六花テーマを作って愛用したらそのまま俺への愛が重くなった件について   作:白だし茶漬け

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敗北の価値

 私は持つべきして産まれたとお父様から言われた。

 美貌、地位、金、欲しい物は何でも手に入った。

 

 周りの者は私に逆らわず、一声かけるだけで思うがままに動いてくれる。

 

 世界が私中心で動いているような優越感に浸れた。

 

 だけど、誰も私自身を見てはくれなかった。

 

 私という望遠鏡で、皆が見ているのは私が持つ地位やお父様との繋がりだけ。

 

 どうして? 私はここにいる。私がここに居るのだから、私を見なさいよ! 

 

 誰も私自身を見ていない事への虚しさが込み上げる中、私は小さなテニス大会で優勝をした。

 

 皆が私を褒めてくれて、お父様も笑って褒めてくれた。

 

 この世の全てに認められたような気がして、自分を見てくれて嬉しかった。

 

 この時から勝利に拘り続けた。勝つ為の努力もしてきた。

 

 勉強も、スポーツも、遊びだって、私は1番で無ければ気が済まない。負けるのも、誰かの下になるのも嫌だ。

 

 相手が何者でも完膚なきまでに叩き潰し、勝利する事が、いつしか私にとっての人生の糧となった。

 

 だけど、私の前に壁が立ちはだかった。

 

 1人は花音さん。私の幼なじみであり、私が最初に負けた女性だ。

 

 幼い頃、親同士の会談の中、私達は子供だからと別室に移動され、2人きりになって暇つぶしのチェスをやった事がきっかけだった。

 

 チェスは私が得意とするボードゲーム。こんな軟弱そうな子に負ける筈がないと思っていた。

 

「はい。これでチェックメイトです」

 

 勝ったというのに萎縮した花音さんに私は惨敗した。

 

 絶対的な自信があったチェスで完膚なく負けたショックと、勝ったというのに、私の事を凄く強いと褒めたあの子の笑った姿が今でも忘れない。

 

 屈辱だった。負けて同情された事が何よりも許せず、怒りのままにチェス盤を叩き、今まで自分が積み重ねた自信が砕け散ったかのような感覚になる。

 

 負けたらそこで何もかも終わり、何も残らない。それだけは認めたく無かった。

 まだ誰も私の事を見てくれないと考えると震えが止まらない中、花音さんは負けた私に寄り添った。

 

「あの……どうしたんですか? カレンちゃん」

「う、うるさいですわ!」

 

 負けたあの子が許せなくて、寄り添おうとしたその手を叩き、拒絶する。ここにいる事が耐えられなくなって、部屋を抜け出して大きな廊下を走り出す。

 扉を開けた直後、花音の親の付き添いの執事にぶつかる寸前になるものの、私はそれを無視して走り続けた。

 

 認めない、認めたくない。私が負けたなんて認めたくない。

 

 だってそれを認めてしまったら、また誰も私の事を見てくれない。それだけは絶対に嫌だった。

 

 無我夢中で走り出し、誰もいない物置部屋に私は縮こまる。

 

「認めない認めない……」

 

 あれは全部悪い夢だ。そう思い込む。だけど、あの時のチェスの駒の感覚と花音さんの顔が忘れられず、現実に引き戻される。

 

 物置部屋で震える中、突然部屋の扉が開かれる。まるで私がここに居ることが分かっていたかのように。

 

「カレンちゃん!」

「か、花音さん……?」

「良かった……急にいなくなるから心配したんですよ?」

「そんなこと言って、負けた私を嘲笑いに来たんでしょ!?」

「え……そんな事」

「するわよ! だって、敗者に価値なんてないんですもの!」

 

 その辺にあった物を花音に投げつけ、遠ざけようとする。負けた悔しさ、無価値と下された敗北の事実に感情が溢れ出し、それが涙になって私の目から流れ出る。

 

「だっで……勝たないと……誰も私の事見てくれない……勝たないと意味が無いのよ! 勝ちたいのよ! 私はっ!」

 

 その為の努力もした。その為の時間も費やしたつもりだった。

 

 けど、それがあっさり否定されたかのような敗北が刻みつけられ、感情がぐちゃぐちゃで涙が止まらない。

 

 拭っても溢れ出る涙を止めようとする中、花音さんはそっと私を抱きしめた。

 花の匂いと柔らかい手で私の頭を優しく撫でた。

 

「価値が無いなんて、言わないで。カレンちゃんは素敵な人だよ」

「え……?」

 

 花音さんは笑って私と目を合わせ、私の事をじっと見つめてくれた。

 

「だって、勝ちたいからすっごく努力してるんでしょ? 私には……無理かな。途中で挫けちゃいそうだし。でも、カレンちゃんは挫けずに努力し続けた! それって、とっても凄い事なんだって、お父様が言ってました!」

「……努力がすごい?」

「うん! カレンちゃんは凄い人!」

 

 太陽に照らされた花のような笑みを前に、私の涙は止まっていた。

 

「……ですが、負けたら意味なんか」

「負けても次勝てば良いって、お母様が言ってました。その負けを活かして勝つ価値は、きっと大きな物だとも言ってました」

「負けを活かす……?」

「うん! だから、負けたからって価値が無いって言わないで。カレンちゃんはとっても努力家で素敵な人だから」

 

 負けた私を……私自身を見つめてくれるその目が、私自身を認めてくれている様な気がした。

 自分の地位やお父様との繋がりを持った私ではなく、宝石カレンという自分を見つけてくれたのが嬉しくて、ずっと胸の奥にある鉛が外れた様な気がした。

 

「……ですが、負けは負け。負けても努力出来たから仕方ないって言われるのは、私に対しての侮辱ですわ」

 

 負けても努力したから許されるのが、私にとって最大限の侮辱だった。

 

 努力が免罪符になるのが、嫌だった。だってそれは勝ち負けなんてどうでもいいって言われているような物だった。

 

「だから次は負けませんわ! 次は完膚なきまでに花音さんに勝ちますから!」

「へ? えーと……私としてはほのぼのって仲良く……」

「はぁ!? 勝ち逃げする気ですか!? そんなの許さないんですからー!」

 

 これが私の花音さんの出会いでもあり、私にとってのライバルが産まれた日だった。

 

 そしてあと1人、壁として立ちはだかる男がいた。

 その人とは…………。

 

 

 

 

 

「あそこか」

 

 カレンが同じ学園の男子生徒首謀によって誘拐されたが、フォトン・デルタ・ウィングによって誘拐された場所が特定出来た。

 

 この街の外れにある誰も使われていない倉庫に、カレンを連れ去った車が置いてあるのを確認する。

 

 倉庫の見通しは悪く、天井から中身を覗ける構造では無い。出入口は今のところ一つだけで、その入り口には見るからにガラの悪い男二人が見張っている。

 

 明らかに普通の人では無い。恐らく、主防犯の男子生徒が金で雇ったチンピラだろう。

 

 精霊の力を使ってあの二人を倒す事は簡単だ。だが問題はその後、カレンの居場所が分からない今。無闇に動く事は避けたい。何とかカレンがいる場所を割出せばいいが……。

 

『クリクリフォ〜』

 

 隣にいたクリフォトンが光波複葉機(サイファー・バイブレーン)というモンスターを連れて来た。

 

 光波複葉機(サイファー・バイブレーン)はリアルタイムで映し出されている俺の顔が撮られている画面を映し、俺はこの2体の真意を受け取る。

 

「お前達が中を見てくれるのか?」

 

 2体のモンスターは頷き、早速クリフォトン達は倉庫の中へと入っていく。

 

 数分後、2体は帰ってくると光波複葉機(サイファー・バイブレーン)が通ってきたルートの映像が映し出される。カレンがいる部屋には主防犯とその取り巻き合わせて4人。

 

 カレンは倉庫の奥、道中に見張りはいない。人数は入口の見張り含めて6人。思ったよりは少なく、これなら問題ない。

 

「よし、行くか」

 

 俺は倉庫に向かって走り出し、見張りの男達がそれに気づく。

 

「あぁ? んだおめぇは!?」

「兄ちゃん、ここは立ち入り禁止だぜ?」

 

 近づく俺を警戒しているが、もう遅い。

 

 まずは右の男に顎からアッパーをくらわせ、最初の一撃で気絶させる。

 

「てめっ……」

 

 仲間を攻撃されてようやく俺が敵だと認識した左の男は、仲間がやられた事で動揺し、その場で動きを止める。

 

 その隙に顔面に右ストレートの拳を食らわせた後、左のフックでバランスを崩し、最後は回し蹴りで脳天を直接攻撃する。顔を連続で攻撃された男は気絶し、これで見張りの男はどちらも倒した。

 

「妹を守る為に鍛えてるんでね」

 

 そう言葉を残し、精霊達が取ってくれたルートを頼りに倉庫内を走る。

 

「待ってろ……カレン」

 

 

 

 

 

 

 暗く、少し肌寒い倉庫の中、手足を縛られていた。

 縄で手首が擦れて赤くなり、さっさとここから出して欲しいですが、目の前男はそんな私の無様な姿を目に焼きつけるかのようにじっと見ていた。

 

「無様だな、カレンさん」

「貴方、確かこの前二度と姿を見せないでと言った蝿でしたわね?」

「は、蝿だと!? 僕に向かってそんな口の聞き方……」

「たかが政治家の息子なんて程度が知れますわ」

「このっ……!」

 

 男は私を乱暴に押し、倉庫の壁際に背中から打たれる。

 急に押されてバランスを崩し、足を捻ってしまい激痛が走る。

 

 けど、そんな物は目の前の男は気づかず、私の事はお構い無しに怒りをぶつける。

 

「お前が僕を追放したせいで、パパからは失望されて顔は丸つぶれだ! どうするんだ!」

「はっ、その程度で人さらい……貴方、顔もそうですが頭も悪いのですわね」

「黙れ! 親の地位しか取り柄のない女がぁぁ!」

 

 やっぱりこの男はお父様の企業の繋がりを持ちたいと考えていた。と言うより、私の周りは大抵そんなもので、この男と同じように全員蝿と同じ。

 

 正直鬱陶しいですが、勝手に貢いで勝手にへりくだる姿は随分と見ていて滑稽で、面白そうだから付き合ってあげただけ。

 

「それにプライドを捨てて私に擦り寄ったのだから、私が何をしても良いでしょ? だって、貴方が望んだのだから」

「黙れぇぇ!!」

 

 男が拳を振り上げ、私の顔を殴ってきた。この私の美しい顔を躊躇いなく殴ったのだ。

 

「良くも私の美貌を汚したわねっ……! 貴女は絶対に許さないわよ!」

「はっ! この状況で強がっても怖くも何ともないさ。そうだ、このまま更に殴って今までの鬱憤を晴らしてやる!」

 

 男がもう一度拳を振り上げたその直後だった。この部屋の扉が勢いよく開かれたと同時に、この男に雇われた1人が吹き飛ばされた。

 

 吹き飛ばされた男は泡を吹いて仰向けになって倒れ、男を吹き飛ばした張本人が、ゆっくりと部屋に足を入れた。

 

「弱いな……その辺のごろつきを雇ったのか?」

「ほ、星空彼方!?」

 

 そこには星空彼方が確かにいた。どうして? どうやって何のためにここにいるのかわからず、思いがけない人が目の前にいた事実に唖然とし、誘拐した主防犯の男もぽかんと口を開けて固まっていた。

 

「お、お前は庶民の……どうしてここに!」

「カレンが攫われているのを見たからな。警察に通報した後、追いかけてきた」

「くそっ! 見張りはなにをやってるんだ!」

「それなら全員倒してきた。ここにいるのは俺たちだけだ」

「何だって!?」

 

 大声で見張りを叫んでも誰も現れず、本当にあの人は全部を倒してここまで来たらしい。

 確かに拳は傷つき、顔には少し殴られた跡が残っている。

 

「警察がここに来るのも時間の問題だ。大事になる前に、自首でもなんでもすれば、お前の家族が何とかしてくれるだろう」

「あぁそうさ、何とか揉み消すさ。ここでお前がどうなってもな!」

 

 首謀者は制服の内ポケットから拳銃を取り出した。

 偽物では無く、本物の銃だと私と彼方は直ぐに気づき、男は一気に状況を物にした。

 

「僕のパパは政治家だ。だから良いイメージを作ろうと、誰かが死んでも事故して片付けてくれるんだ。庶民のお前がどうなろうとな」

 

 やってはいけないことを自慢話をするかのように喋るこいつは、もはや善性というのが存在していなかった。

 

「それに、過去同じことをしたやつがいたが、あいつは自暴自棄になって誘拐した奴ごとしんだが、僕はあの庶民とは違う」

「そうか。じゃあ撃ってみろ」

 

 彼方は本物の銃に怯えもせずにこっちに向かって歩き始めた。

 

「馬鹿なの!? あの銃は本物なのよ!?」

「分かってる。だけど俺には当たらない」

 

 確信的にそう言う彼方ですが、相手の指はもう引き金にかけている。少しでも力を込めれば弾丸が射出されてしまい、彼方の胸を貫いてしまう。

 

「この野郎……だったら死ねぇ!」

 

 躊躇無く、男は引き金を引いた瞬間、発砲音が鳴り響く。目にも止まらない速さで弾丸が放たれる。目を閉じるよりも早い速度で真っ直ぐと。

 

 他人の人生が終わる瞬間を見てしまうと思った刹那、彼方の周りに青白い光が広がり、弾丸は弾かれた。

 

「え?」

「な、なんだ今の……」

 

 私たち二人が呆然する中、男は銃を下げ、彼方はその隙を逃さず走り出し、男の顔面に飛び蹴りを食らわせる。男の顔がめり込むほどの強烈な一撃は軟弱な男を気絶させるのには充分だった。

 

 男の体が地面に沈むように倒れ込み、乾いた音と共に静寂が戻った。辺りには硝煙の匂いが残り、開かれたドアから流れる風がそれを薄めていく。

 

 彼方は無言のまま立ち尽くし、先ほどまで敵意に満ちていた男を見下ろした。その表情には怒りも驚きもなく、ただひとつの確信だけが残っていた。

 

「大丈夫か?」

 

 彼方がこちらを振り返り、静かにそう声をかけてくる。さっきまで命のやり取りがあったとは思えないほど、落ち着いた声だった。

 

 私はまだ震える足をなんとか支えながら、彼に頷いた。だけど、頭の中ではさっきの光景が何度もフラッシュバックしている。

 

「ねぇ、貴方の前で青白い光が見えた気がしたんだけど、あれは……」

「光? 俺には見えなかったが」

 

 とぼけるような言い方と、不意に視線を逸らした彼に、それ以上踏み込むなとも言われる様にも思い、私は口を閉ざした。

 

「……手首と足、大丈夫か?」

 

 手足を縛っていた縄を解いた彼は私の赤く擦れた手足を見て、心配してくれた。

 

「え、ええ。……っう」

 

 手首は赤く擦れただけですが、足が突き飛ばされた衝撃で挫いてしまい、思うように動けなかった。

 すると彼は私を抱き上げる。目と目の距離が近くなり、初めてのお姫様抱っこにすると彼は私を抱き上げる。目と目の距離が近くなり、初めてのお姫様抱っこに思わず息を呑んだ。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 驚いて声を上げる私に構うことなく、彼方は静かに言った。

 

「無理して歩いて、余計ひどくなったら意味ないだろ」

 

 その言葉はあくまで淡々としていて、優しさを隠すような不器用さがあった。けれど、彼の腕の中は驚くほど安定していて、心臓の音がうるさくなるのを止められなかった。

 

 緊張の残る空気の中で、彼の体温だけがやけにはっきりと感じると同時に、彼に対して何か形容し難い何かを感じ、胸の鼓動が止まらなかった。

 

「……どうして私を助けたのですか」

 

 そう問いかけた私の声は、まるで風に溶けるように小さかった。でも彼方はちゃんと聞いていた。

 

「分からない。だが、放っておけなかったんだ」

「放っておけない?」

 

 彼は自分の心に整理すると、言葉を探し続けながら答えた。

 

「傲慢な態度はいつか自分の身を滅ぼす。だが、お前は 傲慢だけじゃない。何事にも努力出来る人間だ。それを知らない奴が、お前の表面だけを見て決めつけて、理不尽に傷つく事が……納得いかなかった」

 

 

「……手首と足、大丈夫か?」

 

 手足を縛っていた縄を解いた彼は私の赤く擦れた手足を見て、心配してくれた。

 

「え、ええ。……っう」

 

 手首は赤く擦れただけですが、足が突き飛ばされた衝撃で挫いてしまい、思うように動けなかった。

 すると彼は私を抱き上げる。目と目の距離が近くなり、初めてのお姫様抱っこに思わず息を呑んだ。

 

「ちょ、ちょっと……!」

 

 驚いて声を上げる私に構うことなく、彼方は静かに言った。

 

「無理して歩いて、余計ひどくなったら意味ないだろ」

 

 その言葉はあくまで淡々としていて、優しさを隠すような不器用さがあった。けれど、彼の腕の中は驚くほど安定していて、心臓の音がうるさくなるのを止められなかった。

 

 夜風が頬を撫でる。緊張の残る空気の中で、彼の体温だけがやけにはっきりと感じられる。

 

「……なんでそんなに平気なの? さっき……死ぬかもしれなかったのに」

 

 そう問いかけた私の声は、まるで風に溶けるように小さかった。でも彼方はちゃんと聞いていた。

 

「……怖くなかったわけじゃない。でも、守りたいって思ったから」

 

 その一言が、心の奥まで届いた。まるで、闇夜の中で灯った小さな光みたいに。

 

 私は彼の胸に顔を埋める。恥ずかしさを誤魔化すように、ただ静かに目を閉じた。

 

 この腕の中だけは、信じていたい。そう思わせてくれる温もりだった。

 

「……どうして私を助けたのですか」

 

 そう問いかけた私の声は、まるで風に溶けるように小さかった。でも彼方はちゃんと聞いていた。

 

 この後に続く地の文を書いてください

 

「分からない。だが、放っておけなかったんだ」

「放っておけない?」

 

 彼は自分の心に整理すると、言葉を探し続けながら答えた。

 

「傲慢な態度はいつか自分の身を滅ぼす。だが、お前は 傲慢だけじゃない。何事にも努力出来る人間だ。それを知らない奴が、お前の表面だけを見て決めつけて、理不尽に傷つく事が……納得いかなかった」

 

 彼方の声は決して大きくなかったけれど、その一言一言が、心に静かに沁みこんでくる。

 

 彼の目がまっすぐ私を見つめていた。そこには憐れみも、同情もない。ただ、真っ直ぐな誠意だけが映っていた。

 

 私は言葉を失い、ただ黙って彼の胸元に視線を落とす。その胸の奥で静かに鳴っている鼓動が、なぜか心地よかった。

 

 この感覚になったのは2度目だ。1度目は花音さんの頃。

 だけど、花音さんの時とは何かが違う。心臓が動く度に体が熱く、何故か彼の顔が直視出来なかった。

 

 違う。分かってる。この気持ちは……。

 

「ねぇ、貴方のこと、いくらなら買える?」

「はっ?」

「私、貴方の事が欲しいわ。望みならいくらでも……」

「悪いが俺は非売品だ」

「ふふ、そうよね」

 

 この人は原石だ。磨けば誰よりも輝かる宝石の原石。

 

 私にふさわしい人が何の変哲も無い庶民とは思わなかったけど……関係ない。私が欲しいと思った物は、何であろうと手に入れる。それが私、宝石カレンなのだから。

 

「いつか絶対、私の物にしますわ。彼方」

「……そうですか」

「それよりも、貴方には優雅さが足りませんわ。折角学年ナンバーワンの成績なのですから、もう少し余裕を持ちなさい」

「何でお前のいうことを聞かなきゃいけないんだ」

「私の隣に相応しい男になる為よ」

「誰がお前の隣に……」

 

 談笑に交じるように、遅れたパトカーのサイレンがようやくここに鳴り響いたが、私の耳には彼方の声しか聞こえなかった。

 

 

 

 

 

「まぁ、これがカレンと距離を縮めたきっかけ……ですね」

 

 今でも昨日の様に覚えている思い出話を、紅茶を飲みながら真剣に聞いてくれた花音さんは母性を刺激されかのような絵をこぼした。

 

「彼方さんって、昔は結構トゲトゲしがったんですね。その性格はカレンちゃんのおかげですか?」

「うっ……あの時の俺はまだ青臭かっただけでして……」

 

 客観的に見ても確かに昔の俺って結構素行が悪いな……。まぁあの時は学校に馴染め無かったのと、クラスメイトの奴らに嫌悪感を抱いていたからだ。

 

 あの時のカレンのアドバイスと、カレンをつるむようになってからは嫌がらせとかは無く、今では俺にちょっかいをかける奴はいない。

 

「……まぁ、カレンのおかげですかね」

 

 そう言いながらカップを口元に運ぶと、対面に座る花音さんがふっと微笑んだ。その笑みにはどこか、探るような気配が混じっていた。

 

「彼方さんって、カレンさんのことが好きなんですか?」

 

 その問いかけは、あまりにも自然で、だからこそ心臓がひとつ脈を飛ばしたような感覚に襲われ、コーヒーカップを揺らし、中身が少し零れた。

 

「……な、なんで急にそんなことを?」

 

 動揺を隠すように、わざと咳払いをして誤魔化す。だが、花音さんはにこにこと紅茶のカップを揺らしながら、意地悪そうに見つめてくる。

 

「だって、話し方がすごく優しいんですもん。まるで、大切な人のことを思い出してるみたいで」

 

 そんな風に話していた自覚はなかった。けれど、カレンのことを語る時だけ、自分がどこか穏やかになっていたのは……確かに否定できない。

 

「どうなんだろう……」

 

 俺はそう答えながら、遠くを見つめる。気づけばカレンと過ごす時間が日常になっていた。あの鋭く尖っていた自分の角を、ひとつひとつ削ってくれたのが彼女だった。

 

「ただの感謝で片付けていいのかは、まだ分からない。でも、特別な存在だってことは、間違いないです」

 

 正直な答えを口にすると、花音さんはふっと目を細め、まるで何かを肯定するように頷いた。

 

「なら、絶対に助けないとですね」

「ええ。……そうだ、俺も1つ気になった事があるんです」

「なんでしょうか?」

「貴女と霊香さん、雀さんとの関係が知りたい」

 

 俺の問いに、花音さんはぱちりと瞬きをした後、少し驚いた。

 

「霊香ちゃんと雀ちゃんとの関係?」

「ええ。少し気になったので」

 

 花音さんとカレンの関係性は知っている。だが、他の二人がどういうふうに出会ったのかは聞いていなかった。

 

 除霊師という特別な家系を持った霊香さん、人気を博している大物配信者の雀さん。

 そんな友を持つのは清楚なお嬢様であり、接点らしい接点が見当たらなく、気になってはいた。

 

 俺もこの機に馴れ初めを聞こうとすると、花音さんは紅茶のカップをそっと置きながら、どこか懐かしむように遠くを見つめると、照れ隠しの笑みを零す。

 

「お恥ずかしながら、私が霊香ちゃんと雀ちゃんと出会えたのは偶然なんです」

「偶然?」

「はい。私が道に迷ったときに助けてくれたのが霊香ちゃん。カフェの相席で出会ったのが雀ちゃんなんです」

「そこからどんなふうに仲を深めたんですか?」

「ええと、たまたま同じ場所でまた出会って……遊戯王という共通の話題が出て、それで仲良くなって……今に至ります」

「随分とあっさりですね」

「でも、お友達の始まりはそんなものじゃないですか。出会いはほんの些細なきっかけでも、逸馬にか大切な人になっているのですから」

「はは、言えてます。……さて、そろそろ帰らないと天音が寂しがる」

 

 それに明日はいよいよ異世界に行くんだ。その準備をするため、少し駆け足気味に家に帰った。

 

 

 

「……さて、私も準備しないと」

 

 明日の為でもありますが、その前に行くところがありました。カフェを出て、近くの花屋で花束を買い、タクシーを呼んで向かった先は立ち入り禁止のフェンスが貼られた廃工場。

 そこには私よりも先に弔いの花が多くあり、私もそっと地面に花を置き、両手を合わせる。

 

『花音、ここは?』

 

 私の精霊、アロマージ・ローズマリーちゃんが気になってそう言ってきた。

 

「ここは8年前、とある誘拐事件によって多くの人が犠牲になった事件現場なの」

 

 犯人はとある小さな女の子を誘拐した後、勤務先のこの工場に逃げ込んで立てこもった。

 人質になった女の子はこの国を支える財閥の令嬢でもあり、私の友人だった。

 身代金目的の誘拐は、男の暴走によって工場を爆破。残っていた従業員や人質の子までもが無残に亡くなってしまった。それが今日、この日。

 

「まだ、10歳だったのに……」

 

 たった10年で人生を終えた彼女は何を思ったのだろう。恨みや憎しみを抱いて、幽霊としてここにいるんでしょうか。

 きっとこの場にいても私には分からないし、聞こえない。

 

 今こうして貴女の事を忘れないように、こうして弔うだけしか私には出来ない。

 

 少しだけ強い風に髪がなびくのと同時に。花束の花の何枚かは空の向こうへと飛んで行った。

 まるで、私はここにいると叫んでいるかのような強い風だった。

 

 

 

 

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