「涙光の地底湖?」
シクセンベルトへと向かう道、神代の鐵遺跡を歩きながら、ケイ……オイカッツォに訊ねる。
「ああ、ペンシルゴン……ってのがプレイヤー名なんだけど、
ペンシルゴン……どこかで聞いた気がするけれど誰だったかしら。少なくとも
「聞いたことのないエリアね」
「情報の抱え込み、ってやつだね。
ケイの問いに頷きで返す。
このゲームを短期間ながらプレイして分かったことは、
ラック・ピニオンから教わったプレイヤークエストも、その一つと言ってもいいかしらね。一部の生産職以外にはほとんど知られていない情報だろうし。
……あと、アルミラージ"
「
そうかもね、とケイが笑みをこぼす。
「ただ、それは
「なるほど。覚えておくわ」
ブゥウン、という風切り音が、
「たしか名前は…デルダユニットドローン、だったかしら?」
「そうそう。このエリアのノーマルエネミーだね……そういえばペッパーは薬剤師だって聞いたけど、錬金術師狙い?」
ケイの【拳気】を帯びた拳がカウンター気味に放たれ、それを正面から受けたデルタユニットドローンが砕け散る。
「そうよ。あなたとシ……アージェンは前衛格闘タイプだって聞いて……」
「僕たちに合わせて決めたってこと?」
「いや、その、ほら!私って
「あぁ、そういうことか。」
「それにサブで剣士は取ってるから、薬剤師だけど多少は近接もできるのよ?」
「それはいいね」
そうして
「ねぇ、カッツオ?」
「言いたいことは分かるよ。」
「これ、本当に大丈夫なのよね?」
「そこは保証するよ。何せ一度
「それでも気になるって言うなら……そうだな。手でも繋いで降りてみるかい?」
一瞬、思考がフリーズする。
「なんてね。冗談だよ」
そして加速する。
「あー、ケイ?」
「なに? 」
「その、良ければ、なんだけど……」
頑張れ私。
「流石にちょっと不安だから、手を繋いで貰えると嬉しいかな~、なんて……」
◇◇◇
驚いた。というのがその言葉を聞いた正直な感想だ。
メグも(格ゲー限定とはいえ)フルダイブに慣れているし、
ただ、能動的に底知れない穴に身を委る、と考えると、恐怖することも納得できる。
「そう? メグがそう言うなら……はい」
そう言って俺はゲームの主人公みたいに手を差し伸べた。
◆◆◆
「そう? メグがそう言うなら……はい」
そう言って手を差し伸べるオイカッツオの姿には見覚えがあった。確か……そう、昨年のゲーム雑誌の表紙が、ちょうどこんなポーズをしたケイの写真だった。
「ありがとう。助かるわ」
そう言いながら、鼓動が少し速くなるのが、自分でも分かった。ケイに気づかれなければ良いのだけど。
「よし、行こうか」
視界が真っ暗になる。
胃が持ち上がるような不快感に襲われ、思わず目を閉じる。
暗闇の中、ケイの手の感触だけが鮮明に感じられる。
「……ぃ……ぅ……?」
ケイの声が聞こえる……なんだろうか?
気付けば、先ほどまでの浮遊感が無くなっていた。いつの間にか到着していたらしい。
さっきは気付かなかったけれど、心臓の鼓動の速さだったり、落下時の浮遊感だったり、些細な現象に至るまで
心を落ち着けてゆっくりと目を開けると、そこは洞窟のような場所だった。湖も見えることを考えると、ここが
「大丈夫? ペッパー」
「あ、ええ。大丈夫よ。心配かけたわね」
「いや、大丈夫ならよかった」
「ありがとう」
「……」
「どうしたの?ケイ」
「……これ」
そう言ってカッツオが挙げた腕の先には……
……
……
しっかりと、私の手が絡み付いていた。
「あっ、その、ご、ごめんなさい?!」
「いや、いいんだけど……ね。」
慌てて手を離すと、ケイは空いた手でインベントリを操作し始めて……
「はい。これ、使って」
私は一本の釣竿を手渡された。
「ええと、確か釣り中にたまに出現するモンスターの経験値が良い、だったっけ?」
名前は「ライブスタイド・レイクサーペント」というらしい。この後、休憩中にWikiも探してみたけれど、どこにも載っていなかった。このユニークエリア(と呼ぶのが正しいのかしら?)にしか出現しないレアモンスターなのだろう。
「そうそう。前はサンラクと兎ちゃんと一緒に戦ってなんとか倒せたレベルだったんだけどね」
「一応薬剤師も魔法使い系列だから、多少の補助は出来ると思うけどまだまだレベルは低いし、期待しないでね?」
「分かってる。倒し方はもう判ってるから、多分倒せると思うんだよね」
「それに、ペッパーには後々別のことも頼みたいし、ね」
釣りを始めて早一時間が経過していたが、地底湖は思ったよりも慌ただしくなっていた。
「はいシャケー!」
「こっちにちょうだい!」
「よし、サーペント!」
「頑張って!」
「シャケー!」
「こっちにちょうだい!」
「やっば、ロブスター来たぞ!」
「……援護するわ!」
◇◇◇
釣竿を渡されたすぐ後のこと。
「頼みたいこと?というか、1人で倒せるのね。てっきりもっと強いモンスターなのかと」
「多分倒せる、って感じかな。ただ、もうひとつ上のレアモンスターのほうは、多分手伝ってもらうと思う」
「ただ、ペッパーにメインで頼みたいのはそっちじゃなくてね」
これ。と今さっき釣り上げた魚を手渡される。モンスターではなくアイテムのようで、UIには「ライブスタイドサーモン」と表示されていた。
「これは…回復アイテムかしら?」
「そう。前にここでレベリングした時も、かなり手に入ったんだけどね……薬剤師ならポーションか何かの材料に出来るんじゃないかと思ってね」
◆◆◆
ライブスタイド・デストロブスターと格闘するオイカッツォに、サーモンから作った回復ポーションを投げつつ、【ファイアボール】での援護攻撃を行う。
と言っても、
続けざまにスキル・スクーピアスを発動し、ロブスターの甲殻の隙間を狙って威力の強化された斬撃を打ち込む。
「カキンッ」
剣が弾く音が、ダメージの小ささを物語る。
それもそうだ。今の私のビルドはメイン
でも、これで良い。
ロブスターのヘイトさえ奪えれば……
「サンキュー!ペッパー!」
ロブスターのすぐそばまで移動したカッツオが拳を握り直す。
「赤、黒……足して緋色、混合拳気【火緋彩】!」
緋色を纏った拳が、無警戒のロブスターの腹に突き刺さり、吹き飛ばされる。
一撃必殺とまでは行かなかったようだが、HPを大幅に削られたロブスターの怯みモーションを見逃す私たちではない。
「ペッパー!畳み掛けるよ!」
「当然よ!!」
「お、レベルアップ」
「おめでとう」
数分の後にロブスターは倒れ、経験値を得たカッツオのレベルが上がった。
「そっちの調子はどう?」
「順調よ」
生産職はアイテムの作成でも経験値が溜まる。
戦闘こそロブスターの援護しかしていないものの、それ以外の時間は魚を釣るか、魚からポーションを作成するを繰り返していたので、結構な経験値が溜まっていた。
「やっぱり、素材が潤沢にある、というのは良いわね」
「回復アイテムが潤沢にあると、効率も上がるし、助かるよ」
釣れば捕れる
何よりケイと
「あと、1つ良い誤算だったのは、この鮭ね」
「ライブスタイドサーモン?」
「ええ。まさかHP回復ポーションだけでなく、MP回復ポーションも作れるとは思わなかったわ」
全てのサーモンから作れる訳ではないけど、アイテム説明文の「その卵は優れた魔法触媒となる。」という表記を考えると、恐らく子持ち個体のみが素材にできるだろうことは容易に推測できた。
MP回復ポーションがあれば、もっと周回効率は上がりそうだ。
生産数が限られるので、今はまだ節約している。
「説明文にも意味がある、って言うのも新鮮ね。格闘ゲームのキャラ説明なんて、大抵は簡単な性能の説明か、経歴と性格の描写程度だし」
私がそう言うと、ケイは少し笑ってからそんなことはない、と私の意見を否定した。
「ここまでフレーバーを深読みしなきゃいけないゲームなんてシャンフロくらいだよ」
世界観の作り込みが恐ろしく深く、なおそれが破綻していないのがシャンフロなのだから。
とケイは補足した。
「一度休憩してから、また続きをやろうか」
「そうね。そうしましょう」
気力とテンションは悪くなかったけれど、流石にお互いに集中力が落ちてきていたのが分かった。
それじゃあ一時間後に、またここで。
と、再開の予定だけ告げて、ケイがログアウトする。
……しかし、幾らなんでもポーションを作りすぎた気がするわね。
◇◇◇
用意しておいたドリンクを飲みながら今日の
ケイと手を繋げたことを思いだし、思考がホワイトアウトする。
……いや、私だってリアルでもVRでもケイと手を繋いだことはある。でもそれは、対戦後の握手だったり、仕事上の関係から来るもので、
そう考えると、理由はともかく
生放送企画のおかげで、(物理的な距離はともかく)
イーブンってことは、これから何をするかが重要なのよ。
今のところ、完全にプライベートで付き合えるゲームはシャンフロしかない。
だからこそ、大切にしていきたい。ケイと一緒に行動するためにも、自己分析は重要だ。
「そういえば、ほとんどケイが釣ってたわね……」
序盤こそ2人で釣りをしていたが、サーモンが貯まってからはポーションを作り、MP回復しながら釣りをして、またポーションを作り…の繰り返しだった。
釣りをしていた時間と、そもそもの経験不足もあって、サーモンの8割以上はケイが釣っていたように思う。
冷凍庫から
「釣りが趣味、なんて聞いたこと無いんだけどな……」
冷蔵庫からケチャップとマヨネーズ、香辛料を取り出す。
「でも、薬剤師の段階でもそれなりに支援できるって分かったのは僥倖ね」
ジョブの性質上、インベントリの容量と事前準備がかなり重要だと言うことは分かっていたけど、実際にケイと行動してみると、尚更それを実感できる。
「格納鍵インベントリア、やっぱり欲しいわね……」
温めたポテトを取り出す。
最悪廉価版でもいい。とにかく錬金術師を目指す以上は、アイテムを
「ポーションはともかく、
なにもつけずに、口に放り込む。
入手方法はまた今度調べておこう。
取り敢えず残ってるサーモンは全部ポーション化かな?
ポテトをつまんで、炭酸飲料を一口。
今ケイは何してるのかしら?
こういう時は
もぐもぐ。
あと家賃。
忘れてはいけないけれど、あのマンションに住んでいるのは
もぐもぐ。
家賃も相当な額の可能性がある。
「……無くなっちゃったわね」
新しい袋を取り出そうとしたところで、そろそろ良い時間になっていることに気付いた。
そろそろ再開の準備をしないと……
仕方ないので冷蔵庫にあった、ハンバーガ店の
……SNSに着信が来ていた。
◆◆◆
サンラク:へい、カッツオ。なんかインベントリアに大量の魚があるんだけど、ついに魚類に改宗したのか?
鉛筆騎士王:あれ、ライブスタイドサーモンでしょ?別に良いけど、隠しエリアに行くならお姉さんに一言連絡は欲しかったなー?
サンラク:ん?……あー。あそこか。懐かしいな。
サンラク:それとポーションが増殖し続けてるんだがどうした?今度は生産職をサブにしたのか?
鉛筆騎士王:……はーん。
鉛筆騎士王:なるほどね。
鉛筆騎士王:ところで良ければなんだけど
鉛筆騎士王:そのポーション私に売ってくれないかな?友達価格で相場の2倍で買うよ?
サンラク:今度は何を企んでるんだ?
鉛筆騎士王:前に話したアレだよ、アレ。
サンラク:あぁ、アレか。まぁリソースは大切だよな。
鉛筆騎士王:結構大変なんだよ?今も生産職向けにプレイヤークエスト出したりしてさ
鉛筆騎士王:でもそのお陰で、ペッパー・カルダモンちゃんとか駆け出しの子も、たくさんポーションを納品してくれるの。お姉さん嬉しい限り!
サンラク:いや、何でそのペッパー?だけ名指しなんだよ。
鉛筆騎士王:話を戻すけど、そういうことだから溜め込んでるポーションをお姉さんに売ってくれないかなぁ?
サンラク:無視ですかそうですか
鉛筆騎士王:そのお金で装備を買ってあげれば、喜んで貰えると思うよ?
サンラク:ん?
鉛筆騎士王:もしくは蛇の林檎でケーキを奢ってあげるのも良いんじゃないかな?
サンラク:あぁ、そういうことか。
◇◇◇
「……はぁ」
「どうしたの?カッツオ」
「あー、いや、大したことじゃないんだけどね」
大したことでも無いなら、なぜ何度もため息をつくのか。
「なによ」
「ペ……
「あぁ……」
以前見た、あの煽り合いを思い出す。つい表情に出ていたのか、カッツオが苦笑する。
「まぁ、無断で使ってた訳だからね。仕方ないよ」
今の私たちがレベル上げに使える程度なら、彼らが使う必要も無いだろうし、大きな問題は無さそうなのだけれど。
「そう……ならいいけど」
単純にバレた相手が
……あぁ、そういえば
「あなたのインベントリアに保管して貰ってるポーションなのだけれど、良かったらそのまま貰ってくれないかしら?」
カッツオの顔が、一瞬で驚愕のそれに変わった。これ、中々
撮影アイテムを……と思う間もなく、カッツオはすぐに元の顔に戻って訊き返してきた。
「ええと……どういうことだい?」
「いえ、私のインベントリには入りきらないし、今回の御礼と思って、ね?」
「御礼も何も、ポーション作成を提案したのは僕だし……」
「……」
「……」
「ダメだったかしら?」
「いや、ありがたく貰っておくよ。ただ、代わりに……」
今度デザートでもご馳走するよ
録音機を持ってないことを後悔した。
????:ここで恩を売っておけば次の約束が取り付けられるかもよ?