慧人の彼女』とか『冬木慧人の恋人』という、肩書とか立場じゃないんです。ただ、彼の傍に居たい。傍に居てほしい。これからもずっと……それだけなんですよ」

「…………」

「……今井さん?」

「……うぅっ」

「今井さん!?どうして泣いているんですか!?」

「だって~だってぇ~」

 

(こんなにも純粋で、しかもずっと傍に居たいだけとか……アタシらがくっつけようと画策しているのが申し訳ないというか……背中を押そうとしているのが段々恥ずかしく感じて……)

 

 数分後。

 

「落ち着きましたか?」

「ごめんね~紗夜があまりに眩しくて」

「はぁ。……まぁ、さっきはああやって言いました。でも、きっとあれは理想。都合のいいものなんですよ」

「ん?どういうこと?」

「傍に居たいという真っ直ぐな思い。他の人に奪われたくないという焦燥。誰にも譲りたくないという独占欲。理想は綺麗に一つでまとまっているのに、いろいろな気持ちがグチャグチャに混ざっているのが現状なんですよ」

「うーん……でも、それでいいんじゃないかな?」

「……え?」

「いやさ。確かにアタシも好きな人が出来たとしたら、ずっと傍に居たいっていう凄い真っ直ぐな気持ちはあると思う。でも、その裏では紗夜が言っていた、色んな感情が取り巻いていると思う。だけど、それでいいと思うよ」

「何故……ですか?そのような不純な気持ちがあっては真摯に向き合えないのでは?」

「色んな人がいるけどさ、そんな純粋な気持ちだけで、ずっと居られる人なんて実は少ないんじゃない?人それぞれ、様々な葛藤を経て今の思いがあるし、これからもその思いが少しずつ変わっていくんじゃないかな?」

「なるほど……」

「だから今はそれでいいと思う。今は纏まりがなくても、この先それが変わっていくかいかないかなんて分からないからさ。それにアタシは紗夜のこと、羨ましいと思っているよ」

「羨ましい……ですか?」

「アタシはそんな、他の誰かに奪われたくない!なんて思える程の異性にまだ出会えてないからさ~そんなに強く想える人が居て羨ましいよ☆ひゅーひゅー」

「か、からかわないでください!」

「ま、要は難しく考えすぎってこと。きっと、もっと単純でいいんだよ」

「なるほど……分かりました」

 

(でも、そうやって何事にも真っ直ぐ向き合う姿勢は、紗夜らしくていいんだけどね♪)

 

「それで、本題なんですが」

「ん?本題?」

「最初に言いましたよ」

 

 何だったっけ?と頑張って思いだそうとするリサ。対して、紗夜は目の前の人が本題を忘れたことに気付き、もう一度言うことにする。

 

「だから……その、慧人さんとの距離を詰めたいって話です……」

「告白して付き合う」

「そ、それは……その……えっと、出来ればもう少し簡単なのを……」

「キスをする」

「それもハードルが……もう少し、もう少し易しめなのを……」

「…………」

 

(いや、今以上にってもうこの二つくらいしか思い付かないんだけど……)

 

「だってさ、二人って普通に手を繋いでいるし、抱き締め合ってるし、膝枕もしていたし、食事であーんとかもやってるしさ……ねぇ。もう、それ以上って……」

「ま、まだ何かあるはずですよ……」

「うーん、でも今更、間接キス……を狙ってやるのも変だし、そもそも普通にしてそうだし……あ、じゃあ、あれは?唇同士を重ね合わせるキスがダメならさ、頬とか額とかにキスするとか?」

「……そ、それならまだ何とか」

「うんうん。少しハードルは低くなったんじゃないかな?」

「そうですね。あ、首筋にキスマークを付けるとか甘噛みするというのもどうでしょうか?」

 

(そこまで行くと、もう付き合ってるかその先だと思うけど……)

 

「紗夜の基準がよく分からない……」

「何かおっしゃいました?」

「ううん。あ、でも甘噛みはともかく、キスマークは流石に慧人くんの許可を貰ってからの方がいいと思うよ?」

「なるほど……確かにそうですね。首筋ですと外から見える部分ですから、許可は必要ですね」

「そうそう……ん?」

「どうしました?」

 

(その解釈だと見えない部分ならいいと思っているように聞こえるような……気のせいかな?)

 

「ううん、何でも。いやーそれにしても、二人ってさ。改めて思うけど、仲いいよね」

「そうでしょうか?」

「いや、絶対そうだって。だって、喧嘩とかそんなにしないんじゃないの?」

「そうですね……確かに喧嘩はあまりしないですね。でも、言い争い……までは行きませんが意見をぶつけ合うことはありますよ」

「おぉっ、それは意外。例えば、どんなことで?」

「私がフライドポテトをもっと食べたいって言うと、これ以上はダメだとか。何で今日の夕食にフライドポテトがないの?とか、フライドポテトに塩を振るか、ケチャップなどを付けるかとか」

「……うん?」

「それに、この前もフライドポテトのLサイズを三つ頼もうとしたのを止められて、二つに減らされたりとか」

「待って待って。え?フライドポテトでそんなに言い争っているの?」

「えぇ。全く、慧人さんももう少し譲歩してほしいですよね」

 

 フライドポテトガチ勢である紗夜。対して、慧人は過去の惨劇を繰り返さないように動いているのだが、ポテトを前にした紗夜は、その真意を頭では分かっても心では受け付けていなかった。故に、かなりの頻度でポテトに関する言い争いが起きるのである。

 

(あー本当に管理しているんだ……頑張ってるなぁ、慧人くん)

 

 対してリサも慧人の真意を分かっているため、目の前にいるポテト狂な彼女を止めるのは、苦労するんだろうなぁと密かに思った。

 

「あはは……あ、そう言えばさ。()()は渡したの?」

「ああ、()()ですね。えぇ、バッチリです」

「まさか、慧人くんがそんなものを頼むなんてね~出会った頃じゃ想像付かなかったよ☆」

「確かに、意外でしたね。……もう少し別のものでも良かったんですけどね」

「まぁ、紗夜に対するお願いというより、Roseliaへのお願いだったからね~。本当は、紗夜個人にお願いしてほしかったんでしょうけど」

「……その気持ちも確かにあります。……でも、それ以上に嬉しかったんです」

「ほう」

「慧人さん。本当に少しずつですが、私たちの音楽にも興味を抱いてくれて……ふふっ。だから、もっと好きになってもらえるように頑張りたいですね」

「そうだね~。それにまぁ、慧人くんにはお世話になっているところもあるから、あれくらいならお安い御用だよ☆」

「それならよかったです」

「でも、何でそんなことをわざわざ頼んだんだろうね。アタシたちの練習とか時間が空いてれば聞いてたのに」

「ああ、それなら聞きましたよ。明日からの合宿のためだそうです」

「合宿?……あーあの、紗夜が慧人くんに平手打ちしたときのやつだね」

「まぁ、その時のですね……」

 

 残念な覚え方ではあるが、否定できないのは事実である。

 

「覚え方はともかく、慧人さんが言うには『集中したい時とか音楽を聴けたらいいな』とのことですね。一種のルーティーンかと」

「ルーティーン?あー、スポーツ選手が何かやるやつだっけ?」

「スポーツ選手だけではないですが、そうですね。彼は音楽を聴くと何か集中できるって言ってましたね。後は赤の他人……って言い方も変ですけど、そういう人たちが演奏したり歌っている曲より、Roseliaとか知っているバンドが演奏している曲の方が集中出来るそうです」

「なるほど……あ、でもそっか」

「どうかしました?」

「いいや?慧人くんが『紗夜と会えないのは死活問題だぁ!』って叫んでいたから、そういう意味で頼んだんだと思ったけど、それだったらRoseliaじゃなくて、紗夜個人的に頼んでるなーって」

「……あっ」

「……もしかして紗夜。明日からしばらく慧人くんと会えないの忘れてない?」

「そそ、そんなことあるわけないじゃないですか。え、えぇ、もちろん覚えていましたよ」

 

 頑張って取り繕うとしているが、バレバレである。

 

「まぁ、会えないって言っても、電話とかするんじゃないの?」

「…………しないです」

「…………え?」

「お互いにしないって、約束しました」

「ど、どうして?」

「……やっぱり、今回の合宿は慧人さんの人生にとって大きなものになると思います。向こうでのスケジュールを考えると、充分な休息がとれないかもしれません。それは時間って意味もですし、環境って意味もです。慣れない環境、きっと周りにいる方も、今まで感じたことない緊張感なりを持っているはず。そんな中で私と電話している時間は……きっと、無駄になってしまう。慧人さんが笑って大丈夫って言っても、それは重荷になってしまう。私は彼の邪魔をしたくない……だから決めたんです。連絡を取り合わないって」

「な、なるほど……」

「まぁ、慧人さんも、向こうではスマホの電源を切るって言ってましたしね。でも、こうすれば、お互いに無駄な時間を過ごさないんです。無駄な思考を割かなくていいんですよ」

「確かにそっか。連絡する!って言うとお互いにその連絡を待っちゃう時間とか、いつ連絡しようとか、いつなら迷惑にならないとか色々と考えちゃうもんね」

「えぇ。だから、連絡しないんです」

「ふふっ」

「どうしました?」

「ううん。紗夜って、さっきは傍に居たいって言ってたけど、それでも慧人くんの迷惑になるくらいなら、距離を取ることも考えられているんだぁって思ったの」

「そうでしたか……」

 

 お互いのことを想う故の決断。そのことに深い感心を見せるリサであった。

 

「話変わるけど、紗夜ってこの後の予定は?」

「え?普通に帰りますが……」

「慧人くんに会いに行ってきたら?」

「い、今からですか?」

「うん。だって、明日から会えないし連絡も取らないんでしょ?」

「そ、そうですが……でも、迷惑にならないでしょうか……」

「大丈夫だよ。誰かさんが既に乗り込んだ後だし、紗夜が行っても迷惑とは思わないでしょ。それに……」

「それに?」

「やっぱり、直接会って、言葉で伝えた方がいいことって絶対にあると思う。別に長々と言わなくても、それこそ『頑張って』の一言でもいいからさ。直接会って伝えてあげてよ。今、紗夜が伝えたいことを。そうすれば、慧人くんは……ううん。紗夜も慧人くんも、お互いが近くに居なくても、絶対にこの一週間頑張れると思うからさ」

 

 その言葉を聞いて紗夜は無言で立ち上がる。そして、

 

「すみません、今井さん。ちょっと、急いで行きたい場所が出来たので」

「いってらっしゃい。気を付けてね」

「はい」

 

 駆けていく紗夜。そんな後ろ姿を見て、リサは、

 

「いいなぁ、青春って感じで」

 

 そう言いながら、ある人物にメッセージを送るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「帰るわ」

 

 俺の悩みを告げた後も、何だかんだでだらだらと話していた俺たち。

 スマホを見た千聖が、急に帰ると言い出した。いやまぁ、コイツの場合、大体帰るタイミングは決まってないからいつも通りだが、それにしても急だったな。

 

「急用か?」

「まぁ、そんなところかしら」

「送っていこうか」

「いいえ。あなたは絶対にここにいなさい?いいわね?」

「はぁ……」

 

 わざわざ言わなくても、外に出る気はないんだが……

 

「絶対にここに居ること。破ったら末代まで呪うわ」

「いや、そんなことで呪われる子孫が可哀想だろ」

「安心してちょうだい。強力な呪いをかけてあげるわ」

「何も安心できねぇ……が、分かったよ。……じゃ、気を付けてな」

「じゃあ、またね。慧人」

 

 そう言って、家から出て行く千聖。念押しまでして……そこまで出掛けるなと言わなくても出掛けないっての。……というかあの女の人脈なら本気でそういう系の人を呼んできて呪いそうで怖い。

 と、そんな感じで千聖が去って少し時間が経った頃。明日以降の合宿の準備を進めていく中……

 

 ピンポーン

 

「来客か?はーい」

 

 インターフォンが鳴った。ドアを開けるとそこには……

 

「紗夜さん?」

「はぁ……はぁ……」

「息を切らして一体どうしたんですか?まさか、誰かに追われてるとか?えっと、とりあえず、上がっていきま――」

「慧人さん!」

 

 紗夜さんの大きな声に思わず驚いてしまう。

 

「私、応援していますから!慧人さんのこと!だから、頑張ってください!」

 

 少し頬が紅く染まった彼女。

 

「…………ありがとうございます……紗夜さん。すげぇ嬉しいですよ」

「そ、それならよかった……」

 

 そのまま倒れ込んでくる彼女を優しく受け止める。

 

「ごめんなさい……CiRCLEから……走ってきたので」

「もしかして、今のことを伝えるためだけに……ですか?」

「はい……早く伝えようって……それで」

「…………」

 

 きっと、俺が好きなクールビューティーな人ならば、そんなことはしないだろう。これが出発まで残り数分ならともかく、出発は明日の朝。時間的な余裕は充分にある。それなのに、その言葉を伝えるためだけに、息を切らして走ってくるなんて……やっぱり、今の紗夜さんにはクールビューティーって言葉は似合わないかもしれない。

 

「え……?」

 

 同じ状況でも、きっと昔の貴女ならそんな行動をしなかっただろう。でも、そんな行動を今の貴女はした。……不思議だな。たったそれだけの行動、たったそれだけの言葉なのに……

 

「な、泣いてる……?ど、どうしたんですか!?」

「泣いてないですよ」

「え?で、でも……」

「目にゴミが入っただけですよ、きっと」

「そ、そうですか……?」

 

 おかしいな。本当に少しとは言え涙が出て来るとは。こんなことで泣きかけるなんて思いもしなかった。……いいや、そもそも俺に涙というものが存在したことにも少しだけ驚いた。

 

「ごめん。紗夜さん」

 

 俺は彼女を抱き寄せる。

 

「少しだけ……少しだけ。このままで居させて」

「……えぇ。私もこのままで居させて下さい……」

 

 彼女も俺の背中に腕を回してくる。

 だって、その一言の為だけに、たった一言を伝えるためだけに。彼女はここに来てくれた。こんな俺なんかのために来てくれた。

 俺にはそんな彼女の優しさを、受け取る資格なんてない……。だって、その優しさを受け取る心がないんだから。受け取る器がないんだ。だから、俺なんかが受け取っていいものじゃない……分かってる。それは分かってる……のに、じゃあ、この胸に広がる温かいものは何だろうか。何かをゆっくりと溶かしていくようなこの感覚は何だろうか。

 どれだけ時間が経ったかは分からない。それは長かったかもしれないし、短かったかもしれない。ただ、離れたとき、少しだけ名残惜しいと思ってしまう自分がそこには居た。

 

「紗夜さん……」

「慧人さん……」

 

 紗夜さんが首の後ろ辺りに手を伸ばしてくる。そして、軽く背伸びしてそのまま……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ダメですよ」

 

 気付けば俺の右手の人差し指は、彼女の唇を軽く押さえていた。

 最後に残っていた理性と言うべきものか何なのか。その何かがこれ以上進んではいけないと訴えかけている。

 

「……あっ…………!」

 

 紗夜さんの頬が真っ赤になっていく。

 

「ご、ごめんなさい!そ、その……えっと、えっと……!」

 

(あ、あれ?今、私って……そ、その口づけをしようと……)

 

「大丈夫ですよ。だから一旦落ち着きましょう」

「そ、そうですね……」

 

 何度か深呼吸をする紗夜さん。

 

「落ち着きました?」

「え、えぇ……少しだけですが」

「そうですか」

 

 ……何だろうか。さっきまでの空気が空気だっただけに何というか……気まずい。

 

「か、帰ります……ね」

 

 足早に去ろうとする彼女。そんな彼女の手を反射的に掴んでいた。

 

「け、慧人さん?」

「送っていきます……よ」

「は、はい……」

 

 そのまま並んで歩き始める……が、何というか……何だコレは。この……なんとも言えない空気……早急に変えないといけない気がする。いつもと違いすぎる空気に……流石に困惑してしまっている。

 

「……ははっ」「……ふふっ」

 

 と、そう思っていると思わず笑ってしまう。見ると、ほぼ同時に紗夜さんも軽く笑っていた。

 

「……何だか、空気がアレでしたね。気まずいというか何というか」

「えぇ。あまりない感じでしたので、思わず笑ってしまいました」

「何か早急にこの空気を変えたいとは思うけど」

「どうやって変えればいいか分かんないですよね」

「そうですよ。分からなさ過ぎて、一周回って笑いが出てきましたよ」

「でも、そのおかげでさっきまでの空気は消えましたね」

 

 空気が緩和されて良かったと思う反面、少しだけ心残りがあるような感覚。ただまぁ、

 

「アレですね。あのまま流されて行きそうでしたからね」

 

 まさか、空気ってここまで大事とは……すげぇなぁ。

 

「そうですね…………あれ?」

「どうしましたか?」

 

(もしかして……流されていればそのまま付き合えたのでは?)

 

 何かを考えている紗夜さん。そして、頭を抱え始めた。

 

「え?どうしたんですか?」

 

 急に彼女が頭を抱えるほどに何か考えている。え?ど、どうしたんだ?

 

(私はなんて惜しいことを……!いえ、考え直しましょう。あのまま流されて付き合っても気まずくなってただけだと。付き合うなら、もっと、空気に頼らず行くべきだと。そうですね。きっと、そっちの方がいいはずです)

 

 そして、何か吹っ切れたような笑みを向けてくる。どうしよう。紗夜さんの考えていることが分からない。

 

「……どうしました?」

「いいえ。大丈夫ですよ」

 

 何処が?と聞きたくなる衝動を抑えながら、彼女を見てふと思う。そう、何か違和感を感じるのだ。

 

「…………(じー)」

「え、ど、どうしたんですか……?その、さっきのこともあって……見つめられると恥ずかしいと言いますか……」

 

 何だろうか。この微かに感じる違和感は……あ。

 

「…………分かった」

 

 俺は一つの答えに辿り着いた。

 

「紗夜さん――」

 

 彼女から手を離し、代わりに両肩に手を置く。彼女と向き合い、彼女の目を見る。

 

(え?……えぇ!?ま、まさか……ね。いや、でもさっきまでの空気がアレだったしもしかして……ううん、で、でもまだ心の準備が……!)

 

「――ギター、忘れてません?」

「はい……ってあれ?」

 

 彼女は自分の肩あたりを触る。首をかしげた後、背中あたりを触る。そして、首を左右に動かして背中の辺りを見ようとする。最後に、軽くジャンプしてみて……

 

「……慧人さん。私ってギター持ってましたよね?」

「今日に関して言うなら、俺は見てませんよ」

「あれ?今日ってRoseliaの皆と練習してましたよね?」

「リサ姐の話と、紗夜さんがCiRCLEから来たことを考えたら、多分そうだと」

「なるほどこれがイリュージョンですね?それか、ギター消失マジックですか?」

「このタイミングでボケなくていいんですよ?」

「というわけで奇術師の慧人さん。私のギターを出してくださいな」

「あのー紗夜さん?まさかの現実逃避ですか?」

「ほら、1,2の3で私のギターが出てくるはずなんですよ?」

「いや、無理ですけど?何をおっしゃっているんでしょうか?」

「いやいや、慧人さん。よく考えてくださいよ。私に限って、CiRCLEにギターを置いてきたってことはないですよ。だって、この私ですよ」

「そうですよね。いやー半年くらい前まで、私にはギターしかないの!って言ってたあの紗夜さんがギターを置いてくるわけないですよね」

「「あはははははははは」」

 

 ひとしきり笑った後、我に返って思う。そう、

 

「CiRCLEにギター忘れて来てしまいました!?」

「何やっているんですかあなたはぁ!?」

 

 この後、リサ姐が紗夜さんのギターをまりなさんに預けていたらしいので、二人、仲良く取りに行ったのだった。




やっぱり、紗夜さんが(ポンコツ)ヒロインですね。
というか……おかしいな。慧人くんに死亡フラグが建っているようにしか見えないぞ……?

この話は何度か書き直したり、いろいろしていたら、まさか初期案とここまでかけ離れる結果に(ちなみに初期案では、紗夜さんとリサ姐が話して終わりでした)。

そういえば、ポンコツな紗夜さん。
慧人に対して変態な千聖。
リサ姐ってキャラ崩壊しているっけ?……させるべきか?リサ姐も。
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