六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について   作:白だし茶漬け

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グッバイフレンド&マザー

 真紅眼の黒竜の幼竜であるクロを仲間の元に帰す為、私達はアルバス君の飛空挺で竜の渓谷へと向かっていく。

 そこでカイとクロはしばしのお別れになってしまい、2人は残り少ない時間を過ごしていた。

 

 飛空挺は物凄いスピードで砂漠を縦断していて、このままのペースなら数時間で竜の渓谷に辿り着き、真紅眼の黒竜の群れと合流は出来ます。

 

 ですが……1つ問題があります。

 

「やばい……吐く」

「ディアベルさん!? 車内では吐かないでくださいね!?」

 

 昨日の夜、かなりの酒を飲んだディアベルさんは二日酔いになってしまい、このスピードについていけなくなっていた。

 急いで袋を渡し、ディアベルさんは虹色の光を帯びる物を袋の中に吐き出すと、顔面蒼白になっていた。

 元々少し肌白い顔も完全に青白くなり、白目を剥いてディアベルさんは私の膝に頭を乗せて横になった。

 

「少しスピード落とします?」

「いい……横になれば問題ない」

「だからって私の膝に頭を乗せなくても……」

「お前の膝が丁度いい太さをしてるんだ」

「え? あ、ありがとうございます……?」

 

 遠回しに太ももが太いって言われた様な気がして少しショックを受けつつ、チラリとジェニーさんとディアベルさんの足を見て、自分の足と太さを見比べる。

 

 ディアベルさんは旅をしているので引き締まった足を持っていて羨ましいです。

 ジェニーさんは最近デスクワークが多いせいで少し肉付きがありますが、太い訳でも無い平均的な物です。

 

 それに比べて私はと言うと……他の人と比べると太く見え……ダメです、これ以上は言葉にしたくありません。

 

「食べ過ぎですかね……」

「そう? そんなに太ってないと思うけど。ちょっと失礼〜」

 

 ジェニーさんも空いている私の膝に頭を乗せ、両膝が更に重くなる。それどころかジェニーさんはいやらしく太ももをさすってきた。

 

「あぁ……これは良いわね。ハイネちゃんの太もも枕とか作ったら売れそうね」

「ぜっっったいに嫌です!!」

「あら、ざんねーん。なら、そのおっきなお胸を再現したもので商売もありかもね」

 

 そう言ってジェニーさんは下から胸の隙間に指をツッコミ、変な声が出そうになるも必死に口を閉ざし、ジェニーさんのこめかみに手刀を振り下ろす。

 

 しかし反省の色は見えず、小さく舌を出したジェニーさんのポカポカと頭を小さく叩き、どこの層に需要があるかも分からない商品が世に出ることを阻止する。

 

(それにもしするのなら……)

 

 チラリとカイに目を向け、カイに膝枕をするイメージを思い浮かべた瞬間、突然砂漠が爆発音と共に巻き上げられ、飛空挺の車体が激しく揺れる。

 

 ジェニーさんが体を素早く起こし、爆発がした箇所をじっくりと観察する。

 

「何があったの!?」

「分からない! どこからか攻撃されたような……」

「ヒャーハッハッハッハ! 見つけたぜ黒魔女ぉぉ!!」

 

 後ろから笑い声が響き砂漠の海をかき分けるように砂埃を上げながら進む動物の上には小さな人型の……仮面をつけたゴブリンの集団が私達を追いかけていた。

 

 黒魔女と言うには、ディアベルさんの事を指しているのでしょうか? 

 二日酔いで辛いでしょうが、訳を知っているディアベルさんを起こし、背後にいるゴブリン達に目を向けさせる。

 

「あれは……あぁ、またアイツらか」

「あ、あの人達何ですか!?」

「なんか仮面付けてるー!」

百鬼羅刹(ゴブリンライダー)。ただの賞金稼ぎの連中だ。いつもなら軽くあしらっているが……うぷっ、無理。吐く……」

 

 またもやディアベルさんは虹色の物を砂漠に吐いてしまい、ルシエラさんとシルウィアさんが彼女の背中をさすっていますが、顔色は悪いままです。

 これは流石に今日の戦闘に参加するのは無理でしょう。

 

「ぎゃははは!! あの魔女グロッキーになってるぜ! 他の奴らはほっといてあの魔女をやれぇぇ!」

 

 恐らくリーダーであろう黒い画面を被った大柄なゴブリンが乗っている動物に鞭を放ち、猛スピードで襲いかかりながら爆弾をこちらに投げつける。

 

「ハイネちゃん! 防御!」

 

 ジェニーさんの指示と同時に布を広がらせ、全ての爆弾を包みこむ。包み込まれた爆弾はカイの風魔法によってゴブリンライダーの集団に目掛けて吹っ飛び、ゴブリンライダーの半数は吹き飛ばされる。

 

「あの野郎! てめぇら、気合い入れてけよ!」

「「おうっ!」」

 

 ゴブリンライダー達は更に速度を上げて飛空挺に追いついていく。このままじゃ囲まれて袋叩きになることは必須でしょう。

 

「アルバス君! もっとスピード上げられないんですか!?」

「これが限界です! このままじゃ追いつかれる……!」

「じゃあこれ使ってみる?」

 

 するとカイは突然カバンから小型の白い何かを取り出した。

 

「……なんですか? これ」

「万能地雷グレイモア」

「なんでそんなもの持っているんですか!?」

「この前アリアスさんが護身用に持っとくと良いって手紙が添えられた荷物届いたから」

 

 万能地雷グレイモアは小型軽量でありながら外部からの刺激に強く、下手すれば町1つ軽く吹き飛ぶが可能になる危険な地雷だ。

 

 それをこの子は躊躇なく使おうとすることよりもなぜ持っているかという点に驚き、これにもジェニーさんもこれには驚き、目を丸くさせる。

 

「意外と過激派なのね、そのアリアスって人」

「ええ……まぁ、そのようです」

 

 しかもそれがラビュリンス様の執事の人から届いたって……どうしてあの人は危険な物を持たせたがるんですかと後で手紙で文句を言おう、そうしましょう。

 

 ですがその前にゴブリンライダーの人たちをどうにかしなければならない。囲まれている状況では手出しがしづらく、着々と包囲網が作られつつある。

 

 このままでは飛空挺にロープの様な物で捕らえられたら恐らく止まって袋のネズミになってしまう。

 これ以上飛空挺のスピードが上がらないとなると、打開する為には包囲網をどうにかして崩さなければならない。

 

「グレイモア使う?」

「なるべく使いたく無いです!」

「でも使わないと多分撒けないわね。うーん……でももう少し離れないと爆発に巻き込まれるかも」

「なら、私が囮になろう」

 

 そう言うとよろめきながら体を起こすディアベルさんが名乗りを上げた。

 

 まだ顔色は悪く、今の様子では立つことさえもままならない状態は火を見るより明らかで肩と腰にいるルシエラさんとシルウィアさんも休んでと言わんばかりに手を動かす。

 

 しかし彼女は飛空挺から身を乗り出し、このまま降りようとしていた。

 

「これは私の問題だ。……それに、友人との別れを邪魔はさせたくない」

 

 カイとクロを交互に見たディアベルさんは、別れを告るかのように小さく笑い、飛空挺から降りた。

 

 罪宝に魔力を込め、ルシエラさんとシルウィアさんの姿が手から獣と鎌に変わり、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)達を足止めしていく。

 

「ヒャハハ!! 目当てのモンから降りてきやがった!」

「捕らえろ捕らえろ!」

 

 飛空挺に取り付いていた百鬼羅刹(ゴブリンライダー)がディアベルさんに向けて移動し、私達は真っ直ぐ竜の渓谷に向かっていく。

 

 囲まれたディアベルさんは巨大な鎌を振り回して周囲の

 百鬼羅刹(ゴブリンライダー)を牽制し、黒い獣となったシルウィアさんも巨大な手足を使って一体ずつ吹き飛ばしていく。

 

 しかし、本調子じゃない為かいつもなら直ぐに回避するでしょうロープの攻撃に気づかず、右手にはロープが巻き付けられる。

 

「このっ……うっ……」

 

 本調子じゃないせいで思うように動けず、しかも魔力も充分に使えないせいか罪宝の出力も弱い。

 シルウィアさんとルシエラさんも姿が保てられず、元の手へと戻ってしまう。

 

 その隙を逃がさないとディアベルさんを更に二方向ロープがディアベルさんに襲いかかり、完全に動きが出来なくなる。

 

「ハハハ! これで賞金は俺らのもんdグぼっ!?」

 

 高笑いしていた一人の百鬼羅刹(ゴブリンライダー)に、突然顔面蹴りを入れられる。あまりにも勢いが強い蹴りで仮面が割れたと同時に、私の隣で凄まじい風圧が残り、隣にいた人……カイが今はディアベルさんの前に行っていた。

 

「これ以上、ディアベルさんはやらせない」

「なっ、お前なんで……」

「あんなの見られたら黙って行く訳にはいかないから!」

 

 カイの中の正義感があの子を動かし、カイはディアベルさんを拘束していたロープを全てディアベルさんが落としたダガーで全て切り裂き、ディアベルさんの拘束が解かれる。

 

 自由になったディアベルさんは勝手に来たカイを逃がそうと包囲網の一端をこじ開けようとする。

 しかし、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)達はそうはさせまいと2人を囲むようにして更に速度を上げ、砂漠の砂を巻き上げて小さな砂煙を生み出し、砂煙に紛れ込むさんで姿を隠す。

 

「よくも獲物を逃がしやがったなっ! お前ら! あのガキをやっちまいな!」

 

 折角の獲物を逃がされた腹いせのリーダーらしき百鬼羅刹(ゴブリンライダー)の号令の元、全員一斉にバズーカを担ぎ、バズーカの銃口をカイに向けていた。

 その光景を最後に、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)姿が全員砂煙に隠れてしまい、こちからでも状況が出来なくなってしまう。

 

「あわわわっ……ジェニーさん、カイがあの集団の中に!」

「やれやれ、すぐ行動するのはあの子の良いところでもあって悪いところね。ハイネちゃん、あの2人を連れ戻す準備をしてて」

「ジェニーさん、俺達戻らなくても……」

「いえ、このまま全速前進!」

「えぇ!? でもアイツが……」

「大丈夫。あの子、天才なんだから」

 

 2人の絶対絶命のピンチを目の当たりにしているにも関わらず、ジェニーさんは余裕の笑みを浮かべながら杖を持ち、呪文を詠唱していく。

 血は繋がっていませんが、自分の子供の危機が迫っているように全く焦っている様子が無い。

 

 危機感が薄いとかそういう物ではなく、カイがダークネスという強大な存在だからでも無く、理由は彼自身の実力を信用しているのともう1つ、必ず子を助けるという母親としての責務を全うする意志があるからだ。

 

 ジェニーさんの目付きが一瞬鋭くなると彼女の杖から風の魔力が満ちた。

 

「くたばりやがれぇぇぇ!!」

 

 同時に百鬼羅刹(ゴブリンライダー)達がカイ達目掛けて雨のようなバズーカの弾丸を撃ち込まれたのだろうか、砂煙の向こうで数多くの爆音が耳を撃つ。

 

「カイ──!!」

 

 もうダメだと目を閉じ、いつか来るであろう爆炎と爆発音に備えて身を構える。

 ……が、いつまで経っても襲ってくる感覚が来ず、ゆっくりと目を開けると、次に見た光景は目を疑うものだった。

 

「な……んだこれ」

「う、動け……ねぇ……!」

 

 そこにはバズーカの弾頭と百鬼羅刹(ゴブリンライダー)、そして巻き上げられた砂埃がまるで写真の様に固まった光景があった。

 

 太陽と雲、そして風が流れているのにまるでそこだけ時間が止まったかのように何もかもが止まっていた。

 ある2人を除いては。

 

「ごめんね、俺、天才なんだ」

 

 いつものように憎たらしくも堂々とした笑みを浮かべたカイと顔には出しませんが内心驚いているだろうディアベルさんだけは、その中で動いていた。

 

「お前……こんな事出来たのか」

「ん? まぁね。天才だから」

「このクソガキが。……ふっ」

 

 窮地を脱した様に思えますが、カイ達はあそこから抜け出せません。何故ならカイが使ったあの魔法はいわば物質の固定化。砂煙はまるで壁のようになっていて、壊す事は絶対に不可能だからです。

 

 あの2人があそこから抜け出す為には……。

 

「こうするしか無いですよね……!」

 

 私はポーチからロープを取り出し、魔法使いそれを操る。ポーチから吐き出されるロープの長さはかなりあり、遠く離れた砂煙の壁を超え、空いた天井からロープを吊るす。

 

「2人ともー! それに捕まって下さい!」

「ハイネ姉の声だ! ディアベルさん、捕まろう」

 

 ロープ越しから2人分の体重が乗った事を確認し、ポーチからロープを回収する。ロープはポーチの中に吸い込まれるように戻っていくと、ロープに捕まった2人は引っ張られるように戻っていく。

 

 砂煙の壁を越えたと同時にカイは物の時間の固定を解除し、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)とバズーカの弾は動き始める。

 

 バズーカは砂漠に虚しく当たって不発となり、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)は再度2人を追いかけようとする。

 ですが、既にもう1つ、別の魔法が襲いかかってくる事を百鬼羅刹(ゴブリンライダー)は知る由もありませんでした。

 

 追いかけようとした途端、下から巨大な旋風が百鬼羅刹(ゴブリンライダー)を巻き上げ、巨大な砂嵐が生まれる。

 

「おわぁぁぁ!? なんだなんだ!?」

「どっから吹いてるんだこの風は!?!?」

「ごめんなさいね。私も一応天才(ジェニー)だから」

 

 子は親に似るというのはこの事でしょうか、ジェニーさんも勝ち誇ったドヤ顔を浮かべた。

 ですが、百鬼羅刹(ゴブリンライダー)の大群が小さく見える程に巨大な砂嵐は凄まじく、距離を取らなければ私達も巻き込まれる程だった。

 

「……ジェニーさん、もしかして怒ってます? 百鬼羅刹(ゴブリンライダー)達がカイに手を出そうとして」

「…………さぁ?」

 

 不自然に間が長かったのは図星という事でしょう。ですがまぁ、母親ですからそんな感情を出すのは無理もないでしょう。

 

「それよりもハイネちゃん、2人をどうやって受け止めるの?」

「……あっ」

 

 そうこうしている内に2人が飛空挺に戻ってくると、勢い良く2人は私に向かってくる。

 そう言えば2人をどう受け止めるか考えてなかった。とにかくカイとディアベルさんを助け無ければと頭がいっぱいだったからそこまで考えが纏まらなかったからだ。

 

 もう一度布を広げてクッションの様に……は間に合わない。もう2人が目の前に迫り、こうなったら私自身がクッションになろうとすると、私の前に白い髪をなびかせた黒竜が2人を背中で受け止めた。

 

「あ、アルバス君?」

『はい、危なかったので俺が受け止めました』

 

 そう言えばアルバス君ってドラゴンになれるのを忘れていた。2人はアルバス君の背中から飛空挺に乗り移り、ハンドルを代わりに操作していたエクレシアちゃんにお礼を言ってから、アルバス君も元の少年の姿になって運転席に乗り移る。

 

「ふぅ、これで何とか百鬼羅刹(ゴブリンライダー)から逃げられ……」

「逃がすかよぉぉ! 黒魔女ぉぉ!!」

 

 どうやってあの砂煙から逃れられたのか、リーダーの黒画面の百鬼羅刹(ゴブリンライダー)がこちらに鬼気に勝る勢いで近づいてくる。なんて言う執念なんでしょう。顔も相まってすごく怖いです……! 

 

「俺様はぁ! 泣く子も黙る百鬼羅刹(ゴブリンライダー)巨魁(ビッグヘッド)! カボンガよォ! あの程度の風は屁でもねぇのよォ!」

「あの執念、別の物に向けたら良いのに」

「そんな事言ってる場合じゃないですよ! このままだと追いつかれます!」

「でも相手は一人です! またカイ君の魔法を使えば……」

「ごめん、さっきので魔力空っぽになっちゃった」

「え、もう? 随分早いわね……まだ昨日使った物で魔力が回復しきってなかったのね」

 

 昨日使った物……恐らく、時間遡行のことでしょう。カイがダークネスの力を使ったとされる時間の巻き戻し……確かに理にかなってはいます。

 

 カイが使う魔法も全体的に見れば魔力の消費も大きく、時間も巻き戻しとなればこれから先魔法が使えなくなる事もおかしくは無い。

 

 ともかくカイの魔法で足止めは不可能。相手は一人なので皆さんで協力すればと退けます。

 

 あともうひと踏ん張りと意気込んだその時、私はふとある事に気づく。

 

「そういえば……カイ、グレイモアはどこに?」

「ん? ……あれ? 無いや。どっかに落としたのかな」

 

 次の瞬間、カチッと大きな音が全員の耳に入る。

 音の出処はガボンガが乗っている動物の足元であり、まさかと思い、そこに注視する。

 

 するとそこにはカイが持っていた万能地雷グレイモアがあり、ガボンガはうっかりそれを踏んでしまった。

 

「「 「…………あ」」」

「なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ガボンガの叫びと共にグレイモアは起動し、ガボンガは爆発によって吹き飛ばされていく。爆発の範囲は凄まじく、ギリギリ私達を巻き込む程にまで及び、爆炎と爆風が飛空挺に襲いかかる物だった。

 

「覚えてやがれ黒魔女ぉぉ! そして天才のガキぃぃ!」

 

 そんな捨てセリフを吐きながらガボンガは遥か彼方の空まで飛ばされ、リーダーを失った百鬼羅刹(ゴブリンライダー)は撤退していった。

 

「ふぅ……とりあえずは何とかなりましたね」

「本当にね……ディアベルさんもお疲れ様」

「別に……何も出来たかったから良い」

「でも、私達の事を逃がそうとしました! ディアベルさんはやっぱり優しいですね!」

「本当に」

「……からかうな、バカ」

 

 エクレシアちゃんの素直な言葉に全員頷く中、ディアベルさんは恥ずかしさでフードを深く被り、私達は大きく笑った。

 

 危機が去った事で安心しきり、現在位置を確認しようと周りを見ていると、前方に大きな渓谷が見えてきた。

 百鬼羅刹(ゴブリンライダー)達との戦闘が過激だったからか、時間の経過も忘れてもう夕暮れになっていた。

 

「ここが竜の渓谷でしょうか? アルバス君、何か分かりますか?」

「うーん……ドラゴンの気配は感じるんだが……真紅眼の黒竜かどうかはまでは……」

「ガウガウ!」

 

 すると、竜の渓谷を見たクロが飛空挺から飛び出し、何かに呼応する様に大きく叫び出した。

 

「クロ、何かあるの?」

 

 クロを追いかけるカイは竜の渓谷をくまなく見渡すと、夕陽を背にしてこっちに向かってくる黒竜がいた。

 

 黒い鱗に爪と手足、そして真紅のように輝くあの眼は……間違いない。クロと同じ真紅眼の黒竜だった。

 しかも一匹では無く、大群です。

 

「あれが……クロが居た群れなのでしょうか」

 

 真紅眼の黒竜は当然同じ個体が存在し、群れも同様です。あれがクロが本来育てる筈だった親がいる群れとは限りませんが、クロがいつになく忙しない様子からして、クロは本能であそかに母親がいる事を確信した。

 

 クロの呼応を感じ取ったのか、一匹の真紅眼の黒竜がこちらに向かってくる。

 数多く存在するドラゴンの中で力があるとされている真紅眼の黒竜を前に、嫌でも体に力が入る。

 

 幼い我が子が見ず知らずの人間に抱き抱えられている事に激怒しているのか、真紅眼の黒竜は怒りの咆哮を上げる。

 

 咆哮はまるで鎌鼬の様に鋭く感じ、足を踏ん張らないと吹っ飛ばされてしまいそうな程強かった。そんな真紅眼の黒竜はカイに向けて私達に向けて黒炎弾を放とうとする。

 

「カイ!」

 

 魔力が無いカイに自衛手段はない。急いで身を守らせようと体を動かしますが、突然ジェニーさんに肩を掴まれる。

 

「待ってハイネちゃん」

「どうして!?」

「直ぐに分かるから」

 

 ジェニーさんの言う事は分からず、とにかくカイを助ける事で頭が埋め尽くされた私の体は動けないもどかしさと危機が迫り来るカイを見て身体中の血が抜かれるような冷たさに襲われる。

 

 思わず息をするのを忘れ、カイはクロを抱き抱えて真紅眼の黒竜の方にゆっくりと歩くと、真紅眼の黒竜の敵意が薄くなり、黒炎弾の炎は消えていく。

 

 カイには一切の敵意は無く、黙ってクロを真紅眼の黒竜の元に届ける。真紅眼の黒竜は自分の子供と再会した事に喜び、クロに頬を擦り寄せる。

 

 クロも本能で母親だと確信したのか、真紅眼の黒竜の頬に体を寄せる。

 

「ジェニーさん、もしかしてこれを分かって?」

「まぁね」

「どうして……」

「母親の勘かしら? ここから先はカイ一人だけの問題よ」

 

 敵意が無いと知って安心しつつ、私自身の早とちりが恥ずかしくもあり、未熟さを思い知らされる。

 

 少し離れたところからカイとクロの別れを見届け、カイも少しづつクロから離れていく。

 

「……良かったね、クロ」

 

 家族に合わせる事が出来たカイは、喜びと悲しみが混じった涙を目に溜め、ゆっくりと後ずさっていく。

 しかし、それに気づくクロは小さな足を使って走り、カイの裾元のズボンに噛みつき、その歩みを止める。

 

「クロ……」

「ガウ〜……」

 

 離れたくない、離したくないと言っているかのようにクロはその口を離さず、カイを引き止める。

 

 別れたくないんでしょう。もっとカイと過ごしたい、色んな場所に行きたいと、言葉を交わさずとも私達に伝わっていく。

 

 真紅眼の黒竜もクロとカイの関係がさっきの行動で知った為か、無理にクロを引き戻そうとする様子は無かった。むしろクロをカイの元に返そうとクロの背中を口元で小突いてきた。

 

 別れなくて良いと真紅眼の黒竜が言うかのように、彼女はクロ達から一歩引き、翼を大きく震えさせる。

 

「待って!!」

 

 しかし、カイが彼女を静止させる。クロは大きく息を吸っては吐くを繰り返し、カイはクロを前へと出させる様に背中を押す。

 

「行って、クロ」

 

 そう言い残し、カイはクロに背中を向けて歩き出す。

 

「クロはお母さんと一緒にいるべきだ。……もう、お別れなんだよ」

「ガウガウ……」

「来るなっ!!」

 

 クロを突き放すように強い言葉をぶつけ、追いかけようとしたクロの足を止める。

 

 カイは顔を伏せ、その奥で大粒の雫を流れるのを堪えるように歯を食いしばり、肩を震えさせる。

 今生の別れになるかもしれない一面に、私達では介入出来ない、いや、してはいけなった。

 

「クロ、お前は……お母さんと一緒にもっと……っ、もっと色んな所を見て、知って……強くっ、なるんだ!」

 

 溜まった涙が遂に溢れ出す。泣いている自分を誰にも見せないように両手で顔を覆わせるも、嗚咽や指の隙間から零れる熱い涙は隠せるものでは無かった。

 

 それでもカイはクロとの別れを強く決めたその決意と成長への感動と、クロとの別れで貰い泣きをしてしまう。

 

 カイ程ではありませんが、私やジェニーさん、ウィッチクラフトの皆さんもクロとは過ごして来た。仲間だと思った事も何度もある。それがこのような形でいきなり別れになる事は、私とジェニーさんも辛かった。

 

「俺も……もっど、もっっと……色んな事を知って、強くなって……もっと凄い魔法使いに……なるからっ! ダークネスなんか負けないぐらい!」

 

 足を止めいていたカイが走り出し、クロから離れていく。もしここでクロが母親と一緒に空を飛べば必ず追いつけない距離となり、カイは本気でクロとの別れを覚悟した。

 

 母親か、友か。天秤のような選択をクロは一筋の涙を落とし、決断した。

 

 クロはカイから背を向け、母親の元へと駆け寄った。

 

 母親の真紅眼の黒竜の側へと辿り着き、母親と共に翼を震わせ空を飛んでいく。翼の羽ばたく音がカイの耳に入ると、あの子は振り返り、クロとの最後の別れを何も言わずに迎える。

 

 やがて二匹の竜は私達が見えない地平線の彼方まで飛び、次第に夕焼けに照らされて姿が見えなくなり、カイは真紅眼の黒竜の羽ばたく音が聞こえなくなるまでクロを見送った。

 

「……また、遊ぼうな」

 

 私達の耳と心には、2匹の真紅眼の黒竜の羽ばたく余韻が静かに残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺たちはここで別れます。色々とありがとうございました」

「ジェニーさん、お料理とっても美味しかったです! ハイネさんも、もっと自分に自信を持ってください!」

 

 カイとクロの別れを見守った私達は、近くの街で別れる事になった。

 それぞれ違う目的があり、こうなる事は避けられない。その為かクロの時よりかは寂しさはありませんが……胸が苦しくなるほどの寂しさはありました。

 

 それでもエクレシアちゃんは花の様な満面の笑みを浮かべ、アルバス君も少し寂しながらも悲しさを感じさせまいと笑顔を向けてくれた。

 

「リカイ、仲間を大事にしろよ」

「うっさいな。分かってる」

「こーら。ちゃんとお礼とお別れを言いなさい。クロだけが貴方の仲間じゃないんだから」

 

 母親らしくジェニーさんはカイの頭を掴んで強引に下げ、カイはさっきまで泣いていた痕や鼻筋が真っ赤にさせながらも、ジェニーさんの言う事を聞く。

 

「じゃあ、元気でね。2人とも」

「あぁ。またな」

「貴方の祝福を祈っていますね」

 

 別れの言葉と同時にエンジンが起動し、2人を乗せた飛空挺は夕暮れの空に近づき、そのまま砂漠を超える為に飛ぶ。

 

 砂漠の丘を1つ超えた先で2人の姿は見えなくなり、別れの喪失感が漂わせる中、ディアベルさんも荷物を纏める。

 

「なら、私もここで別れる」

「え? ここで……ですか? どうせなら、もっと大きな街まで送り届けた方が……」

「大丈夫だ。徒歩は慣れてる。じゃあな」

 

 アルバス君達との別れの余韻がまだある中、ディアベルさんが別れようとしますが、ふたつの罪宝がそれを許さなかった。

 

「ちゃんと別れを言いなさい」と訴えるかのように、肩と腰にあるルシエラさんとシルウィアさんは、彼女の体を引っ張り、私達の元へと手繰り寄せた。

 

「……分かった、言う。言うから」

 

 無理やり体を手繰り寄せられた彼女は2人に強く言い出せず、素直に私達に別れの言葉を言おうとするものの、中々言葉が出なかった。

 

「その、ありが……いや違うな。えっと……んんっ……」

 

 出そうと思うと喉に引っかかったかのように口を閉じては開くを繰り返し、かと思えば何か考える素振りを向けたりと、少し挙動不審な姿はまるで素直になれない可愛らしい小動物の様だった。

 そんな姿が少し愛らしくも感じ、ジェニーさんもにやけながらポワポワした雰囲気が出てくる。

 

「うんうん、ゆっくり考えても良いのよ〜」

「なっ……う、うるさい! そんな目で私を見るな!」

 

 私達の暖かい目にディアベルさんは顔を真っ赤にしてしまう。

 

 いざ別れの言葉を言うとなると恥ずかしいのか、ディアベルさんは恥ずかしさを紛らわそうと髪の毛をクルクルと弄り、チラリと私達を見ては目を逸らしたりを繰り返し、ようやくディアベルは体を動かし、行動する。

 

「世話になった。ありがとう」

「こっちこそ息子をありがとうね」

「随分なエロガキだったがな。この前の夜の時は私の体に抱きついて……」

「それはそっちからだからっ!! あの時苦しかったんだから!」

「お前が抜け出そうとするからだ」

 

 この前の夜って……遺跡が出る前の夜の時でしょうか。確かあの時はディアベルさんとカイは同じ部屋にいた事を思い出し、良からぬ想像が膨らんでしまう。

 

 様子からして一線を超えるような事は無いと思いますが、ふと感じるディアベルさんの目付きが少しだけ優しく見えるのは、カイの事を特別に想っているからなのか、それとも単なる世話焼きなのか……いずれにしろ、最初に出会った頃から雰囲気が柔らかくなっていた。

 

「まぁとにかく、退屈しない旅になった」

 

 ディアベルさんは最後にカイと目線を合わせ、頭をポンと置いた。

 

「お前を想ってくれている人、無くすなよ」

 

 その言葉が終わる刹那、ディアベルさんはカイの額に唇を触れさせる。

 

 たった一瞬の出来事でしたが、切り取られた写真の様に私の頭にさっきの光景が繰り返されていく。

 カイも突然の事で自分の額に触れ、ディアベルさんはしてやったと悪い笑みを浮かべていた。

 

「白き森のおまじないだ。……またな」

 

 私たちに背を向けて歩いていくディアベルさんに付いているルシエラさんとシルウィアさんも大きく手を振り、ディアベルさんは夕暮れの地平線に向けて歩いていく。

 

 姿が見えなくなるまで手を振り続たものの、半ば放心状態の私に突然ジェニーさんに頬をつつかれて、ようやく意識を取り戻す。

 

「大丈夫? ハイネちゃん。すっごくぼうっとしてたけど」

「え、ええ。カイは……その、ディアベルさんにその、……されて、どうなんですか?」

「え? ……分かんない」

 

 額と言っても、突然口付けされて戸惑っているカイは未だに額に手を当てていた。

 

(まさかディアベルさん……本気でカイの事を?)

 

 いや、そんな様子は無かった。だとしたらアレは軽い気持ちでやった事? 最後の最後に私の心はかき混ぜられ、頭の中で考えが纏まらなくなってしまう。

 

 私は……カイに対して一体どんな感情を持っているのか分からなくなった。

 

「……さーてと、私達も帰りましょうか。ハイネちゃん、行ける?」

 

 ジェニーさんの言葉でハッとした私は、食い気味に行けると答え、直ぐに帰りの準備を進める。

 布を広げて浮遊魔法を唱え、布は重力に逆うように浮く。

 

 ジェニーさんとカイが乗ったことを確認し、最後に私が布の上に乗ると、布は空を飛んで私たちが帰る街へと向かっていく。

 

 空を飛んで間もなく、カイはうたた寝をして横に倒れた。無理も無い、予想外の襲撃で魔力を使い果たし、果てや友との別れで泣き疲れたんですから。

 そんなカイの頭をジェニーさんは膝に乗せ、安らかに眠れるようにと優しく頭を撫でる。

 

「ねぇ、ハイネちゃんってカイの事好きなの?」

「っ……! え、ええと……それは……」

「隠さなくてもいいわよ。最近のハイネちゃん、やけにカイの事を見ていたから」

 

 ジェニーさんの言うことは間違っていなかった。ここ最近、カイと行動を共にしている事が多く、必然的にカイの事を見ていた。

 その内自然にカイの事を目で追ってしまう事は否定しません。それでも……まだ私は自分の気持ちに答えを出せずにいた。ジェニーさんに見つめられ、顔を逸らしたくなる気持ちを堪えて私の考えを話し始める。

 

「好きと言えば好きです。でもそれは、ラブの意味でも、ライクの意味でも無くて……」

 

 自分の気持ちの筈なのに、言葉が見つからない。心がざわめき、渦巻く中で必死に言葉を私は探し、見つけた言葉を繋げるように続ける。

 

「大切で、ほっとけなくて、弟の様な存在で……ええと……とにかく、恋愛感情は……その、無いとは言いませんが」

 

 好きになった理由は多くある。泣いている時に慰めてくれた純粋な優しさ、知識を吸収する姿勢と得た時の喜ぶ姿、そして今回の旅で見せる勇猛さ。

 

 一回り歳が離れている小さい子を、私は好きになった。

 ……いえ、なってしまったと言った方が良いでしょう。

 

 でも私は、この気持ちをどう表現したらいいか分からない。好きである事に間違いは無い筈なのに、何か引っかかっている。その引っかかりが何なのか……それが分からない。

 

 ジェニーさんはそんな私をじっと見つめて、ふぅと溜息を付く。そしてカイの額に手を当てたかと思えば、私の額にも手を当てる。

 

 いきなりの行動に驚きはしましたが、特に嫌な感じはしなかったので私はされるがままになっていました。

 

「多分だけど、大切に思っているからこそ言えないんじゃない。例えば……私よりも良い人がいる〜。見たいな感じ」

 

 その一言で私の中の引っ掛かりが取れたと同時に、私はジェニーさんに聞き返していました。

 

「どうして、そう思ったのですか?」

 

 ジェニーさんは私の額から手を離して、カイの頭を撫でながら答える。

 

「ハイネちゃんとカイって正反対な性格してるでしょ? しかもハイネちゃんは大分ネガティブ思考だから、もしかしたらな〜って」

「それは否定しませんけど……」

「でも、引きずったら後悔するわよ〜?」

 

 グイッと顔を近づかせるジェニーさんの含みがある笑顔に私は少しだけ身を引かせ、生唾を飲み込む。

 

「カイは天才なんだけど朴念仁で鈍感よ? ちゃんと好きって言わないと、この子絶ッ対に分かんないから」

「でも……」

「じゃあ、今寝てる隙に言いましょう。ほら、カイ〜、愛してる〜って。ほらほら、私耳塞いでいるから」

 

 ジェニーさんは目を閉じて耳を塞ぎ、私がカイに言葉を告げるのを待っていた。

 しかし彼女はチラリと目を少し開け、何かを期待するの様な顔を見てしまっては恥ずかしくて言うに言えない。

 

 でも、何となく言わなければいけないような気がする。ジェニーさんの言う通り、言わなければ後悔してしまいそうな……そんなどこにも確証がない勘と、一瞬脳裏に自分が死んだ光景が過ぎり、ジェニーさんに聞かれないように寝ているカイの耳元でそっと囁く。

 

「……好きです、カイ」

 

 囁きでくすぐたかったのか、カイは一瞬体を動し、直ぐに眠りに戻ると、私の手を握った。

 起きている訳では無いのでホッとする。

 

 ライクでもラブでもない。この感情は私の中の言葉では表現はできない。ただひとつ分かっているのは、この子が大切に思っているという事です。

 

 自分が選ばたら良いなという気持ちもあるにはある。だけど、カイにはカイが選んだ人と結ばれて欲しい。

 

 それで幸せになって、自分らしく生きていて欲しい。

 そんな母親の様な気持ちを胸に、私は眠っているカイの手を握り、帰路の道を辿って行く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの日から2年程の時が経った。

 カイは15歳になり、彼は自分の中に存在するダークネスに打ち勝つ為、旅に出る事になった。

 これはカイがあの日から決め、少し心配がありながらも私達は旅に出るカイを見送る。

 

「じゃあ、行ってくるよ」

「き、気をつけて下さいね? 連絡はマメにする事と、悪い人について行かない様にするのと、風邪はひかないように……」

「ハイネったら、ジェニーよりも心配してるじゃない」

「ハイネちゃんはカイの事が大好きだから仕方ないわよ、エーデルちゃん」

「い、良いじゃないですか! 心配するぐらい!」

 

 ジェニーさんとエーデルが私の事をからかいながらニヤニヤ笑い、そんな2人を私は小さく小突く。

 そんな光景を微笑ましいと思ったのかカイは笑い、大きなリュックを背負い、首に巻いている黒いマフラーを握りしめた。

 

(あ、私の編んだマフラー……付けてくれたんですね)

 

 カイの為に編んだので、その本人が目の前巻いているのを見るとついつい嬉しくなり、顔がにやけてしまう。

 だけどそんなニヤケ顔を見せたら絶対にジェニーさんがまたからかってくるので顔には出さず、今はただカイとの別れを噛み締める。

 

「カイ、元気でね!」

「絵の具が素材があったら連絡頂戴ね」

「シュミッタもピットレも元気でな」

 

 歳が近い彼女達はカイと親しそうにハイタッチを交わした。

 

「宝石はちゃんと持った? 結構貴重な物渡したから、無駄にするなよ〜?」

「分かってるって」

 

 カイはエーデルから渡された宝石が入った袋を見せ、エーデルはカイの背中を強く叩く。

 

「はぁ……一番の稼ぎ頭が居なくなるのは痛いけど、まぁ元気でやんなさいよ〜」

「ヴェールこそ仕事サボんなよ」

「アンタこそ、しっかりとウィッチクラフトの宣伝しないさいよ?」

 

 マスターと気の置けない会話を終え、カイは最後に私とジェニーさんに目を向ける。

 

「母さん、ハイネさん。行ってきます」

「ええ、行ってらっしゃい」

「……帰ってきてくださいね」

「うん」

 

 これ以上言葉を交わすと別れが辛くなりそうになるので、私は一歩後ろに下がって俯き気味でカイを見送ろうとしたその時、ジェニーさんが私の背中を強く押し、バランスを崩しながらカイに近づく。

 

 そんなカイは倒れる私を支える様に腕を広げ、私はカイを抱きしめる。

 私の方が身長が少し高いので、カイを包み込む形になり、カイの顔が私の胸に包まれ、心臓が飛び出したいと叫ぶように動き、頭が真っ白になる。

 直ぐに離れようとすると、ジェニーさんが背中から離れずにくっついるので離れられず、私の鼓動の激しさがカイの耳に入ってしまう。

 

(恥ずかしい恥ずかしい! 恥ずかしくて死にそう……!)

 

 離れたいのに、離れられない。ならばと私は覚悟を決めてカイを自分から抱きしめ、カイは私の胸の間で酸素を求め、谷間から顔を上げる。

 

「ハイネさんっ、胸! おっぱい大きいから埋まる!」

「お、大きいなんて言わないでください!」

「でも、昔よりも大きくなってるよね? この前、服の金具が取れてシュミッタちゃんにお願いしてたでしょ?」

「あぁ……まだ成長するんだ」

「し、しませんから!」

 

 ジェニーさんが余計な一言を言ったおかげで皆の見る目が変わり、カイは私を胸に埋めるのをやめ、背中にいるジェニーさんを押しのけ、一歩下がる。

 

 羞恥心からか顔は赤くなり、心臓の鼓動も早くなる一方になる。赤くなった顔を隠す。

 

「もう……折角のカイの旅出なのに」

「しんみりするよりかは良いでしょ? ねぇ、カイ」

「まぁね。……じゃあもう行くから」

「あっ、待って……!」

 

 最後の最後でちゃんと何かを言おうと私はカイを引き止めた。

 

 この旅で何か変わるかなんて分からない。でも、きっと良い方向に進むでしょう。そう信じて私達はもう一度カイに言葉を送る。

 

「私は貴方の幸せをずっと想っていますから」

 

 自分の中の想いを伝え、カイは笑顔で「ありがとう」と言ってくれた。

 

 扉を開け、太陽の逆行がカイを照らす。照らされたカイは私達に右手の親指を上げ、私達は彼の旅立ちを見送った。

 

「行ってきます」

 

 彼は笑顔でウィッチクラフトの工房から太陽の光に解けるように離れていく。

 

 

 

 

 そして1年後、カイから花衣に変わってしまい、ダークネスの脅威は未だに消えないまま、私はカイを失ってしまったのでした。

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