そんな紗夜さんですが、今回はしっかりヒロインなはずです。
「三人ともー夕ご飯よ」
あの後、三人で雑談をしていたり、すると夕ご飯の時間になったみたいだ。紗夜さんと日菜のお母さんがやって来て、ここに居る三人に夕ご飯と……?ん?三人?
「三人って、紗夜さんと日菜と……誰のことですか?」
「勿論、慧人くんよ」
「え?いいんですか?」
「ええ。うちの主人が迷惑をかけたらしいし、紗夜に聞いたけど普段一人で食べているんでしょ?」
「まぁ、両親は基本夜中に帰ってくるんで……」
だから滅多に一緒に食事とかはない。
「だったら、今日は食べて行きなさい。もう作っちゃったしね」
「じゃあ、お言葉に甘えますね」
そっか。本当ならそろそろお暇したほうがよかった時間か。いやー時間って経つの早いなほんと。
そう思いながら、紗夜さんと日菜について行き、手を洗ってリビングへ。
そして、俺はテーブルに乗ってるものを見て……戦慄した。
「…………」
「どうしたんですか?座っていいんですよ?」
「そーだよ~早く早く」
紗夜さんと日菜が特に驚いた様子もなく座っている。見ると、二人のお父さんとお母さんも座っていて……幻覚か?俺の見えているものは幻覚なのか?
「いや……今日ポテトに関するおかしな事があったので……何か山盛りフライドポテトの幻覚が見えているんですけど……」
「あはは~何を言ってるの?本物に決まってるじゃん~」
「全くです。そんな幻覚だなんておかしな事を言わないでください」
「……え?本物……だと?」
「慧人くんが来たって何時になく張り切って作っていたからな」
「えぇ。腕によりをかけたわ」
……どうやら、目の前にある山盛りポテトは本物らしい。
そのことに驚きながら紗夜さんの隣に腰掛ける。そして、
「「「いただきます」」」
手を合わせ、そして食べ始めようとする。だが、4人とも動かない……え?何かのルールか?
「慧人さん。先にポテトだけどうぞ」
「え?」
「うーん、5本!5本だけだよ?」
「まぁ、それぐらいならいいんじゃないか?」
「えぇ、賛成よ」
……何で5本とか、何でポテトを先に勧めたかは知らないが……
「まぁ、そこまで言うなら……」
ということで、ポテトを1本取って口の中へ……うん。
「美味しいです」
「ありがとうね」
そして、2本、3本目を口にする。
「細く切られていて1本1本が食べやすいですね。そしてこのスパイシーさ……チリパウダーですかね。最後、揚げた後に塩こしょうと共にふりかけて馴染ませた……うん。丁寧に作られていてこれだけの量のフライドポテトなのにしっかりと、全体的になじんでいるように感じます」
「……まさか、氷川家以外にこの事が分かるとは……しかも2、3本食べただけで」
「流石は紗夜が選んだ人ね……」
「当たっていましたか。外していなくてよかったです」
そして4本目を口の中へ入れる。
「まぁ、自分もフライドポテトはよく作りますので……色々な作り方を試しているから分かったんでしょうね」
「え?慧人さん。私、そんなに食べていませんよ?」
おっと、食いつくのが早かった。……マズいな。これは言っちゃいけないことだった気がする。
「…………試行錯誤中ですので。紗夜さんに満足して頂けるものしか当社は提供しない方針で……」
「そんなことはいいんです。今度からは私にも試食させてくださいね」
「イエス、マム」
そこまで言われたら仕方ないな、そう思いながら5本目を口にする。そして、5本目のフライドポテトを咀嚼し、喉を通した瞬間。
「「「…………!」」」
空気が変わった。まるで、ここは戦場だと言わんばかりの張り詰めた空気。
そして、その空気の変わりようを前に俺は、動くことが出来なかった。
そんな俺を差し置いて、氷川家4人の手が一斉にフライドポテトへと向かう。各々がポテトを掴みそれを口の中に入れ、咀嚼し飲み込む。そして、再びポテトに手が伸びる……それの繰り返しだった。ポテトを掴む→食べる、たった二つの工程の繰り返し。しかし、その繰り返しが尋常じゃないスピードだった。
少なくとも、この戦場は俺が立てるような次元じゃない、高次元なものだった。目だけ、4人の動きを追うのが精一杯の状況。手を動かそうにも、まるで俺の動きだけがスローになったような感覚。そうこうしている間にも山盛りポテトはその姿を徐々に失わせていき……気付いたときにはポテトは消えていた。
一瞬だった。一瞬で山のようにあったポテトは姿を消したのだった。
ここで、ようやく、俺は気付いたのだった。いただきますと合掌をした直後の奇妙な会話。アレが何を意味していたのかを。
「ま、まさか……!」
「あれれ~?やっと気付いたの~?」
「無理もないですよ。それに、いくら慧人さんでも、この戦場に立つのはまだ早かったんです」
「ふふっ、でも、気付くのが遅すぎだったわね」
「あぁ。2人とそこそこの付き合いならもう少し早く気付いてもよかったんじゃないか?」
「でも優しいよね~5本もハンデであげたんだから」
「まぁ、6本目を食べることはなかったですが」
初めての感覚だ。まさか、戦いを前に身体が動かなかったなんて……
「ふふっ、口元に付いてますよ」
紗夜さんの手が俺の口元に伸びる。人差し指で俺の口元に付いていたと思われるポテトの欠片を取ると、そのまま軽くペロッと舐める。そして、
「私の勝ちですね。慧人さん」
そう言い放った。
襲い来る脱力感、そして無力感。紗夜さんだけじゃない。日菜も、2人のご両親も……なんてレベルなんだ。天と地ほどの差があるではないか。……こんな人たちに俺が勝てるわけがないじゃないか。
圧倒的な敗北感が押し寄せてくる。そんな中で俺の心には次こそは勝つという強い火が燃え盛って……燃えてきて……燃えて……?
「…………?」
燃えてこないわ。
いや、よく考えなくても、最初に取り分けておけばいいじゃん。何で争っているんだよ意味分かんねぇよ。そもそもよく4人ともあの一瞬でポテトが胃に消えていったな。すげぇよアンタら。ポテト限定の早食い大会があったら絶対に優勝だよ。
今更気付いた。よく考えたらこれ、敗北感というよりただの呆れな気がした。何というか……うん。紗夜さんのポテト狂なところってこれ絶対に血筋だろ。
よし、なんか解決したしご飯食べるとするか。うんうん。
「……紗夜さん。ちゃっかりにんじんを俺のところに乗せないで下さい」
「……にんじんが慧人さんに食べて欲しいって言ってたんです」
「ダメです。しっかりと食べて下さい」
「私、思うんです。にんじんはこの世に必要ないのではと」
「はいはい。ほら口開けて。あーん」
「うっ……あ、あーん」
震える彼女の口の中へにんじんを入れていく。
「うぅっ……!」
「えらいえらい。よく食べました」
彼女が自身の頭を俺の胸元に押しつけてきたので、優しく後頭部を撫でることにする。やれやれ、紗夜さんのにんじん嫌いにも困った物だ。
「日菜。これでも付き合ってないんだよな?」
「うん。まだだって~(もぐもぐ)」
「……あの紗夜がここまで懐くとは……恐るべしね」
「だよね~でもこういうおねーちゃんって見ていてるんっ!ってする」
「……ところで私たちの存在って……」
「おねーちゃんは絶対、忘れているね~」
「青春っていいわね……ほんと」
と、何かよく分からないけど、生温かい視線を受けながら食事を進めていくのだった。
「何だか、成り行きですみません……」
「別にいいですよ。では、少し行ってきますね」
「いってら~」
夕食後、少しだけ談笑して帰ろうと思っていた慧人。だが、紗夜と日菜のお母さんに『もうこのまま泊まっていったら?』と提案され、流されるままに氷川家に泊まることになったのである。で、風呂の順番が来たので慧人が入ることになったのである。
「すみませんとか言いながらるんっ♪ってしているよね?おねーちゃん」
「そ、そんなことないわよ。決して、一緒の布団で寝られるなんて考えていないわ」
「おねーちゃん?まだ慧人の寝る部屋すら決めてないのに、一緒に寝る気満々じゃん」
「あっ……」
早速と言うべきか墓穴を掘る紗夜。少しだけ顔を紅くする姉を見ながら日菜は続けた。
「……あたしさーやっぱりダメみたい」
「どうしたのよ。急に」
「うんとね、あたしはおねーちゃんの好きなものが好きになると思ってたんだ」
「……確かに。あなたは私のやることを真似してばかりだったものね」
「あはは……まぁ、だからさー恋愛も、あたしはおねーちゃんの好きになった人を好きになると思ってたの」
「……そう」
「あたしは慧人のこと好きだよ?」
「なっ……だ、誰も慧人さんのことが好きだなんて言ってないわよ!」
「いやいや、おねーちゃん。隠すの無駄だからね?あたしでも分かるレベルってきっと相当だよ?」
「…………」
「でさー慧人のこと好きだと思うよ?だって、慧人と居るとるんっ♪ってくることが多いもん。……でも、おねーちゃんの好きに比べたら、全然浅いんだなーって」
「浅い?」
「うんとね、あたしは慧人と居るとるんっだけど、おねーちゃんは慧人と居るとるるるるるんっって感じで、全然違うなーって……あ、もちろん、あたしはそんなおねーちゃんから慧人を奪おう!とか一切考えていないから安心して!」
「そもそも私のものでもないわよ……」
「なんか、難しいんだよねーおねーちゃんみたいに人を凄い好きになるのって」
「……私はなりたくてなったんじゃないのよ」
「……?違うの?」
「だって、去年、ずーっと慧人さんのことを嫌っていたもの」
「あははー何度か聞こえてたよ?慧人が鬱陶しい的なこと」
「嫌っても、突き放しても、傷付けても。あの人はずっと居てくれた。……その意味ではあなたと同じかもね。……あの時は気づけなかったけど、今は分かる。あの人が居てくれたから氷川紗夜はいる。あの人が居てくれたから、こうしてあなたと接することが出来ている。……私はあの人を気付けば好きになっていた。好きになろうとして好きになったんじゃなくて、自然と好きになっていたのよ」
「……うむむ……やっぱり、よく分かんないや」
「そうかもね。でも、無理に好きになる必要はないと思うわ。あなたの人生よ。あなたが好きになった人と一緒に居られるといいわね」
「要するに、無理にるんっとするんじゃなくて、自然とるんっとなる人がいいってこと?それもおねーちゃんレベルの」
「私を基準にしなくていいのよ。でも、あなたの場合はアイドルだから。少し複雑になるかもしれないわね」
紗夜の言葉に、分かったような分からないような表情をする日菜。他者の存在がまだよく分からない日菜にとっては、難しいかもしれないと思う紗夜。
(……そう言う私もまだまだ分からないことだらけね……)
「ところで、お風呂場に行ってこなくていいの?」
「な、何を言ってるの!?」
「ほらほら~風呂場で『一緒に入ってもいいですか……?』とか言わなくていいの?」
「い、言うわけないでしょ!そ、そんなことしに行ける勇気があれば、もうとっくに告白しているわよ!」
「ふーん、だってさー慧人?」
「え、え!?け、慧人さん!?いい、今のはその言葉の綾というかなんというか……」
「嘘だよー」
「~~~っ!」
「あははは~トマトみたいに真っ赤だ!」
さらに顔を紅くする紗夜。そんな姉の様子をけらけらと笑う日菜。
「あひゃ、いひゃい、いひゃいよおねーひゃん」
「そんなこと言う口はこの口ですか!」
「ごめん、ごめんってば~からかっただけだから~ゆるひへぇ~」
笑い転げる日菜の頬を引っ張る紗夜。
「全く……少しギターを弾くから大人しくしていて」
「はぁーい」
少しした後に放すも、日菜は本当に反省しているのか分からない。ただ、これ以上おかしなことを言われないようギターを弾くことに集中することにした紗夜。
「お風呂上がりました」
紗夜がギターを弾くこと何分か。慧人の帰還である。
「あははーおとーさんの服着てるー!」
「そりゃそうだろ、まさか泊まるとは思ってねぇんだから」
「…………」
ギターを弾く手が止まる紗夜。その目は慧人の方を見ていた。
「おーい?おねーちゃん?どうしたのー?」
「何か変ですか?」
「……あ、いえ……つ、次は私が入ってきますね……!」
「え?あ、いってら~」
「あ、どうぞ」
ギターを片付け、そそくさと足早に風呂場に向かう紗夜。残された二人は……
「「何があったんだろう?」」
お互いに顔を見合わせ首をかしげていた。
(な、何でしょう……この胸の高鳴りは。そ、そりゃあ、慧人さんの風呂上がりの姿なんて普段見ることが出来ないはずなんですが……髪が水分のせいか落ち着いていて、いつもと違う雰囲気に……!も、もし付き合ったらああいう姿を何度も……い、いえ、それ以上も……!)
「って、な、何を私は考えているの……!?」
ちなみに紗夜の方は、一人悶々ともだえていた。
一方、そんなこと一切知らない二人はと言うと……
「あたしさー慧人のことおにーちゃんって呼ぶのはむむっ?って思うの」
「俺もお前にお兄ちゃんと呼ばれるのは違うと思う」
「でもさぁ、おねーちゃんと慧人が結婚したら、慧人っておにーちゃんになるわけじゃん?」
「義理のな」
「ぎりーちゃん?」
「なんだそのよく分からんやつは」
「うーん……やっぱり慧人は慧人でいいや!」
「結局、変わらなかったのな」
「そうそう!あたしね!いいこと思いついたの!」
「よし、まずそのいいこととやらを忘れろ」
「まずさーあたしとおねーちゃんって結婚できないじゃん?」
「聞けよ……でもまぁ、そりゃそうだ」
「でさーおねーちゃんって慧人と結婚するじゃん?」
「それは未確定だな」
「そこで天才日菜ちゃん思いました。あたしも慧人と結婚すればいいじゃんと」
「ほぅ。それは色々と問題だらけだけどな?」
「そうすれば何と!あたしはおねーちゃんと間接結婚ができるんだよ!」
「待て。間接結婚ってなんだよ」
「……?」
何で伝わってないんだろうって顔をする日菜と、何で新しい造語で伝わると思ったんだろうって顔をする慧人。
「もしかして、慧人って理解力が残念系?」
「おう、喧嘩なら仕方ないから買うぞ?」
「痴話喧嘩?それならおねーちゃんとやれば?」
「阿呆か。お前とサシの喧嘩だよ」
「うーん、でもどうするの?あたし、慧人におりゃーって方の喧嘩で勝てる気しないよ?」
「奇遇だな。お前と口喧嘩だけはしたくない気がしてきた」
「むむむ……?じゃあ、こういう勝負にしようよ!」
ということで、何故か日菜が慧人の正面から抱き着く状態になる。
「照れて離れようとした方の負けってことにしよう!」
「よし、乗った。……ところで、何でお前の頬紅いんだ?」
「聞いてよ!さっきおねーちゃんに頬を引っ張られたんだよ!」
「ふーん……で?お前、何を余分なこと言ったんだ」
「余分なこと言ったんじゃないよ!ちょっとからかっただけだよ!」
「じゃあ、自業自得だな。……話を戻すが間接結婚って何だよ」
「んー間接キスってあるじゃん?物を介してキスするやつ」
「ふむふむ」
「あれと一緒だよ!あたしは慧人を介しておねーちゃんと結婚できるの!」
「なるほど……あれ?それ、俺が二股状態?」
「うーん、表面上は慧人が二股、実際はおねーちゃんが二股だね」
「複雑そうだな……でも、日本って重婚禁止だろ?」
「ふっふっふっ~あたしのぴかかーんな発想は、その程度じゃ崩れないよ?」
「はぁ?法律で禁止……」
「こころちゃんに言えば?」
「すべて解決?」
まじか……と頭を抱えそうになる慧人。
「いや、待て。結局は俺が承認しなければいい話だろ?」
「その時は千聖ちゃんかリサちーに頼めばオールオッケー!」
「よく分かんないが……そうだな、千聖かリサ姐に頼もう」
(日菜のこのハチャメチャな考えを変えてもらうのは。うん。俺じゃ多分、無理だ)
「というか、俺ってどこで寝るんだ?」
とここであからさまな話題変更。これ以上話すととんでもない方向に進みそうだと思った慧人。日菜はそれを分かってか、さっきので終わったのか。話に乗ることにした。
「え?ここじゃない?」
「紗夜さんは?」
「当然ここでしょ?」
「お前は?」
「あたしもじゃあ、混ぜてもらおう!」
「……三人か。川の字で寝るのか?」
「うーん、山の字でいいんじゃない?」
「……は?山?一本多くね?」
「慧人が真ん中で両腕を伸ばして寝る。あたしとおねーちゃんが左右で慧人の腕を枕に寝る。ほら、山の字じゃん」
「えぇー」
「じゃあ、Tで。慧人が両腕を伸ばして寝る。あたしとおねーちゃんが慧人を両サイドから抱き枕にして寝る」
「待て。俺が腕を伸ばした意味あるか?」
「……触っていませんよアピール?」
「電車内の痴漢か」
「じゃあ、△!」
「却下。紗夜さんの足に頭を乗せる気も、その逆もない」
「じゃあ、エ!」
「え?それ、俺真ん中なの?」
「うん。真ん中であたしたちの下敷きになるの」
「息ができなくて死ぬわ」
「ここで死ぬなら本望……!」
「なわけあるか」
「じゃあ、コ」
「さっきと同じだろ?嫌だわ」
「じゃあ、W?」
「え?足広げるのか?」
「違う違う。慧人が真ん中でくの字になるの」
「断る」
「じゃあ、Y!」
「あー頭が真ん中になるようにするのか?」
「ううん。足の裏」
「どのみちそこまでのスペースないだろ」
「じゃあ、座標空間?」
「空間?」
「一人X軸、一人Y軸、一人Z軸」
「誰か一人直立して寝るのかよ」
「うん。じゃんけんで負けた慧人がね」
「却下」
あーでもない、こーでもないと議論を重ねること何十分……
「お風呂出ました…………二人とも?」
「「はい」」
「何しているんですか?」
「「議論」」
「……何で議論でそんな体勢になるんですか?」
「「……喧嘩?」」
「……何で喧嘩でそんな体勢になるんですか?」
「「気付いたら?」」
二人が抱き合っていることに若干不機嫌になるが、互いに何にも思っていないことが分かって……
「…………はぁ。日菜、お風呂空いたわよ」
「はぁーい」
普通に離れる二人。未練も一切ない、サッパリとした様子である。そんな様子を見て、下心とかないことに安堵する紗夜。
「……何をしていたんですか?」
「三人でどんな風に寝るかって言う議論をしていました。途中から立体的になって収拾が付かなかったんですよ」
「普通に川の字で寝ればいいでしょう……」
「ですよね。流石紗夜さん。同意見です」
「はぁ。では、布団をひきましょうか」
「そうですね。俺がやりますよ」
テキパキと敷いていく慧人。そして……
「紗夜さん?」
「…………私がこうしたいだけです」
慧人がその布団の上で横になると、慧人の上で抱き着く紗夜。
「…………ダメ……ですか?」
「ダメなわけないですよ」
「…………今日はごめんなさい」
「何がでしょう?」
「帰り道に色々と巻き込んでしまって……」
「気にしていないですよ。なんだかんだで丸く収まったので」
「それでも……慧人さんに拳を向けてしまったりして……その」
と、慧人は人差し指を立て、彼女の口元に持って行く。
「これ以上はダメです。俺は気にしていない。あなたも謝罪をした。それ以上に何もないですよ」
「でも……!」
「それ以上この件について何か言うなら、騒動の原因となったポテト。アレを禁止します」
「…………」
一瞬にして静かになる紗夜。当然だ。ポテトが出てきてしまえば、彼女も黙るしかないのだ。そして、そんな彼女の髪をそっと撫でる慧人。
静かな時間が過ぎていく。撫でられている中、紗夜はあることに気付く。
「……そういえば、慧人さんって恥ずかしがったり、照れたりすることないですよね」
「そうですか?人並みにはしますよ」
「今だって、こんなに抱きついているのに心音が……」
そう言って慧人の胸に耳を当てる紗夜。ここで、紗夜はある重大なことに気付いてしまう。
「…………え?……心音が……聞こえない?」
必死に耳を研ぎ澄ませる紗夜。しかし、聞こえてくるはずの音が聞こえず、鼓動を感じないのだ。
「…………気付いてしまいましたか」
「どど、どういうことですか!?」
身体を起こし、慧人の顔を見ながら問い詰める紗夜。慧人は顔を背けながら、静かに答えた。
「……心が……ないんですよ」
「…………え?」
「……俺には……あるはずのものがないんですよ……」
「そ……そんな……!」
口元を両手で押さえながら愕然とする紗夜。
そんな紗夜を見て、慧人は肩を震わせていた。
「……け、慧人さん……泣いて……」
「…………!」
「笑い事じゃないですよ!だって、あなた心臓が……!」
「紗夜さん……あなたが耳を当ててたの……俺の右胸です……!」
笑いを堪えきれていない慧人。そんな状態で、必死に言葉を紡ぐ。
「……っ!」
それを聞いて、慧人の左胸に耳を当てる紗夜。今度は、しっかりと彼の鼓動を感じることが出来たのだ。
安堵するのと同時に、一気に恥ずかしさが込み上げてくる紗夜。顔を真っ赤にする。
「~~~!慧人さん!」
「あははははっ!まさか、右胸に耳を当てて心音が聞こえないなんて、そんなボケをいきなりするとは思わないじゃないですか!」
「ぼ、ボケじゃないですよ!」
「笑いを堪えるの必死だったんですよ」
「わ、笑わなくてもいいじゃないですか!」
「あはは、まぁ、嘘はついていないんですけどね」
「う、うるしゃい!」
なんと、このタイミングで噛んでしまう紗夜。そして更に、肩を震わせる慧人。
「~~~っ!」
「そういうところも可愛くて好きですよ」
「~~~っっ!」
慧人の胸を軽く叩きながら抵抗するも、一切痛くない慧人は紗夜に……
「紗夜さん……もっと、その恥辱にまみれた顔を見せてくださいよ」
「このドS!鬼畜!というか慧人さん!最近、よからぬ影響を受けていませんか!?」
「気のせいですよ。でもまぁ……まだまだこれくらいじゃ足りないですよ。この思いを満たすには」
絶対に何処かの変態女王様の影響を受けている慧人。眠れる彼の嗜虐心が徐々に表に出てきているようだ。そのまま、慧人は紗夜を抱え、身体を起こし体勢を変える。今度は紗夜が布団の上で横になり、慧人が上になる。
「……もっとやってあげましょうか?」
「……っ!」
慧人の鋭い眼差しが紗夜を貫く。その眼は捕食者の眼だった。
「……や、やれるものなら……やってください……!」
慧人の背中を握る力が強くなる紗夜。その目には負けないという意志と……
「冗談ですよ。だからそんな、震えている小動物みたいに怯えなくていいですよ。あなたの嫌がることはしないので」
……ほんの少しの怯えがあった。ただまぁ、そんなことを隠そうとしちゃうので……
「お、怯えてないですよ!ほ、ほらほら!あなたがやらないなら私からやりますよ!」
「くすぐり攻撃は効かないので。残念でしたね」
「うっ……こ、こうなったら……!」
かぷっ
紗夜の攻撃が慧人の首元に刺さる。
紗夜が両手を慧人の背中に回し、首元に噛みついたのである。
「……よしよし」
対して、そんな攻撃を攻撃と思っていない慧人。ゆっくりと身体を落とし、横向きになって布団の上に。その間も腕を回し、噛みついている彼女をゆっくりと撫でる。
かぷっ、かぷっ、かぷっ
そんな感じで(イチャついて?)何分か経った後……
「…………」
「どうしました?」
落ち着いた二人が、布団の上に座って向き合っていた。
「…………すみません……跡をつけるつもりはなかったんですが……」
「特に気にしていないんで、大丈夫ですよ」
「首筋にいくつもの噛み跡が……い、痛くなかったんですか?」
「痛く……あー全然大丈夫ですよ」
「うっ……と、とにかく、この噛み跡をどうにかする方法を考えなくては……!」
「このままじゃダメなんですか?」
「だ、ダメですよ!流石にそんな状態で学校とかバイトに行こうものなら、か、勘違いされちゃうじゃないですか!」
「……なるほど」
(俺が食われかけたと……いや、そんな勘違いするやついるか?)
(わ、私と慧人さんが、そんな関係だなんて……)
微妙にズレている二人。
「でも、どうしようもない気が……」
「……そうですね。すぐに消すことが無理なら隠す……が精一杯でしょうか」
「うーん……あ、絆創膏とかですか?」
「なるほど。包帯なら行けますね」
「…………ん?」
「怪我人のように見えますが……大丈夫ですか?」
「大丈夫ですけど……」
(え?包帯で隠す?絆創膏とかで隠せるんじゃないの?)
鏡を見ていないのでどういう状況か分からないが、鏡で見るのが怖くなった慧人。基本的に怖いものなしの彼ではあるが、今回の件は流石に怖くなってきた様子だ。
「っていきなり、どうしたんですか?」
そんな恐怖を感じている慧人をよそに首筋を差し出す紗夜。いきなりの行動に今度は恐怖ではなく困惑が襲ってくる。
「……私にもつけてください……その、噛み跡を……」
「はい?」
「目には目を歯には歯を、噛み跡には噛み跡を……です」
「なるほど……でも、紗夜さんも包帯で隠すんですか?」
「…………あ」
(さ、流石にそれは怪しまれますね……主に察しのいい人たちに。二人して首元に包帯を巻いているなんて……きっとごまかしきれないでしょう……うぅ……でも……)
「だから……」
「ひゃう……!」
考え事をしていた紗夜の首筋を軽く噛む慧人。力を込めすぎないように優しく噛み、少しした後に離れた。
「これぐらいなら跡にはならないと思うので」
「そうですね……その、もう一回して……ください」
「いいですよ……」
「あ……っ。もう少し……力を入れて……」
「こうですか……?」
「……っ!いい感じです……」
「ここも……」
「……あ……もっと……もっとしてください……」
「何回でもしますよ。気が済むまで……ね?」
タッタッタッバンッ!
「お風呂出たよー!…………ありゃ?もう寝ちゃったの?」
「「…………すぅ」」
「全く~布団を掛けないと風邪引いちゃうよ?」
風呂からやって来た日菜。部屋に戻るとそこには、両手を広げながら寝る慧人と、慧人の左腕を枕にし、抱きつきながら寝る紗夜の姿があった。
そんな二人の姿を見つつ、布団を掛ける。
「う~ん。あたしもねよー」
ということで、少しだけ考えた末に、電気を消し、慧人の右腕を枕に寝ることにした日菜。
「あれ?さっき、慧人の首筋がすごいことになっていたよーな……気のせいかな?」
翌日。放課後。CiRCLEにて。
「ねぇ紗夜~慧人くん、首に包帯ぐるぐるだったけど、どうしたの?」
「べ、別に何でもないですよ?」
「あはは~キスマークを隠している……にしては大袈裟すぎかー」
「…………」
「……え?嘘でしょ?包帯で隠すレベルって、どんだけ付けたの?」
「いえ、キスマークは付けてません」
「じゃあ何を……?」
「……噛み跡を……少々ですかね」
「いや、少々だったら包帯で隠すことになっていないからね……」
「…………そうですね」
「ふーん……あ、よく見ると紗夜の首筋になんか……」
「え!?ど、どこですか?確認しましたが噛み跡はなかったはず……」
「なるほど。お互いに、と」
「あ……」
「で?どっちからやったの?」
「……私です」
「で、昨日あの後付き合うことになったの?」
「…………(ふるふる)」
(一体、この二人はいつ付き合うんだろう……?というか、あの後何したの?)
(……慧人さんに噛まれたあの感じ……こう、うまくは言えないですが……癖になりそうですね……もっと強く噛まれたらどうなるんでしょう?もっと別の場所も……ってダメですダメです!そんなふしだらな関係になってはダメです!しっかりと段階を踏んでからじゃないと……)
……あれ?紗夜さんがヤバいものに目覚めようとしていたりする?ま、まぁ大丈夫でしょう。
ちなみにですが、前編後編となっている理由は最初が
慧人、紗夜、ポテトの戦い→氷川家食事→氷川家お泊まり(紗夜と慧人の会話のみ)
だったんです。気付いたら倍近くになっていて二つに分けた結果、あまり前編後編と書く必要はなかったけどタイトルが個人的に良かったと思ったのでこうなりました。
つまり、そういうことです。
次回、ちょっと今までと違うことをするか、女神主役の回かどっちかです。