六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について 作:白だし茶漬け
推し。それは人生の一部と言っていい存在だ。
その人がいるから頑張れる。その人のおかげで人生が彩る。かけがえなくて唯一無二の存在、それが推しという物だ。
そして、一度は考えたことがある事だろう。
あわよくば、推しと共に生きて生きたいと、要は付き合いたいと。
自分だけが知っている推しの姿を独り占め出来たらなと、俺自身も一瞬考えた事はある。だが、イメージが湧かなかった。俺にとって推しは手の届かない……いや、届いては行けない、何か神聖めいたイメージがある。
俺の推しであり、人気ネットアイドルの【黒翼トバリ】は動画配信での活動を中心に、今や登録者は300万人の超有名配信者だ。
そんな人と付き合ったりとかすれば、炎上不可避、トバリの人気は無くなってしまう。
それでトバリ本人の気力を失って傷つくのは見たくない。
だから、付き合うとかはそういう事は一切考えていない。そう自分の考えを頭の中で構築していく中、後ろから聞こえてくるある人物の寝息を背中越しに聞く。
「んっ……すぅ……すぅ……」
(……なんで雀が隣で寝てるんだ?)
俺の後ろには眠っている黒髪の女性。同年代にしては少し小柄だが、背中越しには男には無い柔らかな感触が確かにあった。
河原雀。最近知ったんだが、俺が小学生に出会った友達であり、約束を交わした仲でもある。
そして……さっき言った俺の推し、黒翼トバリ本人だ。
どうして俺が推しと1つ屋根の下にいるかというと、理由は数時間前にあった。
花衣が六花精と閃刀姫達と共に精霊の世界……異世界に行ってしまい、俺達も追いかけようと決意する。……が、精霊の世界に何が待ち受けているか分からない。
最悪命を落としかねないとウィッチクラフトのジェニーが言う中、明日まで猶予をくれた。焔と彼方さん、そして花音は迷わず行く事を決めたが、雀は迷ってしまい、夜道を1人で行ってしまい、俺は心配で彼女の後を追った。
「おい! 1人で夜道は危険だ」
雀に追いついた俺は思わず彼女の腕を掴み、雀は思わず振り返ると、そこにはまだ落ち着いが取り戻せてはいない雀の泣く手間の顔があった。
色んな事を知り……いや、知らせては友人が命をかけても危険な場所に行くと言われたんだ。無理もない。
まだ心の整理が追いついていないのか、落ち着きがない雀はどうすれば良いか分からないと言っている顔をしている。
「と、とりあえず家まで送っていく。迷惑だったらタクシーを呼ぶから」
こんな顔をしている女性になんて声をかければいいか分からないながらも言葉を拙く繋ぐと、雀はじっと俺の目を見つめていた。
「……今日は1人でいたくない」
「は?」
一瞬何言っているか分からず体が固まり、雀が服の裾を掴んでは離さない。上目遣いで悲しそうな目は今までの雀では見た事ない程の寂しさが感じられ、この手を離す事なんて出来なかった。
「ちょっと色々あって疲れて……1人で家に居たくない」
そう告げられたとき、俺の心に疑問が浮かんだ。「どうしたんだ?」という言葉を飲み込みながら、無意味に言葉の意味を探ってしまう。そうしないと勘違いを起こしてしまいそうになるからだ。
何言わない俺を見て少し頬を膨らませ、今度は直接的に言葉を言った。
少し深呼吸をして大きく息を吸い、しどろもどろに雀はこう言った。
「今日は泊まって欲しい……な」
言葉が耳から頭を殴り、文字通り俺は固まった。
「…………はっ?」
俺の頭はショートした。泊まる? 雀の家に? =トバリの家に? いや、いやいやいや。無い。有り得ない。
冗談だろうと言おうとしたが、雀の震える手と逸らさない目にその言葉を飲み込んだ。
本気だ。雀は本気で言っていた。服の裾を力いっぱい握りしめ、俺の答えを待っていた。
……どう答えれば良いか分からない。泊まる事自体嬉しく思うし、夢にまで見たシチュエーションだ。だが、俺の中の理性? 倫理観? そんな形容しがたいが、全く正反対の議論が俺の中で構築されていく。
(推しの家に泊まれるって……なんだそれは、夢か?)
(いやいやいや有り得ない。良いか? そんな所誰かに見られて見ろ。トバリは炎上するぞ)
(いいや、寧ろこんな夜道に一人は危険だ。しかも雀は狙われた事もある。ここは守る為に泊まるべきだ)
(馬鹿か! 俺のそんな身勝手で炎上するリスクを生み出すな!)
(雀に何があってもいいのか?)
ダメだ、いつまでたっても頭の中の議論の終わりが見えずに言葉が詰まってしまう。
「……ねぇ、空。聞いてる……?」
雀が縋るような顔を近づけるせいで思考が乱れ、言葉も上手く出ない。どうする? 何が正解だ? どうすれば解決する?
思考がまとまらない中、雀の上目遣いで潤んだ目を見た瞬間、まるで答えが強要されている様に1つの答えしか頭に思い浮かべられなかった。
だが言ってしまえば後に引けず、止めていた息を吐いて答えた。
「着替えはどうするんだ 」
「多分、お父さんのが残ってると思うからそれで」
「…………はぁ、分かったよ」
折れた。折れてしまった自分が情けなくて頭の中で膝を付き、四つん這いになった。
別に嫌でも無い。むしろ嬉しいが、何かの火種になりそうで怖い。
一個の間違いで今まで積み上げたものが全部壊れる事なんてよくあることだ。俺の行動一つで雀の積み上げた物が無くなると思うと全身の血の気が引きそうになるが、それ以上に今の雀を否定したくなかった。
彼女がトバリとか関係なく、ただ1人の人間として、今目の前の少女を放っておけなかった。この気持ちがどこから来たものなのか分からないまま、目の前の雀が目を輝かせていた。
「ホントに? うれしい! じゃあ早く行こ!」
雀は嬉しさのあまりか手を繋ごうとしたが、咄嗟に手を挙げてそれを回避する。
無意識の行動だった。勝手に動いた自分の手を見つめ、ちゃんと俺の腕かどうか手を閉じたり開いたりを繰り返し、ちゃんと俺の意思で動いていた。
「え、なんで避けるの?」
「それは…… 」
目元まで伸びている前髪をかきあげ、さっきの無意識な行動を説明しようと考える。嫌われたと思っているのか、雀は捨てられた子犬のように身体を震わせていた。
「ち、違う! お前のことを嫌ってる訳じゃない! むしろお前の事が……あっ」
嫌っていないことを言おうと思わず好きと言ってしまいそうになった。だが、雀はその言葉を聞かずとも俺の反応を見て察し、今度はニヤニヤと笑っていた。
「へ〜? むしろ何〜? なにを言いかけたのかな〜?」
「そ、それは……お、お前を推してるって事だ! 最推しだ! ……あっ」
遠回しに同じことを言ってしまい、恥ずかしさで死にそうになった。顔を両手を使って覆い隠し、無様な顔を見せないようにするが、その行動自体俺が恥ずかしがっている事を示している他ならず、雀はここぞと言わんばかりに小突いてくる。
「ふーん〜? 最推しね〜? ふふ、我に忠義を尽くす良い眷属だ! これからも我に尽くすようにな!」
「はいはい、おうせのままに。トバリ様」
トバリモードになった雀は意気揚々と夜道の帰り道を進んで行き、俺は一応少し離れて雀の後ろについて行った。
(最推し……最推し!? 空って私の事そんな風に思ってたのー!? ちょー嬉しい〜!! いつもそういう風に言えばいいのに〜)
何故かこの時、雀の後ろ姿が嬉しそうに小さく飛び跳ねた様な気がした。
これが、事の発端だ。推しの家に泊まるという一大イベント。何か起きないかと期待を膨らませる……訳には行かず、むしろ何も起きないでくれと祈るばかりだ。
雀が何故泊まってくれと言ってきたのか分からないが、それを承諾した俺もどうかと自嘲する。
そんな中、最初に出てきたイベントは……料理だ。
「もうすぐ料理出来るから待っててね〜!!」
トバリのイメージカラーである黒のエプロンをつけて鼻歌交じりに雀は慣れた手つきで料理をしていく。
手伝いを申し出ても雀は「大丈夫。むしろ寛いで」の一点張りであり、申し訳なさがありつつも、テーブルで彼女の姿を眺めていた。
性格から料理下手だと思われるが、雀は料理は得意な部類に入る。
トバリの配信でもハロウィンのお菓子や、バレンタインのチョコ作り配信からその事は分かり、厨二病チックの中にも乙女心があり、更にトバリのギャップ萌えが極まってファンの人気も耐えず、ファンの皆トバリの手料理が食べたいとコメントが殺到するほどだ。
もちろん俺もその中の1人だ。最推しの料理姿を見たかったが、あまりにも神々しくて眼鏡が無ければ俺の目は潰れていただろう。
「ふんふふ〜ん♪ はーい、出来たよ〜!」
雀が作ってくれたのは、鮭のムニエルやカルパッチョ、そしてパエリア等、魚介類と貝類が多く使われた献立だった。
どれも美味しそうな匂いが鼻を通り、食欲が刺激される。特にパエリアは鮮やかな黄金色に米が一粒一粒くっついておらず、チャーハンのようなパラパラ具合が目からでも分かるほどだ。
「どう? 空って魚介類とか好きでしょ? だからこうして作ったの!」
「ん? 俺、魚が好きってお前に言ったか?」
「え? コメントで書いてたよね? 確か……去年の秋頃の、読書の秋だから朗読してみようの配信で!」
確かに……した覚えはあるにはあるが、細かな所までは覚えておらず、苦笑いを浮かべる。
すると雀はスマホを取り出し、その日の配信動画を開いてスクロールバーを操作し、俺のコメントを見つけ出した。
確かに俺のアカウントで魚が好きだというコメントが残っており、雀はドヤ顔の笑顔を向ける。
「ふっふーん。私、大抵のコメントは覚えてるんだ〜。流石に凄く前のコメントとかは知らないけど……」
「他のリスナーも覚えているんだろ?」
「え? うん。そうだよ。この人なんかは辛いもので、この人はコーヒーにあえて砂糖だけ……そんで、こっちは〜」
雀はリスナーの様々なコメントを拾ってはそこから話を膨らませていく。
このトーク力と記憶力の良さが、雀の凄いところだ。些細な事でも覚えており、リスナー達は嬉しさと関心も寄せている。リスナーの事に夢中な雀は俺の顔を見ると、我に返り、えへへと舌を小さく出して話を中断させ、パエリアを食べる為のスプーンを手に持つ。
「あはは……ごめんね。料理冷めないうちにどうぞ!」
「あ、あぁ……い、いただきます」
恐る恐るスプーンを手に取ると、心做しかスプーンを持つ手が震えてしまう。
目の前には最推しと、最推しが作ってくれた間違いなく極上な手料理。食べるのが勿体なく思い、このまま冷凍保存して置きたい気持ちと、食べていいのか、触れても良いのかという焦燥が混ざり合い、まるでスプーンとパエリアの間に壁があるように動かない。
「……何やってんの?」
「いや、食べても……良いのかと」
「良いよ別に!? むしろ食べてくれないと困るよ!」
すると雀はテーブルに乗り出し、俺のパエリアを一口すくっては俺の口元に運ばせた。
「はい、あ〜ん」
「あ、あ!? あーんだと!?」
近い、雀が近い。家に泊まっている事実でさえ耐えきれないのに、更に料理をあーんして貰えるなんて……俺には、耐えられない。
「い、いい!! 自分で食べられる! いただきます!」
パエリアの皿を掴み、がっつく様にしてパエリアを食べた瞬間、口から頭にかけて電気が走る。
「う……美味いっ」
美味すぎてそれ以上の言葉が出ない。パエリアだけじゃない、カルパッチョもムニエルもその全てが美味すぎる。
焔のバカ並に語彙力が喪失してしまう。
好物×とてつもない腕×推しの手料理の相乗効果で旨味が止まらない。
感極まって思わず泣いてしまいそうな程に美味い。静かに涙を流しながらも料理をがっつき、その様子に雀も若干引いていた。
「え、なんで泣いてるの!? お、美味しくなかった……?」
「いや……美味しい。それに久しぶりに美味い手料理を食ったからな」
俺の「久しぶり」という言葉に、雀は食べる手を止める。
「久しぶり? そういえば空の家族ってどうしてるの? こっちに泊まっているのに、家族に連絡している様子無かったけど……」
家族の話が出た途端、雀と同じように食べる手を止め、一瞬脳裏に親の顔が映し出された。
「あ……ごめん、家族の事言いたくないなら大丈夫」
家族という言葉に震えを感じた。……あまり詳しく話を聞いていないが、雀の親は雀が問題を起こした事をきっかけにこの家を置いて雀を捨てた。
理由はまだ雀から聞いていないが、恐らく親の身勝手の物だろう。だからこそ【親】や【家族】が雀の身体を震わせ、彼女に嫌な思い出を蘇らせてしまう引き金になってしまう。
「いや、言いたく無い訳じゃない。聞きたいんだったら聞かせてやる」
本人の意思を確かめる様な言い草を放ち、雀の反応を見る。雀は本心で気になっているのか大きく頷いた。
「良いのか?」
「うん。私、空の家族の話……聞きたいな」
頬杖を付けながら雀は微笑み、じっとこっちを見ていた。まだ自分の分を食べきっていないというのに、スプーンを置き、俺が話終わるまで何も手をつけないつもりのようだ。
やる事なす事全部真っ直ぐ何だなと、雀の強い所を見た気がした俺は、それに応えるように家族の事を話した。
「俺の家族は今、海外で宇宙関連に携わっている」
「宇宙? 宇宙飛行士とか?」
「いや、科学者と技術者だ。父親はロケットの部品を、母親は科学者で別惑星のことについて研究している筈だ」
「へぇ……凄いね、空のお父さんとお母さん」
「ただの研究バカと機械バカだ」
「ふふ、何だか空みたいだね」
「そう思う」
2人のバカが俺に遺伝したのかもなと、内心思った。
「でも2人共海外にいるのに、なんで空はここにいるの? ついて行かなかったの?」
「俺がいると2人の邪魔になると思ったからだ」
「邪魔……って、どういう事?」
「家族の好きな事の足枷にはなりたく無かったからだ」
父と母は同じ宇宙関連で働き、そこで出会って交際を得て俺の事を産んだらしい。
……だが、妊娠が発覚したと同じぐらいのタイミングで母は大規模プロジェクトのメンバーに入れられたが、妊娠を理由にメンバーを辞退する他無かった。
父さんも、俺を育てる時間を大切にしたいからと、大規模プロジェクトのメンバーを辞退し、パーツ作りも簡単な物を請け負い、難しく長期的な物のサポートに回った。
小さい頃、好奇心で昔の家族の話を聞いた時、母はその事を気にしていないようだったが、凄く寂しく、悔しそうな顔を見たのを俺は忘れなかった。
_俺の事産んで後悔しなかった?
つい、そんな事を言ったのを覚えている。母さんは俺の言葉に驚いた後、直ぐに強く否定して抱いてくれた。
優しかった。暖かった。だがそれは母さんのやりたい事では無いのは確かだった。俺を育てる為に大好きな研究を捨て、母親として生きる姿を見て決心した。
_母さん、父さん。俺の事は気にしないで好きな事をやってくれ
高校1年の春……去年、俺はそう言った。家族だからって、母と父になったからって、好きな事を手放す必要は無いと思った。
2人の足枷にはなりたくないと思い、俺は強く2人を海外に行かせようとした。
勿論親は反対した。子供を放っておける訳ないと。
嬉しかったと同時に心が痛くなった。2人共、俺を産む前なら生き甲斐だったはずの研究と開発を捨て、今でもそれを思い切りやる事を葛藤しながらも望んでいるのは、10年以上過ごしているから分かってはいた。
俺のせいで、誰かの【好き】を失うのは嫌だ。
色々一悶着はあったが、親は俺への仕送りだけは絶対に多めにすると言って、一緒に海外へと旅立った。
今頃は2人で仲良く宇宙の事を一歩ずつだが研究している事間違い無しだ。
「だから家には誰もいない。心配するな」
「でも、寂しくないの?」
「そりゃあ、寂しかったさ。でも、トバリが居たから寂しくは無かった」
最初はふと目に映っただけの駆け出しの配信者。
必死に自分を取り繕うが、たまにボロを出す表情と、まだ一桁のリスナーのコメントをちゃんと読み、話を膨らませるその姿勢に、俺は惹かれた。
2時間の配信を見終わった後、直ぐにその配信者をフォローして、通知もONにした。配信は欠かさず見続け、ファンサイトには真っ先に登録した。
自分から親を旅立たせたが、やはりどうしても寂しさという穴が生まれた。
だがいつの間にかその穴は埋まり、俺の人生の一部になった。それが目の前にいる雀……トバリだ。
「……そんな風に思ってくれてたんだ」
雀は顔を赤面させ、俺も顔を伏せて見えなくさせる。
肌寒い秋だと言うのに顔も体も熱くなり、恥ずかしさからこの場に居られず、テーブルから立ち上がった。
「すまん、トイレを借りる」
今はこの場から立ち去りたい。その一心でトイレを借り、しばらく俺はトイレの中で静かに悶絶した。
(何を言ってるんだ俺は!? 馬鹿か!?)
やってしまったと心の中で叫び、溢れ出そうな感情を抑えるように口を塞ぐ。とにかく落ち着く為、素数と円周率をひたすら呟き続ける。
数字を呟き続けたおかげで少しだけだが落ち着きを取り戻し、トイレから出てリビングに戻ると、雀は食器を片付け終えており、ソファーで寛いでいた。
「あ、おかえり〜。ねぇねぇ、明日配信やるんだけどさ、付き合ってくれない?」
「は? 配信? なんのだ」
「ちょっとある人に頼んで〜。デュエルディスクとフィールド用意したんだよ。名付けて、レゾンカード所持者同士、本気でデュエルしてみた」
トバリの配信予定スケジュールにそんなものは無かった。つまり明日は予定に無い配信、ゲリラ配信をするという事になる。
トバリがスケジュールに無い配信をするのはあまり無い、精々雑談配信が主だが、こういう企画色が強いのは初めての筈だ。
「……何故このタイミングだ」
それによりにもよって何故明日なんだ? 明日俺は精霊の世界に行き、明日の朝一でもその準備をしようと思っていたというのに。
「空を行かせたく無いから」
すると雀はソファーから体を起き上がらせ、俺に向かってクッションを投げ、俺はそれを受け止める。
「私は……あっちに行かないかもしれないから。命なんて……かけられないぐらい、臆病だから」
「それが普通だ。焔や彼方さんが異常なだけだ」
「でも、それは友達を助けたいからなんでしょ? 私も……もしかしたら会える霊香を助けたいと思ってるけど……怖くて動けないよ、私……」
自分の弱さを恨めしくも思い、雀は顔を埋める様に寝転んだ。何もおかしく無いし、むしろ正常な判断だ。臆病という物は人間の防衛本能であり、生きていく上では必要な事だ。
だが、雀は臆病だけでは無い。それ超える踏み出す一歩があるのを俺は知っている。
「……デュエルして私が勝ったら行くのは無し。そっちが勝ったら好きにしていいから」
雀は起き上がり、静かな静かな部屋の中で、ひときわ鮮やかな決意を抱いて俺に振り向いた。
心の中に渦巻く不安や迷いを秘めつつも、彼女は深呼吸をする。その息は、雀の胸の中に秘めた強い意志を外に送り出すように感じられた。
そう、この目だ。雀にはこれがあるから……ある意味恐ろしく、頼もしくもある。
「私に負けたんじゃ、ついて行っても足でまといになるだけでしょ」
ご最もな意見だが、俺はこの提案を無視する事だってできる。何も言わずにされば、何事も無く精霊の世界に行ける……だが、そうすれば雀は一生俺の事を許さないだろう。
半ば強引だが、俺を引き止めるには充分過ぎるほどの提案だった。
「分かった。そのデュエルを受けよう」
俺は投げられたクッションを返しながら言った。雀もクッションを受け取ると小さく頷き、こっちに顔を近づけさせる。
「負けないから……絶対」
「俺も負けるつもりは無い。……俺をこの家に呼んだのはそれをわざわざ言うためか?」
すると雀は口を結び、冷や汗をかいてボソリと話した。
「それは…………一緒に居たかったら」
「はぁぁぁ?」
「だ、だって! ホントに一緒に居たかったもん!! もしかしたら……最後になっちゃうかもって思ったら……」
子供の様に地団駄を踏んでは雀は大きく叫ぶ。近隣住民に迷惑だろと思ったが、配信者だから家の防音性は確保されているだろう。
まぁ注意しても雀は止まらない。そういう女だって言うのは知っている。
それに……一緒に居たかったと言われて喜んでいる自分がいた。顔には絶対に出さないが、内心では物凄く喜び叫んでいる。
心と頭の中では喜びの花火が打ち上げられ、今にでもこの感情が体の外から湧き上がりそうだが、必死に感情を外に出さないようにした。
そうしなければ、決意が揺らいでしまいそうだからだ。
俺だって……まだ死にたくは無い。やりたい事もある。目指す夢がある。トバリの配信やもっと上のステージで立っている姿を見たい。
だがそれ以上に……俺は俺の友を助けたい。花衣だけじゃ無く、焔も。
「……悪い、俺はもう休む。親御さんの寝室はどこだ」
「私の部屋の隣だよ」
「わかった。明日は付き合ってやるから、準備はしておけよ」
これ以上考えたら心が疲れると思い、俺は2階に上がって雀の隣の部屋。雀の家族の寝室の扉を開けた。
長年使われていないのか生活感が全く無いが、清掃は行き届いていた。
2つのベッドに小さな机とクローゼット。クローゼットの中には男性用と女性用の寝巻きとシャツだけが置いてあり、私服等は無かった。
本当に自分の娘を置いて行ったんだなと呟きながらクローゼットから男性用の寝間着を拝借する。
サイズは……少し足りないが寝るだけなら充分だ。片方のベッドに横たわると、思ったよりも布団は柔らかく、どうやら定期的に洗濯もしており、埃等は無かった。
使わない部屋を掃除しているのは、いつか親が帰ってくるのを期待している証拠なのだろうか。
(そういえば、雀の親って何をしていとんだっけな……)
小学生から雀とは知り合いだが、中学の時には離れていた。現に俺は小学生の時の記憶はあやふやで、雀の事さえ朧気にしか覚えいなかった。
今思えば、俺はトバリの事ならある程度は知っているというのに、雀の事はあまり良く知らなかった。
家族の事も、俺と離れた時の頃も、今の事も配信を始め
たきっかけも。何もかも知らなかった。
いや、知ろうとしなかった。心の中を土足で踏み込んでしまいそうで、雀を傷つけてしまいそうで怖いからだ。
現に雀も自分の事を話そうとしないし、むしろ隠していた。だから俺もそれには聞かないようにしていた。
聞きたいと思うことはある。だが……それが雀の心を傷つける事に繋がるのならば……。
(……もう寝よう)
これ以上考えたら疲れてしまいそうだ。明日は雀とのデュエル。万全の状態で挑む為に目をつぶったその時、扉が開かれた。
「……空、起きてる?」
いつも掃除の為に入っているけど、今日は少し入るのに緊張してしまう。だって、私の好きな人がそこにいるから。
返事が無いから多分寝ていると思うけど、私は足音を立てないようにそっと移動し、空が寝ているベッドに近づく。
空の寝息が少しづつ大きくなるにつれて、空の寝顔も私の目に映る。
いつもは眼鏡をかけているけど、今はかけていない顔と始めてみる寝顔に私は心を動かされていく。
(空の寝顔、可愛い)
意外と長い瞼にいつもの暗くて少しカッコイイ顔が、今は安心しきっている寝顔になっていてずっと見たくなる。
(この顔が見るのが最後になるのが嫌だなぁ)
もっと見ていたい、明日も明後日も、出来ることなら、いつも見ていたい。
空は私の事を大事に思ってくれている。それは嬉しいんだけど、もっと空自身の事を大切にして欲しい。
空は凄く優しいから、私の過去や家族の事をあまり聞かないし、自分の気持ちを押し殺してしまう。
ご飯の時に聞いた家族の話がそうだ。寂しい癖に、家族の【好き】の為に自分が傷つくのを躊躇わない。
友人の為に、自分の命をかけるのも躊躇わない。
優しすぎる故に、私は辛い。もっと自由になって欲しいし、我儘になって欲しい。
だから精霊の世界に行かせたくない。じゃないと、やりたい事が出来なかった空が可哀想すぎる。
「……明日、絶対に空の事を」
それ以上は言わず、私は空の背中に回って一緒のベッドに潜り込む。
(わ、わぁ〜!! やっちゃった! やっちゃった! 空と一緒のベッドに寝ちゃった〜!!)
心臓が飛び出してしまいそうな程動いて、体が熱い。
衝動的だったけどこれは予想外すぎる。けど今更出ていくことはしたくないし……。
こうなったらヤケだと空の背中を抱きしめる。
(暖かい……)
それに何だか懐かしい感じがする。あれ、空と一緒にこんな事したっけ? いや初めてだ。やっていたら絶対に忘れないもん。空は私の事忘れていたけど……。
何かそう考えると忘れられた事に腹が立ってムカついてきた。私はずっと覚えていたのに。あの時のカドショ大会の時、空は私の事なーんにも覚えてなかったのが直ぐに気づいた。
「私、あの時寂しかったんだよ。空は私の事、なんにも覚えてなかったんだから。バカ、アホ」
文句を言っても背中越しの空から反応は無い。本当に寝ているのかな? 最推しがこうして隣で寝ているのに、何とも思ってないのかな。
ちょっと悔しいけどこれは言いたい事を言うチャンスだと思い、どんどん不満や言いたい事を言い続ける。
「もっとコメントしろ〜。切り抜き作れ〜。SNSで何か言え〜」
これはトバリとしての言いたい事。次は私自身の言いたい事を、深呼吸をしてそっと空の背中につぶやく。
「…………お願い、行かないで。ずっと一緒に居てよ。空」
もう大切な人を失いたくない。無くしたくない。家族と友人の次は、私の好きな人まで居なくなったら……もう耐えられない。
そう考えると涙が止まらなくなって、感情が溢れ出ちゃって止められない。
「こういう時だけ自分勝手なの……ズルいよ」
それでも空は起きず、私は仕方なく寝間着の袖で涙を拭い、空の体温の温かさと匂いを感じながら目をつぶった。
「おやすみ……大好きだよ。空」
どうせ聞いてないなら、最後は自分の好きを伝えた。
多分、聞いていなんだろうけど、それで良い。
きっとこれを聞いたら……空はまた自分を押し殺してしまうと思うから。
「……眠れないだろ、そんなふうに囁かれたら」
オリカをまとめた章が欲しい?
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欲しい!
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別に( *¯ ³¯*)