六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について   作:白だし茶漬け

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乳母と母

 

 ドラコンは人とは大きく違う点が多く存在する。

 

 寿命は数世紀にも及ぶほど差があり、力も天と地程の差があり、人間で言う器官というものもかなり発達している。

 

 龍の目はどこまでも遠くの物を見通し、龍の耳は些細な音だって聞こえる。

 

 人よりも早く駆け抜ける事だって出来るし、翼を出せば大空を舞い上がる事だって出来る。

 

 人間は龍には勝てない。何故なら、実際に今1人の人間を追い詰めているからだ。

 

 あそこの木の影で人間の息遣いが聞こえる。気づかれないようにそっと足音を殺し、木の後ろにいる人間に向けてこう言った。

 

「はい、見ーつけた」

 

 私の言葉に小さな男の子……4才のカイがびっくりした顔で私、チェイムの目を見た。

 

「えー! なんでわかったのー?」

 

「さぁ、なんででしょう?」

 

 貴方の匂いはもう覚えているからどんな遠くでも分かってしまう。……と小さい子に言うのは少々気が引けるので濁した言葉でさり気なく興味を薄れさせ、カイとの隠れんぼは私の勝利で終わる。

 

「さぁ、屋敷に戻りますよ」

 

「やだやだ! もっとチェイムとあそびたいー!」

 

 あっさりと見つけられた事に対して悔しいのでしょう、カイはスカートを引っ張って次はこっちが見つける番と駄々をこねた。

 

 遊び盛りの歳なのでもう少し付き合ってあげたいのは山々ですが、もうすぐ夕暮れでこちらもメイドとしての仕事もあります。

 

 名残惜しさはありますが折角ティルルさんが食事を作ってくれたので冷ます訳には行きません。それに今日はあの人が来るのですから、遅れる訳にも行かない。

 

「今日はママが帰ってきてるんですよ」

 

「ママがきてるの!? じゃあかえる!」

 

 母親が帰ってくると分かるとカイは直ぐに屋敷に向かって走っていく。

 

 この森はそろそろ手入れしなければいけない時期なので所々枝が伸び始めているので走ると私でも転んでしまう。まだ子供のカイに注意力が備わっている訳がなく、走ると転んでしまうと言おうとする前に、カイの右足に枝が引っかかり、転んでしまった。

 

 転んでしまったカイは仰向けに倒れて少し間が置いた所で目に涙を浮かべ、大泣きした。

 

 慌てて泣いているカイを起き上がらせ、擦りむいて血を流した膝を見る。

 

 私から見れば大した事ない擦り傷ですが、まだ子供のカイにとっては大ケガと同等と感じているのか、大粒を涙を流して痛みを拒んでいた。

 

 ナサリーさんから少し多めに救急道具を貰っていたのが幸いし、私は消毒液と絆創膏をメイド服にあるポケットから取り出した。

 

(確か人間はこういう時おまじないとかけるんでしたっけ……)

 

 本で見たおまじないが効くかは分かりませんが、物は試し。

 

 私はカイの膝の傷に消毒液をかけて絆創膏を貼る前に、カイの擦り傷に触れない程度の近さに手をかざし、あるおまじないをかける。

 

「痛いの痛いの飛んでいけ」

 

 痛みを掴むかのように手を握り、それを空に捨てるようにして手を動かす。

 

 すると、カイは先程まで泣いていた事を忘れたかのように目をパチパチとしていき、涙が止まりつつあった。

 

「わぁ、すごい! いたいのとんでいった!」

 

 カイの笑顔でおまじないが効いた事に嬉しく思いながらも、消毒液とデフォルメされたドラゴンの絵がプリントされた絆創膏を貼り、これで数日すれば傷は元通りになるでしょう。

 

「さぁ、帰りますよ。今度は転ばないように手を繋ぎましょうね」

 

 今度は転ばないようにカイの手をしっかり繋いで屋敷に向かった。

 

 時刻は夕暮れとなり、お客様はいない時だ。こういう日は各々の業務は無く、割り振られた家事をやるのが決まりです。

 

 ですが基本的にいつもと変わらず、料理担当はティルルさん、掃除は私とパルラ、実務作業等はハスキーさん、買い出しはその日によってと決まっている。

 

 お屋敷に戻ると既にティルルさんは夕食の下準備を終えているのか、厨房の扉から良い匂いが立ち込めて来た。

 

「これ、カレーだ!」

 

 どうやら今夜はカレーであり、カイの好物です。カイはカレーの匂いにつられて私の手を離して厨房へと続く通路を走ると、曲がり角で誰かとぶつかってしまった。

 

 ここは一応お客様も使われる通路だから注意はしていますが、やはり自制心がまだない子供にとってはその注意はあまり意味の無いものだった。

 

「危ないだろ!」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「くそっ、良い宿かと思ったが……」

 

 お客様はお怒りのまま部屋に戻り、勢い良くドアを閉めた。

 

「あやまったのに……」

 

 悪気があった訳では無いカイは理不尽と思ったのか、瞳に涙を溜めてしまう。

 

 これは誰が悪くない訳でも無く、誰が悪い訳では無い。

 

 気にしない事が一番ですが、さっきの怒ったお客様の顔が離れないのか、その場に立って静かに泣いてしまった。

 

「カイ、チェイムさんの所に行きましょうか?」

 

「うん……なんだかさいきんおこってるひとばっかりだね」

 

(確かに……少しおかしいですね)

 

 最近は特にクレームが多くなっているような気がするのは、私だけではなく他の方々も思っていた。

 

 しかしそのクレーム内容は全てカイに関する物なのも引っかかります。中にはわざとカイにぶつかってイチャモンを付けるお客様もいたりと、カイを不快な思いをさせる日々が続いていた。

 

 嫌な事が続いてストレスを感じているのか、暗い顔をしているカイの好物のカレーがある場所ならきっと嫌な事を忘れると考え、私はカイと手を繋いで厨房へと足を運び、そこにはまだ料理中のティルルさんがいた。

 

 扉を開かれた事に気づいたティルルさんはこちらに顔を向け、丁度料理を終えたのかキッチンの火を消し、エプロンの前掛けで手を拭いていた。

 

「あら、チェイムさん……って、カイどうしたんですか? 泣いてますけど」

 

「少しお客様と揉めてしまって……今晩の料理を見たら気を紛れるかなと思いまして」

 

「あぁ、今日はカイの大好きなカレーですからね」

 

「カレー!」

 

 好物を耳にしたカイはカレーの匂いを頼りにキッチンの中を走り回ると、ティルルさんはカイの襟元を掴み、つまむ様にして持ち上げた。

 

「コラっ!! 走り回ったら危ないでしょ!!」

 

 ティルルさんの大きい声と迫力にカイは震え、また目に涙を溜め、そんなカイを見たティルルさんは目を丸くさせ、額に汗をかいた。

 

「ち、違うのよ? まだ熱い所が多いし、包丁や洗剤とかまだ貴方には危ないから……」

 

「うぅ……うっうう……」

 

 今にも大泣きしそうなカイに私はカイの目線と同じ高さにして、ティルルさんの言った通り危ないからと諭そうと言葉をかけながら厨房の外に出た。

 

 ちらりと見たティルルさんの顔はやってしまったと後悔の念に押された顔でしたが、カイの安全第一に怒ってくれたので悪い事はしていない。

 

 ちゃんと『叱って』くれたのです。叱りは子供にとっては辛い物ですが、成長する為に大切な事であると理解している。

 

 何が正しく、何が悪いのか、怒りを向ける事で分からせる。少し可哀想だと思いますが、これが1番子供にとって理解しやすいのでしょう。

 

「あ……あぁもう〜! 怒ってないから! ね?」

 

「おこってるー! おこってた〜!!」

 

 収まりがつかず結局カイが大泣きしてしまい、ティルルさんもどうしたらいいのかとあたふたしながらこちらを涙目ぐみそうにして私の方に目を向けた。

 

 弱々しくなったティルルさんを見て思わずくすりと笑い、泣いているカイを抱き上げて背中を優しく撫でる。

 

「大丈夫ですよ〜。ティルルさんは貴方が大好きだから怒ったのですよ」

 

「ぐずっ……すきなのにおこるの?」

 

「ええ。ですよね?」

 

「ま、まぁ……この子に怪我させる訳にはいきませんから」

 

「素直じゃないですね」

 

「ほっといてください! さぁ、あの人がもう私室に居ますから、早く行ってあげてください!」

 

 頬を赤く染めて照れていたティルルさんは私を押して厨房から出ていかせ、これ以上顔を見せたくないのか扉を勢い良く閉めた。

 

 ほんのわずか、扉越しに聞こえる彼女の悶絶した声を背にし、彼女の照れ隠しに愛らしさを感じて小さな笑みが勝手に浮かんでくる。

 

 彼女も彼女で随分とこの子に気を使っているなと嬉しく思い、私はカイの手を握り、私達はメイド間で使われている私室へと入り、そこにはドラゴンメイドの皆様ともう1人、特別なお客人が座っていた。

 

「こんばんは、ジェニー様」

 

 お客人の名前を呼び、彼女はこちらに振り返った。

 

 ブロンドヘアーの髪は夕日によって輝くような色合いになり、彼女の美しさがより一層引き出していた。

 

 母親の顔を目にしたカイは笑顔になり、脇目も振らずに彼女の元へと飛び出した。

 

「ママー!」

 

「カイ〜! 大きくなったわね〜!」

 

 自分の元に飛んだカイをジェニー様は全身で受け入れてカイを抱きしめ、頬にチークキスを交わした。

 

 カイをここに預ける時に、ジェニー様とはなるべく多くこちらに来てカイと出会う事を決めていましたが、ここ最近は忙しいのか、数ヶ月ぶりの再会となってしまった。

 

 手紙でのやり取りはしていましたが、やはりこうして顔を合わせた方がカイは喜んでいた。

 

 喜ぶべき……はずなのに、どうしてか胸が痛む。

 

 針で小さく刺されたかのような痛みがカイの笑顔を見る度に襲っていく。

 

 この感情は私は知っている。この感情を持ってはいけない物なのに、持ってしまった。

 

 いつの間にか我が子のようにカイを接してしまい、彼女が来なかった数ヶ月が嬉しくも感じた事もあった。

 

 おこがましくも浅ましい、歪な嫉妬という痛みは、ジェニー様とカイの笑顔を見る度に私を少しづつ蝕んでいた。

 

「……ジェニー様、最近ここに来られなかったですが、何かあったのですか?」

 

 痛みを紛らわせる為、私はジェニー様に話を振った。勿論単なる疑問もあった。

 

 ここ最近までは週5程度こちらに会いに行きましたし、ウィッチクラフトのお店が忙しい日でも彼女は要領よく仕事を終わらせてこの屋敷に通い、他のウィッチクラフト様々もこちらに泊まった事もしばしばあった。

 

 それが急に音沙汰無く止んだので、何かあったのかと心配になる。

 

「その事で少し話があるの」

 

 ジェニー様は、メイド長のハスキーさんではなく私にそう言った。彼女の目は真面目な顔つきになり、どうやらあまり良い話では無さそうです。

 

 それならばハスキーさんに話を通した方が良いと思い、ハスキーさんと目を合わせますが、ハスキーさんは首を横に振った。私に全て一任するという意味でしょう。

 

「分かりました。ではお食事の後で私の部屋で……」

 

 その時、私の声を遮る大きな音が鳴る。

 

「落ち着いて下さい! お客様!!」

 

 食器が割れた音と、ティルルさんが叫ぶ音にここにいる全員が思わず立ち上がる。皿が割れる音と、壁を殴る音と衝撃で屋敷が少し揺れ、急いで現場へと向かった。

 

 場所は2階、お客様方の部屋がある廊下で何かが起きていた。

 

 さっきカイとぶつかったお客様とティルルさんが何か揉めているようであり、ティルルさんの背後にある壁には風穴が開けられていた。

 

 ティルルさんがやったと思いきや、お客様の右手をよく見るとボロボロに怪我をなされており、状況的にお客様が壁に穴を開けたのは確かだった。

 

 それにお客様の様子もおかしい。呼吸は荒く、目の焦点も所々あっていない。

 

 何やら不穏な空気が流れる中、ハスキーさんが仲裁をしようと2人の間に割って入るように立ち、この経緯を知ろうとした。

 

「お待ちください! ティルル、どういう事ですか」

 

「分かりません。お食事を運ぼうとしたらお客様が急に……」

 

「グッッア゙ア゙ア゙ア゙ア゙!!」

 

 まるで獣のように吠えるお客様がまたハスキーさんに殴りかかってきた。拳を両手を使って受け止めるものの、凄まじい力だったのかハスキーさんは片膝をつく。

 

「えぇ!? なんで人間がドラゴンに力勝ちしてるの!?」

 

 驚くパルラさんの言う通りだ。人間がドラゴンである私たちに力で勝る事など無い。

 

 今の私達は人間に奉仕する為に人間の姿をしていますが、もともとはドラゴンです。力と感覚はドラゴンの時同様……つまり、あのお客様はドラゴンよりも力がある事になる。

 

 普通の人間ではありえない事を目の当たりにして硬直してしまうも、ハスキーさんの後ろにいたティルルさんも援護の為、お客様の背後に回り込み、首元に手刀をお見舞いする。

 

 お客様にティルルさんの攻撃が当たる。しかし、お客様は怯みもせず、攻撃が届いていない様子だった。

 

 その時、お客様の背後に黒い闇が溢れて出した。その闇は深淵のようでもあり、誰かの意思が宿っているかのように私達の血の気を引かせた。

 

 全身が氷の様に冷たくなり、お客様が人間として見れなくなってしまった。

 

 お客様はハスキーさんとティルルさんを押しのけ、獣のような雄叫びを上げながらカイに向かってくる。

 

 今このままではカイが危ない。何とかしなければという強迫観念で体が突き動かされ、このお客様を止めるためにあのお客様の命を奪う事も躊躇出来ず、右手を黒い鱗を纏った龍の形に変えてお客様に近づき、彼の心臓を貫こうとした。

 

「何をしているのですかチェイムさん!!」

 

 ナサリーさんが両手を竜化して私の攻撃を止めたところで、私の意識は覚醒する。

 

「……っ!? 私は何を……」

 

 ナサリーさんが止めた事により、お客様がカイに向かうのを止められなかった。しかし、お客様の足元に新緑色の魔法陣が浮き上がり、足元に棘をまとったツタが巻き付かれ、お客様は転んで倒れた。

 

 魔法を作れるのはこの中ではジェニー様しかいない。ジェニー様の杖は今に光り、カイを守るように抱きしめた。

 

「今よ!」

 

「少し痛みますからね……!」

 

 ジェニー様の合図にハスキーさんが反応し、倒れるお客様の首元に全力の手刀を与えた。

 

 普通だったら首の骨が折れて絶命するところですが、お客様の首はどこにも折れず、衝撃が頭を揺らしてようやく気絶した。

 

 気絶と同時に取り憑いていた影は空中で霧散していき、一部がカイに吸い込まれていくようにも見えた。

 

「今のは一体……」

 

「うーん想定より早いですね」

 

 聞いた事の無い女性の声が聞こえ、私たちは後ろに振り返る。

 

 振り返った先には黒いローブを纏って顔を見せなかった人物が立っていた。

 

 立ち姿、風貌……いえ、それを見るよりも前に背後から溢れ出る闇が彼女が只者では無い事が体の底から警戒心号を鳴らしていた。

 

 思わず息をのみ、冷や汗が上がるほどの恐怖が胸を刺す。

 

「……お客様ではありませんね。最初にチェックインをしてくれないと困ります」

 

「あらごめんなさい。ですがダークネス様のご様態を確認したいと思ってきただけなので」

 

 ローブの彼女はカイに目線を向け、小さな笑い声を出していた。不気味な笑みにカイは怖がり初め、ジェニー様の腕の中に匿るように逃げ、ジェニー様もカイを抱きしめて守っていた。

 

 私も2人を守る様に前に立ち、今度は自分の意志で両腕を竜化させる。

 

「おや? 貴女は何故闇に呑まれないのですか?」

 

 首を傾げた彼女が私にそう言ってきた。闇に呑まれるという言葉に私は心当たりがあった。

 

 先程のように、自分の意志に反する行動をしてしまったあの時の事を言っている事は間違いない。

 

「ダークネス様と長い間一緒にいるというのに……何故でしょうか?」

 

「私にも分かりかねます。ですが、貴女が危険人物というのは理解しています」

 

「危険人物ですか? 失敬な、私はダークネス様を崇拝しているだけの健気な女の子なんですよ? ちょっとその人には暴走させましたけど」

 

「貴女がお客様を……!」

 

「ろくでもない奴を崇拝している時点で危険人物確定ね」

 

 ジェニーさんの言う通り、この人は危険すぎる。

 

 ドラゴンメイド全員彼女を囲み、逃がさないようにする。人の姿をしていても私達はドラゴン。それなりの力はある方だと自負はしている。

 

 カイはジェニー様に任せ、私達はこの方の無力化をしようと行動したその時、天井から雷鳴の様に轟く光がローブの彼女に頭上に差し込んだ。

 

 突き破られた天井から現れた光を彼女は直前に避けましたが、左腕が光に触れえしまい、彼女の左腕は削りとれたかのように消滅した。

 

「あらあら、ちょっと厄介なドラゴンさんが来ましたね」

 

「ドラゴン……?」

 

 穴が空いた天井を見上げると、夜空を照らす白い点が見えた。

 

 まるで星のように輝いているその龍は小宇宙の様な目を持ち、彼女を睨み続けていた。

 

 失った左腕を彼女は闇を集めて左腕を再生し、何事も無かったかのように再生した。

 

「どうやらこれ以上いるのはちょっと面倒ですね。……また会いましょうね、ダークネス様」

 

「この子はカイよ。ダークネスじゃない」

 

「…………は? 

 

 ローブの彼女の周りから押しつぶされるほどの圧が生まれ、その圧で自分が殺されたという感覚が襲いかかる。

 

 逃げ出したいという感情が体を蝕み続ける。あのハスキーさんも体を震わせ、恐怖で唇をかみしめていた。

 

「うっ……こわいよぉ、ママ……」

 

「大丈夫、大丈夫よ」

 

 泣き叫んだカイの頭を撫でているジェニー様も恐怖に支配されている筈なのに、カイを守ろうと姿勢を変えず、逃げようともしていない。

 

 私も負けじと自分を奮い立たせ、彼女の前に立つ。

 

 ローブ越しでも分かる怒りを顕にした彼女は上空を見上げると、バツが悪いそうにため息をはく。

 

「『カイ』ですか。もう1つのダークネス様と考えれば、良いネーミングセンスです。では、また会いましょうね。カイさん♪ 私、ウェルシーはいつでも貴方を見ていますよ」

 

 ウェルシーと言った彼女はそう言って闇と共に消え、夜空の龍も彼方へと消えていった。

 

 まるで嵐の様な出来事に私達の心身は疲弊し、その場にへたり込んでしまう。

 

「ママ……」

 

 ジェニー様が怯えているカイを抱きとめると、私に目を向けた。

 

「怖い思いさせちゃったわね。食事後、少し話があるの。いい?」

 

「……かしこまりました」

 

 この日の夕食はとても寂しいものだった。先の事もあってか、カイも物静かに、もくもくと食べていました。

 

 そして夕食後の夜更けに、私はカイをハスキーさん達にま自室にジェニー様を招いた。

 

 ジェニー様は自室を見渡すと小さく笑い、壁にかけられたカイが描いた絵を手に取った。

 

 手に取った絵にはクレヨンで描かれた3人がいた。

 

 カイの左右にジェニー様と私がカイの手を繋いで笑っている絵。私が一番好きな絵であり、ジェニー様もこの絵を見て気に入ったようでした。

 

「すくすく育っているようね。貴女の教育が良いのかしら」

 

「皆さんのおかげですよ」

 

 棚にある茶葉を手に取って予め沸かしたお湯にティーカップに注いでカップを温めた後、残ったお湯にあった割合に合う茶葉を入れて2〜3分蒸して待つ。

 

 少しの静寂の空気が流れる。心做しかこの短い時間が長く感じ、無意識にこの部屋をぐるりと見渡した。

 

 壁にかけられた絵、子供の服、全てがカイに関わっていて、彼の軌跡であり、成長した証でもある。

 

 ひとりで着替えられなかったカイは今ではボタンを1人で付け外しが出来て、フォークとスプーンを持つことしか出来なかったあの子がいつの間にかフォークとスプーンで料理を食べる事だって出来る。

 

 私達にとって当たり前に出来ることをカイが出来た事を目の当たりした日を思い返すと、その時と同じ気持ちが抱いてついつい頬が緩んでしまう。

 

「余程良い思い出だったのかしら?」

 

 ニヤニヤとジェニーさんはからかうように笑い、照れ隠しに咳払いをしながら出来上がった紅茶をティーカップに注ぎ、ジェニーさんに渡した。

 

 私の分の紅茶を入れ、向かいの椅子に座って同時に紅茶を1口飲み、ジェニー様は一息つくと、本題に入った。

 

「話したい事が山ほどあるけど……まず1つ。そろそろカイを外に出そうと思っているの」

 

「そう……ですか」

 

 ここで言う外とは俗世を意味する。

 

 この屋敷が世界の全てだったこの子が、街へ行き、他者と触れ合う時がついに来た。

 

 外で遊ぶ事はあれど、屋敷の森でしか外には出ておらず、街には足を踏み入れた事は無い。

 

 その理由は……破滅の光のリーダー格でもある白夜の存在。

 

 彼女はダークネスであるカイをありとあらゆる手を使って消滅させようとしており、幸いここにはまだ来ていない。

 

 彼女から匿う意味合いをもってこの屋敷に3年間過ごしていましたが、それだとカイ成長に限界がある。だから、いつの日かカイがいつかこの屋敷から旅立つ時が来る日があると事前に話していましたが……想像よりも少し早かった。

 

「本当はもう少し後にしようかと思ったけど、さっきのダークネスの刺客を起こした出来事を見たでしょう」

 

 私は小さく頷き、あの時の事を思い返した。まさに闇そのものである彼女は何かをした訳では無いのに私達を恐怖に陥れた。

 

「恐らくウェルシーはダークネスの使者。人の心の闇に触れ、如何様にも出来る厄介な奴らよ」

 

 人の心の闇を暴走させ、凶暴化させる……。しかも、常人では絶対に力を持っての暴走はいずれ死へと導くことになる。

 

 幸いあのお客様は早めに沈静化した為大事には至りませんでしたが……問題は私です。

 

 私もお客様と同じように自分を律する事が出来なかった瞬間があった。

 

 自分を抑えきれず、お客様の命を奪おうとした自分が恐ろしくなる。そしてその原因は……ダークネスであるカイ。

 

 人の心の闇に触れる事が出来るのは、 ダークネスとウェルシーの様な近しい者のみ……つまり、私の心の闇に手を加えたのは……

 

「カイも、私に……?」

 

「恐らくはね」

 

「そんな事ありません。私はカイと3年間過ごしてそんな事一度も……」

 

「あの子は多くのことを学んだわ。感情という物も、悪意というのも知ったのよ」

 

「悪意……」

 

「知らされたかもしれないけどね。劣悪客をわざとこっちに来させて、カイになにかちょっかい出して来なかった?」

 

 心当たりはあった。最近、カイに対して圧をかけてくるお客様が目に見えて多くなっているのがずっと気がかりでしたが、もしもウェルシーの差し金だとすれば、その時から既にカイの存在に気づいていたということになる。

 

 あれがカイに悪意……心の闇を芽生えさせる物だとしたら、今日ここに姿を現した理由は大抵予想がつく。

 

「悪意を知ったカイはダークネスとして芽生えつつある。今日攫おうとしたけど……」

 

「あの夜空のドラゴンに妨害された。あのドラゴンも破滅の光なのでしょうか?」

 

「恐らくね。つまり白夜もここにカイがいる事を知っている。今回は見逃したけど、次は恐らく……」

 

「だからここを去ると……」

 

 そして言われなくても理解した。

 

 この屋敷に帰ってくる事は無いだろうと。

 

 ウェルシー……ダークネスの使者と破滅の光をここを知られたからには、ここに留まる訳にも、戻る訳にも行かない。

 

 つまり、カイがジェニー様とここから離れたら……もう二度と会えない。

 

「いつ頃の予定ですか?」

 

「明日」

 

「…………」

 

「って、言いたいけど。明後日にしようかしら。カイも急に母親から離れるのは嫌だろうし」

 

 ジェニー様は私の顔を見て日時を伸ばしてくれた。

 

 きっとかなりショックを受けた顔になっていたの事を、ジェニー様の小さな笑みが物語っていた。

 

 事実、期日を伸ばしてくれた事を内心舞い上がる程喜んでいる自分がいた。

 

 そして、明後日カイがここから旅立つ事に変わりない事実に意気消沈もしていた。

 

「……ん? 母親ってどういう事ですか?」

 

 今更ジェニー様の言葉を思い返し、母親という言葉に疑問を持った。

 

 ジェニー様は小さく歯を見せてからかうように笑い、紅茶を飲んで言葉の意味を教えた。

 

「父親がいないもの。母親が2人いてもいいでしょ?」

 

「私はこの子の母親では……」

 

「そう? 傍から見れば立派な母親だと思うけど?」

 

「けど、カイはそう思っていませんから」

 

 私はあの子から一度も『ママ』と呼んではいなかった。私の事は『チェイム』と名前を呼び、ジェニー様の事を『ママ』と呼ぶ。

 

 母親はジェニー様だけで私は単なる乳母に過ぎない。

 

 カイを預けたその日からわかっていた筈なのに、心が痛む。

 

 私は……母親にはなれない。

 

「そんなにカイと離れるのが嫌なら一緒に来る?」

 

「それは……」

 

 答えが出ない。一緒にいきたい、しかしここを離れる訳にはいかない。矛盾した感情が心の中で渦巻き、気持ちが悪い。

 

 ぐちゃぐちゃになっていく感情を紅茶で流し込む様にして紅茶を飲み、揺れ動く水面で自分の顔が揺れている姿はまるで、私の心を表しているかのようだった。

 

「……明日までに決めます」

 

 今の私に、答えを出す事は出来なかった。

 

「そう……ありがとう。てっきり断られるかと思ったから」

 

「そんな事ありませんよ。……カイの所に行ってあげてください。きっと待っていると思いますから」

 

「なら貴女も……」

 

「いえ、お片付けしてから行きます」

 

「……わかったわ。待ってるから」

 

 立つ鳥跡を濁さないようにジェニー様は紅茶を全て飲み干してから部屋を出ていった。

 

 部屋の中には私一人になった今、不意に涙がこぼれでる。

 

 明後日でカイが旅立ってしまう。

 

 嬉しい筈なのに、喜ぶべきなのに、行って欲しくない感情が勝ってしまう。

 

 ならついて行けばいい。けれど私はドラゴンメイド・チェイム。この屋敷に訪れた方を癒す使命がある。

 

 だから軽率にこの屋敷を離れる訳にはいかない。

 

 私はこの渦巻く感情を静まるまで、私は部屋の中で少しづつ涙を流した。

 

 時間が癒してくれるのを待ちながら……

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