Prologue
「雪ノ下建設ーーですか」
俺は上司から渡された分厚い資料に、素早く目を通しながら呟いた。
手元の資料には現職の衆議院議員であり、同時に国内大手建設会社である「雪ノ下建設」の取締役を務める政財界の超大物ーー雪ノ下謙一郎の顔写真とその詳細が載せられていた。
雪ノ下謙一郎。
実業家であり、現在の与党でも大きな影響力を持つ政治家でもある。
東京大学経済学部を卒業後、国土交通省の土地・建設産業局にキャリア官僚として入省。
順調にキャリアを積んだのち、実家が経営している当時まだ準大手ゼネコンであった雪ノ下建設へと移る。官僚時代に築いた豊富なコネクションを存分に使って、高速道路の修繕工事や2020東京オリンピックを見据えた臨海部の再開発事業などの大型案件を次々に勝ち取り、短期間で押しも押されぬスーパーゼネコンへと急成長させた。
さらに、2017年10月には衆議院総選挙に千葉県第一区で出馬し当選、現職の衆議院議員としても活躍している。
まさに出世街道をひた走ってきた、絵にかいたような正真正銘の超エリートだ。
「半年前、国交省が管理している自衛隊機の飛行計画に関する機密文書が漏洩していることが発覚したんだが、その機密文書を盗み出したと見られている人物と雪ノ下社長は大学時代からの旧知の仲らしい」
俺の呟きに、上司が説明を加える。
なるほど、確かに社会人同士の付き合いはどこか一線引いたものがあるが、学生時代の仲というものは社会人になってもずっと強固であることが多い。
特にそこに金や利権が絡むとなると、その結束は不正を助長してしまう。
「でも、それだけで雪ノ下氏が容疑者になるのは無理がありませんか。別件で名前でも上がりました?」
「まあ、そんなところだ」
俺の質問に、上司は答えなかった。
ここは公安調査庁内部部局調査第一部 第二課。国内・国外に対する情報収集と分析を主たる業務とし、管轄としては法務省の外局に位置している。組織全体の人数は千人ほどと言われ、有名なCIAやMI6、KGBと同じく国に勤める情報・諜報機関である。
一応俺自身もその組織の人間であるとはいえ、まだ高校生の俺を信用していない人も多く、任務に関係無い情報までは回ってこないことが多い。まあ元々この組織自体、横の繋がりはあまり無いし、未だに隣の課の人が何やってんのか知らないまである。
だが、それにしてもまだ解せない点がある。
「分かりました。でもこんな大物相手なら、わざわざ自分じゃなくて一課の方々がやるんじゃないですか?」
「一課の連中ならもう動いている。ただ、その進捗が芳しくなくてな……。そこで君の出番というわけだ」
いつにも増して神経質そうな表情を浮かべた上司が、そのシワの寄った眉間を中指で押さえつける。この人がこの仕草をするのは、決まって仕事が難航している時なのだ。
「
俺の言葉に上司が「ああ」とうなずく。
「この雪ノ下氏は想像以上にガードが固くてな。一課の連中がもう半年間見張っているが、中々尻尾が掴めないらしい。そこで、我々としても攻め方を変える必要があると判断したわけだ」
上司の言葉を聞きながら、先ほど読み込んだばかりの資料を頭の中で精査する。A4用紙数十枚に及ぶ資料ではあったが、すでに頭の中には対象の経歴から好み、友人関係に及ぶ全てがインプットされている。
雪ノ下家の家族構成は四人。雪ノ下謙一郎とその妻、雪ノ下春乃。そして、二人の愛娘がいると記されていた。
一人は雪ノ下陽乃。千葉大学に通う大学一年生だ。容姿端麗で成績も非常に良く、学内での人望も厚い。
そして、もう一人はーー。
「雪ノ下雪乃。彼女に接近し、
不定期更新です。