六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について   作:白だし茶漬け

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前の話で完全に書くの忘れてしまいましたが、前回から花衣の過去編が始まります。

ジェニーとチェイムは何故育ての母になったのか、名前だけ登場したリカイとは何か。

その全てが今、明らかになる章でございます。


この同じ空の下で健やかに育ちますように

 

「ま……マ!」

 

「も、もう一回言って?」

 

「マー……ンマ!!」

 

 彼の初めての言葉はこれだった。初めて言葉を交わした日の事は忘れもせず、私の人生にとってとても大事な日にもなった。

 

「まずいわね、ウチの息子可愛すぎるわ〜!!」

 

 何度も初めて覚えた言葉を使わせようと彼にもう一度と強請り、それに返すように私の事を「ママ」と呼ぶこの子には、息子の様な愛らしさが湧き出し、いつしか本当の息子のように接し、今は顔のニヤケが止まらないほど溺愛していた。

 

 この子を育ててもう1年が経過し、そろそろ乳離れの時期になる。

 

 本当に大変だったわね〜。思ったより噛む力が強いから胸がちぎれるかも思ったし、夜泣きはするしお漏らしもまぁまぁな頻度で起こり、エンディミオンに居た頃よりも忙しいと断言出来る。

 

 これが母親の大変さでもあり偉大さって事だと、全てに生きる母親に敬意と尊敬を感じたと同時に、この子への愛らしさも日に日に増していった。

 

 目に入れても痛くない程愛らしく、ママと呼ばれて心が舞い上がる。

 

 最初こそ不安だったが、今ではこの子を育てると決めた事を本当に良かったと思っている。

 

 愛おしく頬擦りしたその時、ドアから強いノック音がした。

 

 拳で扉を殴っている程の強いノックに警戒心が生まれ、恐る恐る扉に近づく。

 

 酔っ払いがこの家に……いや、それは有り得ない。ここは街から離れた場所にあるから酔っ払いがここに来る事は無い。来たとしても道半ばで倒れるのが関の山。

 

 つまり、意志を持ってここに来たという事になる。

 

 ここを知っている者は限られており、これ程強く扉を叩く人物は居ない。

 

 このままやりやり過ごす考えもあったけど、誰かと把握する事も大事だ。私は扉に触れてそっと開けると、右手が光の剣と一体化した女性がこちらに向かって剣を振り下ろしてきた。

 

 警戒したおかげで攻撃に咄嗟に反応できた私は直ぐに防御魔法を展開し、前方にバリアを張った。

 

 しかしバリアはまるで薄い紙の様に呆気なく壊され、私の左腕に大きな傷を負わせた。

 

(この動き……この子を狙った?)

 

 つまりこの人の狙いは私ではなく、私を抱いている子だ。

 

「貴女……一体誰!?」

 

「説明する必要は無い。さっさとその赤ん坊を渡せ。そして殺す」

 

「殺害予告してくる相手に渡す訳無いでしょう!」

 

 彼女の殺気に当てられて赤ん坊は泣いてしまい、私は怯えずに赤ん坊を抱きながら杖を持ち、戦闘態勢に移る。

 

 この人が誰なのかはこの際どうでもいい。ともかく逃げなければならない。さっきの攻撃で私の魔法が効かない事は理解した。

 

 なら取れる方法はスキをついて逃げるしかない。

 

「貴女は何者? 何のためにこの子を狙うの」

 

「説明する必要は無いと言ったはずだ」

 

「ええ、そうです……か!!」

 

 僅かな会話で溜めていた魔力を杖に向け、私は光の玉を空中に放ち、その後直ぐに目を閉じて赤ん坊の目を右手で隠し、一気に光量を上げて目眩しの魔法を放つ。

 

 あまりのまばゆさに光がこの部屋の窓を突き破る程でこれであの人の目は潰れたはず。少し可哀想だけどこれで逃げれる筈……だと思っていた。

 

 突然私の左肩に光の矢が突き抜けられ、左肩に小さな風穴が空いた。

 

「つぁ……!」

 

「私は光そのものだ。光では私を止められない」

 

「貴方……一体……」

 

「終わりだ」

 

 やられる。この4文字が頭の中を埋めつくし、走馬灯と共に目の前の動きがスローモーションになる。

 

 避けられない、防げない。ただ1つこぼした言葉さえも聞けない程目の前の動きに集中した私は強く子供を抱き、子供は大声を上げて泣いたその時だ。

 

 子供の中から無数の闇の腕が彼女の体を突き破り、彼女の体に多くの風穴が空くと同時に彼女の体が無数の白い粒子となった。

 

 程なくして粒子は少し離れた所で人の形を形成し、元の彼女の姿になり、子供から飛び出した腕も徐々に消え失せた。

 

「貴方、人間じゃないの?」

 

「私は光。この世の闇を全て滅する光だ」

 

「滅する光……まさか貴方、破滅の光の一員ね?」

 

 彼女は初めて無言を貫き通した。

 

 あの様子からして彼女が破滅の光の一員だと言うのは確定でしょう。

 

 破滅の光……全てを光に包み、全てを破壊しようとするはた迷惑な組織であり、ある人物によって壊滅したとは聞いているけど……まさかその生き残りがこの子を追ってここまで来るとは思わなかった。

 

 そもそも何故この子を……ダークネスを狙う必要があるの? 破滅の光とダークネスは直接的な関係は無いと思うけど、とにかく今は逃げるしかない。

 

 幸い彼女の体は傷ついて動けない様子だ。痛みに堪えながら森の中へと私達は赤ん坊は離さず、雨風の中私は光から何とか逃げ続けた。

 

「ちっ……逃がすか」

 

「おっと、それはこっちのセリフだぜ」

 

(誰……?)

 

 またもう1人別の男の声が聞こえた。一瞬振り返ると、赤い服に何かの機械を右腕に付け、隣には白い体のモンスターがいた。

 

 エンディミオンでは見ていない人物だけど、私の事を襲わない事から彼女と敵対しているのは分かった。

 

 とにかく私は逃げ、幸せの日々は突然として壊された。

 

 その日は激しい雨だった。

 

 大きな雨粒は私の体を激しく冷やし、身体中に出来た傷に染みてまるで打ち付けるような痛みが身体中に走り出す。

 

 それでも足を止めてはならない。この両腕に抱えている小さな命を守るために、走り続けなくてはならない。

 

 流れ出る血よりも早く走らなければ、この子は冷たい光に呑み込まれてしまう。

 

 まだ産まれて間もないこの子を散らせる訳には行かず、冷たい雨から守る為、泣いているこの子を抱える。

 

「少し血が付くのは我慢してね……」

 

 まだ言葉が分からない赤ん坊にこういうのはどうかと思うけど、そう言わなければ分からない。人は、言葉を交わさなければ理解出来ないのだから。

 

 雨のぬかるんだ地面に足を滑らせてしまい、私は倒れてしまう。けど、この子を守る為に背中から転ぶように体勢を整え、背中から地面に転げ落ちる。

 

 魔道服は泥だらけになって汚れ、顔に着けていた仮面が剥がれ落ちる。

 

「おぎゃー! おぎゃー!」

 

 いきなり私が転んだせいで赤ん坊が大きく泣いてしまった。ごめんねと言ってもこの子はまだ言葉が分からず、雨音に負けないぐらいの大きな声で泣いてしまった。

 

 あやす時間は無い。とにかく走らなければならない。

 

 あの光から逃れる為に、もっと……もっと……

 

「もっと逃げないと……」

 

 よろける体を必死に起こし、泥だらけになった仮面を捨てるように無視し、私は泥だらけの道無き道を進む。

 

 進まなければならない……けど、雨の冷たさと呼吸が血の味になるまで走ったせいか、視界が霞んでいく。

 

 ダメ……ダメよ、まだ走らないと。もっと動いて、動いて……。

 

 たとえこの子が世界にとって許されず、誰からも愛されない存在だったとしても、この子には可能性がある。

 

 希望であり、別の可能性となる存在……それがこの子。

 

「っぁ……ダメよ、立って……」

 

 冷やされていく体を何とか起き上がらせ、足を引きずりながらも前へと歩かなくちゃ……けど体が思うように動かず、とうとう私は倒れてしまう。

 

「ごめんね……」

 

 雨に混じって涙を零し、最後の時を迎えようと覚悟を決めたその時、一筋の太陽の光が雨雲を差し込んだ。

 

 まるでこっちを見ろと天が言っているかのような光に目を向けると、いつの間にか私の目の前に大きな屋敷があった。

 

 さっきまでは無かった筈なのに、私の目には確かに屋敷があった。

 

 幻覚の類では無く、間違いなくそこに実在していた。

 

 屋敷の先に道は無く、深く生い茂る森があるだけ。

 

 破滅の光の能力……? いや違う、そんな力は感じられない。入っていいのかどうか分からず、その場で立ち尽くしてしまう。

 

 そんな時、屋敷の扉から人が現れた。

 

 黒い白金の長い髪にクラッシクメイドの服、パッと見でメイドだと分かるけど、それよりも特徴的なのは龍のような角と尻尾だ。

 

(龍のメイド……ドラゴンメイド?)

 

 頭の中で浮かんだ言葉が、ある知識を蘇らせた。そういえば聞いた事がある。

 

 ドラゴンメイドという、龍でありながら人の姿をして人々に癒しとおもてなしをしてくれるドラゴンがいるという。

 

 しかしその場所は誰にも分からず、気が付けば目の前に屋敷があり、そこでおもてなしを受けるらしい。

 

 ドラゴンメイドは、おもてなしを受けるべき人の前に現れる。彼女達は総じてそう言う事だけど……まさかこのタイミングでドラゴンメイドと出会うなんて思わず、今の私は呆気にとられた顔をしているのだろう。

 

 そんな黒いドラゴンメイドは泥だらけでずぶ濡れた私達を見ると、大急ぎでこちらに駆け寄った。

 

「あ、あの大丈夫ですか!? こんなに濡れて泥だらけに……今すぐ入浴の準備を! 赤ん坊も早く!」

 

 彼女は物凄い力で私達を抱えて屋敷の中に案内すると、広々としたエントランスが私達を快く出迎えてくれた。

 

 もしこんな緊急事態じゃなかったらゆっくりこのエントランスで優雅にチェックインなんて出来たでしょうに……勿体ないと思ってしまった。

 

 メイドさんから腕を掴まれながらたどり着いたのは、浴槽に続く更衣室だった。

 

「さぁ、早く着替えを脱いでください。お着替えはこちらの方でご用意致しますので」

 

「え、ええ。ありがとう。ええと……」

 

「申し遅れました。私はチェイム。ここのチェインバーを努めさせていただいております」

 

 チェインバー……チェインバーメイドの事かしら。

 

 ベットメイク等の部屋の整備を担当する役職で、それなりの高い地位のメイドだ。

 

 手際の良さと言い、かなり出来るメイドさんで役職に納得がいきつつも、お言葉に甘えてこの場の浴槽を借りる事にした。

 

 泥だらけで身体中に生傷が耐えないけど、この子の体を冷やさせる訳には行かない。

 

 一旦赤ん坊をチェイムさんに渡してから私は泥だらけの魔道服を脱ぎさり、生傷の素肌を顕にさせ、それを見たチェイムさんは私の傷を見て息を飲み込んだ。

 

「この傷は……入浴後は治療が出来る方をお出迎えさせます」

 

「手厚いわね。ありがとう」

 

「お客様に最上のおもてなしをするのがメイドでございます。では、この子もご一緒に」

 

 チェイムさんは彼をゆっくりと私に手渡し、この子に巻かれていた白い布をそっと脱ぎ、私と生まれたままの姿のまま大浴場へと足を踏み入れた。

 

 お風呂の湯気で少し冷めた体を温めさせられると、浴場には巨大な浴場が1つあり、透き通ったお湯が張られていた。

 

 生傷があるからそっと足からゆっくり湯船に浸かり、傷がある所からお湯が染みて苦渋の声を漏らしながらも、徐々に慣れてこの子と一緒に湯船に体を浸からせた。

 

「ほっ……生き返るわね」

 

 さっきまで震えていた体が嘘かのように身体中からじんわりと熱が回り、本当に生き返る様な思いになっていく。

 

 赤ん坊もお風呂で生き返ったと言うようにキャッキャッと笑い、私の顔もついつい緩んで一緒に笑った。

 

「貴方も気持ちいい? ごめんね、怖い思いをさせて」

 

「あぅ?」

 

 この子をのぼせない程度にお風呂を堪能した後、いつの間にか生傷の痛みがひいていた。

 

 回復魔術を使った覚えは無いし、そもそも今の私にそれほどの魔力は残って無い。

 

 だとすればこのお湯には自然治癒を高める効能があるのかしら? この屋敷から離れる前に少し研究したいと欲が生まれてしまいつつも、今はそんな事している場合じゃない。

 

 お風呂から上がってさっき居た更衣室に戻ると、私達を待っていたのか今度はチェイムさんの他に別のメイドさんが私達を見ると深く頭を下げていた。

 

 桃色の髪に、少し風変わりな……ナースのようなメイド服と桃色の龍の尻尾が特徴的なメイドさんだった。

 

「初めまして。私はドラゴンメイド・ナサリー。ウェット・ナース、看護師を努めさせていただいております」

 

「看護師までいるなんて……凄いわね、この屋敷」

 

「赤ん坊の方は私が見ておきますので、貴方は傷の手当を」

 

「じゃあ……お願いするわ、ナサリーさん」

 

 一旦赤ん坊をチェイムさんに渡すと、チェイムさんは柔らかいタオルで丁寧に赤ん坊の体を拭き、その後ゆっくりとベビーオイルを塗り、彼の体を乾燥させないようにアフターケアを欠かさなかった。

 

 随分と慣れた手つきだなと関心しつつも、ナサリーさんは救急箱から消毒液と包帯を取り出し、傷がある所を治療してくれた。

 

 いつもは魔術で傷跡を治していた為、消毒をして包帯をまく前時代的な治療が逆に新鮮だった。

 

 別に見下している訳では無く、今のように魔力が無い状態に陥る事もあるにはあるから稀に薬を使って傷を治す事もある。

 

 ただナサリーさんの手際がかなり良い。まるで流れる川のように治療の手は止まらず、消毒による傷の染みの痛みは無く、生傷は包帯の下に隠された。

 

 湯船の効能と治療のおかげで痛みは殆ど消え、心做しか心が軽くなった。

 

「あとは数日安静にしていれば大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます、ナサリーさん」

 

「それにしても……この傷は?」

 

 私は口を閉ざす。この傷の説明をする為には、まずはあの赤ん坊の事……ダークネスの事について説明しなければならないから。

 

 ドラゴンメイドがダークネスに対してどれだけの知識を持っているかは分からない。恐らくはダークネスとは何か? と、何も分からないレベルだと思うけど……、知ってしまってあの子の命を奪う可能性もある。

 

 だから下手な事は言えず、沈黙する他無かった。

 

 多少の不信感を売る事は覚悟したけど、ナサリーさんは沈黙に対しては咎めたりはしなかった。

 

「ともかくまずはゆっくりお休み下さい。お部屋の方も準備していますので」

 

「ありがたいけど……ここに長居する訳には行かないの。申し訳ないけどここを出ていくわ」

 

「それはこの子が理由だからですか?」

 

 確信ついたチェイムの声色に私は一瞬動きを止めて動揺した。

 

 チェイムは優しく赤ん坊を抱いていたけど、私にとっては人質に取られているように見えた。チェイムの顔が真剣な物になり、私も迂闊にここを出ていくと口走る事は出来なかった。

 

 無言の空気が流れた中、チェイムは赤ん坊を抱えたまま更衣室を出ようとした。

 

「お部屋に行く前に少しお話をしましょう。付いてきてください」

 

 無視してもあの子は連れ出せない……半ば強制的な誘いに苛立ちと歯がゆさを感じながらも、私はチェイムについて行った。

 

 チェイムに連れていかれた場所は部屋の殆どが本棚で埋まった書斎……いえ、図書室だった。

 

 図書館はかなり手入れが行き届いており、部屋の隅にある本棚には埃1つさえ無かった。

 

 ここにある本の種類は幅が広いと一目で分かる。

 

 絵本や小説、辞典、地図、海図はもちろんの事、魔導書まであった。

 

 流石にエンデュミオンにある程の高度な魔導書ではないが、それでも高水準なものは確かだった。

 

 チェイムは部屋の真ん中にある椅子に座り、私は向かいの椅子に座った。

 

 チェイムは私に赤ん坊をゆっくりと手渡し、赤ん坊は私の腕に戻ると、純粋無垢な笑みを向け、私はホッと安堵の息を漏らし、体温を確かめるように頬擦りした。

 

 お風呂に入った後と、チェイムのアウターケアのおかげで冷たかった肌は暖かく、生きているという実感を感じた。

 

「まず、人質を取るような行動を謝らせてください」

 

 チェイムは頭を深く下げた。

 

「あぁでもしないと、屋敷から離れると思ったので……」

 

「事実だから大丈夫よ。それで、話というのはこの子の事?」

 

 チェイムは私の腕の中ですやすやと寝息を立てた赤ん坊を見ると、チェイムは席を立ち、この部屋の奥にある本棚から1冊の黒い本を取り出した。

 

 その本のタイトルはDarknessと書かれていた。

 

「ダークネス……!?」

 

 思わず赤ん坊を抱く力を一瞬強くなってしまった。この先話す内容で体が強ばる事を思い浮かべた私は回復した魔力を使って風のゆりかごを作り、そこに赤ん坊を乗せた。

 

「ドラゴンメイドもダークネスを事を知っているの?」

 

「存在を知っているだけで実態は分かりません。私達が知るのは、この本に書かれている情報のみです」

 

「少し拝見しても?」

 

「ええ、勿論」

 

 私はチェイムさんからダークネスという本を手にし、黒い本を読み進める。

 

 流石にページまで黒色では無く、本と言うより絵本の様なものだった。

 

 本はダークネスが遊城十代という男と戦った事と、ダークネスが産まれたことについて、ダークネスがやって来た事について記されており、そして最後のページは書きかけのページがあり、そこには風のゆりかごで眠っていた赤ん坊の姿が書かれていた。

 

「……この本は一体なんなの? 随分と今の事も詳細に書かれているけど」

 

「この本のみならず、一部の本は今を書き記され続けるのです。この本もそう、ダークネスの過去と今を記されているのです」

 

 今を書き記され続ける本……そんな本は見た事も聞いた事もない。興味が湧いてじっくりと調べたいなと思ったけども、その興味を押し殺し、チェイムさんと話を続けた。

 

「私が知っているのはその本に書き記されている事のみ。ですが……その恐ろしさは分かります。どうして貴方が……えーと」

 

「サーヴァント・オブ・エンデュミオンの名を貰ったわ。まぁ……けど、ジェニーで良いわ」

 

「ジェニー? それが貴方の本当の名前ですか?」

 

「ええ。先に言っておくけど、私はこの子を明け渡す事はしないわ。この子はダークネスであって、ダークネスじゃないのだから」

 

「どういう事ですか?」

 

「その本にいずれ書き記されていると思うけど、この子はダークネスの半身。私たちが知っているダークネスじゃない。だから、この子には希望と可能性がある」

 

 希望という名の可能性が宿っている赤ん坊の頭を撫でた。

 

 心做しか赤ん坊は笑い、私もつられて笑った。

 

「私が逃げたのは破滅の光からこの子を守ったから」

 

「破滅の光……宇宙を光で満たそうとしたあの?」

 

「それも知っているのね。この図書室の本のおかげ?」

 

 チェイムは頷き、ダークネスの本があった本棚から新しく白い本、Ray of Ruinという本を見せた。

 

「なら知っていると思うけど、破滅の光はこの子を滅ぼそうとしている。けど、この子は希望。倒すことが出来ないダークネスを唯一倒せるかもしれない……希望」

 

「希望……ですか」

 

「ええ。でも、単に生まれたばかりの命を守ろうとした事の方が大きいかもだけど」

 

 確かにこの子は危険も持ち合わせている。現にこの子はアレイスターの心の闇を増長させて暴走させた。

 

 これからもこの子は誰かの心の闇に触れるでしょう。でもこの子はまだ白紙。

 

 人の心に触れて白紙に色を付ける事で、心がどんなものか分かるはず。

 

 この子は可能性であり、同時に危険も持ち合わせている。だからこそ育てていく誰かが必要。

 

 その誰かは……今の私では無理ね。けど、目の前にいるこの人ならもしかしたら……。

 

「あの……これからどうするのですか?」

 

「今後もこの子を育てる。……と言いたいけど、厳しいかも」

 

 今も破滅の光はこの子を追いかけて私を探しているはず。ここが見つかるのも時間の問題なのは間違いなく、ドラゴンメイドとこの屋敷に迷惑がかかる。

 

 悠長にしている場合では無い。

 

 けど……逃げ続けられる保証は無い。そういえば逃げるあても無かったと今更ながら思ってしまい、どうしようかと頭を悩ませる。

 

「そういえばこの屋敷、私の目の前でいきなり現れたけど、どういう魔術を使っているの?」

 

「ここはそういう場所なのです。おもてなしが必要な方がそれを望んだ時、その人の目の前に現れて心を癒す。それが私達ドラゴンメイドなのです」

 

「必要な人のみ……という事は、破滅の光の追跡を避けられる?」

 

「分かりません、ですが……しばらくは大丈夫な筈です」

 

「なら1つ、頼みたい事があるの」

 

 私は赤ん坊を纏っていた風のゆりかごを解除し、頬に口付けを交わしてチェイムに渡した。

 

「この子を頼める?」

 

 チェイムは何も言わず、私の次の言葉を待っていた。

 

「私の手じゃもうこの子を守りきる事は出来ない。けど、ここならきっと大丈夫。だから頼みたいの」

 

 もう私じゃ逃げられないし、ここにずっといる訳には行かない。育児放棄……なんて言われるのかしら。

 

 何か咎められる事を覚悟しているとチェイムさんは眉間に皺を寄せた怖い顔でこっちを見ていた。

 

「それは少々無責任ではないのですか?」

 

「……ええ、本当に」

 

 やっぱり言われちゃった。私でもそう思うんだから当然と言えば当然ね。

 

 無責任にこの子を守ると誓いながら、今こうやって手放そうとしているんだから、本当に育児放棄にも程がある。

 

「本当に……ほんっ……とうにねっ」

 

 自分が嫌になるわ、本当に。力不足も、愛情も、覚悟も、何もかもが足りない自分が嫌になる。

 

 本当は責任を背負って最後まで守って、この子を育てたい。

 

 育てないのに出来ない悔しさで目頭が熱くなり、涙が頬を伝って抱いている赤ん坊の頬に落ち、涙の熱さで赤ん坊は目を開けて起こしてしまった。

 

 赤ん坊は泣いている私を見て腕を伸ばし、笑ってくれた。

 

「あぅー……うぁ〜」

 

「泣かないで」と言ってくれてる見たいに、心が暖かくなる。この子を抱き上げて顔を近づかせると、何とこの子は私の涙を拭ってくれた。

 

 嬉しさでギュッと赤ん坊を抱きしめ、今生の別れを告げてチェイムさんに託そうとすると、チェイムは赤ん坊を受け取らなかった。

 

「貴方はこの子の母親ですよ。せめて週1……いえ、週5でここへ来て顔を見せてください」

 

 ジト目でチェイムは私を睨み、私は苦笑いを浮かべて逃げ腰になった。

 

「え、えぇ? ここって感動のお別れシーンだと思うんだけど……」

 

 流れをバッサリ切ったチェイムの行動と逃げ腰の私をじっと見つめてくるチェイムの姿が予想外過ぎて涙が少し引っ込んだような気がした。

 

 けど、それぐらいしないと母とは呼べないかもね。

 

「善処するわ」

 

必ず来てください」

 

「ひーん……」

 

「キャッキャッ♪」

 

 今のやり取りのどこが面白かったのか、この子は笑った。笑ってくれるのは嬉しいけど、なんでこんなタイミングで笑うのかしら……? 本当に赤ん坊の感受性って独特と思う瞬間でもあり、このこの笑顔で私の中にある覚悟が生まれた。

 

 この子がここだけじゃなく、別の世界でもしっかりと生きられるように、私は道を作らなければならない。

 

 ざっとこの図書室の本を見た感じ、魔導書はあれどその種類は街で買える程度のものばかりだ。それじゃ道は作れず、カイの中にあるダークネスに対抗できる術があるとは思えない。

 

 なら探すしかない。ダークネスに対抗出来る術を、可能性をカイの為に。

 

「必ず戻ってくるから」

 

「どこに行くつもりですか」

 

「ここじゃない何処かよ」

 

「ではお出迎え致します。それまでこの子をお抱きください……そういえば、この子の名前はなんというのですか?」

 

 確かにチェイムさんにこの子の名前を教えてはいなかった。急いでいたから名前を教える暇もなくうっかりしていた所で、私は彼の名前を呼ぶと同時に、指先に魔術を帯びさせ、空中に文字を描くと、チェイムの目の前に白い文字で【χ】と記された。

 

「この子の名前は……カイ」

 

「これは……エックスとは違うのですか?」

 

「殆ど同じ意味よ。これで【カイ】って読むの。エックスじゃ少し味気ないもの」

 

 そう、この子は無限の可能性を秘めている。だけど同時に危険の意味も含んでいる。

 

 全てを滅ぼす闇となるか、それとも優しい心を持った闇になるのかは分からない。

 

 それよりもこの子が健やかに成長し続ける事が私の何やりの願いだった。これが母親の気持ちというものだろうか。

 

「じゃあ、よろしく頼みます」

 

「ええ。この子と……カイ様と共にお待ちしております」

 

 私は図書館の扉を開け、エントランスを通って入口の扉に触れる前にもう一度カイに向かって振り返る。

 

 カイは私と離れるのが嫌なのか寂しい表情をさせ、小さな腕を私に伸ばしていた。

 

 ズキリと胸が痛み、この痛みに堪えるように精一杯の笑顔を向ける。

 

「大丈夫、必ず帰ってくるからね」

 

「ママ……」

 

 泣き出す前にカイの頭を撫でる。羽に触れるかのように優しくゆっくりと撫でると、この子はいつも喜んでくれる。

 

 カイは泣き止んだけどまだ悲しみの顔をしていた。このまま行ってしまえば、きっとこの子の心に大きな傷がついてしまう。

 

 いえ、多分私もそうなると思う。カイを抱き抱え、眠りに誘うように背中を優しく叩き、また頭を撫でる。

 

「愛しているわ、カイ。ちゃんと良い子で待っていてね」

 

「んぁ? うー!」

 

 悲しみにも、喜びにも見て取れる顔だった。心残りは少しあるけど、胸に刺さる棘の痛みはもう無い。

 

 屋敷の扉のドアノブに手をかけて捻る。

 

 あとは扉を押して外に出るだけだけど、この時ばかりは扉が重かった。

 

 それでも私はゆっくりと扉を開き、カイの声を背中に受けて外に出た。

 

 土砂降りの雨空は快晴の空へと変わり、虹がかけられていた空が不思議と心を晴れやかにさせた。

 

 周りを見ると遠くにエンディミオンの城が見える事から、エンディミオン郊外の街に私は立っていた。

 

 人は歩き、活気も良く、魔法を使っている所は見られない不思議な光景……いえ、そもそも大半が魔法を使えないから、これが普通の光景ね。

 

 後ろに振り返るとドラゴンメイドの屋敷は無く、ただの空き家がそびえ立っていた。その空き家の扉を開いても中は誰もいないくらい空き部屋だけが静かに佇んだ。

 

 今までの出来事が嘘かのように一瞬思えてしまうけど……。

 

(この温かさは嘘じゃない)

 

 1年間カイを育てたあの日々の温かさを感じ、今までの出来事は嘘では無い真実だと噛み締める。

 

「さて、この後はどうしようかしら……」

 

 あんな騒動が起きたからエンデュミオンには戻れないし、当てがあるかと言われたら無いに等しい。

 

 交流関係の殆どはエンデュミオンと繋がっているし、そもそも破滅の光が私を探しているのだからエンデュミオンとの交流も断たなければならない。

 

 とりあえずは放浪の旅をしようかと決めた矢先、私を呼ぶ小さな女の子の声が聞こえた。

 

「やっほー、貴女サーヴァントよね?」

 

 後ろに振り向くと、そこにはの赤いメッシュが少し入った青い髪の魔法使いがいた。

 

「貴女は……サンドリヨンさん?」

 

「正解〜! 久しぶりね」

 

 彼女の名前は【結晶の大賢者(マギストス・サンドリヨン)】。

 

 マギストスと呼ばれる大賢者の1人であり、エンディミオン様との交流が長い偉大な人。

 

 カイのお世話を手伝ってくれた事もあり、交流はある方だけど……まさかこんな所で会うなんて思いもしなかった。

 

 彼女の方も私と会うなんて思ってなかったでしょうに、驚きの顔一つ出なかった。

 

「……あら? カイはどうしたの?」

 

「実は……」

 

 私は今までの事をサンドリヨンさんに話した。破滅の光の事を共有しておけば、何かと対策はしやすいからだ。

 

 そしてドラゴンメイドにカイを預けた事も話し、サンドリヨンさんは何も言わず頷いてくれた。

 

「なるほどね……けど、破滅の光に関しては心配無いわよ。あっちはダークネス、カイにしか興味は無いから」

 

「つまりもうここは襲われないと」

 

「いいえ、監視はつくかもね。一応接触したわけだし」

 

 サンドリヨンさんは近くの屋根にいる白い鳥に向けて目線を一瞬動かした。

 

 どうやらあの鳥が監視者らしく、あの鳥は私の事をじっと睨んでいた。

 

 妥当……いえ、上々と言ってもいいかもね。

 

 最悪エンディミオンが壊滅する恐れもあった。あの破滅の光ならやりかねないと思っていたけど、意外と分別ある……というより、温厚だった。

 

 けど、カイを倒そうとしたあの殺気は本物だ。

 

 闇を倒す為の光……聞こえはいいけど実態はかなり良くない。闇を倒すためならどんなことでもする危険な光……それが破滅の光なのだから。

 

「ところでこれからどうするの?」

 

「とにかくカイが自分自身の闇を制御出来る術を見つけるために旅をしようと思っています」

 

「ふーん……でも、限界があるかもね。そこでこれよ!」

 

 サンドリヨンさんはあるチラシを私の目の前に突きつけた。

 

 チラシには「魔法の依頼、承ります」のキャッチコピーと共に、【ウィッチクラフト】という文字が大きく強調されていた。

 

「貴方、ここで働かない? 最近作ったばかりだから人手が足らないのよ」

 

「ですけど……」

 

「大丈夫大丈夫〜。どうせ破滅の光の連中はここに対して興味無いし、貴女がここで働いてもここにはなんの被害も無いわよ。そ、れ、に……」

 

 今度は様々なスクロール(巻物)を私に渡した。

 

 大半は本に記録をしているのに今どき巻物を使うなんて珍しいと思いつつも、巻物の紐を解き、それに記された文字を眺めた。

 

 文字の内容からして魔導書の一種だけど、歴史書見たいなものでもあった。記された魔法の使い方、魔術構築方法、成り立ち、魔法計算式等……様々な事が事細かく記載されていた。

 

 1ページだけでもそこら辺にある魔導書よりも価値があり、エンディミオンに保管されてもおかしくない代物だ。どうしてこんな物を持っているのかと言おうとする前に、得意げにサンドリヨンさんは話した。

 

「依頼主がこことは違う土地の人が多くてね。そこで魔法の事を聞いたのよ〜! 依頼主に土地の魔法事情を聞いたりすれば、放浪の旅よりかは有益な情報が得られるんじゃない?」

 

 なるほど……確かに無闇に足で探すよりかは効率が良いし、その分有益な情報も得られやすい。

 

「因みにお給与やその他諸々の福利厚生は?」

 

「給与は依頼人によりけりだけど、福利厚生はバッチリよ! 子育て支援や育休手当など、超絶ホワイト企業! どう? 入らない?」

 

「ほほう……」

 

 働くならそれなりの環境を求めるのは当然の事だ。サンドリヨンさんから嘘は感じられず、私にデメリットは無い。

 

 しかし懸念点はある。

 

 仮にカイの闇を抑え込む算段がついたもしても、それが破滅の光に聞きいれて貰えるかは分からない。

 

 聞きいれて貰えなければ……ここに住む人に迷惑がかかるかもしれない。いくら良い条件を積まれようとも、他の人に迷惑がかかってしまえば意味が無い。

 

 折角だが断ろうとすると、サンドリヨンさんは私の前に別の紙を1枚出した。

 

 紙の内容的に契約書っぽく、一番下のサイン欄にはこの世界の文字で『白夜』と記されていた。

 

「白夜……?」

 

「貴方の家を襲った女の名前よ。この契約書はもしダークネスを抑える事が出来るのならそれに従うって感じの契約書よ」

 

「よくサインさせましたね」

 

「まぁ、ちょ──ーっと無理矢理にだけどね」

 

「あぁ……なるほど」

 

 あちらの合意という訳ではなさそうで思わず苦笑いを零した。

 

 この世界における契約書は絶対効力のあるものだ。

 

 契約内容を守らなければ必ず代償は支払われ、最悪存在そのものを消し去られてしまう程にだ。

 

 破滅の光にどれだけの効果があるのかは分からないけど、ひとまずは安心して良いでしょう。

 

 断る理由はもう無い。私はサンドリヨンさんに手を伸ばし、握手を交わす。

 

 この瞬間私はエンディミオンの名は捨て、ウィッチクラフトとして生きていく。と言っても私は私、あまり変わらないと思うけど。

 

「では……よろしくお願いします」

 

「契約成立、ようこそウィッチクラフトへ。【ウィッチクラフト・ジェニー】さん」

 

「ええ、程よく頑張りますね」

 

 いつの間にか空は晴天へと変わり、晴れやかな空は自分の心を移しているようでもあった。

 

 この同じ空の下でカイが健やかに育ちますように。

 

 私は空を見上げ、強くそう願った。

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