ナツメグ探訪記   作:Almin

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今回は日常多め回です。

この三人にはなるべくわちゃわちゃしてて欲しい。


これもある意味では錬金術

 

シャンフロには満腹度というステータスがある。

食事に心血を注いでいるプレイヤーならまだしも、僕やメグ(一般のプレイヤー)からすれば、食事という行為は空腹によるステータスダウンを回避するための行動でしかなく、【美食舌】もその行為に花を添えるちょっとしたスパイス(刺激)に過ぎず、普段の食事は最低限にしか行わないことが多い。

 

つまり、なにが言いたいかというと、

 

「ごめん、メグ。頼みすぎだったね」

 

流石にステーキにピザとスペシャルパフェは頼みすぎだった。ちなみにフライドポテトは合計3皿頼んだが全て空になった。

 

「別に私は構わないけど、お金は大丈夫なの?私も払いましょうか?」

 

「その点はご心配なく。メグのポーション()、本当に高値で売れたんだよ」

 

数が数だったので、それはもう引くくらい高く売れた。買い取るペンシルゴンが満面のニヤニヤ顔でなければ完璧だった。

というかペンシルゴン、まだPKペナルティの借金が残ってたと思うんだが、どこからあれだけの額を用意してるんだ?まさかサードレマの財政を握っているわけじゃあるまいし……いや、あいつならやりかねないな。

 

出会ったら口を開く前に殺せ、とはサンラクの言葉だが、全くもってその通りだと思うね。

GGC(GH:C)でもそうだったが、あいつ(ペンシルゴン)に対する最適解はシルヴィアみたいなPS(プレイヤースキル)でのゴリ押しだ。録画をみたが、二つの意味であまりにも酷すぎて変な笑いが出た。流石魔王だよ。

 

外道のことをあれこれ考えていても仕方ない。目下の問題は目の前に広がる料理の数々だ。

ゲーム内とは言え、この量を残すのは忍びない……そうだ。

 

「どうしたの?ケイ」

 

「いや、もしかしたら『お持ち帰り』出来るんじゃないかと思ってさ」

 

呼び鈴を鳴らすとすぐに扉がノックされ、ウェイターがやって来たことを知らせた。

 

「失礼します。如何致しましたか?」

 

「この料理を包んで貰うことは出来るかい?」

 

「……少々お待ち下さい」

 

 

数分して、テーブルの上には、蓋付きの、弁当箱のような容器に詰めらた料理が並んでいた。

ゲーム的な処理で言えば、元の料理を消して箱を新たに表示するか、『お持ち帰り』そのものを出来ないようにするだけのことだと思うのだけど、流石はシャンフロと言うべきか。

 

俺たちが見たのは、ウェイターが一度箱を取りに行き、その箱に一つずつ菜箸で料理を詰めていく、という光景だった。

 

 

◇◇◇

 

「ペッパーはこのままフィフティシアに向かうのかい?」

 

「いいえ。明日はちょっと用事があってね。早めに寝ようと思うわ」

リスポーン更新(宿屋)はあっちだったわよね?」

 

「そうだね。もう今日は終わりかい?」

 

「いえ、折角だからあと1時間は素材集めをしようかと思ってるわ」

 

「それなら俺も手伝うよ。今から一時間だけってなると、野良パーティは難しいだろうし」

 

延長戦、突入……!

 

 

◇◇◇

 

「はい、皆さん集まりましたか~?」

 

先生の声が室内に鳴り響く。

 

「オールオッケー!!」

 

そして高らかに挙手する女性。

 

ほらシルヴィア、あまりにも元気が良すぎて先生が驚いてるわよ。

 

「VRお料理()()教室にようこそ。本日の講師を致します『三林(みりん) 柚子(ゆず)』です。夏目さんとゴールドバーグさんは今回が初めてですね」

 

「はい」

 

「はぁーーーい!!!」

 

VRお料理()()教室とは、フルダイブVRシステムを活用した『通信教育システム』の1つだ。

登録は実名のみ、アバターも本人再現アバターのみ、利用ごとに料金が発生するという、中々に制約の多いVRソフトだが、それらは全て『教育』に特化したためだといえる。

 

「メグ、このソフト(ココ)、手が凄いリアルよ!」

 

「……両腕だけポリゴン数がやたら高いわね」

 

「そうでしょう?私も最初に講師に来たときはびっくりしましたけど、このソフトの()()らしいですよ?VRソフトだとどうしても現実と()()が出るけど、このソフトはそれを最小限にして、スムーズに現実の料理スキルに反映させることが出来るんです!ってメーカーさんから講習を受けたときに熱弁されましたから」

 

このソフト(VRお料理通信教室)は本人再現アバターに限定し、リソースの大半を料理関連に費やすことでそのズレ(感覚の差異)を最小限に低減しているのだろう。

 

「では最初に、これまでの料理歴を教えていただけますか?」

 

それを思えば、NPCではなく人間の講師を採用し、受講者と同じプレイヤーとしてログインするシステムであるのも頷ける。

 

因みに実名限定と都度料金が発生するのは、講師に都度講習料が支払われるためで、講師の指名も可能なようだ。

 

「特にないわ!」

 

「小学校の授業以来です……」

 

今回はシルヴィアと私の()()()()()()()()で予約したので、このまっさらな空間には、私たち3人しかいない。

 

「……では、超初心者コースですね!」

 

次の瞬間、私たちの目の前にキッチンが出現した。エフェクトも一切無く、虚空から突然に、である。

 

「ワオ!?」

 

「作りたい料理の希望などはごさいますか?」

 

どうやら料理と関係ない部分はとことん簡略化しているらしい。私たちのアバターも、両腕(前腕から先)を除けば非常にポリゴンが低く、特に足は歩くだけで違和感がある。

 

「チキン南蛮?ってのが気になるわ!」

 

「定番どころで肉じゃがを……」

 

「なるほど。本日は四時間コースですので、両方作ってみましょう」

 

そう言って先生がコンソールを操作すると、食材と調理器具が出現する。こちらも出現エフェクトなんてものはない。

 

「いきなり揚げ物も危ないですから、肉じゃがからやってみましょう」

 

「イエスマム!!」

 

「材料と道具はテーブルに並べた通りです。まずはじゃがいもの皮を剥きましょう」

 

なるほど。見ればじゃがいもと包丁、その他の諸々が置いてある。まずはじゃがいもと包丁を取れってことね。

 

「ふんふんふーん」

 

「シルヴィア?!どんな持ち方してるの?!格ゲーじゃないのよ?!」

 

「ご家庭にあるのであればピーラーを使った方が安全ですよ」

 

「ピーラー?」

 

「これですね。見たことありませんか?」

 

なんか見たことない道具が出て来たのだけど、なにそれの大きな栓抜きみたいなやつ。

 

「んー。昔々、ママが使ってた気もするわね」

 

「ピーラーを使えば、包丁よりも簡単に皮が剥けますよ」

 

なるほど。後で購入品リストに入れておこう。

 

「皮がむけたら、一口大に切っていきますよ。包丁を右手で持って、左手は()()()でじゃがいもを抑えます」

 

()()()?」

 

「にゃにゃーー!」

 

「そうそう。そうやって指を丸めて押さえて」

 

「一口大ってこれくらい?」

 

「大体3cm四方くらいです」

 

「端っこってどうすれば3cm四方にするの?」

 

「こういうのはざっくりよ、ざっくり!」

 

「にんじんはらんぎり……らん……ランゾウ?居合切り?」

 

「それは絶対に違う」

 

「アタタタタタタタ!」

 

「まさか高速でみじん切りを!?」

 

「玉ねぎはフライドポテトみたいに切ればいいのね?」

 

「水をどーん!!」

 

「あれ?!なんで繋がってるの?!」

 

「…炒める?煮るんじゃなくて?」

 

「ねえねえ!IH(これ)どうやって使うの?」

 

「焦げないよう慎重に……」

 

「取り敢えず強火(最大火力 )よね!」

 

「んー、ちょっと味が薄い気がするわね」

 

…………

 

………

 

……

 

 

 

……

 

………

 

…………

 

「シルヴィア、()()()

 

「Meow~」

 

「じゃがいもは一口大、にんじんは乱切り」

 

「eggは?」

 

「……あと3分」

 

「じゃ、玉ねぎが先ネ。半分クシギリにするよ?」

 

 

「……シルヴィア、油の温度は?」

 

「180」

 

「…℃?F?」

 

「℃!」

 

「油が回ったら水を入れて煮る。と」

 

「メグ、()()()

 

「こっちもお願い」

 

 

「なんでこんなことに……」

俺は部屋のキッチンで料理する二人を、ただ呆然と眺めるしかなかった。

 

つい1時間ほど前、俺の部屋のインターホンが鳴った。

 

◆◆◆

 

「ケイ、開けてー」

 

シルヴィアの声に、またか、と思いながら玄関へと赴き、ロックを外し、扉を開ける。

 

「こ、こんばんは……いや、こんにちは…かしら?」

 

「メグ……どうしたの?二人揃って」

 

「オジャマシマスー」

 

「あっ、シルヴィ?!また勝手に!てか靴は脱いで頼むからっ!!」

 

「まだ馴れてないのね」

 

「自室から外は土足が基本だからねあっち(アメリカ)は」

 

以前自分の部屋はどうしてるのか、土足で生活してると敷金が返ってこないぞ、と忠告はしたのだが、戻ってこなくても大丈夫、とゼンイチ(セレブ)な回答をされた。

 

「で、メグ。その荷物は?」

 

「あー、気付いちゃった?」

 

気付くもなにも、段ボールを両手で抱えてたら誰だって気になる。

 

「まあ、今日の本題はこれでね。ちょっと失礼するわ」

 

シルヴィアは常に自由だが、メグも時々自分を譲らないことがある。こうなると俺にはもう止められない。

 

メグが段ボールを抱えたまま、奥の部屋へと向かっていく。

 

「メグ?リビングはこっち」

 

と指差し声を掛けたが、メグはそのままキッチンへ入っていった。

そう言えばシルヴィアは?と思ったが、廊下に脱ぎ捨てられた靴以外に痕跡はなかった。

 

◇◇◇

 

その後、靴を整理してからキッチンに行ったときは本当に驚いた。まさかシルヴィアとメグが二人して料理するなんて言い出すとは思わなかった。

 

「「どうぞ」」

 

机の上に並べられたのは大鉢に入った()()()()()と大皿の()()()()()

用意された小皿と(フォーク)の数を見るに3人分なのだろうそれらは、中々どうして美味しそうに見える。

 

しかし、人の手料理なんていつぶりだろうか。

出前だってお手製には違いないが、やはり作った人と対面して一緒に食べる、なんてことは実家に帰省した時以来やっていない。

 

「……頂きます」

 

まずはチキン南蛮から。

 

南蛮だれの染み込んだ揚げ鳥を、タルタルソースと一緒に頬張る。

まず感じたのは南蛮だれの甘味と酸味、それをタルタルソースが優しくまとめあげ、玉ねぎの食感と唐辛子の刺激がアクセントとなり、口の中いっぱいに広がった。

全ての要素が奇跡的なバランスで合わさり、とてつもなく美味……ん?

 

なんだ?

 

一筋の違和感の正体は至って簡単なものだった。

 

……揚げすぎている。

 

味付けが完璧なだけに、少し硬めの肉と、若干の衣の苦味が浮いている。

 

「ドウ?オイシイ?」

 

当然、シルヴィアに返す言葉は一つ。

 

「ああ。美味しいよ」

 

わざわざ出向いて手料理を振る舞ってくれる女性を無下には出来ない。

そもそも気になる、という程度で全体で見ればかなり美味しいのだ。あえて指摘するレベルじゃない。

 

リザルト画面よろしくガッツポーズを決めるシルヴィアを横目に、今度は肉じゃがに手をつける。

今気付いたけどあれだな。白米が足りない。後でパックのごはんを温めよう。

 

 

気を取り直して、見るからに味の染みていそうなじゃがいもを頬張る。

 

「……ど、どう?」

 

「……うん。美味しい」

 

なんというか()()()美味しい。

良くある肉じゃがというか、()()()()()というか、とにかく平均的で安心する味付けだな。

 

「……良かった」

 

メグがほっとしたように一言を呟いたのを皮切りに、シルヴィアとメグも食事を始める。

話題は料理(現実)から徐々にGH:Cとシャンフロ(ゲーム)に逸れていき、若干の緊張感が解れたことに、俺は安堵するのだった。

 

 

◇◇◇

 

「それじゃあ、また今度」

 

「ああ、またな」

 

久々のゆったりとした夕食の後、今度のチーム戦やらシャンフロの話をするうちにいつの間にか夜も更け、解散の時間となっていた。

 

途中何度もシルヴィアから対戦の誘いがあったが、そもそも私のVR機器は自分の部屋にあるので無理な話だ。

最終的には帰宅後三人でGH:Cで落ち合う流れで落ち着いた。

「また今度、何か作るわ」

 

「ああ、うん。でもまあ、期待せずに待ってるよ。毎回俺の部屋(ココ)まで来るのも大変だろうし」

 

やっぱり引っ越そうかしら?隣は無理でも1つ下とか、近くのマンションとか……シルヴィアが休暇を終えたら入れかわりで入るとか。

 

「じゃあ今度はお弁当でも作るわ。チーム戦の時は難しいけど、イベントの時くらいならいいでしょう?」

 

 




なお金銀はこの後通い妻とかにはならない。だってジャンクフード美味しいんだもの。

なお慧はお弁当を食べる姿で加速した魔境を擦れた目で見ることになる。南無三。

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