六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について   作:白だし茶漬け

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シアワセのカタチ

 気づくとそこは何もない闇の回廊だった。

 周りを見渡しても闇が広がり、何も無い。

 

 俺はそんな場所で必死に何かから逃げ続けていた。

 息が血の味になり、足がもつれてもただひたすらに走り、走り、走り続ける。

 

 どこまで行っても広がるのは闇の中で、遂に俺は何かに捕まった。口を塞がれ、手足が掴まれ、地面に引きずり込まれていく。

 

 藻掻く事も許されず、体が黒く染って自分という存在が消されていく。

 

 助けてという言葉さえも出せず、絶望に包まれながら、俺の耳に声が響く。

 

 _我はお前。しかしお前は無だ。自我も、自身も。お前には何も無い。

 

 否定したいのに否定出来ない。俺という存在は最初から何も無かったかのように闇に溶けていく……。

 

「っ!? っがっ……あ、ぁぁぁ!!」

 

 激しい呼吸と酷い汗と共に俺は目を覚まし、布団から起き上がる。手や首から大量の汗が溢れ出し、未だに呼吸が安定しない。

 酷い悪夢を見てしまい、内容がはっきりと頭の中で何度も何度も繰り返えさせられる。

 

 闇に溶け込む……いや、ダークネスに存在を乗っ取られる夢……未来だろうか。

 もう数日その夢にうなされてしまい、殆ど眠れておらず、体力はすり減るばかりだった。

 

 寝られないせいか気分が落ち着かず、頭が朦朧として考える事すら出来なくなっていく。

 

 けど眠るのが怖くなってしまった。寝たら悪夢がまた蘇り、心がすり減ってしまうから。

 向き合うって決めた筈なのに、いざ立ち向かうとボロボロだ。自分の弱さに乾いた笑みを向け、情けないと思ってしまう。

 

 けど、それももうどうでも良くなってきた。だって俺には……。

 

「花衣様? 大丈夫ですか?」

 

 隣で眠っていたネグリジェ姿のティアドロップが俺のうなされた声で起きてしまった。

 申し訳なさで目をそらすと、ティアドロップは途端に俺の事を抱きしめ、顔を豊満な胸へと押し当てる。

 

 柔らかで暖かみがあり、包み込まれるような不思議な感覚で不安な気持ちはあっという間に霧散し、安心して眠りにつけそうになるが、心にチラつく闇は俺に安らぎを与えなかった。

 

 ティアドロップはそんな俺の様子を見て不安を脱ぐわせようと頭を撫で、額に唇を重ねた。

 

「また悪夢を見たのですね。大丈夫です。私だけを見て、私だけの事を考えて、私に全てを委ねて、私だけを感じてください」

 

 耳元で甘い声で囁き、今度は首筋に甘噛みをしてきた。痛みは無く、くすぐったい。吸われる感覚に慣れず、声を押し殺す。でも、不思議と心地が良い。

 自然と今度は唇を重ね、舌を絡み合わせながらティアドロップは俺を押し倒す。

 

 窓から差し込む朝日がうっすらと顔を写すと、ティアドロップは愛おしい目で俺を見つめる、自分の存在を刻み付けようと首元に口付けする。

 

 痛みは無く、甘噛み程度だ。それでもティアドロップは刻みつけるように跡を残し、支配欲を満たしたティアドロップは舌なめずりをした。

 

 段々と思考がフワフワして来て、まるで夢現のようにぼんやりとしてくるとティアドロップは俺の頭を掴み、耳元で囁く。

 

「これでまた1つ、私の物になりましたね」

 

 まるで洗脳するように優しく甘い声で俺を狂わせる。

 このまま体を重ね合わせる……と思いきや、時間が時間なのでここで互いにお預けを食らうことになった。

 

 部屋の扉からノック音が鳴り、扉が開かれる。

 その先には、不機嫌そうに頬を膨らませるレイの顔があった。

 

「朝から花衣さんとイチャイチャするなんて……羨ましい通り越して妬ましいです」

「あら、モーニングコールありがとう。レイ」

「なーにがモーニングコールですか! あー憎たらしい憎たらしい。あっ、花衣さん♡私にもおはようのキスして下さい〜」

 

 レイがティアドロップを押しのけ、馬乗りで俺にのしかかると、ティアドロップとは違い、激しいキスを迫られる。

 最初は唇を重ねるだけが、レイは嬉しさでどんどんエスカレートしていき、激しく舌を絡み合わせるディープキスを強請る。

 

 必死に息継ぎをしながらキスを終えると、レイは蕩けながらも妖艶な笑みを浮かべたが、それは直ぐに冷めた目つきに変わった。

 俺の首元……さっきティアドロップに跡を付けられた箇所を凝視したレイは、ティアドロップを睨んだ。

 

「ちょっと、私が付けた跡消しましたね!?」

「何の事ですか?」

「しらばっくれて……まぁ、今夜は私が花衣さんを添い寝するので、そこで上書きしますから良いですけどね」

「それで? なんの用ですか?」

「あぁ。朝食作るので手伝ってください。というか、今日の当番は私と貴女なので」

 

 すっかり忘れていたのか、ティアドロップは今思い出したかのように手で口元を隠し、ハッとした表情を浮かべる。レイはやれやれと肩をすくませながらベッドから起き上がり、俺もベッドから体を起こした。

 

 すると、汗でぐしょぐしょになった寝巻きを見たティアドロップは部屋にあるクローゼットから服とタオルを取り出し、俺に渡してきた。

 

「花衣様、早く着替えないと風邪をひいてしまいます。こちらに着替えてください」

「ありがとう……」

「ここに来る前もしてますから、いつもの事ですよ。着替えはそのままにしておけば、ヘレボラスが取ってくれると思いますから」

 

 場所が変わっても、何も変わらない日常に俺は安堵する。最初は別の世界……元々ティアドロップ達がいた次元に行くと聞いた時は驚いたが、こうして過ごしてみると何も変わらなかった。

 

 変わらない日常に安堵していると、レイはティアドロップの手首を掴み、朝食を作ろうと屋敷のキッチンに早足で行かせようとした。

 

「ほら! 早く朝食作りますよ! 10人前は大変なんですから!」

「その前に私の部屋によってください。ネグリジェのままでは汚れます」

 

 2人は廊下で言い合いになりながらも隣同士で歩いていった。本当に仲良くなったなと思いふけながら、汗だくになった寝巻きを脱ぎさり、ティアドロップが用意してくれた白い服に着替える。

 

 ふと窓を覗いてみると、ここから見えるのはこの屋敷のシンボルとも言える噴水と、奥にある広場にある巨大なドームだ。

 

 ここは昔、カーマの街と言われた場所であり、昔……俺がカイムの時にレイと暮らしていた場所らしい。今は誰も住んでいないが、街の機能だけは生きていた。

 

 次元の裂け目を抜けるた先が奇跡的にここであり、俺達はこの街で住む事になった。

 

 普段と変わらない生活が幸せだ。何も変わらない日常がシアワセだ。六花と閃刀姫がいるだけでしあわせだ。

 

 甘い毒でも構わない。歪んでも良い。

 悪夢ですり減った心にティアドロップ達が寄り添ってくれるのなら、いつまでもそばに居たい。

 

 なのに……心が何かに突き刺さったかのように痛い。

 皆のそばに居るほど痛くなり、愛される程痛みは強くなる。

 

 ふと窓を開け、雪景色になっている街を見つめる。部屋はおおよそ3階ぐらいの高さにあり、もしここで落ちたら簡単に死ねるだろうか。

 

 試しに窓から顔を出した途端、いきなり後ろに引っ張られる。

 後ろに重力があるかのように倒れると、そのままベッドの上にと思いきや、誰かの膝の上に頭が乗る。

 目に映る光景が雪景色から、震える瞳で困惑しているロゼの顔に変わった。

 

 いつも表情が変わらないロゼが、息を荒くさせて瞳孔を開きり、何が何だか分からないと言っているような顔だった。

 

「どうして? 何を……してるの?」

 

 震える声のロゼは泣きそうになっており、ロゼは窓を厳重に閉める。さっき俺が飛び降りようとした出来事が頭の中で繰り返されているのか、ロゼは過呼吸気味になり、壁にへたりこんでしまった。

 

「……ごめん」

 

 自分でもなんであんな事をしたのか分からない。だが胸の内にある罪悪感が込み上げ、ロゼに対して謝る。

 

 そんなロゼは呼吸を落ち着かせると、また俺の事を押し倒し、光が無い深紅の目で睨んできた。

 

「絶対に許さない。二度と私達を置いていこうとしないで」

 

 ロゼはそのまま頭を俺の胸に乗せ、心臓の鼓動を聞き、体温を全身で感じた。

 喉元までロゼの右手が伸び、左手首を指に絡ませ、脈もその身に感じさせる。

 

 俺が生きている、目の前に居るという事を体を使って刻みつけ、ロゼは安堵の顔を浮かばせながら唇を重ねた。

 

 重ねるだけかと思いきや、ロゼは舌を出して絡ませようとしてきた。拒む理由も無く、ロゼと舌を絡ませ合い、鼓動が激しく動く事をロゼにバレる。

 

「んっ……鼓動、強くなった。いつもレイやアザレア、カメリアともしてるのにドキドキしてる」

「……悪い?」

「ううん嬉しい。それ程まで意識してるっていうのと、花衣が私の目の前にいるって実感出来るから」

 

 猫のマーキングのように首元に擦り寄って甘えてくるロゼが愛おしく、つい頭を撫でる。頭を撫でられて喜んでいるのか、ロゼは蕩けた顔を浮かべまた擦り寄ってくる。

 

「もう離れないで。どこにも行かないで。花衣の鼓動や息遣い、全てが感じられる場所にいたいの」

 

 ロゼはもう一度存在を感じられるように、唇を重ねた。

 

 重力のように重く、逃げられない愛情の檻に俺はいる。

 この檻の中はきっと、どの場所よりも心地よく、理想郷だ。

 

 互いに互いを求め、今日も俺は心を貪れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花衣が次元の裂け目でこの世界とは別の世界。つまり、精霊の世界に行ってあれから3週間程が経った。

 

 次元の裂け目はジェニーの行動によって封印に成功したが、焔達は喜ぶ事が出来なかった。

 何故なら、あの裂け目を通れば花衣の後を追うことが出来る可能性が高いからだ。

 

 しかし、レイによって裂け目が大きくなり、直ぐにでも封印しなければ裂け目からモンスターが出現し、近くの街が滅ぶ可能性があった。

 ジェニーの行動は間違ってはいないが、本人含め、それは望ましくない行動だった。

 行動は理解できるし賞賛もできる。正しいはずなのに、焔たちは納得が出来なかった。

 

 その日を振り返る焔は教室の中でずっと燻っており、そんな中、教室の空気は空席になっている5つ席を見て少し悪くなっていく。

 

「なぁなぁ、レイちゃん大丈夫か? もう文化祭まで時間無いぞ」

「もしかしたら桜雪がレイちゃんの事弄んだり……許せんっ!」

 

 クラスメイトは文化祭と花衣に関する話で持ち切りになり、鬱憤を溜めさせていた。

 今からでも代役は誰にするなど、衣装はどうするかなどの話題で持ちきりだ。

 

(本人の心配はしねーのかよ)

 

 焔は意味も無くそう心の中で呟いていると、背中から空が焔の肩を叩いた。

 

「生きてるか」

「体はな。……んで、何だよ」

 

 ぼーっとした顔で空を見る焔に対し、空は何も言わず近くの椅子を引っ張り出し、空の前に座って要件を言った。

 

「裂け目の話だが、目処が立ったらしいぞ」

「マジか!?」

 

 焔の死にかけた心が息を吹き返し、焔は飛び上がる程に空に顔を近づけさせ、空は思わず焔の頬に平手打ちをお見舞いする。

 当たり所が良かったのか乾いた音が鳴り、焔の頬に赤い手の平が浮かび上がった。

 

「近すぎだ馬鹿」

「ってぇな……んで? 場所は? いつ行くんだ?」

「落ち着け。場所は……上だ」

 

 空は教室の天井に指を指し、焔も追うように天井を見上げる。何を言ってるんだお前と焔は顔をしかめさせ、額に深いシワを作った。

 

「明日の21時に出発と言っていたぞ」

 

 万が一誰かに聞かれないよう、空は次元の裂け目の事は口にしなかったが最後の言葉の意味を理解した焔はだらけきった体に喝を入れるように胸に拳をぶつける。

 

 拳の衝撃が身体中を巡り、ぼやけていた意識が吹き飛ぶ。今すぐにでも生きたい気持ちが蘇るが、精霊の世界は未知の世界。

 

 どんな危険が待っているか分からない以上、生半可な準備と覚悟では一瞬で命を落とすと、焔は花衣と対面した時に感じたあの果てしなく深い闇を対峙して嫌でも分からされた。

 

 花衣だけじゃない。六花と閃刀姫とも命のやり取りをする可能性がある。なら、戦える自分が誰よりも覚悟の準備をしなければならないと奮い立たせる。

 

「詳しい話は放課後、いつものカフェでする。手早く来いよ」

 

 空と焔はいつもより駆け足で教室から出ていき、ドラゴンメイド達がいるカフェへと足を運んだ。

 

 いつもより早いから一番乗りだと思っていたが、2人が到着した時には既に他の面子が揃っていた。

 彼方と花音、雀、ドラゴンメイドとウィッチクラフトのメンバーが揃っていた。

 

「これで全員揃ったわね」

「十代って奴がいねぇんだけど」

「彼は別行動。後で合流するから大丈夫」

 

 ジェニーが十代の不在を説明し、早速ジェニーは本題へと移ろうとした。ジェニーの咳き込みによって全員ジェニーに注目し、明日の作戦について固唾を飲んで焔達は聞き入れる。

 

「まず一つ、覚悟はできてる?」

「覚悟って?」

「命を落とす覚悟」

 

 突然ジェニーは杖を焔の喉元に突きつける。殺気のこもった目つきで微かに杖の先に光が収束し始め、1歩間違えれば焔の首から上が吹き飛ばされるだろう。

 

 焔はいきなりの事で戸惑う事すら出来ず、冷や汗を流す事しか出来なかった。これがもしも相手がジェニーや知り合いでは無かったら、一瞬で終わっていた。

 

 その事はジェニーは行動で伝え、杖を下ろす。

 

「ごめんね。怖がらせちゃって。でも、この先こういう事が嫌でも起こるから、分かって欲しかったの」

 

 殺気だった目から母親だけが持つ暖かみのある目を焔達に向け、怖がらせた事に頭を下げて謝罪した。

 言葉では危機は伝えられない。だから行動で示そうとした。その甲斐あってか、焔達は先程まで無かった緊張感を持つようになり、顔を上げたジェニーの目を真っ直ぐ焔達は彼女の目を見つめる。

 

「私達はこれから、裂け目の向こう側。つまり私達がいる世界に行く。花衣を連れ戻す為にね」

「屋上のヤツ使うのか?」

「そう。一旦封印を解いて、その後また封印するの。帰りは向こうで探す方針よ」

「じゃあもし帰る手段が無かったら……」

「私たちは向こうで永遠に彷徨い続けるかもね」

 

 帰れなくなるかもしれない可能性を示唆された焔達は互いに見合わせ、迷いを生み出した。

 心のどこかで、自分達は無事に帰れると思っていた考えが壊され、皆は戸惑う。

 

 それでもジェニーは言葉を続け、最後の判断を焔達に委ねようとした。

 

「正直、裂け目の先がどうなっているか分からない。私たちでも貴方達を守れる保証は無い。だから、今ここで判断を決めないで欲しいの」

 

 ジェニーは深く頭を下げ、焔達に時間を与えた。

 

「ゆっくりで良いし、行かない選択肢もある。むしろ貴方達に……あの子の友達にこれ以上危険な事をさせたくないの」

 

 顔をあげず、ジェニーは焔達の答えを待つ。今更だと思う人もいるだろう。しかし言わなければ必ず判断を急かすとジェニーは思った。

 いや、もしかしたら自分の方こそ考えを纏めたかったのでは無いのかと考えてしまう。

 

 だが、焔達を危険に巻き込ませたくない思いは紛れもなく本物だ。

 なんなら焔達を無視し、自分達で花衣を連れ戻す事だってできた。

 

 しかしそれは焔達にとって裏切りととれる行為であり、焔達の思いを無下にする事になる。その思いを無駄にしない為にも、そして連れ戻した後の未来の為に、ジェニーは焔達に判断を委ねた。

 

「もしついて行くのなら、明日の17時にこの場所に来て。自分達の家族や友人と別れる覚悟をして……ね」

 

 別れというのは一時では無く、永遠を意味していた。それ程危険が潜んでいると最後の忠告をしたジェニーはこの場から出ていき、空気は静まり返った。

 

 誰も何も言えない空気に最初に口を出したのはハスキーだった。

 

「皆様、本日はお帰りになられてください。先程も仰られた様に、行かない選択肢もございます。使命感や義務はありません。選ぶ権利がある事を……どうか、お忘れなく」

 

 ハスキーに催促され、これ以上ここにいる意味が無い焔達は店から出ていき、辺りはもう夜になっていた。

 このまま解散というのも味気なく、全員少しの間同じ場所に留まる。

 

「なぁ、お前らどうする? 行くか?」

 

 この空気に耐えきれず、焔が最初に口を出した。互いに目を見合わせた後、自分の心が揺らいでいるのか直ぐに目を逸らしてしまい、中々会話が生まれない中、彼方が口を出す。

 

「俺は行くよ。別れを告げる家族や友人もいないし」

「天音ちゃんはどうするんですか?」

「レゾンに預ける。その方が安全だからね」

 

 彼方の言う事は最もだ。無理に天音を連れていこうとしても恐らく邪魔になるだけだと、彼方は合理的な判断した。が、それとは裏腹に寂しい目を宿らせ、悟られないように苦笑いを向ける。

 

 もしかしたら、二度と合えなくなるかもしれないのだから。

 

「だったら私も……」

「ダメだ」

 

 何も迷いが無く決断した姿に着いていく様に、花音も着いていくと言おうとしたその時、彼方は割り込むように来て大きな声を出し、花音の言葉を途切らせる。

 

「皆には俺と違って大事な家族や友人、もしかしたらここでしか出来ないことだってある筈だ。じっくり考えるんだ」

 

 そう言い残し、彼方は先に解散していき、その場に残ったのは焔、空、花音、雀だけとなった。

 まだ迷っているのか、それとも答えが出せないのか、誰も動こうとせず、ただ時間だけが過ぎていく。

 そんな中で最初に口を出したのは花音だった。

 

 

 そう言い残し、彼方は先に解散していき、その場に残ったのは焔、空、花音、雀だけとなった。

 まだ迷っているのか、それとも答えが出せないのか、誰も動こうとせず、ただ時間だけが過ぎていく。

 そんな中で最初に口を出したのは花音だった。

 

「私は……行きます。何が何でも絶対にです」

 

 彼方の言葉を聞いていたのにも関わらず、間もなく力強く宣言し、焔達を見る。その目は決意を固めた目で、本気だった。花音の決心を聞いた空と雀も驚愕の眼差しを向けた。

 

 その中でも雀はいつもと違う花音に少しの恐怖を覚えた。

 

「ねぇ、花音……少し急ぎすぎじゃない?」

 

 まるで何か生き急いでいるかのように思えた雀は恐る恐るそう花音に言った。

 花音の決意は、まるで冬の嵐の中でも決して枯れない木のように揺るぎないものだった。しかし、その強さが周囲の空気を一変させていることにも気づいていない。

 

 彼女の瞳に宿る炎は、焔たちを一瞬でも迷わせる余裕を奪っていた。

 

「あんな花衣さんをもう見たくないからです」

 

 花音は少し眉をひそめながら、雀の問いかけに反応した。その声は冷静さを欠いており、緊張感がそれをさらに引き立ていた。

 

 雀は花音をじっと見つめ、何か言おうと口を開く。

 

 でも、言葉が見つからない。彼女の心を読み取れない自分に苛立ちを覚える。花音が本気であることはわかる。しかし、その「行く」という言葉の裏側には、何が待っているのか不安が募るばかりだった。

 

「花音……本当にそれでいいの?」

 

 雀の問いは、優しさと心配が入り混じった苦渋の声でたり、彼女自身、まだ悩んでいる心の声でもあった。

 

 花音は無言でその場に立ち尽くし、強い風を受けてその髪が舞い上がる。彼女の内心には、決断の重みとその先に待ち受ける危険が渦巻いていたが、それでも胸の奥にある気持ちは消えなかった。

 自分が知っている、大好きな花衣をもう一度見たいという、純粋な気持ちを。

 

 花音は雀の問に笑顔で答え、何も言葉は言わなかった。その笑みに危うさは無く、その名の通り花の様に美しく、音色を奏でられそうな程に明るかった。

 

「……強いなぁ、花音」

「雀ちゃんだって、立場が同じだったら多分同じ事すると思うよ?」

 

 花音は雀と空を交互に目を合わせると、雀は花音の視線を追って空の顔を見た。

 立場が同じとは、もし連れ去られたのが空だったらという事だと気づいた雀はそれを否定した。

 

 自分はそれ程強くないと自負している。過去の虐めから家に引きこもり、親からでさえも見捨てられた自分に花音の様な芯の強さは無いと雀は確信する。

 

 浮かんだ思いで雀の心は深い影を落とした。彼女はかつての自分を思い返す。

 

 友人からの裏切り、親の冷たい視線、全てが自身を孤独な箱の中に閉じ込めていた。外の世界はあまりにも厳しく、自分の意志とは裏腹に、逃げてしまいたくなる場面ばかりだった。

 

 花音の強さは、まるで一筋の光のようで、その存在自体が希望を感じさせる。しかし、その光が自分には届かないものであると感じると、つい背を向けてしまいたくなる。雀はその場から目を逸らしたくなったが、自分の中の葛藤に向き合わざるを得なかった。

 

「……ごめん、私もう少し考えてみるから」

 

 葛藤や自分自身の弱さに向き合う為に雀は夜道を走り去り、夜の闇に溶けていく。

 

「おい! 待て! 1人じゃ危険だ! ……すまない、俺の答えは明日決める」

 

 空は夜道に走る雀を追いかけ、焔と花音の2人きりとなった。

 

「……へくしゅ!」

 

 夜風が2人の体を突き抜けると、花音は寒さからくしゃみを出す。女性らしく、花音らしい麗らかで可愛らしい行動に、さっきの強い決断を持った花音はどこかに吹き飛ばされたのか、見る影もない。

 

 それを見た焔はついつい笑ってしまう。くしゃみを他人の前でしてしまった不敬な行動に花音は顔を赤く染め、焔に顔を見せないように体ごと振り返る。

 

「す、すみません。人前でくしゃみして」

「いや、俺結構するぞ。ぶぇっくしょん! てな」

「それは大袈裟ですよ」

 

 たわいの無い談笑を交わし、喋って見た感じいつもの花音の雰囲気になってきたと確信した焔はさっきの花音の言葉についてもう一度聞いた。

 

「……なぁ、本当に行くつもりか?」

「ええ。焔さんは……行かないんですか?」

「いや、行こうとは思ってる。……けど、やり残した事があるんだよなぁ」

「やり残した……事?」

 

 すると焔はデッキを取り出し、やり残した事を花音に伝える。

 

「妹、燐とデュエルする事さ」

「デュエル……ですか?」

「まだ1回もした事無いからさ。これを機にやろうと思ってさ」

 

 妹との初めてのデュエルに今からでも待ちきれないと言わんばかりに焔は歯を見せるほど笑った。

 どんな風に勝ってやろうかとか、どんな風に戦おうかなど、純粋に勝負を待ち望んでいる焔の姿に花音は眩しく見えた。

 

「さーてと、どんな風にしようか……」

「行かない選択肢もあるんですよ? それなら好きなだけ妹さんと楽しくデュエルなんていつでも出来ますよ」

「それさ、ダチ連れ戻してもそれはおなじことだよな」

 

 焔が笑ってそう言うと、花音は少し驚いたように目を見開いた。

 

 友を助けられなかった事は、焔の頭からは存在しなかった。ただ、遠くにいる友人の存在を連れ戻すことだけを考えていた焔の目は、あの時決断した花音の目と同じぐらいに真っ直ぐだった。

 

「連れ戻せなかった事とか終わった事とか今考えても仕方ねぇしつまんねぇだろ」

「怖くないんですか? 死んでしまうかもしれないのに」

「まぁ……怖ぇな。俺なんかレイに首元に刀添えられたんだぞ? あの時まじでビビったわ」

 

 未だに首元に残る閃刀の冷たさが感じられたのか、焔は首元に指を添え、首の皮が繋がっていることを確認する。

 

「でもビビってるだけじゃ何も出来ない。それに花衣も命懸けのデュエルを何度もして来たんだろ。だったら俺も命を賭ける。そうしてぶつかり合わねぇと、と一生アイツを連れ戻せない気がするし、分かり合えない」

 

 焔は妲己と雪女との命懸けのデュエルをしてきたが、花衣はそれ以上に戦ってきた。レイとのデュエルから始まり、ポルーション、ウェルシー、見下、そして……彼方。

 

 命をすり減らし続け、体が傷つけられようとも、戦い続けた花衣に焔は尊敬を抱いていた。

 

 自分だったら、もしかしたら音を上げていたかもしれないと思っていたからだ。

 

 だが花衣はそれでも人知れず戦い続けた。逃げ出したいと思った事もあっただろうに、デュエルをする事すら放棄しようともしたかもしれない。それを支えたのが六花達、精霊であった。

 

 勝手ながらも、友人として花衣を支えてくれた事に感謝をしていたのだが、3週間前、花衣を連れ去ったあの行動にはどうしても納得が出来なかった。

 

「それによ……なーんか、アイツらの行動引っかかるんだよなぁ……」

「ティアドロップさんの達の……ですか? 具体的にどんな風に?」

「なんて言うか、俺らの事誘ってるような気がするんだよなぁ」

 

 空や彼方の様に論理的な考えが出来ない焔はそれを自覚しており、確信的な事が何一つない、純粋な勘のみ頼った憶測を口に出した。

 

 勿論これは焔の勘だ。正しいとは限ら無いが、彼の中の直感がそう叫んでいた。

 

「誘っているという事は……罠ですか?」

「分かんねぇよ。勘だよ勘。というかさ、もう帰ろうぜ。ちょっとさみぃよ。あ、送っていこうか?」

「大丈夫ですよ。ここから近いですし。焔さんの家だと、遠回りさせてしまいますから。それに、私にはアロマ達がいますから」

「そっか。じゃあまたな。親になんか上手い言い訳とか考えとけよー!」

 

 秋の肌寒さで体を震わせながら、焔と花音は明日の為に別れた。焔の姿が見えなくなるまで、花音は律儀に焔に向かって手を振り続け、首元に巻いたマフラーを巻き直し、首元の体温を守る。

 

 彼女の右手首には自分の誕生日に花衣に貰った花冠のブレスレットがあった。白い花が添えられた緑と白の花々が添えられたブレスレットを見つめる。

 通学中以外は肌身離さず持っており、壊れないように部屋の中の金庫に入れて厳重に保管する程、花音はこのブレスレットを大事にしていた。

 

 手頃で高級とは程遠いが、花音にとっては人生の中で最も素晴らしいプレゼントだった。

 ブレスレットを見るとあの時の光景が蘇り、あの時見せた不器用な笑顔とはかけ離れた死人のような目と、ティアドロップ達に依存しているかにも思える姿を見て、心を痛める。

 

「焔さん、もしも花衣さんが連れ戻す事を拒んだら……どうしますか?」

 

 花音は見えなくなった焔に向かってそう小さくつぶやいた後、暗い帰路を歩いていく。

 

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