冬木慧人。おねーちゃんの事が好きで、おねーちゃんが好きな人。
最初に彼を見たとき、私は怖かった。
彼の見た目がとか以上に、おねーちゃんを取られてしまうのではないかという恐怖だった。
彼とおねーちゃんが話している姿、おねーちゃんは無愛想だった。
でもあたしには分かる。決しておねーちゃんは興味がなくて無愛想だったわけじゃないことを。表情には出していないけどおねーちゃんから発していた雰囲気はトゲトゲしいものじゃなかった。
うらやましかった。おねーちゃんはあたしと話す時、いつもトゲトゲした感じがあった。でも、今のおねーちゃんはそんな感じがしない。呆れてはいるけど、トゲトゲした空気を出していない。
だから、あたしは、彼に会うことを決めた。勿論、ただ彼に会いに行くわけではない。
彼を試すのだ。
彼がおねーちゃんに何の目的で近づいているのか。知りたいという気持ちと取られたくないという思いで、あたしは、おねーちゃんのスマホをちょっと借りて彼に今から会う約束を取り付ける。
そして、あたしはおねーちゃんと同じ髪型にするためウィッグを付ける。こっちは双子なんだ。あたしがその気になればおねーちゃんに成りきることくらい造作でもない。
鏡を見るとそこにはおねーちゃんが居ると錯覚されるレベル。あとは演技さえすれば誰もがあたしを『氷川日菜』ではなく、『氷川紗夜』だと思うだろう。
そして、約束をした彼に会いに行く。急な約束にも関わらず、彼は律儀なのか時間前には来ていた。
「ごめんなさい。待たせてしま――」
「あなたは誰ですか?」
心臓が飛び跳ねるかと思った。
会って、あたしが言い切る前に彼がそんなことを言うのだから。
でもそんな態度を出すわけにはいかない。だから、
「何を言ってるの?私は氷川紗夜よ?」
如何にも彼がおかしいように、余裕を持って応える。だが、
「あなたこそ何を言っているのですか?あなたは氷川紗夜さんじゃないでしょう?」
彼は笑顔でそう答えた。
今日は休日。紗夜さんからショッピングに行こうと誘われたので、集合場所に向かう。時間も早めだし、問題ないはずだよな。
そう思って集合場所に行くと、既に彼女はいた。いたのだが……。
「なんだ日菜の方か……」
「えぇっ~!もうバレたの~?」
氷川日菜。Pastel*Palettesのギター担当で、彼女を一言で言うなら「天才」だ。何事も感覚とかでできてしまい、出来ない人の……というか他人の心の機敏とかに疎い。
紗夜さんの双子の妹で、紗夜さんは「秀才」一時……というかオレが出会った頃は紗夜さんが日菜にコンプレックスを感じたりで、ギクシャク険悪な感じだったが、現在はだいぶそういうのもなくなってきた。曰く前みたいに仲が良くなってきたとのこと。
そんな彼女だが、俺と会うときの大半は紗夜さん経由で約束を取り付け、紗夜さんになりすまして来る。絶対に騙してみせるとのこと。
「今日はおねーちゃんも自信を持って騙せると言ってくれたのになぁ~」
しかも、最近は紗夜さんも協力的らしい。双子で俺を騙そうとしているって……まぁいいか。
「ははっ。はっきり言っておきますよ。俺を騙すのは無理です」
「えぇ~」
「いいですか?紗夜さんからは神々しいオーラが出ているのですよ。心の底から……そう。クールビューティーの神とも呼べるオーラがもう全身から漏れ出ているんです」
「あたしはあたしは?」
「もどきですね。それかパチモンです」
「その答えはるんっとしないなぁ……」
「それは知りません。でも、これでまた俺の勝ちですね」
「むぅ……どうすればおねーちゃんと同じ……そのクールビューティーなオーラ?が出せるの?」
「無理ですよ?いいですか?紗夜さんは唯一無二の存在です。唯一神になろうとどんなに努力しようと唯一神になれないのと同じです。紗夜様と血を分けた日菜であってもそんなことできるわけがないのです」
「次こそは絶対におねーちゃんと同じオーラを出して騙してみせるね!」
「あれぇ?話聞いてた?」
ま、まぁ、100%同じは無理でも、限りなく近づくことはできる。
現に、最初に会った彼女はただのそっくりさん的な感じだったが、今では90%くらい?だから、紗夜さんのファンや、一介のクールビューティー教なら騙せるだろう。
ただ、俺くらいのクールビューティー教になれば、まだまだ甘いと言わざるを得ないが。いや、ここまでの領域に達していることを褒めるべきか?
「先に言っとくけど、俺を騙すのは絶対に無理だよ」
「どうしてー?」
「好きな人を間違えるわけないじゃないか」
仮に彼女がどんなに近づいても、俺が日菜と紗夜さんを間違えることは決してない。
いくら双子といえども好きな人ぐらい見分けられる。
「でもでも!おねーちゃんのことはあたしの方が知ってるもん!」
「そりゃそうだろ。年季が違うから……で?ショッピングだろ?かつら外して行くぞ」
「かつらじゃなくてウィッグだよ!」
あと、何故かかつらと言うと怒られる。かつらとウィッグは何か違うのだろうか?
「で?今日は何処に?」
「特に決めてない!」
「あ、いつも通りか」
彼女と出かけるときの大半はこれだ。曰く、るんっ♪ってした方へ行くらしい。
ちなみにだが俺は彼女のるんっ♪は分かってない。しかもるんっ♪にもバリエーションがあって、るるるんっ♪とか言われてもやっぱり分かんない。
「あ!あそこ行こう慧人!何かるんっ♪って来た!」
「はーい」
な?言っただろ。彼女のるんっ♪に付き合うのが大半だ。
ちなみに、彼女とも紆余曲折を得て何かこんな感じになっているが、最初は警戒心むき出しだっただろう。実の姉を取られるのではないか?という不安然り恐怖然り。まぁ、最近は「おねーちゃんと慧人がくっつけばるるるんっ♪ってする気がする!」とか言い始めた。もう何でもいいや。
俺は思考を放棄した。
そんな感じで数時間。俺は彼女に連れ回された……が、いつも通りなので特に何も思わない。
「でさぁ、何かるんっってすることが最近少なくてさぁー」
ファストフード店で日菜が話しかけているのは俺ではない。
「ひ、日菜ちゃん……今、私バイト中なんだけど……」
丸山彩。千聖や日菜と同じPastel*Palettesのボーカル担当。花音と同じファストフード店でバイトする彼女。……ちなみに彼女の言うように、彩はバイト中で、俺たちは思い切り注文するレジの前を陣取って話し込んでいるため、後ろの客は全て花音の方に流れる。すまん花音。マジでごめん。客の皆さんもごめんなさい。
「日菜?そろそろ注文して席行こう……な?」
「ちぇー……あ、ポテトのL二つ。ドリンクはー……」
と、手早く注文を済ませる。さすが氷川双子。ポテト好きなところはそっくりだ。
ちなみに彼女はポテトよりガムとかキャンディーの方が好きである。故に紗夜さん程ポテト狂ではない。
で、席に着かせる俺。日菜は目を離すと何処かに消えるので警戒が必要だ。って言ったそばからどこに行くんだお前?
「うーん。あ、そう言えばポテト禁止する宣言撤回してたよー」
「……あはは」
「でも、ぽてぽて言ってるおねーちゃんも可愛かったなぁーねぇね。もっかいやろうよ!」
「やらねぇよ」
「じゃあさ!あのぽてとの妖精やってよ!」
「やりたくねぇよ」
「えぇ……あれ千聖ちゃんが『ふふっ……ごめなさ……ツボにはいっ……ふふふっ』ってずっと笑ってたよー?あんなに壊れた千聖ちゃん初めて見た!」
声真似が地味に上手いなこの人。…………マジであの人大爆笑してたのか。ッチ。こっちは大真面目だったのによぉ……
「でも、リサちーの妖精の方は凄い可愛かったよ!もうるんっ♪って来ちゃった!」
「あんまり聞きたくないが俺の方は?」
「うーん。る、るんっ?って感じだねー」
おい、新たなレパートリーを増やすな。
「でも不思議なんだよね~あたしがね。昨日、ぽてとの妖精の真似したらおねーちゃん『ぽてとの妖精さんはそんなんじゃありません』って言われちゃったんだよねーあ、でもね。そのおかげで『ぽてとの妖精講座』が始まっておねーちゃんと一杯おしゃべりできたよ!」
…………待って?いや、声真似の上手さとか諸々言いたいことはあるけど……まさか紗夜さん、ぽてとの妖精が実在するって思ってる?やめて。普通に考えたら居ないことくらい誰でも分かるよ?講座開いちゃったの?ガチ勢じゃんアウトじゃん。
「ねぇね、どうしたらぽてとの妖精になれるの?」
「……リサ姐に聞いてください」
「分かった!そうするね!」
ごめんリサ姐。俺じゃ無理だわこれ。
「で?この後はどうすんの?」
「んー何か今動きたい気分!」
「えぇ……面倒」
「よし行くよぉー!」
「って人の話を聞けよ!」
そう言って走り出した彼女を追い掛ける。振り回されてしかいないがこういうのも悪くないと思える自分がいる。
「ただいまー!」
「おかえりなさい。日菜」
「おねーちゃん!」
「今日はどうだった?」
「全然ダメ~慧人より早く行ったのに会ってすぐバレた~」
「ふふっ」
「何だか嬉しそうだね?」
「そうね」
「でも今日も一日たくさんるんっ♪ってしたよ!」